【336 南のブローグ砦】
北の街メディシングでの戦いは終わった。
壁を活かした待ちの戦い方と、早い段階で敵の指揮官を倒した事で、カエストゥス側の被害は最小限に抑え得る事に成功した。
だが、全くの無傷だったわけではない。
壁の一部は破壊され、そこから街への攻め込んできた帝国軍との戦闘もあった。
事前に街の人々を避難させていたため、人的被害はでなかったが、一部区画の建物は破壊され、商業施設への被害が出てしまい、物流への影響はまぬがれなかった。
ヤヨイとパトリックは、このままメディシングに残り、復興を進めながら、引き続き街の防衛を務める事になる。
ヤヨイとパトリックが、セインソルボ山でロビンが戦死したと言う報告を受けたのは、ヤヨイが立って歩けるようになるまで回復した頃だった。
そして戦場は南の農業地帯に移る。
北の街メディシングで、カエストゥス軍と帝国軍が戦いを繰り広げていた時と同じ頃、首都バンテージより南の農業地帯、ブローグ砦では、ペトラの補佐官として抜擢されたエロールが、一人の兵士を前に言葉を荒げていた。
「お前よぉ、なめてんじゃねぇのか!?持ち場を離れんなら離れるで、誰かに一言声をかけていけって言ってんだよ!等間隔で配置してんだから、すぐ近くにいんだろ!?何度目だよ!」
小柄で女性のように華奢なエロールが叱りつけているのは、自分よりはるかに体の大きい強面の男だった。
「ガキがふざけた口を利きやがって!ちょっと魔法が使えるからって良い気になってんじゃねぇぞ!」
「そのガキに注意される事してるお前はなんだ?みんな命懸けでやってんだよ!お前が持ち場を離れた事で、なにか問題がおきたら責任とれんのか!?あぁ!?どうなんだ!?」
下から睨み上げるエロール、その眼光の鋭さに強面の男が一歩後ずさる。
この男、ドロストは剣士隊に籍を置いている、ベテランの兵士だった。
だが、出世街道から外れ、40を間近にしても一兵士という立ち位置に不満をいだき、その苛立ちが仕事にも表れている難のある男だった。
「くそっ!お前の話しなんか聞いてられねぇよ!」
大人と子供程に体格の違うエロールに気圧され、舌打ちをしてドロストはその場を離れて行った。
周囲で騒ぎを見ていた兵士達は、ドロストの後ろ姿を目で追いながら、呆れたように溜息を付いて、困ったものだ、と言葉をもらしていた。
「せーんぱーい!」
少し内側に跳ねたクセのあるピンク色の髪。金色がかったクリっとした目。身長165cmで小柄なエロールよりも、さらに10cm程背の低いその少女は、その体からは思いもつかない大きな声を上げ、人だかりをかき分けエロールの前に立った。
「先輩、ここにいたんですね?もぅ、なんで私に黙って行っちゃうんですか?」
「おう、クセッ毛。いきなり来て、なに意味の分かんねぇ事言ってんだ?」
「違います!無造作ヘアです!もぅー、何回言ったら分かってくれるんですか?全く本当に先輩は先輩ですよね。お昼だから探してたんですよ!全く、またパン食べるつもりだったんでしょ?駄目ですよ、そんな食生活では・・・」
「いや、もうパンは買ってねぇぞ。俺の分の弁当あるんだろ?」
「だからパンは駄目です!しかたないから私がお弁当・・・へ?先輩、今なんて?」
「ん?なにきょとんとしてんだ?あるんだろ?俺の分の弁当?」
「あ・・・はい、あります。嘘、あのへそ曲がりで皮肉屋の先輩が、私のお弁当を初めて自分から求めた。なに?地震でも起きるの?」
「ぶっ飛ばすぞクセッ毛」
「はいはい!そう怖い顔しないでくださーい!先輩、ほら行きますよ!あっちのベンチ行きましょう!早くしないといい場所取られちゃいますよ!ほらほら、お弁当は待ってくれませんよ!」
「痛ってぇな!わけわかんねぇ事言って引っ張んなっ、おい!聞いてんのか!?おーい!」
満面の笑みでエロールの手を引きながら、フローラは走って行った。
その様子を少し離れた場所から見ていたペトラは、微笑みを浮かべていた。
「隊長、どうかされましたか?」
隣に立つ女性剣士が、優しい顔をしているペトラを見て、言葉をかける。
「ん?いや・・・あぁいうの見ると、護りたくならないか?」
女性剣士はペトラの視線の先、楽し気にエロールの手を引いて走るフローラを見て、口元に笑みを浮かべた。
「・・・はい、そうですね。ところで、ドロストですが・・・どうしますか?」
ドロストの話しを向けられ、ペトラは困ったように苦笑いをしつつ、頭を掻いた。
「う~ん、本当にね。あの人はまだ私を隊長と認めてないし、何言っても右から左に聞き流すし、ちょっとキツく言うと怒鳴り散らすし・・・どうしようかって困ってるんだよね。」
「最近は、エロール君が対応しているからか、渋々ですが少しは効いているようですが・・・持ち場を勝手に離れる。時間を守らない。軍に身を置く者としては目に余ります」
女性剣士が少し強い眼差しを向けてくる。
ペトラは、その目に込められた意思を察し頷いた。
「・・・あぁ、分かってる。これは戦争だ。一人の勝手な行動が甚大な被害をもたらす事もある。これ以上勝手をするようならば、強い手段を取る必要もある」
ドロストには剣士としての実力はあった。
若い時にはいくつかの功績もあり、ペトラは剣士として先輩のドロストへ配慮をしていた。
「はい。真面目に取り組んでくれればいいのですが、最終的には止むをえないかと思います」
「・・・エリン、あなたにも色々面倒かけちゃってるね」
「そんな事ありません。副長のルチルさんには及びませんが、私も隊長の支えになりたいと思ってます」
目に入りそうな青い髪を軽く払い、エリンはペトラに微笑んだ。
エリン・スペンス。
ペトラの後輩剣士である。年は22歳。五年前、ペトラがヤヨイとの試合に敗れて以来、変わっていくペトラとルチルを見て、次第に二人への信頼を深めていった。
「エリン、ありがとう。この戦いが終わったら、あんたも私達と一緒にお茶しようよ。いつ誘っても来ないんだもん。寂しいじゃん?」
ペトラが手の甲で、エリンの胸当てを軽く叩く。
「・・・私が混ざってもいいのですか?お三方には、とても深い絆を感じますので・・・」
「なーに言ってんのさ!ルチルもヤヨイさんも、あんたも来ればいいのにって、いっつも言ってるんだよ?嫌じゃなかったら、次は来てよね?」
指先で額をつつかれると、エリンは少し照れた様子で下を向いて微笑んだ。
「そう、なんですか?えっと、では・・・次は参加させて、いただきます」
「よしっ!約束だよ」
そう言ってニコリと笑うペトラの笑顔は、とても柔らかく優しさに溢れていた。




