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【321 北の指揮官】

セインソルボ山での戦いは、かろうじてカエストゥス国に軍配が上がった。


帝国は師団長のジャキル・ミラー。そして副官のステイフォン・フルトンを失い、一万五千を数えた兵数も、半分以下にまで減らすという大打撃だった。


だが、キャシー・タンデルズが戦局を見極め、被害が拡大する前に撤退の判断を下した事は好判断であった。


キャシーがあの時どうやって完全に魔力も気配も消し、ウィッカーの追跡を躱したか。

それはキャシーの魔道具の力だった。


気配も魔力を消し、風景に同化できる魔道具 混成衣こんせいい

真っ白で膝上程の丈の衣である。

キャシーは深紅のローブの下にこれを着衣していた。


深紅のローブを脱ぎ捨て、混成衣の力を発動させると、キャシーの体は瞬く間に景色と同化した。

混成衣は動いても問題ない。動きに合わせて景色も変化していく。


この力でキャシーはウィッカーから逃げる時間を稼ぐ事ができた。


今回ウィッカーは追撃を断念したが、それはすでに帝国兵が、ある程度の距離を離れてしまっていた事と、自軍の兵士を一刻も早く休ませたいという気持ちからであった。


もし吹雪も無く、キャシーが時間も稼げず、すぐに追いつける距離であったならば、ウィッカーはキャシーの姿が見えなかろうと、決して一人も逃がさず帝国兵を全滅させていたであろう。







キャシーを退け、国境のセインソルボ山を死守したカエストゥス軍は、ウィッカーが指揮官となり待機する事になった。


セインソルボ山での戦闘結果を伝令から受けたロペスは、ロビンとビボルの死を知り、しばらくの間、その口を閉ざした。


「・・・・・一人になっちまったな」



ロペスは今でこそ大臣だが、大臣就任前は魔法兵団に籍を置き、副団長という立ち位置だった。


ロビンが隊長になってからは、ビボルはロビンに距離を置くようになった。

ロビンはそれを察してか、以前ほどは近づかないようにしていたが、いつもビボルを気にかけていた。


だが、ロペスは二人に対し何も変わらず接していた。

同い年で魔法使い。王宮仕えという接点があり、不思議と話しがあった。


一緒に酒を飲んだりした事があったわけではない。休日に会う事など無く、付き合いは仕事の中だけだった。


だが、城で顔を会わせると、話しが絶える事がなかった。



ビボルはただの不良だったが、ロペスもロビンも仕事が忙しく、前もって約束しておかなければ時間を合わせる事は難しかった。


忙しさを理由に、いつか、そのうち、また今度、そうした便利な言葉で先延ばしにし、結局三人揃って酒を飲む事は一度も無かった。



そしてもう二度とそれを叶える事はできない



執務室、ロペスが座る机の上に一滴の涙がシミを作った。



「・・・俺は馬鹿だな。友を二人も亡くした後で、一緒に酒が飲みてぇなんて・・・」



ロビン・・・ビボル・・・いつか俺もそっちへ行く。その時こそ、一緒に飲もうぜ。


目元を拭うと、ロペスは再び報告書に目を通し始めた。






西のセインソルボ山で激しい戦闘が行われていた時と、時を同じくして、カエストゥスの物流の中心地、北の街メディシングにも、帝国軍がその姿を現した。



「はぁ~、全く面倒くせぇなぁ~・・・コバレフさんが死んじまうから俺がやるしかねぇけどよ。本当に面倒だ。なぁ、マイリス、お前もそう思うだろ?」


マイリスと呼ばれた少年は、分かりやすいくらい大きく溜息を付くと、呆れたように首を横に振った。


15~16歳くらいだろう。

栗色のサラリとした髪は、真ん中で左右に分けられていて、耳が隠れるように切りそろえられている。

金茶色でパッチリとした大きな目、小さく形の良い赤い唇。160cmあるかないかの、小柄な体格だった。

深紅のローブを身に纏っている事から、指揮官クラスの魔法使いという事が分かる。



「思うわけないでしょ?こんな時くらい真面目にやってくださいよ。ヘリングさんがそんなだから、僕が補佐官に付く事になったんですよ。あと、第四師団でお世話になったんだから、コバレフさんをそんなふうに言うのは止めたらどうです?」


ヘリングと呼ばれた男は、黒に近いグレーの短髪を上に立たせている。

185cm程の長身で、鋭い目つきと、細身だが筋肉質の体系のため、黙っていれば強面の印象だが、やる気の無さと、思いついた事をそのまま話しているような口調が軽薄そうに見せている。

深紅の鎧を身に着けている事から、体力型という事が分かる。



「マイリス、俺よぉ~、気になってたんだけどな・・・」


真顔になって顔を近づけて来るヘリングは、いつになく真剣な口調だった。

その表情に、マイリスも何かを感じ取ったように、表情を引き締めて言葉を返す。


「・・・なんでしょうか?」


「お前、本当は女なんじゃね?」



マイリスは呆れた目をヘリングに向けると、大きく溜息をついた。


「ヘリングさん!真面目にやってください!」


「あーはっはっは!怒んなって!分かってる分かってる!」


厳しい目を向けるマイリスに、ヘリングは両手を向けて笑いながらなだめる。


「ほんっとーに分かってますか!?」


一歩詰め寄り、なおも問い詰めるマイリスに、ヘリングの目つきが鋭くなる。



「あぁ・・・心配すんなよ。俺はな、勝つ事が好きなんだよ。喧嘩も戦争も相手に何もさせず一方的に勝つ。見せてやろうぜ・・・帝国の強さをよ!」


顔の前で握り締める拳は、これからの戦いへの高ぶりを表しているかのようだった。




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