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【137 ベン・フィングとの話し合い】

「これはこれは、ブレンダン様、昨日帰られたばかりなのに、なにゆえ今日もまた、あのような遠くからはるばるお越しになられましたかな?」


応接室に入ると、大臣ベン・フィングは仰々(ぎょうぎょう)しいほど腰の低い態度で、師匠と俺達を迎え入れた。


黒い革張りの大きなソファを進められ、師匠を真ん中に、三人並んで腰を下ろしたが、それでもう1人は座れる程、スペースに余裕がある。


横に長いテーブルを挟んで、向かいの同じ大きさのソファにベン・フィングは座っているが、横に広い体系のせいか、あと1人隣に座ったら場所が埋まってしまうくらいに見えた。



「ベン殿、王子の件であらためて話したく参った次第ですじゃ。軟禁を解いていただきたい」


膝の上に肘を乗せ、やや前屈みで両手を握りながら、師匠はベン・フィングを真っすぐに見据えて話しを切り出した。


「・・・ほぅ、しかし、その件については、もう何日も話しあった上で、結論を出したではありませんか? あなたが孤児院に戻れたのは、タジーム王子のおかげなんですよ?本来であれば、あの禍々しい魔法に関わったあなたも、この城に留めて置かれる立場だったのですよ?」



王子の黒渦が危険視され、城から王子を出すべきではないという話しが決定された時、師匠も王子の師という立場と、黒渦の使用を分かっていながら止めなかった責任を問われ、軟禁されるはずだった。


だが、孤児院の事を考えた王子が、自分は城で大人しくするから、師匠は孤児院へ帰せと取引を持ち掛けたのだ。


本来であれば、通る要求ではなかっただろうが、王子はその圧倒的な魔力をにじませながら詰め寄り、言葉にこそしなかったが、脅しともとれる態度を見せたそうだ。


ベン・フィングの言葉には、その辺りの含みが入っていた。


「分かっておる。じゃが、あまりに一方的ではないか?黒渦の危険性は認めるが、結果的にバッタは殲滅させ、首都は守り通したのじゃぞ?なぜその功績を無視する?危険ならば、今後黒渦を使用しなければよいだけじゃろう?」


挑発的な言葉を使うベン・フィングだったが、師匠は感情的にならずに、自分の言い分を冷静に述べた。

だが、ベン・フィングは鼻で笑うと、テーブルを指先で叩きながら語尾をやや強めて言葉を放った。


「ですから!それはこの数日間、何度も議論をしてきたでしょう!?首都に被害が出なかったのは、あくまで結果!結果なんですよ?一歩間違えれば、バッタではなく、あの黒渦とかいう魔法に我々は呑み込まれていたんです!全く王子には、王子としての自覚が足りない!

あなた方の結界だって、報告によれば運任せだったそうじゃないですか?

私が派遣した魔法兵がいなかったら、最後まで維持できなかったんだ!そんな半端な結界を使用して、本気で首都を護る気持ちがあったんですか!?国民を危険にさらした罪に目を瞑るんです。

感謝してほしいくらいですね?」


「はぁ!?あんた・・・」


ベン・フィングの言葉に、ジャニスがソファから腰を上げかけたが、師匠がジャニスの前に手を出し、制止させた。


「ジャニス、座っていなさい」

「師匠!なんで・・・」


ジャニスが、なんでここまで言われて我慢をするのかと、師匠にも食って掛かりそうな鋭い目を向けるが、その言葉は最後まで話す事ができなかった。


俺も同じ気持ちで、師匠に目を向けたが、師匠の顔を見て分かった。



師匠は我慢の限界なんてとっくに超えていた。




「な!?ブ、ブレンダン!き、貴様!その目はなんだ!?私は大臣だぞ!無礼であろう!」


さっき、ドアの前で感じた殺気なんて比較にならなかった。


師匠の体から発せられる殺気は、まるで皮膚を切り裂かれるのではと思う程鋭く、その場から逃げ出したくなる程だった。


齢60を超え、一線を退き、いつも温厚な姿ばかり見ていたので、俺は師匠の強さを忘れていたのかもしれない。



王子が現れるまで、師匠はこの魔法大国カエストゥスで一番の使い手だったのだ。



青魔法使いには攻撃呪文は一切無い。

だが、それでも攻撃系魔道具の一つでもあれば、師匠は誰にも負けないだろう。


そして今、魔空の枝を胸に閉まっている師匠は、この場で最強という事実に疑いは無かった。




「おや?ベン殿、どうされましたかな?顔色が優れんようじゃが」


声色はいつもと変わらぬ柔らかいものだったが、体から発せられる殺気は鋭さをどんどん増していき、師匠の正面に座るベン・フィングは、顔は青ざめ、滝のような汗を掻き、その体は震えている。


