1344 胸騒ぎ
「はぁぁぁぁぁッ!」
シルヴィアは右手の平を空に向けて掲げると、氷の魔力を放出した。
すると何百もの氷の槍が空中で形作られ、それは前方の帝国軍に向けて鋭い切っ先を傾けた。
「空から降るのは雨だけじゃないのよ、受けてみなさい!」
勢いよく右手を振り下ろす!
氷の槍は自軍の兵士達の頭を飛び越えて、対峙する帝国兵達へと撃ち込まれていった!
シルヴィアが使った技は氷の初級魔法の刺氷弾である。
通常は手の平か指先を対象に向けて、鋭く尖らせた氷を撃つだけの魔法である。
だがシルヴィアはウィッカーとの修行で、数百本もの刺氷弾を一度に作り出し、さらに空中で固定させる事をも可能にしていた。
そうして生まれた技が、降り注ぐ雨の如きこの技、降氷槍である。
この攻撃で帝国軍の前衛が百人規模で倒された。そこにできた穴にクインズベリーの前衛が畳みかけるが、帝国軍とて黙ってはいない。シルヴィアと同じく、中衛で魔力を溜めていた黒魔法使い達が、反撃の炎を撃つ!
「来るぞ!火球だ!」
兵の一人が声を上げる!火の初級魔法の火球だが、魔法は使い手の魔力によって威力が増していく。
一兵士とは言っても、帝国の魔法使いは一人一人が鍛えられている。そして数百人規模で一斉に放つ火球は、もはや初級魔法の比ではない。
「くっ!」
シルヴィアが風魔法で身を護ろうとすると、シルヴィアの前に入る影があった。
「防御は任せて!」
そう声を大にして握った杖を掲げる女性は、青魔法使いニーディア・エスパーザだった。
杖の先端から、青く輝く魔力が溢れ出して頭上に広がっていく。それは強固な結界となって自軍を覆った。その直後、無数の火の球が頭上を叩きつけてくるが、ニーディアの結界はその全てを防ぎ切った。
「ニーディア、助かったわ。ありがとう」
「防御は青魔法使いの役目だから。攻撃は任せたわ」
チラリと顔半分だけ振り返ったニーディアは、シルヴィアにフッと笑いかけた。
ニーディアだけではない。クインズベリー軍の青魔法使い達は一定の間隔で分散し、それぞれが決まった範囲を結界で覆い、隙間なく軍全体を護っているのだ。
青魔法使いは防御の要であるという役割を、一人一人が認識し果たしている。
「もちろんよ。もう一発、お見舞いしてあげるわ!」
シルヴィアの両手に氷の魔力が宿る!
最前線では両軍の体力型がぶつかり合い、中衛に並ぶ黒魔法使い達が援護射撃を行う。魔法攻撃に対しては等間隔で配置された青魔法使いが結界で防ぎ、負傷者は後衛の白魔法使いが治療する。
変化や特徴はない。しかし手堅いこの陣形は、今回の戦場である砂漠のような、身を隠す場所が何もない開けた場所では最も適している。
帝国とクインズベリーが同じ陣形を選んだ事は、必然と言えるだろう。
「・・・カチュアさん、アラタさんの事が気になっているみたいですね」
運ばれて来る負傷者にヒールをかけていると、隣で同じように治療をしているサリーが、前を向いたまま声をかけてきた。
「え、あ・・・いえ、そんな事ないですよ」
白魔法使いである自分の役目は、目の前の負傷者の傷を癒す事だ。
余計な事は考えずに集中しなければならない。それは分かっている。そう考えて治療をしていたはずだが、虫の知らせと言うのだろうか?ユナニマス大川を渡ってから、なにか嫌な予感がして胸の内がかき乱される。平常心を装っているつもりでも、内心の不安をサリーに見抜かれていたようだ。
カチュアは愛想笑いをしてごまかそうとしたが、サリーはチラリと目を向けて言葉を続けた。
「カチュアさん、私達白魔法使いの役目は、負傷者の傷を癒す事ですよね?」
「え?・・・はい、そうですけど・・・」
唐突にそんな事を言われ、カチュアは戸惑いながら答えた。
「負傷者はここに運ばれて来る事になってますが、負傷者全員が運ばれて来ると思いますか?前線では体力型が激しくぶつかり合って、黒魔法使いが攻撃魔法を撃ち続けています。あの中からどれくらいの負傷者を運べるでしょうか?」
「それは・・・」
全員はとても無理だ。自力で歩ける負傷者はともかく、そうでない負傷者を後方に運べるのは半分以下、三分の一、いやもっと少ないだろう。
カチュアが言葉に詰まったところで、サリーは目の前の負傷者の治療を終えて、スッと前を指差した。
「だからカチュアさん、あなたは前線に行って治療を行ってください。ここは大丈夫です。私はシャクール様に効果的な魔力の使い方を学びましたし、魔力量にもまだまだ余裕があります。カチュアさんの分も私がカバーしますから」
「え?で、でも・・・」
ここ、軍の後方では、サリーの他にも大勢の白魔法使い達が、負傷者の治療にあたっている。
しかし運ばれてくる負傷者は大半が重傷者である。一人を治療するために、二人、三人の白魔法使いでヒールをかけている姿も多く見る。今はまだ負傷者に比べて、白魔法使いの方が多い。しかし時間が経つ程負傷者は増えて、魔力を使い続ける白魔法使い達はどんどん疲弊していくだろう。
今、自分が抜けて大丈夫なのだろうか?
そんな迷いや心配が顔に出たのだろう、サリーはカチュアを安心させるようには優しく微笑んだ。
「ここは私に任せて行ってください。私はシャクール様が生きていると信じてますが、会えない事はとても辛いです。カチュアさん、アラタさん達は白魔法使いを連れずに先行しました。いくら彼らが強くても、白魔法使い無しでは苦しいはずです。だから行ってください」
「サリーさん・・・すみません、私、行ってきます!」
背中を押すサリーの言葉に、カチュアは前を向いて走り出した。
ユナニマス大川を渡り、こちら側に上陸した時から感じていた胸騒ぎ。杞憂であればいい。
ただ自分が心配し過ぎていただけなら、笑い話しですむ事だ。けれ足を前に出すほどに、嫌な予感はどんどん強く大きく膨らんでいく。
アラタ君!・・・お願い、どうか無事でいて!
「おい!なにやってんだ!?あんた白魔法使いだろ!前に出るな!死にたいのか!?」
前に前に走り抜け、ついに前線で剣戟を繰り広げる体力型達のところまで足を踏み入れた時、この場にいるはずのない、白いローブを纏ったカチュアを目にした兵士の一人が、後ろから肩を掴み止めた。
「っ!す、すみません!離してください!私は行かなきゃならないんです!」
「わけのわからん事を言ってないで後ろにいろ!本当に死ぬぞ!」
「その手を離しなさい」
引き止められても前に出ようとするカチュアに、兵の男が大声を張り上げたその時、冷たくもよく通る声が間に割って入った。
「え、あ!あなたは・・・」
「やぁ、カチュア。加勢に来たよ」
その女性は、肩の下まである長い銀色の髪はオールバックに撫でつけ、首元で結んで背中に流していた。
色白で目鼻立ちは整っているが、細く上に角度のついた眉と、鋭く青い瞳が冷たい印象を与えている。
しかしカチュアに向ける声は、とても優しく温かみがあった。
「ルーシーさん!」
装備の全てを白で統一し、白いマントを風になびかせたその女戦士は、四勇士ルーシー・アフマダリエフだった。
「カチュア、何か事情があるんだろ?前に行きたいのなら私が連れて行こう」




