03 夜
いざ話し始めると、どこから何を話していいか自分の中での迷いもあり、スムーズに伝えられないところも多かった。
けれどレイチェルは話の腰を折らず、なにか聞きたい事があっても、話が止まったタイミングで口をはさむようにしてくれた。要領の良い子なのだろう。
そのおかげで俺は少しづつ落ち着きを取り戻し、たどたどしいところもあったと思うけれど、何とか自分の身の上や、あの時襲われた事を伝える事ができた。
そして一時間程話しただろうか・・・・・
「・・・うん、アラタの話しは分かった。それが本当なら、キミはこことは違う世界から来たんだろうね。さっきも言ったけどここはクインズベリー国で、ニホンなんて聞いた事がない」
「・・・そっか・・・信じられないけど、実際頭に怪我もしてないし、レイチェルは日本語を知らないのに俺と会話できてるしさ・・・俺はなんらかの力でこの国、えっと、クインズベリー国だっけ?に来たのかな」
レイチェルはこの国の事を分かりやすく説明してくれた。
やはり日本、中国、アメリカなど俺が知っている世界は存在しなかった。
そしてここはプライズリング大陸の、クインズベリー国というところらしい。
「うーん、そういう事だろうね。正直半信半疑だけど、キミは頭がおかしいようには見えないし、嘘をついて何かたくらむような悪人にも見えない。とりあえず信じようかなって思うよ」
「ありがとう・・・疑うわけじゃないけど、俺もまだ違う世界に来たって実感はないんだ。でもレイチェルと話して落ち着いてきたよ。少し時間はかかると思うけど、受け入れるしかないんだろうね」
「すぐに順応できる事ではないさ。とりあえず今日はここでゆっくり休めばいいよ。でも、これからどうするんだい?何か考えてる?こっちの世界の事を何も知らないんじゃ、どうしていいか分からないんでしょ?」
「うっ・・・確かに、右も左も分からないよ。正直すげー困ってる」
俺は隠す事なく正直にそう告げた。帰れるなら今すぐにでも日本に帰りたい。
でも帰り方が分からない。これからどうする?と聞かれても、どうしようもない。
「じゃあさ、明日からうちの店で働かない?キミ、元の世界でリサイクルショップの店員だったんでしょ?うちも同じだよ。世界が違っても同じ仕事ならできるでしょ?いやー実は最近バックレが続いてさ、人手不足だったんだよ。助かるよ!ありがとう!」
レイチェルも俺にあてなど無いと、分かってて聞いたのだろう。
額に手を当てて悩む俺に、満面の笑みを浮かべながら一方的に話しだした。
しかも返事をしていないのに、勝手に働く事になっている。
落ち着いた女性という印象だったが、案外押しが強いというか、我が強いのかもしれない。
それにしても異世界でもリサイクルショップがあるなんて。いったい何を販売、買い取りしているんだ?
「いや、その、こっちにもリサイクルショップがあったのは驚きだけどさ、何を取り扱ってるの?
俺は古着や玩具、漫画本とか担当してたけど」
「古着?それならうちもやってるよ。共通するとこあるね。漫画本ってのはちょっと分からないけど、武器は?武器は買ってなかったの?」
「え?武器?武器って、剣とか槍とかの武器?」
「そうだよ?他になんかあるのかい?」
レイチェルは当然のように話している。この世界では武器は当たり前のように出回っているようだ。
確かに俺の元いた世界にも武器はある。剣も槍も銃もある。だけどリサイクルショップで売ったり買ったりできるか?元々もっていた常識は、一度捨てた方が良いように思い始めた。
「えっと、俺のいた世界では、武器は一般人は持てなかったよ。持つ必要が無いって方が正しいかな。
料理に使う程度の刃物はどこでも買えたけど、それ以上の武器としての刃物、剣なんかは、国の許可が無ければ持つ事はできなかったよ。持てても不用意に外には出せないし。ここはずいぶん簡単に持てるみたいだね?」
「へー。アラタの世界は平和なんだね。ここは違うよ。特に今はブロートン帝国の悪い噂も流れているから、結構ピリピリしてるんだ。剣はともかく、自分の身を守る手段としてナイフや短刀くらいなら、誰でも持ってるんじゃないかな?こういう時は因縁つけられやすいしさ」
レイチェルの言葉に、紛争地域を思い出した。日本は女性が夜一人で外を歩けるくらい平和だが、
