【189 変わる世代】
「ぐぅ・・・な、なん・・・だ?これは・・・・・」
床に倒れ伏すエロールを見下し、ミックは侮蔑するように言葉を発した。
「はぁ・・・全く、壁越しに攻撃をしかけてきた最初の奇襲は良かったが、こんな見え見えの攻撃をまともに食らうようでは・・・今の国の魔法使いのレベルが知れるな」
ミックは手に持った水晶を見せつけるように、エロールに向け揺らしている。
「共鳴の玉・・・込めた魔力を特殊な音に変えて発する・・・・・まともに聞いた者は強い眩暈に立っていられなくなるものじゃ。まさか、持っておるとはな・・・」
ブレンダンが水晶の正体を口にすると、ミックはエロールからブレンダンに視線を移した。
「今の若い連中は知らんのか、まぁ敵味方関係ない魔道具だからな、ハッキリ言って欠陥品だ。開発されてすぐに廃棄された代物だ。だが、俺のような一人者にとっては実に優秀な魔道具だ」
ブレンダンはローブの中に手を入れると、30cm程の枝を取り出した。
「ふぅ・・・しかたないのぅ、お主が相手ならこれを使ってもよかろうな」
ブレンダンの魔道具 魔空の枝
「・・・なんだそれは?魔力だけじゃないな?」
魔空の枝を目にしたミックは、枝からにじみ出る強大な魔力と、もう一つの得体の知れない力に目を見張った。
「ミックよ、もうおしゃべりはよかろう?そろそろ始めようではないか」
そう口にするなり、ブレンダンは右手に持った魔空の枝を軽く振った。
ブレンダンがした事は、手にした枝を肩より少し上から、振り下ろしただけである。
だが、たったそれだけでミックの体は上から下へ押しつぶされるかのように、床に這いつくばされた。
「グッツ・・・が、があぁぁぁッツ・・・ブ、ブレ・・・ンダンッ・・こ、これ・・は・・・」
うつ伏せに床に這いつくばり、ミックは苦し気に声を絞り出した。
体は指一本まともに動かす事ができず、巨大な何かに押しつぶされるかのような圧力はどんどん強くなっていく。
「ほっほっほ・・・ミックよ、始めると同時に終わってしまったな。ワシの魔道具、魔空の枝の味はどうかの?勝負ありじゃ」
「ふ・・・ふざけ・・る、なぁぁぁッツ!オレ、が・・・何年、き、きさま・・・を・・・・」
まるで呪詛のような憎悪のこもったミックの叫びに、ブレンダンは悲し気に目を伏せると、ミックの前に立ち、お互いの顔が見えるように、片膝を付く形で腰を落とした。
「ミックよ、あの崩落はワシが起こしたわけではない。お主も分かっておろう?あれだけ大きな岩をストーンワークで動かすには、パートナーとの呼吸が大事なんじゃ。ワシは前もって言ったではないか。
質量が大きく、一人で動かす事が困難な鉱物があれば、連携の取れる相手と組ませて撤去に当たれと。
それを即席で適当に組ませた相手と作業に当たるのだから、操作を誤り、結果あの大惨事じゃ・・・ワシが付きっ切りでいたらという思いはある。じゃが、耳を貸さず、現場を甘く見たお主の責任ではないか」
落盤事故の救出作業の際、あまりに質量が大きく、一人の魔力では動かす事が困難な大岩は、二人、三人と、人数を集めて撤去するようにブレンダンはミックに提言し、救出部隊の青魔法使いにも言葉をかけていた。
そして、繊細な操作を要求される今回の撤去では、できるだけ息の合うパートナーと組むようにと、念を入れて話してあった。
しかし、現場の崩落は大きく、ブレンダンも一か所だけを付きっ切りで見る訳には行かず、動き回らざるを得なかった。そしてリーダーのミックは、次々に指示を仰いでくる青魔法使い達に、余裕が無くなっていき、おざなりな指示を出してしまった事が、二次崩落に繋がった。
「・・・ミックよ・・・あの時、リーダーだったお主を支えてやれんかった事は、すまなかったと思うておる。じゃが、それでも命のかかった現場だったんじゃ。お主は部下の言葉をちゃんと聞き、考えて指示を出せねばならんかった」
「ぐ、がぁぁッ!ブレンダンーッツ!」
ブレンダンの言葉はミックの心には届かなかった。
体にかかる圧力は、ミックの体の自由を完全に奪い、指一本まとも動かせない程だった。
すでに勝負は決している。
だが、ミックの目は憎しみに燃え、ブレンダンを睨みつけ叫びを上げた。
かつては魔法の発展のため、語りあった仲である
出来る事なら分かってほしかった
だが、この状態でもミックは右手の水晶を手放さず、握り締めていた
ミックの魔力が水晶に流れるのをブレンダンが感知する
ブレンダンは悲し気に魔空の枝をもう一度振った
「ガッ・・・バ・・ガァッ・・・・・・・・・・・・」
ミックの目が見開かれ、一瞬大きく痙攣し、うめき声を上げ血を吐くと、それきりミックは動かなくなった。
ブレンダンは何も言わず、ゆっくりと腰を上げた。
悲しみにゆれる目で見下ろすミックの死体は、背中が押し潰されていた。
潰された体の下から、ジワリと血が流れ出てきた事から、潰れた肋骨が皮膚を破った事が想像できる。
「・・・す・・・すげぇ・・・・・」
回復したエロールは、ブレンダンの圧倒的な強さに、目を奪われていた。
ミックの水晶による攻撃を防げなかった事は、効果を知らなかったとはいえ、エロールの敗北である。自分一人であったら命を奪われていただろう。
エロールは自分の能力の高さを自覚している。
