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【299 雨】

王位継承の儀から三日経った。


帝国兵によって街の住民が襲われ、家屋も焼かれるなどの被害は出たが、剣士隊と魔法兵団の迅速な対処により、人的被害は最小限に抑えられた。


だが、皇帝の光源爆裂弾によって、街の一角が数百メートル規模で吹き飛ばされ、爆発による火災で受けた被害は甚大であった。

魔法兵団の黒魔法使いが、水と氷の魔法で消火作業に、体力型の兵士が瓦礫の撤去作業にあたっているが、復旧の道のりは全く目途がたっていなかった。



家を失った人々は、新国王となったマルコが城を開放し、一時的に受け入れた。


大臣のロペスは王位継承の儀から丸三日、ほとんど寝ずに陣頭指揮を執っていた。


復旧活動もあるが、前国王ラシーン・ハメイドの大葬、そして今回戦死した兵士達の埋葬もある。


いくら仕事を割り振っても、次から次に出てくる問題にロペスの負担は大きかった。

ロペスの補佐官達は、身を粉にして働くロペスの姿を見て、少しでも負担を減らさなければという気持ちで働き、なんとかロペスを支えていた。





そして剣士隊は隊長のドミニクを失った事により、一時は大きな喪失感に包まれていた。

ドミニクから後継者として指名を受けたペトラは、この三日間その背中で覚悟を見せた。


ドミニクの死に嘆き悲しむ者、帝国との戦争に怯える者、先の展望が見えなくなり戸惑う者、バラバラになりそうだった剣士隊の先頭に立ち、声を上げ続けた。



ペトラ自身、コバレフとの戦いで負った怪我は治療できても、目の前で自分とルチルを生かすために、その命の灯を消したドミニクを思うと心が張り裂けそうになる。


だがペトラは、ドミニクの意思を受け継ぐ。その一心で剣士隊に立ち上がれと呼びかけ続けた。

ろくに休息もとらず、街の復旧に向け瓦礫の撤去、行方不明者の捜索、ペトラは働き続けた。


ペトラは言葉で示す事は不得手だった。

それができれば、最初からもっと上手く周りと付き合う事ができていた。


だから、行動で示すしか方法を知らなかった。



私達が今やるべき事はなんだ?

ドミニクが生きていればこうしたのではないか?


それをペトラはその背中で剣士隊に見せ続けた。

そしてペトラの傍らには常にルチルがいた。




ペトラがドミニクから新隊長の指名を受けた事は、ペトラとルチルしか知らない。

そのため、剣士隊の大半は、突然ペトラが新隊長の名乗りを上げても半信半疑だった。


ルチルはペトラに代わり、剣士隊の一人一人と話しをして誠心誠意訴えた。

頭を下げ、ペトラを新隊長として認め力を貸して欲しいと必死に頼み込んだ。


それは、ドミニクの意思を継ぐ。ただその一心だった。


自分達がこれからの剣士隊を引っ張っていかなければならない。

ドミニクがなぜペトラを後継者に選び、ルチルにそれを支えるように伝えたか。


それは、二人ならばやれると信じたからだ。


ルチルは、その想いに応えるために頭を下げ続けた。



やがて、ペトラの行動とルチルの言葉に心を動かされた者が、一人、また一人と現れ、この三日間で剣士隊のほとんどの者が二人を認めるようになっていた。




「・・・ペトラ、ドミニク隊長・・・見てくれてるかな?」


額に浮かぶ汗をぬぐい、倒壊した建物の瓦礫を持ち上げ荷車に乗せる。

重労働だが、人力でやり続けるしか方法が無い。


「・・・ふぅ・・・うん。きっと見てくれてるよ。だから、隊長が安心できるように、私達がしっかりしないと・・・ルチル、ありがとう」


一つ息をついて、ペトラは空を見上げた。

晴れ渡る青空は、ほんの三日前の惨事など無かったかのように澄み渡っていた。


「急になに?お礼言われる事なんてしたっけ?」


「ルチルがいなかったら・・・きっと私一人じゃみんな動いてくれなかった。ルチルがいつも、見えないところで私を支えてくれてるの知ってるよ。だから・・・・・ありがとう」




