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【319 生死を分ける】

雪崩は、ジャキル・ミラーの最後の策だった。

万一追い詰められた場合、ミラーは雪崩を起こしカエストゥスを道連れにする。

それ程の覚悟を持っていた。


これは、ミラーとフルトン、そしてキャシーの三人しか知らない、最終手段だった。



だが、地の利に明るいロビンはこれまでの攻防を分析し、その可能性に行きついた。


雪崩を起こさずとも勝利できると確信したキャシーにとって、それを逆手に取られた事は致命的だった。


結果、カエストゥス兵は全員がロビンの大障壁で護られ、雪崩による死者は一人として出さなかった。


反面、帝国兵は予想だにしなかった雪崩と大岩で、甚大な被害を被る事になった。




自分達の目の前で停止している大岩、そして頭から埋まってしまいそうな程の大雪を目にし、カエストゥス兵達は息を飲んだ。


もし、この大障壁が無かったら、おそらく全滅していただろう。


魔法兵団団長のロビンは、常に仲間を生かす事を考えていた。

その結果選んだ魔道具がこの、広範囲結界魔道具の、大障壁だった。



青魔法使い数十人が結界の魔力を込める事でやっと使えるこの魔道具は、個人が使用するには効果が大きすぎる物だった。

ロビンも過去、大規模な賊の討伐があった時、大勢の村人を護るためとして一度しか使用した事がない。


使い道が限定され過ぎていると言われ、ほとんど陽の目を見る事の無い魔道具だったが、この戦争で最大に生きた。


何千人もの命を救ったのは、ロビンの仲間を大切に想う心だった。



・・・空に浮かんでいた銀のプレートが落ちて、結界が消える。


それはロビンの命の火が消えた事を意味していた。



「だ・・・だん、ちょう・・・」

「団長・・・私達の事を・・・」

「だんちょうーッツ!」


ロビンが最後に護ってくれた。


その心に、カエストゥス兵達は泣き崩れた。


戦いは終わった・・・誰もがそう思ったとの時、最前列にいた兵の一人が大声で叫んだ。



「まだだ!まだ終わっていない!」



突如、雪崩によって積もった雪の一か所が急速に融けだすと、炎の竜を纏った女が飛び出した。


赤紫色の髪を振り乱し、その金色の目は怒りと殺意に満ちている。



キャシー・タンデルズは生きていた。


額から血を流し、深紅のローブは所々が裂けている。ダメージは追っていた。

だがそんな事など微塵も感じさせず、キャシーの灼炎竜は、その怒りを体現するかのように凄まじい熱量を放ち、周囲の雪を瞬く間に融かしていった。



「ゆ・・・許さない!フルトン様の勝利をこんな形で・・・絶対に許さない!貴様らカエストゥス軍は一人残らず殺してやる!」



その気はたった一人で、生き残った数千人のカエストゥス兵を怯ませる程の凄みがあった。


フルトンと同じく、キャシーもまた、ここから生きて帰ろうとは微塵も考えていなかった。


そしてキャシーは自分自身にも怒りを抱いていた。


命をとしてロビンを倒し、帝国を勝利に導いたフルトンの功績が、あろう事か自分達の策を読まれた上に利用され、自軍を壊滅的な状態に陥らせてしまった。

許される事ではない。



この場でカエストゥス兵は皆殺しにする。

そして自分も死のう。



その覚悟が気迫となり、たった一人でカエストゥス兵数千人を相手に圧倒していた。



「くっ、これ程の魔力とはっ・・・強い、だが怯むな!相手はたった一人だ!コイツを倒せば俺達の勝ちだ!いくぞ!」


最前線に立っていたカエストゥスの黒魔法使いの男が、声を上げキャシーに爆裂魔法を放った。


「そうだ!撃て!全員撃ち続けろ!」


最初に声を上げた男が爆裂魔法を撃つと、それに続く形で前線の黒魔法使いが次々に魔法を撃ち放つ。



「無駄だ!」


だが、キャシーの灼炎竜は、向かってくる爆裂魔法、氷魔法、風魔法をその業火でことごとく打ち消した。


「アァァァァァァーッツ!」


キャシーがその両腕を交差するように振るうと、その身に纏った二体の灼炎竜がカエストゥス兵へと襲いかかった。


「くそっ!黒と白は下がれ!俺達が防ぐ!」


青魔法使い達が一斉に飛び出し、結界を張り巡らせる。


キャシーの灼炎竜は全長およそ13メートル。

ロビンには一歩及ばないが、それでもこの場に立つ黒魔法使いでは随一であった。


だが、いかにキャシーがこの場で最も強かったとしても、たった一人で数千人のカエストゥス兵を相手にして勝てる力はなかった。


その気迫で最初こそ圧倒する事はできたが、カエストゥス兵とて命をかけて戦争に挑む猛者である。

陣形を立て直し、すでにキャシーに対しての攻略方を探っていた。


時間はかかるだろう。

多少の犠牲も出るかもしれない。


だが、いずれカエストゥスに軍配が上がる。


これは結果が見えた戦いだった。



相手がキャシーただ一人であれば・・・・・




一枚一枚の結界であれば、キャシーの灼炎竜はたやすく粉砕できていた。

だが、何十人、何百人の青魔法使いによって、幾重にも重ねて張られた結界は、結界の最高峰天衣結界よりもはるかに強い強度を持ち、キャシーの灼炎竜を全く寄せ付ける事はしなかった。


