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【226 鍛える理由】

誤字を見つけたので訂正しました。内容に変更はありません。

3月31日


ジャニスさんのお誕生日の翌日。いつも通り朝6時に起きて、一階へ降りると、外から何か話し声が聞こえるので、私はコートを羽織り、外へ出てみる。


玄関を出て、一歩外へ出ると、明日から四月といってもやはりまだ肌に寒さを感じる。

日が昇ればシャツ1枚でも大丈夫なくらい暖かくなってきたけれど、朝の冷え込みはまだ続きそうだ。


両手に息をかけて手をこすり合わせながら、声のする方へ足を向けると、なぜかウィッカーさんが弓を構えて、ジョルジュさんに指導を受けていた。

いつもウィッカーさんが寄りかかっている一本の大木には、すでに何本もの矢が突き刺さっている。



「え?・・・ウィッカーさん、ジョルジュさん・・・何してるんですか?」


なんで魔法使いのウィッカーさんが弓を?

状況が呑み込めず、私が呆けた声をだすと、二人とも私に気付いて手を止めた。


「おはよう。ヤヨイ、見ての通りだ。俺がウィッカーの弓の指導をしている。なかなかセンスがある。初めてとは思えんくらいだ」


「ふぅ・・・ヤヨイさん、おはようございます。昨日、ジョルジュの親父さんに言われたんです。魔法使いだからって、魔法だけにこだわらず、ナイフでも弓でも、武器を使えるようになって損はないって。

考えてみればその通りですよね。そりゃ、筋力的に体力型には及ばないけれど、使う事はできるんだから、覚えて損は無い。だからやってみようと思って、ジョルジュに指導を頼んだんです」



二人に近づいて、ついジロジロと見てしまう。

去年の夏にこの世界に来て、半年以上立つけれど、私は魔法使いが剣やナイフ、弓などの武器を使っているところを見た事が無い。

魔法使いのウィッカーさんが弓を使うとは、なんだかすごく新鮮だ。

まだ6時だけど、大分練習していたのだろうか?ウィッカーさんはけっこう汗をかいている。



「・・・これ、ジョルジュさんの弓ですよね?体力型のジョルジュさんの使う弓ですと、玄が重そうなんですけど、ウィッカーさん大丈夫なんですか?」


私の質問に、ジョルジュさんは、ほぅ、と呟き息をもらした。


「よく見ているな。確かに俺に合わせているから固く重い。なんせ昨晩頼まれた事だから、ウィッカーに合わせた弓は持って来ていないしな。だから、無理だと思ったが、試しに引かせてみただけなんだ。

だが、意外に力があるようでな。なんとか引くことはできたし、あの通り最初から木に命中させている。大したセンスだ。さすが大陸一の黒魔法使いだな。鍛えればかなりの腕前になると思うぞ」


ジョルジュさんにベタ褒めにされ、ウィッカーさんは、いやいやと言って顔の前で手を振る。


「いや、命中に関しては、黒魔法の火球や刺氷弾で、狙いを付けるのと似たようなもんだから、なんとかな。ただ、この弓は俺の全力でなんとか引けるけど、一射するだけですごく疲れる。やっぱり扱いきれる物じゃないな。俺の筋力に合わせた弓にしたい」


「そうか?引ける事は引けるのだから、お前がもっと鍛えればいいだけじゃないか?だが、まぁ確かに最初はもっと軽い弓でならした方がいいだろう。近いうちにお前の弓を用意して持ってこよう。それまでは筋力を鍛えて、弓を引くイメージトレーニングをしておけ」



ウィッカーさんは、分かったと返事をすると、その場に座り込んで、ふぅ、と大きく息をついた。

汗の量も多いし、だいぶ疲れているみたい。

それを区切りにジョルジュさんが、今日はここまでにしようと言い、私達は孤児院の中へ戻った。


「ウィッカーさん、すごいですね。黒魔法使いとして大陸一なのに、弓まで覚えようなんて。でも、そんなに鍛える必要があるんですか?」


玄関でコートをかけながら訊ねる。

ウィッカーさんは、少しだけ迷ったように視線を天井に向けたけど、内緒にしてくださいね、と一言口にして話し始めた。



「皆を護るためです・・・戦わなくてすむ世界が一番だけど、どうしても戦わなくてはならない時があるじゃないですか?だから俺は、皆を護るために学べる事は学んでおきたいんです。そして、俺の学んだ知識と技術を、優しい心を持った人に伝えていきたいんです」



