1346 強く純粋な意思を持った目
「・・・クインズベリーには優しい人が沢山いるのですね」
シャンテル・ガードナーは、自分の足元倒れたラクエルを見つめ、悲し気に小さく言葉を口にした。
戦うべき相手なのに自分の苦しみを見抜いて、逃げろとまで言ってくれた人。
その言葉全てを受け入れたわけではない。けれど確かに心に届いたものはあった。
「フン、この女、生意気にもこの僕に飛び掛かってきやがった、この下民が!」
ラクエル・エンリケスに刃を向けられたノーマン・ブルーナーは、動かなくなったラクエルの頭を爪先で蹴りつけ嘲笑した。
「なっ!ノーマン!何をするんですか!?」
「なにをするだって?シャンテル、こいつは皇帝の甥であるこの僕にナイフを向けたんだぞ?」
「だからと言って、もう動けない人を足蹴にするなんて!」
「はぁ・・・シャンテル、今日は変だぞ?この女に惑わされたんじゃないかのか?色々言われてたよな?無理してるんじゃないか?とか、逃げたらどうだとか?シャンテル、よく考えろ?この女、口ではキミを心配するような事を言っていたが、そんなの嘘に決まってるだろ?本当にキミの事を想っていたんなら、なぜこの女はここで倒れているんだ?キミに敵意を向けたからじゃないのか?」
シャンテルの非難の言葉にも耳を貸さず、ラクエルの頭を踏みつけるノーマンに、シャンテルは明確な怒りを込めて睨みつけた。
「確かに彼女は私に敵意を向けました。その結果命を奪われて倒れています。けれど・・・」
「現実を見ろ!人間なんてそんなもんなんだよ!お前の懐柔して油断したところを刺すつもりだったんだって分かるだろ!?いつまでも夢を見てんじゃねぇ!お前は帝国の勝利のためにクインズベリーを根絶やしにすればいいんだ!」
シャンテルの言葉を遮り、ノーマンは苛立ちを大声でぶつけると、その顔をぐっと近づけた。
「分かったら、さっさとこいつらの魂を潰せ。なんでまだ生かしてるんだ?」
「・・・・・」
ノーマンはシャンテルの両手の平に視線を向けると、指先を向けて強い口調で指摘した。
そう、ノーマンの言葉通り、シャンテルの両手の平の上では、四つの青い炎が揺らめいている。
それはここで倒れている、クインズベリー軍の四人の魂だった。
「・・・お前、何を考えてる?さっさと殺せと言ってるんだ。こいつらはクインズベリーの主力だろ?
生かしておいて何になる?」
目を伏せて黙り込むシャンテルは、これまでと明らかに様子が違って見えた。
これまでのシャンテルであれば、こんな真似をする事はなかった。相手が誰であろと指示通りに標的の命を奪い、生かしておくなんて事はしなかった。
それがここに来て、なぜか敵の主力四人の魂を潰さずに残している。
「なんとか言えよ?・・・もういい、お前ができないんなら、俺がこいつらに止めを刺してやる」
ノーマンは腰に差した剣を抜くと、己が頭を踏みつけているラクエルにその刃を向けた。
「っ!ノーマン!」
それを見たシャンテルは、ガバっと顔を上げると、強い怒りを込めた目でノーマンを睨みつけた。
魂の炎はシャンテルの手の内にある。
この炎が揺れている限り、彼らはまだ死んではいない。
しかしそれは戻るべき肉体が、無事である事が前提条件である。首が斬られている。心臓を刺されている。肉体が死んでいては、魂を戻す事は叶わないのだ。
「こいつらは敵なんだ!さっさと始末すればいいん・・・ぐぁっ!」
「ノーマン!止めなさ・・・っ!?」
ノーマン・ブルーナーがラクエルの背中に剣を突き立てようとしたその時、突如突風が吹きつけて、ノーマンの体を強烈に打ち付けた!
とても立っていられない程の風圧に、ノーマンは足を浮かされ後方に吹き飛ばされた。背中から砂の上に落とされ、握っていた剣は投げ出されて砂の上に突き刺さった。
シャンテル・ガードナーは一瞬だけノーマンを目で追ったが、すぐに風の吹いた方に顔を向けた。
「・・・白魔法使い、ですか?」
そこに立っていたオレンジ色の髪の女性を見て、シャンテル・ガードナーは少し驚いたように呟いた。
右手に持った白い羽をこちらに向けている事から、おそらくそれが魔道具なのだろう。風を起こす魔道具という事も、状況から見て容易に想像できた。
戦闘用の魔道具を持つ白魔法使いが珍しいわけではない。しかしシャンテルが本当に驚かされたのは、その目だった。
「殺させない・・・アラタ君もラクエルさんも、誰も殺させない!」
自分を睨みつけるオレンジ色の髪の女の目は、シャンテルがこれまで見た事のない、とても強く、そして純粋な意思を持った目だった。