同年代の魔法使いどころか、大人にもそうそう負ける事はなく、ロビンが将来性があり、優秀であると押すだけの才能を持っていた。
だが、それゆえにプライドが高く、悪く言えば生意気であり、必要のない摩擦を生むことも多い。
魔法兵団長のロビンは、エロールがその才能を更に伸ばすためには、もっと人の言葉に耳を傾ける事。
そして驕らずに魔法と真摯に向き合う事だと考えていた。
今回、エロールを孤児院に派遣した事には、もちろんエロールの力が必要という判断でもあるが、ロビンが尊敬するブレンダン、そして歳が近いウィッカーとジャニスから、自分に足りないものを学び取って欲しい。そう願ったゆえである。
「・・・エロールや、これがワシの魔道具、魔空の枝じゃ。この枝は樹齢1000年を超える霊木で、枝自体が魔力を帯びておる。そこに使用者の魔力を合わせる事で様々な事ができる。今回は、ワシ自身の魔力を空気中に拡散させ、魔力で空気を囲うように圧縮し、高密度の空気でミックを押し潰した。
結界を張ろうとも空気は閉めだせんからの。ワシがこれを持った時点で勝負ありじゃ」
ブレンダンはまだ床に腰を下ろし、立てないでいるエロールに向き直ると、手にした枝を見せるように差し向けた。
「魔空の枝・・・これが、ブレンダン様の、魔道具・・・」
エロールは差し向けられた枝に、手を伸ばしそうになったが、止めた。
半年もの間、毎日ブレンダンが魔力を流し、ようやく完成した魔空の枝は、手にする事すら躊躇させる程の高密度の魔力を秘めており、エロールはその凄まじさを察したのだ。
触れただけでダメージを受けかねない。
「・・・ほほぅ、この枝の凄みが分かるようじゃな。うむ、試すようなマネをしてすまんかった。まぁ、お主程の実力があれば、短い時間触れる程度でなら、大丈夫じゃろう。だが、訓練をしていない一般人には、見せる事すら躊躇らわれる代物じゃ」
ブレンダンは、魔空の枝をローブの内側にしまうと、エロールに手を差し伸べた。
「立てるかの?」
「・・・はい」
ブレンダンの手を取り、エロールは腰を上げた。
眩暈は治まっているが、足元がまだおぼつかず、壁に手を付いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です・・・ブレンダン様、俺の魔道具は・・・反作用の糸は・・・ヒールの魔法を、攻撃の魔力に変換し爆発を起こすんです。威力は流す魔力の大きさによって変わります。ただ、このマフラーに魔力を流し変換する過程での消費魔力が大きく、通常の倍程の魔力を必要とするので、あまり乱発はできません・・・・・ブレンダン様から見て、どうですか?」
エロールが自分の魔道具について、意見を求める事は初めてだった。
ブレンダンは、この二週間あまり、一緒に生活をしてきたエロールに対して持った印象は、自信家だった。
優秀だが、自分の意見に強い自信を持っており、自分以上の意見が出る事は無いと思っている。
そのため、なにかをする時には、自分が思うままに動き、他人はそれに付いてくるものだと考えている。
今回、最初に部屋の外のミックに攻撃を仕掛けた時も、ブレンダンへの相談も無く動いた事からも、顕著に表れている。
だが、今のエロールはどうだろう。
ブレンダンは、自分に意見を求める少年の目が、これまでと違い、他者に敬意を持っていると感じた。
「・・・良い、魔道具じゃ。ワシも驚かされたよ。回復魔法を攻撃魔法に変換させるか・・・ワシも知らん特殊な糸を使用したんじゃろうな。発想も素晴らしいが、作り上げた腕前も見事じゃ。
魔力を流す事で糸が緊張し高質化する、そして投てきして当てるという攻撃手段も良い。
しかし、まだ改善点はあるのう。魔力の消費が倍という事じゃから、まずはもっと消費を抑えるための工夫。そして、そのマフラーの耐久性じゃな」
そう言ってブレンダンがエロールの巻いている、水色のマフラーの先を指す。
今回の二度の使用で、マフラーの先、十数センチ程が消失しており、その脆さを露呈していた。
「まだ完成して間もないのではないか?二度の使用でそのダメージでは、使用回数が心もとないのう。お主自身も気付いておるんじゃろうが、まずは耐久性の改善じゃな」
ブレンダンの指摘に、エロールは悔しそうに下唇を噛んだ。
小顔で、女性と見間違えてしまいそうな綺麗な顔立ちだが、不機嫌そうに眉を寄せ、かなりキツイ印象の顔つきになってしまっている。
「・・・クソッ、まだまだか・・・分かりました。ありがとうございます。城へ帰ったらすぐに改良してみせます」
「・・・ほっほっほ、そうかそうか、ではエロールよ、改良できたら、またワシに見せてくれんかの?お主の魔道具は興味深い」
エロールは欠点を指摘されたから苛立ったのではない。
魔力消費の課題は把握していたが、それ以外にも耐久性を指摘された事で、まだまだ改善しなければならない点が浮き上がり、そして、そんな欠陥品を得意げに披露していた自分自身へ怒りを感じていたのだ。
「はい、次は非の打ちどころの無い物を仕上げて見せます」
エロールは変わり始めている。
若者から感じた確かな変化に、ブレンダンは目を細めた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