「ウィッカーさん・・・立派だわ。とっても立派でカッコイイ・・・尊敬したわ」


「い、いや、その・・・かっこつけてるだけですから、そんな尊敬なんて言わないでくださいよ。みんなにも内緒ですよ?ジャニスなんて、俺の事すぐからかうから」


「ウィッカー様はさすが私の旦那様です」


「うわっ!メ、メアリー・・・びっくりしたぁ、いつの間に・・・」


いつの間にかウィッカーさんの後ろに立っていたメアリーちゃんに、ウィッカーさんはビクっとして驚きの声を上げた。


「うふふ・・・嫌ですわウィッカー様、もう何回目ですか?私がウィッカー様のおそばにいるのは、当たり前の事なんですよ?」


「お、おう・・・そうだけど、いきなり後ろから声かけられるとびっくりするぞ。まだドキドキしてる・・・次からは、できればゆっくり前に回ってから話しかけてくれないか?」


「うふふ、ウィッカー様は驚きやすいのかもしれませんね。分かりました。次からは前に回ってお声がけします。それでは、上着をお預かりします」


メアリーちゃんは、両手を前に出してニッコリと微笑む。


「え?上着って・・・今俺が着てる、このTシャツ?」


「はい。今ウィッカー様が着てらっしゃるそのTシャツです。汗をかいてらっしゃいますので、そちらをお預かりします」


「え、いやいや、いいよ。このくらい自分で洗い物置き場に置いてくるからさ。そこまでしなくて・・・メ、メアリー?」


ウィッカーさんが顔の前で手を振って、メアリーちゃんの申し出を断ると、メアリーちゃんの目には涙が浮かび、唇をきゅっと結んでいる。


「私が・・・私がお預かりします・・・・・ウィッカー様の、上着は・・・私が・・・私が・・・」


「あ!し、しまった!わ、分かったメアリー!分かったから!」


今にも大粒の涙を零しそうなメアリーちゃんに、ウィッカーさんは慌てて脱ごうとして、シャツに手をかけるが遅かった。



「あーーーーーーッツ!ウィッカー兄ちゃんがぁぁぁぁぁーッツ!メアリーちゃんをいじめてるぅぅぅうッツ!みんなー集まれー!」


丁度子供部屋から出て来たトロワ君に、現場を目撃されてしまった。


教育の行き届いた子供達は、トロワくんの一声ですぐに集まり、トロワ君を筆頭にウィッカーさんを厳しく怒るのだ。



「ヤ、ヤヨイ!これは一体なんだー!?」


大勢の子供達の怒声に、ジョルジュさんは両手で耳を塞ぎながら、私に向かって声を上げる。


「せ、説明は後で!ウィッカーさん!早くシャツをメアリーちゃんに渡して!」


大慌てでウィッカーさんがシャツを脱いでメアリーちゃんに渡すと、メアリーちゃんは目に浮かんだ涙を拭って、ニコリと微笑み、やったー!ウィッカー様のシャツ!と小さく笑った。



メアリーちゃんの笑顔を確認すると、トロワ君が両手を横に振り、制止の合図を出す。

すると子供達は一斉に口を閉ざすのだ。


私はトロワ君のこの統率力は、長年鍛えられた軍人のようだと思っている。



「お~い!んだよ今の大声は!?うっせぇぞ!」

子供達の怒鳴り声で目が覚めたようで、エロール君が二階から文句を言いながら降りて来た。


「僕も、びっくりしました。今のなんですか?」

ヨハン君も怪訝な表情をしながら、階段を降りて来る。



「ねぇ~、なに今の?すっかり目が覚めたんだけどー」

「何ですか今の大きな声は?」

ヨハン君達に続いて、リンダさんとニコラさんも二階から顔を出す。いかにも寝起きと言う顔だ。



「ふー・・・終わったみたいね」

ジャニスさんが子供部屋から顔を覗かせる。どうやら、丁度子供達を起こしていたようだ。

ドアを閉めてやり過ごしていたらしい。


「・・・びっくりしたわ。何事かと思った」

「よく分かんないけど、子供達はメアリーちゃんのために怒ったの?人気あるのねー」


モニカさんと、ナタリーさんも、ジャニスさんに続いて子供部屋から顔を出す。

スージーちゃんとチコリちゃんを抱っこしているところを見ると、二人の着替えなどを手伝っていたのだろう。



「あ・・・朝から・・・勘弁しとくれ~・・・うぅ、悪酔いして頭が痛いんじゃ・・・ジャ、ジャニス・・・キュアを頼む」


自室からブレンダン様が、這いずるように出てきた。

一目で分かる顔色の悪さだ。そう言えば、昨晩はかなり盛り上がっていた。


もしかしてと思い、ブレンダン様の部屋を覗きみると、エディさんと、ロビンさんも、頭を押さえてうずくまっていた。



驚いたのは、レオネラちゃんだけは大声にも全く気付かずグッスリ寝ていた事だ。

七時を回った頃、欠伸をしながら起きて来て、みんなに驚かれていた。


商人として、各地を旅する事もあり、自然と野宿も多くなるらしい。

悪条件で寝る事には慣れているらしく、子供の騒ぐ声くらいなら子守歌だよぉ~、と笑って話すので、すごいと思った。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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