「・・・なによ~・・・そんな事言われたら、私・・・・・」


涙を浮かべ言葉に詰まるルチルを、ペトラはぎゅっと抱きしめた。


「・・・ルチル、ありがとう」


「う・・・うぅ・・・ペトラ、頑張ろう・・・わ、私・・・本当はまだ・・・」


「うん・・・私だって・・・まだ気持ちの整理はできてないよ・・・一緒に、乗り越えていこう」



隊長・・・

私達、隊長みたくはできないかもしれません


でも、隊長が私達に託してくれた想いは大切に守っていきます


だから、安心して見ててください




暖かく優しい日差しが二人を包みこんだ








「リン姉さん・・・少しは休まないと倒れちゃうよ」

ニコラがその背中に声をかけるが、リンダは聞こえていないかのように無反応だった。


王位継承の儀から十日が経った。


前国王ラシーン・ハメイドの国葬と、戦死した兵士達の埋葬も終わり。少しづつだが、街も落ち着きを取り戻し始めていた。


冷たい雨が降る日だった。

リンダは教会のドミニクの墓の前で、すでに一時間立ち尽くしていた。


「・・・・・ドミニク」


自分にだけ聞こえるくらいの囁き声で、亡き夫の名前を口にする。






あの日、エロールを背負い城へ戻ると、リンダはそこでドミニクが戦死したという話しを聞かされた。

遺体はひどい火傷で損傷が激しかったため、妻であるリンダにはすぐには見せられないと告げられた。


死後間もなければ、外傷だけはヒールである程度癒す事ができるため、リンダがドミニクの亡骸を目にできたのは、数人の白魔法使いができる限りの外傷の治癒を行った後であった。



遺体安置所で目にしたドミニクは、焼け死んだなどと思えないくらい綺麗な状態だった。



声をかける。

寝ているだけですぐに起きてくれる、

そう思い、リンダは何度も何度も夫の名を呼んだ。


反応はない。


何度声をかけてもドミニクは目を開ける事はなかった。


リンダの悲痛な叫びだけが、いつまでも部屋に響き渡る。




どれくらい時間が経っただろう。

叫びはやがてすすり泣きに変わり、いつしか何も聞こえなくなった。



その日、リンダは遺体安置所から出て来る事はなかった。




埋葬はしなければならない。


ラシーン・ハメイドの国葬と合わせ、戦死した兵士達を英霊として手厚く葬る事が決まった。


前国王の国葬である。本来ならば、もっと時間をかけて様々な調整をしなければならないが、いつブロートン帝国が攻め込んでくるか分からず、街の復旧も行わなければならない状況では、急ぎ執り行う必要があった。



この時、リンダは涙も枯れ果てていたのかもしれない。

眉一つ動かさず、淡々と葬儀をこなしていく姿に、ヤヨイ達も誰も言葉をかける事ができなかった。


いつも明るく、場を和ませていたリンダ。

だが、その心はすでに暗く閉ざされていた。







そして現在


リンダは毎日教会に来ては、ドミニクの墓の前でじっと時間を費やしていた。


ニコラはそんなリンダを一人にできず、いつも傍に付いていた。


現在、リサイクルショップ・レイジェスは休業している。

とても商売できる状態ではなく、ヤヨイ達も街の復旧の手伝いをしているからだ。


ニコラも復旧活動を手伝おうとしたが、一人輪を離れ、来る日も来る日も教会へ向かうリンダを一人にしておく事はどうしてもできなかった。



【・・・今のリンさんには、ニコさんが必要だと思うの。一番長く一緒にいたニコさんが】



ヤヨイの言葉に、ニコラはリンダが立ち直るまで一緒にいると決めた。


一緒に孤児院で育ち、孤児院を出た後も頻繁に会って、いまでは同じリサイクルショップで働いている。リンダが結婚してもその友情に変わりはなかった。


ニコラにとってリンダは姉であり、一番の友達だった。




「・・・・・ニコラ・・・毎日、アタシに付き合わなくていいんだよ・・・・・」



ふいにリンダの口から発せられた言葉に、ニコラの体が固くなる。


それは今まで聞いた事の無い、静かで、冷たくて、寂しくて、悲しい声だった。


リンダはニコラが差していた傘から出ると、ニコラに顔を向ける事もなく力のない足取りで墓地の出口へ向かって行く。




遠ざかって行くリンダの背中を見て、ニコラはひどく動揺していた。


これまで喧嘩をした事があっても、そこには気持ちというものがあった。

怒る原因があるからこそリンダも怒り、ニコラも怒るのだ。


そして原因があるからこそ解決手段がある。

リンダが謝る事もあれば、ニコラが謝る時もある。


そうやってお互いを理解し、絆を深め合ってきた。



だが、今のリンダはどうだ?

ただただ悲しみに心を閉ざし、何も見ようとしない。何も聞こうとしない。

深く暗い絶望に身を浸してるだけだ。



言葉に心がなかった。


八つ当たりでもいい。なんで自分がこんな悲しい思いをしなければならないんだ!

