【288 ナパームインパクト】
「ママ、なんだかお外が騒がしいね」
娘のティナがテーブルでお絵かきをしている手を止めて、窓の外に顔を向ける。
遠いけれど、先程から街の方でなにかの音が聞こえて来る。
なんとなく嫌な感じがする。
「・・・そうね。ティナ、もう遅いからお休みしましょう。今日はパパはお泊りだから、お友達と一緒にお布団に入ろうね」
「・・・うん。分かった・・・ママお休みなさい」
5歳の娘ティナは、私とウィッカー様と同じ金色の髪で、私そっくりの青い瞳をしている。
ママと同じが良いと言うので、髪型は私と同じように肩口で揃えている。そういうところがとても可愛い。
親の贔屓目かもしれないけれど、とても物分かりが良くて賢い。
進んでお手伝いもしてくれるし、孤児院に来ると自分より年下の子の面倒まで見てくれる。
でも、心配になる時もある。
人の気持ちを考えすぎて、自分の気持ちを押し殺し溜め込んでしまっているように思う。
今も、寂しそうな顔をしていた。
ティナはパパが大好きなのだ。お布団に入る時は、真ん中にティナ、挟むように私とウィッカー様。
三人揃って寝るとすごく安心すると言って、とても可愛い笑顔を見せてくれるのだ。
今日は、お城で王位継承の儀が行われる。
私はウィッカー様から、ブロートン帝国を監視するために護衛に入ると聞いているけれど、ティナには危険な事はなるべく話したくないので、式に参加してお食事会もあるからお泊りになる、と説明していた。
でもティナは察しも良いから、なにか感じ取っているのかもしれない。
「・・・メアリーちゃん、私ちょっと目が冴えちゃって眠れないの。先に休んでもらえると嬉しいな」
一階広間のテーブルで冷めた紅茶をじっと見つめていると、隣のイスにキャロルちゃんが座って私の顔を覗いてくる。
「え、と・・・でも・・・ウィッカー様が・・・・・」
ウィッカー様がまだ帰ってきていない。
時計の針は22時を過ぎていた。
今日はお城に泊まりだから、どれだけ待っても朝まで帰って来ない事は分かっているのだけれど、私はウィッカー様の顔を見るまで心配で眠れそうにない。
でも・・・・・
「・・・はい。キャロルちゃん、ありがとうございます」
きっと、それはティナも同じなのだ。
娘を不安にさせてはいけない。一緒にベットに入るべきだ。
子供部屋に入ると、みんなの寝息が聞こえてくる。
起こさないように、私は静かにドアを閉めて足音を立てないようにティナのベットの脇に腰を下した。
「ティナ・・・ママも入っていい?」
マクラに頭を乗せて、横を向いているから顔は見えないけれど、なんとなく起きているのは分かる。
そのまま少し待つと、ティナが小さく頷いた。
「ふふ・・・じゃあ、一緒に寝ようね・・・あったかいね」
背中越しにティナを抱きしめると、もぞもぞとティナが体をこちらに向け、私にぎゅっと抱き着いてくる。
「・・・ママ」
「なに?」
「パパ・・・帰ってくるよね?」
「もちろんよ。朝には会えるからね」
「・・・絶対?」
「絶対よ」
ティナは私の胸から顔を上げると、じっと私の目を見つめてきた。
「・・・ママは、どうしてそんなにパパの事が分かるの?」
「ふふ・・・だって、私のウィッカー様は嘘をつかないもの」
ウィッカー様は朝には帰って来ると言った。
だから絶対に帰って来る。
私はティナをちょっとだけ強く抱きしめた。
大丈夫よ。ウィッカー様は・・・パパは絶対に帰って来るからね。
「・・・フッフッフ・・・この私に、ナパームインパクトを使わせるとはな、さすがカエストゥス国一の黒魔法使いだ。だが・・・」
倒壊した家屋、辺り一面に立ち込める炎、濛々と煙が上がると土埃が視界を防ぐ。
戦闘が始まると住民も避難し出し、爆発に巻き込まれた者はいなかったが、ルシアンを爆心地とした周囲数十メートルは、生存は一切期待できない程に見るも無残に消し飛ばされていた。
「終わりだ・・・」
ルシアンのナパームインパクトは、深紅の甲冑の両の肩当て、鋭く尖った先端をぶつけ火を加える事で発動する。
この肩当ての中は空洞になっており、火に触れる事で反応する魔力を込めた特殊な粉が詰まっている。
深紅の甲冑も火の精霊の加護を受けており、コバレフの鎧と同様に炎を全方位に噴射させる事ができる。
ナパームインパクトは肩当ての中の粉に、任意のタイミングで着火させる事で発動し、ルシアンを爆心地とした周囲数十メートルを消し飛ばす無差別の破壊兵器である。
もちろん突き刺すだけの武器としても使用できる。
ルシアンは肩当てで敵を刺し貫き、そのまま持ち上げてから、出血多量で絶命するまでゆっくりなぶり殺すサディストの一面も持っていた。
「おい!ルシアン!お前なぁ、やるならやるって言えよ!」
ジャキル・ミラーが青く光る結界を解くと、ルシアンに近づき顔を指しながら抗議をする。
「ん?ミラーか、いやぁすまない。彼、思った以上にやるものだから、つい気が乗ってしまってね。だが、ちゃんと結界で防げているじゃないか?さすがミラーだよ。きっと大丈夫だと私は信じていたよ」
ミラーの抗議にルシアンは、これだけの爆破を起こした事など何でもないと言うように、爽やかな笑顔を見せる。
「ちっ・・・全くやりにくい相手だよお前は。文句も皮肉も聞きやしねぇ。しっかし、本当にその甲冑はすげぇな、この爆発に耐えられるんだからよ」
「フッ、それはそうだろう。自分の技でダメージを受けてはいられないからね。肩当てが砕けるのはしかたがないが、他は爆発に耐えうるだけの強度、そして火力を無効化できるだけの加護を受けているのだ」
自慢気に滑らかな語りをすると、ルシアンは深紅の兜を脱ぎ、首をほぐすように軽く回した。
「・・・見た限りどちらもいないようだ。ウィッカーは後ろに飛んでいたが、あの距離ではとても躱しきれまい。だが、結界の魔道具を持っていた可能性もある。ミラー、どうだ?」
「そうだな。今サーチで調べてみ・・・」
瞬間、ミラーの鼻先に、細身の赤い剣が風切り音と共に振り下ろされた、
金属を弾く音が響き、地面に鉄の矢が叩き落とされる。
「・・・ミラー、油断しちゃ駄目じゃない?」
驚きですぐに言葉を出せず目を瞬かせるミラーに、駆けつけたセシリアが、からかうようにその顎を撫でる。
「上よ」
セシリアが顔を上げ空中に目をやると、風纏ったジョルジュとウィッカーが無傷で空に立っていた。




