1351 生きて償う事
シャンテル・ガードナーと向かい合うオレンジ色の髪の女、一定の距離を置きながら二人を取り囲む帝国兵達は、ただならぬ緊張感をその身に覚えていた。
二人が何か言葉を交わしている事は分かるが、その内容までは聞こえてこない。なぜならあまり近づき過ぎて、シャンテル・ガードナーの魔力が届く距離に入っては危険だからである。
自分は大丈夫だと思っていても、触れれば死ぬかもしれない魔力とはやはり恐ろしいものである。
普段はシャンテル自身が魔力を外に出さないように抑えているが、敵が目の前にいる今の状態では危うく巻き込まれかねない。
だからこそ帝国兵達も、距離を詰める事には慎重にならざるを得ないのである。
帝国兵達は息を飲みながら、視線の先の二人の動向を注視していた。
まさか師団長であるシャンテル・ガードナーが、敵に殺して欲しいと懇願するなど、誰も想像だにしなかった。
「・・・シャンテルさん、あなたの望みは分かりました」
自分を殺してほしい。そう告げるシャンテルの言葉を、最初は理解できなかった。
けれどシャンテルの瞳から流れる涙を、その言葉に込められた切実な想いを受け止めて、カチュアはシャンテルの気持ちに応えようと決めた。
「・・・ありがとう」
「ですが、私はあなたの命を奪う事はしません」
「え?」
望みは分かったと了承しつつも、命を奪う事はしないと言うカチュアの言葉に、シャンテルは戸惑いを口にした。
「あなたの気持ちはよく分かりました。戦争をしたくないという想いは私も一緒です。誰もが笑って平和に暮らせる世界、本当に素晴らしいと思います。でも、その気持ちが本当なら、死ぬ事を望むのではなく、生きて平和のために力を使うべきではないでしょうか?」
「でも・・・私の手は汚れてしまいました。数えきれない命を奪ったのに、私だけが生きている事は・・・・・」
「帝国軍のシャンテル・ガードナーさんは今日ここでお終いです。これからは人々のために働く、白魔法使いのシャンテルさんに生まれ変わるんです。沢山の人を助けたい、シャンテルさんがその気持ちを持っている限り、私はシャンテルさんの味方になります」
軍人として、皇帝の道具としてのシャンテルは今日ここで死んだ。
それがシャンテルの願いに対して出した、カチュアの答えである。
そっとシャンテル・ガードナーの手を取り、両手で包み込む。
手の平から伝わる温かさに、忘れかけていた白魔法使いとしての信念を思い出した。
「・・・温かい、ですね・・・とっても、温かいです」
「シャンテルさん、辛くても生きて下さい。あなたは白魔法使いとして、沢山の人を救えるはずです。同じ白魔法使いとして、私もシャンテルさんを支えます。だから一緒に行きましょう」
いいのでしょうか・・・・・
人生をやり直すには、私はあまりに多くの人の命を奪ってしまいました。
平和を願う気持ちに嘘はありません。
ですが、私だけ生き残るなんてそんな事が許されるはずありません。
でも、思い出してしまった。
人の手の温もりを・・・・・
傷を癒した時、ありがとうと向けられる笑顔を・・・・・
私はこの力を、苦しんでいる誰かを助けるために使いたい。
そう心に誓った信念を。
私の罪は生涯許される事はないでしょう。
けれどこんな血で汚れた私の手を取り、優しい笑みをくれたこの人に、私は・・・・・
自分の右手を包み込みカチュアの両手に、左手を重ねる。
「カチュアさん、私はあなたと一緒に・・・・・っ!」
一緒に行こう。生きて償おう。そう心に決めた。
だがシャンテルがその想いを、口にする事はできなかった。
・・・あまりに突然の出来事だった。
背後から投げられたソレは、シャンテルの背中から左胸を刺し貫いた。
その衝撃によってシャンテルは立っている事はおろか、振り返って投げた者の顔を見る事さえできなかった。
背後からシャンテルの背中を刺し貫いた物、それは細く鋭い片手剣、レイピアと呼ばれる剣だった。
あと数センチ、もうあと数センチ刃先が飛び出ていれば、その赤い刃は正面に立っていたカチュアの肌も切り裂いていただろう。
刺されたショックで大きく目を見開いたシャンテル・ガードナーは、込み上げてきた真っ赤な血液を吐き出し、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
「・・・・・え?」
あまりのショックに、カチュアの頭の中は真っ白になった。
状況が何もつかめない。たった今、手を取り合い分かり合えたと思った相手が後ろから刺され、血を吐き倒れた。なぜ?いったい何が起こった?
倒れ伏すシャンテルの背中には、柄までも赤い、真紅の片手剣が刺さっていた。
・・・なに、これ?
シャンテルは直接刺されたわけではない。なぜなら周囲を見回してみても、剣の持ち主らしき者は、どこにも見当たらなかったからだ。
つまりこの剣は投げつけられたというわけだ。おそらく敵意をもって近づけば、命を奪われるという事を知っているのだ。だからこそ、安全圏からの遠投による攻撃方法をとったのだろう。
つまりこの剣を投げた相手とは、味方であるはずの帝国軍の人間・・・・・
「っ!」
ふと強い視線を感じ顔を上げると、上空に赤いマントを羽ばたかせた、赤い女が立っていた。
そう、その女は空中に立っていたのだ。
血のように赤い切れ長の瞳。
腰まである長い髪も、瞳の色と同じ赤だった。
しかしその肌は瞳や髪の色を引き立てるかのように、雪のように白かった。
「・・・な、なに、あの人・・・」
上空から自分を見下ろす赤い女と目が合うと、カチュアの全身から汗が噴き出した。
ち、違う・・・この人は、これまで見て来たどんな相手とも違う。
得たいの知れない不気味さ、そして心臓をぎゅっと掴まれたかと錯覚する程の圧力。
見ているだけなのに、息苦しさで膝を着き倒れそうになる。
「は、はぁっ・・・はぁっ・・・な、なに、き、急に、か、からだが・・・」
体が、熱い・・・まるで内側から焼かれているよう・・・・・
「・・・・・」
その赤い女は、まるで観察するようにじっとカチュアを見下ろしていた。
そして呼吸を荒く、胸を押さえて苦しそうに呻くカチュアを見て、口の端を持ち上げて妖しい笑みを浮かべた。
「うふふ、体を内側から焼かれる気分はどうかしら?」
赤い女の赤い瞳には、揺れ動く炎が宿っていた。