「き、貴様!私にこんな真似をして、只で済むと思っているのかぁッツ!」


恐怖をかき消すように、ベン・フィングは両手をテーブルに叩き付け立ち上がると、師匠の顔に指を突き付け、部屋中に響き渡る怒鳴り声を上げた。




「・・・ベン殿、これは大変失礼をした」


俺とジャニスが成り行きを見守るなか、しばしの間を置き、なんと師匠はその場でベン・フィングに頭を下げた。


なぜ?俺もジャニス、ベン・フィングに殺気を向けた事は驚いたが、それ以上に、そこまでしてなぜすぐに謝罪をするのか?真意が全く分からず、困惑するしかなかった。


素直に謝罪されるとは思っていなかったのか、ベン・フィングも一瞬目を丸くしたが、すぐに見下すように下卑た笑いを浮かべ、頭を下げる師匠を見下ろしたまま、愉快そうに声を上げた。



「フッフッフ・・・そうだろう!?そうだろう!?私は大臣だ!いかにかつて最強と言われた魔法使いであっても、逆らう事は許されない!命が惜しくなってやっと分かったか!?だが、当然このまま只で済ませる訳にはいかんなぁ!どうしてくれようか!」



「そうですな。1つ、ベン殿の魔法の腕を皆に見せてはいかがですかな?」


頭を下げたままだった師匠が、突然発した言葉に、ベン・フィングは眉を寄せた。


「あ?なんだと?どういう意味だ?」


もはや、取り繕った言葉使いはせず、横暴な態度を見せるベン・フィングは、おもむろに体重をかけてソファに腰を下ろすと、師匠の頭を睨みつけたまま吐き捨てるように言葉を出した。


「ベン殿も、かつてはこの国で、指折りの黒魔法使いであったではないですか?大臣という職に就くことで、引退されてしまい、今の若い者はかつてのベン殿の雄姿を知らん者も多い。

そこで、1つワシと余興をしませんかな?不完全な結界しか張れんワシに、ベン殿の本物の魔法を見せていただきたい。

あぁ、もちろんワシは魔道具は使いませんぞ。ワシの不完全な結界に、ベン殿が黒魔法を撃ち込むのです。

そして、ワシの結界を破る事ができれば、ベン殿の主張を確たるものにできましょうな」


師匠の提案に、ベン・フィングは一瞬目を開き、真顔になったが、次の瞬間には大口を開けて笑いだした。


「ハァーハッハッハッ!なにを言うかと思えば、ブレンダンよ!お前は結界しか使わんというのか!?私は攻撃魔法を撃ち続け、お前はそれを最後まで耐えるという勝負をしたいのか!?」


「勝負だなんて畏れ多い。ワシはベン殿に本物の魔法を見せていただきたいだけですじゃ」


「ふん!そういう事にしておいてやろう。だが、いいのか?魔道具が無ければ、青魔法使いは絶対に黒魔法使いに勝てんのだぞ?結界はただでさえ魔力の消費も多い、そして結界がダメージを受ければ、それに比例して魔力の消費も多くなるのだ!いかにお前でも私の魔力が尽きるまで維持できるのか?」


「構いません。それに、申し上げました通り、これは勝負ではありません。ベン殿に本物の魔法を見せていただくだけですじゃ。ワシは結界しか使いません」


師匠は顔を上げなかった。

頭を下げたまま、ベン・フィングの罵りの言葉を一身に浴びているが、口調は変わらず穏やかなものだった。


俺もジャニスも、なぜ師匠がこんな不利な提案をするのか、全く理解できなかった。

なぜ師匠は事前に考えを説明してくれなかったのだ?なにか考えがあっての事だろうけど、予想だにできない展開に、今は驚く事しかできずにいた。



そして、この主張に関しては、ベン・フィングの言う通りだった。


戦闘になった場合、魔道具が無ければ青魔法使いは黒魔法使いに絶対に勝てない。

攻撃手段が無いのだから、勝ちようが無いのだ。


師匠は勝負ではないと言うが、これは、自分の結界が最後まで持つか、それともベン・フィングの魔法が師匠の結界を打ち破るのかという勝負でしかない。


なぜ、師匠はこんな勝負を持ちかけたのだ?

結界を最後まで持たせる勝算があるのだろうか?


少し考えれば、非常に不利な勝負だと言うのはよく分かる。


ベン・フィングは攻撃魔法を自分のペースで撃てるのだ。

師匠は常にベン・フィングの動きに注意を払い、結界を維持するなり、消していても、いつでも発動できるように構えていなければならない。その精神の集中は相当な負担になるだろう。


そんな条件で、ベン・フィングの魔力切れまで師匠が持つのだろうか?


俺も直接見た事があるわけではないが、確かにベン・フィングはかつて、この魔法大国で指折りとまで言われた黒魔法使いだったという話しは聞いている。


現役を退いて長いといっても、その魔力は侮れないだろう。


なぜだ?ベン・フィングを甘く見ているのか?

いや、師匠に限りそれは無いだろう。

いつ、いかなる敵が襲ってきても対応できるように、侮らずに備えをしておく人だ。



師匠はなにか、俺やジャニスも知らない、絶対に勝つ自信のある魔法を持っているのかもしれない。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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