そう怒鳴ってくれれば、ニコラは全て受け入れる覚悟を持っていた。



だが、リンダにあったのはただ空虚で穴のあいた心だった。



諦めている・・・

ニコラはリンダが何もかも諦めていると感じ取った。


これからの人生を・・・・・生きる事さえも・・・・・




「だ・・・だめだよ・・・・・」


ニコラは傘を投げ捨て走った。


リンダに追いつくとその背に抱き着いて声の限り叫んだ。


「リン姉さん!だめだよ!それじゃだめだよ!生きなきゃだめだよ!ちゃんと前を向いてよ!話しを聞いてよ!辛くても前を向いて生きなきゃだめだよ!ドミニクさんだってそれを望んでいるよ!」




「・・・離して・・・・・もう、どうでもいいの」



「だめ!絶対にだめ!今私が離したら・・・今リン姉さんを一人にしたら・・・もう会えない気がする」



自分を抱きしめるニコラの腕を振りほどこうと、リンダの体に力が入ってくる。



「離してよ・・・ニコラ・・・あんたに何が分かるの?もう生きてたってアタシには何もないの!離してよ!」



「そんな事ない!私だってヤヨイさんだってメアリーちゃんだって、みんな・・・みんなリン姉さんの事大好きだもん!私達がいるじゃない!生きてよ!私達のために生きてよ!」


ニコラの人生でこれほど声を張り上げた事はなかった。

内向的な性格で、なかなか言いたい事も言えず損をする事も多い。


だが、今はかけがえのない人のために、喉が張り裂ける程に声を上げていた。



「う・・・うるさい!もうアタシの事はほって・・・うっ・・・うぇ」



あまりに強いニコラの言葉に、リンダはその腕を振りほどき、言い返そうと振り返ったところで、急に口を抑えしゃがみ込んで・・・吐いた。



「・・・リン・・姉さん?」


急に吐き出したリンダに一瞬唖然とするが、ニコラはすぐに腰をおろし、リンダの背中をさすった。


「リン姉さん!だ、大丈夫?具合悪いの?」


なにかの病気だろうか?ニコラはその背中をさすり続けるが、リンダは何度か吐いて、落ち着くまでにしばらく時間がかかった。




「・・・・・リン姉さん・・・もしかして」


最初はなにかの病気かと思った。


だが、しばらくリンダの背中をさすって様子を見ると、もう一つの可能性が頭に浮かんだ。



「・・・赤ちゃん、いるんじゃないかな?」



「・・・え?」



ニコラは、ジャニスが妊娠中につわりが酷く、よく吐いていた事を思い出していた。


「ジャニスの時も、こうして背中さすってたなって・・・リン姉さん、ドミニクさんの子供だよ」





リンダは目を開いてニコラを見た。

その表情は、どう言葉を出していいか分からず、困ってるようにも見えるし、泣きそうにも見える。



「・・・お腹さわるね」


ニコラはそっとリンダのお腹に手を当てる。


「・・・まだ、お腹目立たないから分からないけど・・・私は絶対に赤ちゃんがいると思うよ」


「・・・ほん、とう?」


戸惑いながら口を開くリンダに、ニコラは笑顔を見せて大きく頷いた。


「うん!絶対赤ちゃんだよ!だってね・・・だって、ドミニクさんが・・・ドミニクさんがリン姉さんを一人にするわけないじゃん!」



ニコラは目にいっぱいの涙を溜めて声を上げた。





【いつか・・・私達にも赤ちゃんできるかな?】


【大丈夫。きっとできるさ】


【・・・うん。そうだよね!きっとできるよね!ドミニクはどっちがいい?】


【ん?あぁ・・・そうだな。男の子でも、女の子でもどっちでもいいよ】


【え~、なんか適当じゃない?なんで?】


【だってさ、俺とリンダの子供なら、男の子でも女の子でも絶対最高に可愛いじゃん!】


【・・・ぷっ・・・あっはははは!すっごい顔に力入ってるよ!笑わせないでよ~】


【あ、つい・・・うん、リンダは絶対良いお母さんになるよ】


【えへへ、そうかな?うん、アタシ孤児だったから・・・だから子供は絶対毎日笑顔でいっぱいにしたいんだ。産まれてきて良かったって思ってもらえるように】



【リンダ・・・・・・】





・・・・・子供と二人

・・・・・どうか幸せになってほしい

・・・・・愛している




力強くて温かい

そんな良く知っている腕に抱かれた気がした


「・・・え?・・・・・ドミ、ニク?・・・ドミニク!どこ!?いるの!?」


突然立ち上がって辺りを見回すリンダ。

ニコラには何が起きているのか全く理解はできなかった。


だが、必死にドミニクの名前を呼ぶリンダを見て、ニコラには感じ取れた。



「・・・ドミニクさん・・・・・来てくれたんだ・・・ありがとう」



ニコラは立ち上がると、リンダの両手をそっと包み込んだ。


「・・・リン姉さん・・・」


「ニコラ・・・聞こえたの・・・ドミニクの声・・・聞こえたの」


「うん・・・分かるよ。来てくれたんだね・・・」


「・・・ニコラ・・・」


「うん」



「アタシ・・・ドミニクに、あいたい・・・・う・・ううううぅぅ・・・うわぁぁぁぁぁー!」





冷たい雨が降り続ける


だけど


自分を抱きしめるニコラの温もりに前を向く勇気をもらった


小さいけれど自分の中に感じる新しい命に生きる力をもらった




この雨が止んだら・・・・・


ドミニク、もう一度・・・アタシもう一度頑張ってみるよ





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