何十人、何百人による結界の重ね合わせは、精密な魔力調整を要求される。

だが、この土壇場でも息を合わせ、見事にキャシーの灼炎竜を防ぐ程の結界を張り巡らせた事は、日々の訓練の賜物である。

魔法大国カエストゥスだからこその、呼吸を合わせた連携であった。



このままいけば勝てる。

自分達の攻撃も通す事はできないが、たった一人のキャシーの魔力が先に底をつくことは自明の理。


長期戦に持ち込めばいずれ勝てる。

カエストゥス兵が勝利への道筋を掴んできた時、キャシーの背後から爆裂魔法が放たれカエストゥスの結界にぶつかり爆ぜた。


「キャシー様!ご無事ですか!?」


「我々もまだ戦えます!」


雪崩に呑み込まれた帝国兵達だったが、一人、また一人と雪をかき分け這い出て来る。


単純に運良く生き残った者もいるが、咄嗟の結界が間に合った青魔法使い。

炎や風の魔法で身を護った黒魔法使い。避けられないと知って自分自身にヒールをかけ続けた白魔法使い。防御の姿勢をとり堪え続けた体力型の兵士。


ブロートン帝国は大陸一の軍事国家である。

不測の事態にも当然自衛手段を持っており、半数近くは生き残っていた。



生き残りの帝国兵が次々と姿を現していく事は、カエストゥス兵に大きな精神的ダメージを与えていた。


あと一人、あとたった一人を討ち取れば勝利というところから、今の自分達の倍はいるだろうという敵兵が姿を現したのである。


そして最も大きな不安要素は、指揮官の不在である。


帝国にはフルトンの後を次ぎ、キャシーが指揮官となり前線に立っている。

だが、ビボルに続き、ロビンまで失ったカエストゥスには、同じだけの力量を持った指揮官はいなかった。

序列的にベテランの魔法兵が号令をかけるが、今や3,000以下に数を減らしたカエストゥスが、倍はいるだろう帝国とこのまま戦闘を続ける事は自殺行為にも等しかった。


形勢は一気に帝国へ傾いた。





次々に立ち上がり攻め立てる帝国の兵を見て、キャシーの目に更なる力が宿った。


いける!

これなら勝てる!


帝国兵の士気は全く落ちていない。あれほどの雪崩と大岩に埋められ、とてつもない恐怖を味わったはずなのに、生き残った兵士達は、それでもなお猛り、カエストゥスに向かって行く。


キャシーは自軍の兵士達の強さに尊敬の念を抱くと共に、自分自身も力をもらったように感じた。


あと一歩だ!

フルトン様!見ていてください!必ずやこの戦場の勝利をあなたに捧げて見せます!


「私が突破口を作る!総員続け!」


空に飛びあがったキャシーは、その魔力を高め身に纏う灼炎竜を強く、巨大化させていく。


全長13メートル。

自己最大まで高めた一体の灼炎竜を、カエストゥスの結界に向けて撃ち放った。


今カエストゥスは青魔法使いが前線に出て、結界での防戦一方になっている。


その中心を突き破り一気に決める!


「私の灼炎竜!防げるものなら防いでみろ!」



全てを呑み込まんとする巨大な灼炎竜が、大顎を開けて空から襲いかかってくる。


ただでさえ、倍以上の帝国兵にギリギリの防戦を強いられているカエストゥスに、キャシーの灼炎竜を防ぐ手立てはなかった。



ここまでか・・・・・

誰しもが諦めかけたその時



「なッ!?」


キャシーの灼炎竜をはるかに上回る炎の竜が、キャシーの灼炎竜の首元に喰らいついた。

自分の灼炎竜が突然、より大きい灼炎竜に抑え込まれキャシーは目を開く。



「クッ、いったい・・・はっ!?」



突如背後から恐ろしいまでの魔力を感じ、キャシーが振り返ると、炎を纏った一人の男が空中に立っていた。



肩下まで伸びたサラリとした金色の髪をかき上げるその男は・・・・・



「貴様は・・・ウィッカー!」



「・・・お前がここの指揮官だな?」



キャシーを睨み付けるウィッカーのその目は、冷たい殺気に満ちていた。



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