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【144 思い起こし】

そして師匠とベン・フィングの試合当日の朝が来た。


エンスウィル城から馬車で約20分、孤児院からだと、1時間近くかかる場所に闘技場はある。

馬車に揺られながら、赤い屋根、黄色い屋根、色とりどりの家並みを通り過ぎ、馬車は目的地まで走る。


馬車の中には、前回城へ向かった時同じく、俺と師匠、ジャニスの三人だけが乗っている。


孤児院はヤヨイさんと、メアリーにお願いして出て来た。

二人とも、やはり今日の事は心配していたが、信じて待ってます、と言って送り出してくれたのだ。

女性二人に応援されて、師匠も珍しく照れていたように見えた。



馬車の中では、これからの試合についての話しは、不思議なくらい全くでなかった。

俺も頭の中では、師匠とベン・フィングの試合の事を考えているのだが、口から出るのは、孤児院の話しばかりだった。


師匠もジャニスも同じだった。

まだまだ暑いから、今度水遊びに行こうとか、スージーとチコリが、もうちょっとで立てそうだとか、そんないつもの、食事中にするような会話だ。


きっと、試合の話しをする事への恐れがあったのだと思う。

今、試合の話しをする事によって、あの時のように、師匠が変わってしまうのではないかという恐れが・・・


師匠も、闘技場に向かいながら、感情が試合に向いていない訳が無い。

自分で分かっているから、試合の話しを口にしないのだ。


きっと、一度口にすれば、ベン・フィングへの怒りが溢れてしまうから・・・

四歳の頃からずっと王子の師として、いや、孤児院の子供達がみんな師匠の子供であるように、王子ももう師匠にとっては我が子なのだ。


大切な我が子が、あれほど酷い仕打ちを受けているのだ。

本心では、ベン・フィングの顔など見たくもないだろうし、名前を口にする事すら躊躇われるだろう。


だから、師匠はギリギリまで自分の中の怒りの感情に目を瞑り、見ないようにしているのだろう。


そして、その怒りは闘技場でベン・フィングと対峙した時に放たれる

ベン・フィングは思い知る事になるだろう・・・・・青魔法使いの、結界の常識を覆す戦い方で・・・





時刻は午前10時

2万人は収容できる、3層構造の円形闘技場は、高さは約27メートル、64のアーケードで取り囲まれている。試合開始は午後1時なので、まだ3時間もあるが、すでに満員に見える程の人で埋め尽くされていた。


カエストゥス国は、人口の八割が魔法使いという魔法大国である。

そのため闘技場でも、主に魔法兵による試合が行われているが、少ないながらも体力型の試合が行われる事もある。


そして、一番大きな行事は、年に1度開催される、最強の魔法使いを決めるための魔戦トーナメントである。


このトーナメントに、魔法兵団長のロビンさんは出ない。

団長になる前に、一度だけ参加し、優勝をした事があるらしいが、ロビンさんはこのトーナメントを部下の腕試しの場と考えているようで、団長の自分が出るべきではないと口にしている。


そのため優勝者は、上位成績の誰かが毎年のように入れ替わって決まっているので、絶対的な王者は不在の状況だ。


ただ、そのせいなのか、賭けはかなり盛り上がるらしい。優勝候補はいても、確実視される者がいないのだ。

毎年、今年の本命、悲願の連覇、など様々なキャッチコピーが付いた出場者が張り出され、トーナメントの盛り上がりに大きく貢献している。


ちなみに、俺もジャニスも出た事は無い。

俺とジャニスが、トーナメントにあまり興味が無い事もあるが、師匠から固く禁じられている。

でれば、どちらかが優勝するのは間違いないし、実力差に場が白けるからというのが理由だ。


俺達を乗せた馬車は、軍の兵士達によって、外壁に沿う形で確保された道を進み、観客用ではなく、選手用の出入り口まで進むとそこで止まった。


「・・・では、行くか」


言葉少なに話す師匠を見て、俺達も黙って頷いた。


馬車を降り、案内役の兵士に付いてアーチ上の通路を進んで行く。

吹き抜けから入る風はやや強く、髪を大きくなびかせていく。


煉瓦作りの外壁に触れると、ひんやりとした感覚が伝わり、夏の暑さを少しだけ忘れられる。


最初は赤茶色だったであろう煉瓦も、色が剥げ落ち、ひび割れ、欠けているところを見ると、この闘技場が出来てからの年月の長さが伺えた。


「お時間まで、こちらの部屋でお待ちくださいませ。昼食は11時30頃、お持ちいたします。部屋の前に一人立たせておきますので、なにかご用がありましたら、その者にお申し付けください」


通された控室は、大人3人が十分に体を休められるくらいの広さはあったが、硬そうな鉄のパイプイスと、食事を取るためのテーブルが置いてあるくらいだった。


「・・・時計も無いのか・・・イスとテーブルだけ・・・ここ、必要最低の物しかないですね」


殺風景な部屋を見て、俺が率直な感想を述べると、師匠は少し笑いながら言葉を口にした。


「ハッハッハ、そう言えば、ウィッカーもジャニスも、闘技場は初めてじゃったな?今の控室なんて、こんなものだぞ。昔は壁に時計もあったし、待ってる間につまめるようにと、気の利いた菓子もあったのじゃが、ねこそぎ持って帰る馬鹿がおってな、そういう事が続いて、こうなったんじゃ」


「え!?そんな人いたんですか?」

「うわぁ~、そりゃテーブルとイスしかなくなりますよね・・・」


俺もジャニスも驚きに声を上げた。

師匠は俺達の反応を見て、笑っているが、ふと目を細めて、懐かしそうに部屋見渡した。


「・・・また、ここに来る日が来ようとはな・・・」


師匠はそう呟くと、色の禿げた煉瓦の壁に手を付き、口を閉ざしてしまった。


「そう言えば・・・師匠は、ここの王者でしたよね?」

以前、師匠が若い時に闘技場で戦っていたという話しを聞いた事がある。

確か、10年連続で優勝し、絶対王者として君臨していたそうだ。それが、師匠をこの国で一番の使い手として名を広める事になった要因だ。



「・・・昔の話しじゃよ。だが・・・・・やむを得んかったとはいえ、もう一度この場に立つ日が来るとは・・・世の中何が起きるか分からんわい」


年に1度開催されるトーナメントで、師匠は10年連続優勝し、それを区切りにトーナメントには出なくなったと聞いている。


出場者は、一つだけ魔道具の使用が許されており、白魔法使い、青魔法使いは、よほど特殊な作戦でも考えない限り、攻撃系魔道具を持つ。

反対に黒魔法使いは、防御系の魔道具を持つことが多い。


師匠も攻撃系の魔道具を持ち、並み居る強豪を倒し、絶対王者の座を揺るがないものとしていた。


だが、10年勝ち続けた時、虚しさを感じたらしい。



「戦う相手がいなくなったんですよね?」



俺のかけた言葉に師匠が振り返る。



「・・・もし、お前かジャニスが、あの時挑戦者として現れておったら・・・ワシは11連覇をかけて戦っておったろうな」



そう言って笑う師匠は、無邪気な子供のように見えた


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