海外ではそうはいかない。
誘拐や強盗だって日本より身近な出来事だろう。戦争をしている国もある。
それに考えてみれば俺だって平和な日本で頭を割られたじゃないか。あれは絶対に現実だった。
「また難しい顔してるね?キミ、考え事する癖でもあるのかい?ま、長々話しこんじゃったけど、そういう事だよ。うちはリサイクルショップで、武器も防具も売ってるし買ってるよ。この世界の事はおいおい分かっていけばいいんじゃないかな?あ、お腹空いたでしょ?ご飯持ってくるよ」
そう言うとレイチェルは立ち上がり部屋から出て行った。一人で部屋に残されると、静けさに耳が痛くなる。日本では夜中でも車の走る音や、夜遊びする若者の声などがどこからか聞こえてきたものだが、ここは全く音がしない。
外を見ようと2つある窓に目を向けると、カーテンで閉め切られていた。
近づいてみると日本では目にしないような作りのカーテンだった。レールで開閉するものではなく、
布に10cm程度の等間隔で丸い穴をあけており、その穴に窓枠に付けられている鉄のフックのような物を引っ掛けている。
「・・・異世界、ねぇ・・・」
フックから布を外して外に目を向けると、外は真っ暗闇だった。
高層ビルやデパート、アスファルトの道路を走る自動車などは一切見当たらない。
そこにはただ、暗闇だけが広がっていた。
何かを考えていたわけではない。
ただぼんやり外を眺めていると、唐突に闇の中から強い視線を感じて、ゾクッと背筋に冷たいものが走った。
俺はすぐにフックにカーテンを引っ掛け直した。
頬を冷たい汗が伝う。ドクンドクンと心臓が激しく鼓動を打つ、一向に動悸が治まらない。
なんだ今のは・・・・・?
暗闇でなにも見えなかった。けれどあの強い視線・・・得体のしれない何かがすぐ近くにてい、確かに俺を見ていた。
町中でふと視線を感じるような類ではない。
視線に込められた恐ろしいなにかを、ほんの一瞬だが俺は感じていた。
あのまま外を眺めていたら・・・・・
「おーい、ご飯持ってきたよ。あんまり材料なくて、簡単な物しか作れなかったけど・・・どうしたんだい?」
部屋に入ってきたレイチェルに、ゆっくり振り返る。
木製のトレーに焼き魚と白いご飯。透明なスープも乗っていた。
振り返った俺は、よほどこわばった顔をしていたのだろう。
なにか察したレイチェルはトレーを机に置くと、俺の肩にそっと手を置いてイスに座るよう促した。
「・・・外を見たんだね?」
食事を終えて少し落ち着いた様子の俺を見て、ゆっくりとレイチェルが切り出した。
俺は黙って頷いた。
「・・・あれがトバリだよ。闇の主トバリ・・・闇そのものの存在なんだ。だからどこにいても見られるし逃げようがない。食べられたくなかったら、夜はカーテンをきちんと閉めて外に出ちゃダメだよ」
レイチェルはそう言い残し、食器を持って部屋を出て行った。
本当に異世界なんだな・・・・・
得体の知れない恐怖を肌で感じて、俺は初めてここが日本ではないという事実を感じ取った。
・・・・・これからどうなるんだ?
いても立ってもいられなくなり、俺はベッドに入り丸くなって硬く目を閉じた。
一人になると、あの闇の中にいたトバリという存在の事で震えそうになる。
恐ろし過ぎて考えたくもないけれど、頭から離れてくれない。あんな恐ろしいのは初めてだ。
異世界?本当に?
もう認めるしかないかもしれない。
これから俺はどうなるんだ?こんなわけの分からない世界に一人で生きて行けるのか?
あのレイチェルという女性は親切な感じだった。いや、実際に寝床と食事をくれて、なにより倒れていた俺を助けてくれたんだ。命の恩人と言っていいくらいだ。信用していいと思う。
店を手伝ってと言っていたけど、この世界の常識も分からない俺が手伝って大丈夫なのか?
それに俺は本当に生きているのか?
頭を割られたんだぞ?実は異世界どころか、実はここはあの世なんじゃないのか?
次に起きた時、頭に輪っかが乗っていても驚かないと思う。
一人になって目を閉じていると様々な疑問、不安が頭を駆け巡った。
・・・・・全部夢であればいい・・・・・
そう願い、いつしか眠りに落ちた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




