【231 かけられた魔法】
四月も下旬になると、朝も暖かくなり春を感じられる。
「いらっしゃいませー」
今日もリサイクルショップ・レイジェスは沢山のお客で溢れている。
店内を見回りながら、ご来店の挨拶を口にしていると、どこか見覚えのある長身の男性に声をかけられた。
「こんにちは。ヤヨイさん・・・でよろしかったですか?」
「あ、はい。私の名前はヤヨイですが・・・えっと・・・」
「あぁ、突然ですみません。以前、一度だけ路上でお会いした事があります。剣士隊の隊長でドミニク・ボーセルと申します」
「あ!すみません。私ったら・・・」
190㎝以上の長身に、短髪で筋肉質、彫りの深い顔立ちで鼻が高い。
あらためて目の前の男性を見直して思い出す。
そうだ。確かに以前一度会った事がある。
「いえいえ、気にしないでください。直接お話ししたわけではありませんし、普通あんな短い時間じゃ覚えられませんよ。それより、リンダはいますか?」
ドミニクさんは少し笑みを浮かべ、柔らかい口調で言葉を出す。
「リンさんですか?今、丁度お昼休憩で外にでているんです。だんだん戻ってくるかと思いますが、もしよければ事務所でお待ちになりますか?」
「あぁ、すみません。では、お言葉に甘えさせていただきます」
大きな体を曲げて、ドミニクさんが頭を下げる。
これだけ背が高いと迫力がある。
そのままの感想を伝えると、ドミニクさんはフッと笑って、よく言われますと答えた。
事務所で古着をジャンルごとに仕分けしている王子を見て、ドミニクさんは、えぇ!?と外に漏れる程大きな声を出し、しばらく状況を飲み込めずにうろたえていた。
「・・・な、なるほど・・・そういうご事情だったのですね。申し訳ありません。王子が今はブレンダン様の孤児院におられる事は聞いておりましたが、まさか・・・その、表に出ないとは言え、こちらで働いているとは頭の片隅にもありませんでしたので」
「こちらこそ、すみません。私達には当たり前になった事だったのですが、確かに普通は驚かれますよね。ちゃんとお伝えしてから通すべきでした」
王子が働く事になった経緯を説明すると、まだ信じられないという顔はしているけれど、とりあえず理解はしてくれたようだ。
「戻ったよー!って、あれ?・・・隊長じゃん。どうしたんです?」
ちょうど説明を終えたタイミングで、お昼休憩を終えたリンダさんが帰って来た。
事務所のドアを開けて入って来ると、イスに腰をかけているドミニクさんを目にして、首を傾げている。
「おぅ、リンダ!お前に話しがあってな、仕事中で悪いと思ったが来たんだ」
「愛の告白ですか?」
「ハッハッハ!もうお決まりだな、いやいや、今回は真面目な話しなんだ。この前お前が倒したゲーリーの事なんだがな」
「え、ゲーリーの事ですか?もう城の牢の中ですよね?まだなんかあるんですか?」
ゲーリーという名前を聞いて、リンダさんは顔をしかめ、露骨に拒否反応を見せる。
私も、剣を向けられた男の名前なんて、耳にもしたくなかったくらいだから、胸に嫌な感情が沸き起こるのを感じた。
私の反応を見て、ドミニクさんは一つ咳払いをしすると、あらたまったように私に顔を向け話し始めた。
「報告では、ヤヨイさん・・・最初はあなたがゲーリーを相手にして、ずいぶん圧倒していたようですね。城からの勧誘は断られたと聞きましたが、残念です」
「あ、いえ、そんな・・・・・私はできればこういう生活を豊かにするお仕事で、街へ貢献できればと考えておりますので・・・せっかくのお誘いをお断りしてしまい、申し訳ありません」
座ったまま頭を下げると、ドミニクさんは少し慌てたような声を出す。
「あぁ、いえいえ、こちらの一方的なお誘いでしたから、お気になさらないでください。不躾でした」
「もう、隊長~、あの時のヤヨイはそりゃすごかったけど、本当はおしとやかを絵に描いたような人なんだから、剣士隊なんて無理無理!」
「そうだよなぁ、リンダのような女でないと、剣士隊は務まらんか」
「ちょっと!どういう意味よそれ!」
仲が良いんだなと、ほのぼのした気持ちで二人を見ていると、私の視線に気付いたドミニクさんが、ごまかすように咳払いをして、仕切り治すようにあらたまった口調で言葉を出した。
「・・・こほん、それで今日来たのはだな・・・ヤヨイさん、お忙しいとは思いますが、あなたも聞いていただけませんか?リンダの上司ですし、大事な話しです」
ドミニクさんは、後ろで黙って服の仕分けをしている王子にも、チラリと視線を送った。
「・・・はい。聞くのはかまいませんが・・・それで、どのようなお話しでしょうか?」
リンダさんも私の隣に腰を下ろし、黙ってドミニクさんが話し出すのを待っている。
