【239 礼に終わる】
「あれ?ヤヨイ、なにやってんだ?」
剣士時代の同僚達と懐かしい話しをしていたリンダの耳に、騒がしい声が届き、なんとなしに目を向けると、少し離れた場所で剣士達が輪になるようにヤヨイを囲んでなにやら声を上げていた。
「あれ、ペトラ?・・・ヤヨイと何してんだ?」
剣士達が囲む輪の中には、ヤヨイともう一人、鉄の胸当てに、肘から手首までに腕当てをして、一般の剣より少し大振りで丈夫そうな剣を構えた女剣士が立っていた。
肩の少し下までの伸ばした金色の髪、顔立ちは整っているが、目の前の相手を貶めるように眺める眼つきには、恥をかかせてやろうという考えが見えていた。
「まさかあいつ!ヤヨイと!?」
リンダが駆け寄ろうとすると、その肩を後ろから掴まれる。
振り返ると、ドミニクが手をかけていた。
「隊長、なに?離してよ」
「リンダ、ヤヨイさんもすでに武器を持ってペトラと対峙している。それにあれだけ隊員達が囲んでいるんだ、みんなヤヨイさんに興味があるんだろう。止めるのは可能だが、このままやらせてやろう」
「でも、いいんですか?あいつ、ヤヨイに恥かかせようとしてるんですよ?」
「リンダ、お前はヤヨイさんがゲーリーと戦ったところを見てたんだろ?ずいぶん一方的に叩いたという話しだったじゃないか?それに、国を代表して護衛に着いた人だぞ、ペトラで敵うと思うのか?
体力型なのに、力の差が見えてないんだ。いや、見えていてもヤヨイさんの大人しそうな外見で判断しているのか。いずれにしろ、俺はペトラは一度手痛い敗北を知るべきだと思う」
「・・・隊長・・・う~ん、なんかヤヨイを利用するようで、私はあんま好きなやり方じゃないわ」
「あぁ、後で謝らないとな。だが、それだけじゃないんだ。俺自身、戦う前に見ておきたいんだ。ヤヨイさんの実力を・・・だから、俺の好奇心も入っている」
ドミニクの言葉に、リンダは少し呆れたような目を向け、溜息をついた。
「はぁ~、全く・・・そういう事ですか。まぁ、言われてみればヤヨイがペトラに負ける訳ないか。分かりました、んじゃあ私達も見に行きますか」
リンダは頭の後ろで手を組むと、のんびりと歩き出した。
その後ろをドミニクが付いて行くと、近くにいた他の隊員達もぞろぞろと続き、ヤヨイとペトラを囲む輪に集まりだした。
「あ、ブレンダン様」
「おう、ドミニク、リンダも来たか。遅いな、もう始まっとるぞ」
すでにヤヨイとペトラの試合を見ていたブレンダンが、対峙する二人を顎で指す。
ペトラは模擬戦用の刃を潰した剣ではなく、愛用の大剣を手に構えていた。
対する弥生は、借り物の槍を持ち、体は左前の半身に、槍は地面と平行に、左手で槍の端から15cm程を上から持ち、右手は腰の辺りで槍の穂先側を下から持ち、脇構えでペトラの正面に立っている。
「どうしたの?威勢の良いのは口だけかい?かかってきなよ?」
すでにヤヨイは弥生に代わっていた。
その口調、雰囲気は、ついさっきまで大人しそうに見えた女性とはまるで別人で、弥生と対峙するペトラはもちろん、周りで見ていた隊員達も訝し気に首を捻っていた。
「あんた、それが本性?大人しそうな顔してたくせに、裏のある女だったんだ?」
ペトラの挑発に、弥生は鼻で笑って流す。
「ハッ、どうでもいいじゃんそんなの。あんた口喧嘩したいの?さっさとかかってきなよ」
「チッ、言ったな!」
弥生の言葉にカッとなったペトラは、右足で地面を蹴ると一足飛びに弥生の懐に飛び込んだ。
なんだ?全然反応できてないじゃん。殺しはしないけど、ちょっと痛い目見てもらうよ!