「・・・城へ連行されたゲーリーは、明らかに様子がおかしかった。あいつは問題のある発言をするし、自信過剰だったり、まぁ性格に問題はあったんですが・・・いきなり剣を抜いて襲い掛かるような男ではないんです。俺は10年以上の付き合いだから・・・仲が良かった訳ではないけど、それでもあいつがそんな事をする男でない事くらいは・・・分かっているつもりです」
人数が少ない体力型とはいえ、それでも一つの隊の副隊長を務めた程の男だ。
通り魔のような事をする人間が務まるものではない。
「・・・そうですね。私は、あの男には嫌悪感しかありませんが、感情抜きに考えれば、あの時はとてもまともとは言えない精神状態に見えました。なにか・・・あったのでしょうか?」
「・・・青魔法には、精神に作用するものもあるのですが・・・人の精神構造は複雑で、まだ研究が足りないのです。王宮の青魔法使いでも、感情を少し大げさに出させる程度の事しかできません。例えば、嬉しい時にニコリと微笑むだけ人を、声を出して笑わせるくらいですね」
ドミニクさんは、言葉を選ぶようにゆっくりと話し出した。
精神に作用させる魔法・・・それは、悪意を持った者が使えば、恐ろしい事態を招く事になるのではないだろうか。
「隊長・・・まさか、ゲーリーも?」
ドミニクさんの言葉の先を察したリンダさんの言葉は、私も頭をよぎったものだった。
「・・・あぁ、お前への憎しみを増幅させられたようだ。あんな行為に及ぶほどにな。証拠という証拠はない。だが、時間が経ち、かけられた魔法の効果が切れたゲーリーは、驚くほど素直に取り調べに応じたよ。自分が何をしたのかも覚えていた。あいつにも、王宮で働いていたという誇りは残っていたんだ・・・・・証拠は無いが、ゲーリーは操られていたんだ。俺はそう確信している」
「・・・・・精神魔法をかけた犯人は?」
リンダさんの問いに、ドミニクさんはテーブルに肘を付き、顔の前で両手を組み、ハッキリと断定した。
「ブロートン帝国だ。そして、人の精神にここまで影響を与えられる青魔法使いは、あの男しかいないだろう・・・ブロートン青魔法兵団、団長のジャキル・ミラー」
「・・・はぁ~・・・やっぱり、ブロートン帝国か。去年のブレンダン様の試合の時も、ブロートン帝国の殺し屋が関わってたし、今回はゲーリーに精神魔法をかけてこんな事を・・・・・隊長、国はどうするつもり?」
リンダさんは大きな溜息をつくと、両手で顔を覆い隠し、普段のあっけらかんとした調子からは想像もできないような、低い声でドミニクさんに今後の国の対応を問いかけた。
リンダさんの問いに、ドミニクさんはまた後ろで服を仕分けしている王子に目を向ける。
言いにくい事なのだろう。縁が切れたと言っても王子と国王陛下は血のつながった親子だ。
口ごもるドミニクさんの心を読んだかのように、王子は仕分けをしながら興味の無さそうに言葉を発した。
「・・・おい、ドミニク、俺と国王の縁はもう切れている。口にし難い内容だという事は察したが、なにも気にする必要はない。事実をそのまま話せばいい」
「・・・王子・・・すみません。その、国王陛下はすっかり弱ってしまって、最近はほとんどお部屋で休まれています。内政も外交も、ロペスさんが実質トップとして判断して国を動かしている状態です。
もちろん、これまで通り各分野で動いていた優秀な人員は残っていますので、ロペスさんに全てを押し付けているわけではありませんが、難しい判断はやはりロペスさん頼みになっていますので、ロペスさんの負担は大きいです」
国王陛下が弱っているという言葉を耳にした時、古着を持つ王子の手が一瞬だけ動きを止めた事に、私は気が付いた。表情は変わらず、無関心を装っているけれど、王子が国王の身を案じている事が分かる。
「ロペスさんは、元大臣のベン・フィングの一件と、今回の件でブロートンとの戦争もいとわない考えのようですが、さすがにまだ宣戦布告は思いとどまっています。ですが、まだ思いとどまっているだけで、やる気はあるんです。もし、もう一度なにかしかけられたら、その時は・・・・・」
その時は・・・・・
ドミニクさんはその先の言葉を飲み込んだ。
口にしたくもないその言葉は、誰の頭にも浮かんでいた。
「・・・そっか、うん。分かったよ隊長・・・・・ねぇ、なんで私にその話しをしたの?」
気まずい沈黙が下りた中、リンダさんは下を向いたまま、ドミニクさんに理由を訊ねた。
「・・・来週、ブロートンの要人と話し合いの場を設けた。その席に、こちらはロペスさんが代表として出席する。そして俺と魔法兵団長のロビンさんが護衛として付くんだが、護衛の数は両国最大7名まで認められている。ブレンダン様、ウィッカー、ジャニスの三名にはこれから要請するが、残りの二枠を、リンダ・・・お前と、シンジョウ・ヤヨイさん、あなたにお願いしたい」
最後までお読みいただいて、ありがとうございます。