ペトラが剣の腹を、弥生の胴に叩きつけようとした瞬間、突然ペトラの体が爆風で弾かれ、宙に飛ばされる。
砂ぼこりと共に宙を舞うペトラは、なぜ自分が今、空を目にしているのか理解できなかった。
呆然と空を見ていたのは、ほんの僅かな時間だったが、すぐに体制を立て直さなければと身を捻り、なんとか両足で地面に着地する。
「ふぅん、身のこなしはまぁまぁだね。これで背中から落ちるようだったら、つまんないから一発入れて終わりするとこだったよ」
「くっ、お前!なにをした!?」
「風だよ。風を当てただけだよ、ちょっと強めにね」
弥生は脇構えを解いておらず、構えたまま風を発しペトラにぶつけただけだったが、ペトラには知る由もなかった。
「風?あんた体力型だよね?魔道具でも持ってんの?」
「違う違う。これは風の加護よ」
ペトラの問いに弥生は自身の周りに風を起こし答えた。
足元から風が渦を巻くように舞い上がり、弥生の体がペトラの背より高く宙に浮いた。
「・・・どう?これが風の精霊の力だよ」
頭上から見下ろされ言葉をかけられる。
軽く見ていた相手の秘めた力を目の当たりにし、ペトラは奥歯を鳴らし睨みつけた。
「な・・・なめるなぁーッツ!」
空中に立ち弥生の高さまで跳躍すると、大剣を振りかぶり弥生の肩口に向け振り下ろした。
だが、振り下ろした瞬間、剣を握るペトラの左手首に強い痛みが走り、左手が剣から離れてしまう。
弥生の槍の柄が、ペトラの左手首を突いていた。
「くっ、そぉおッツ!」
右手一本で剣を握ったままペトラは地面に着地すると、それに合わせ弥生もふわりと地に降り立った。
「もう止めときなよ。さすがに力の差が分かったでしょ?あんたじゃ到底アタシに勝てないよ」
「う、うるさい!」
左手にはまだ痛みが残るが、剣を握れない程ではない。
ペトラは再び両手で大剣を握り締めると、強く地面を蹴り弥生に迫った。
「またそれ?まぁまぁの踏み込みだけど、むやみやたらに詰めればいいってもんじゃないよ」
弥生の胸を狙ったペトラの突きを余裕をもって避けると、弥生は槍の柄でペトラの足を払い転ばせた。
とっさに左手でかばうが、肘や膝を地面に打ち付けると、ペトラは怒りに満ちた表情で弥生を睨み上げた。
「わ、私が・・・私がこんなのに・・・」
「まだやる気?しつこいねぇ」
「私がお前なんかに負けるもんかぁーッ!」
ペトラは起き上がりざまに、剣先を地面に走らせ、砂ぼこりをぶつけるように下から切り上げる。
弥生は顔に砂がぶつけられ一瞬目を閉じる。
今だ!
ペトラは弥生が目を閉じた瞬間を見逃さず、大剣の腹を弥生の胸に叩き付けるように、振り下ろした。
「しかたないねぁ」
そう呟くと同時に、弥生は目を閉じたまま槍の柄を左から右へ薙ぎ払った。
ペトラが大剣を振り下ろした後の動作にも関わらず、それはペトラよりもはるかに速かった。
槍の柄が薙ぎ払った軌跡から発生した風の刃は、ペトラの鉄の胸当てを潰し、その体を十数メートルは遠くへ吹き飛ばした。
背中から地面に落ちたペトラは気を失い、起きて来る事はなかった。
試合を見ていた隊員達は誰一人声を出す事ができず、ただ、勝者として立つ弥生に、驚きの目を向けている。
「・・・ありがとうございました」
ペトラが起き上がってこない事を確認すると、弥生は槍を脇に持ち、倒れているペトラに向かい、腰を曲げて一礼をする。
体に染み付いたその一連の流れるような所作はとても美しく、誰もが目を奪われていた。
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