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【131 出会い】

子供達に案内された場所は、森に近い川原で、見晴らしは良く、水遊びをするには丁度良い場所だった。

上流から流されてきた石は、角が取れて小さく丸い石ばかりで、怪我もしにくい。


ただ、森の近くは少しだけ流れが速い。

うっかり足を滑らせでもして流されたら、大人でも危険だ。


だから、ここで遊ぶ時には、必ず俺かジャニスを一緒に連れて行くように話してある。


今回はつい、気持ちが緩んでしまったようだ。

俺がその事を注意すると、トロワを先頭に、子供達は全員素直に謝った。

トロワが謝るとみんな謝るのだ。トロワは良いリーダーだと思った。




川で倒れていた女は、俺より少し年上に見えた。


女性にしては背が高く、170cm程はありそうだった。状況を見た限り、川で溺れたのだろう。

上流で足でも滑らせ流されて、ここに引っかかったのかなと思った。


意識はなく、顔は血の気を失っており白い。

全身濡れていて、腰の辺りまで伸びた黒髪は体に張り付き、毛先からは水がしたたり落ちている。


息はあるか、口元に耳を近づけると、微かに呼吸音が聞こえる。

俺はこの女性を背負うと、孤児院まで走った。




女性の体はかなり冷えていた。

ベッドに寝かせ、ジャニスがヒールをかけると、呼吸も落ち着きを取り戻し、血色も良くなったが、目を覚ますには時間がかかりそうだった。


濡れた服を着替えさせると言うので、ジャニスとメアリーを残して、俺は部屋を出た。


木造りの扉を閉めると、子供達が廊下に待機していて、一斉に色々と聞いて来る。


あの女の人だれ!?大丈夫だった!?なんで溺れてたの!?


あれこれ色々言葉が飛んでくるが、俺もここに運んだだけで、何一つ分からない。

ただ、ジャニスのヒールで命は助かったので、それだけはきちんと子供達に話すと、みんな安心したように笑顔を見せてくれた。

特に男の子達は、自分達が発見しただけに、なおさらほっとしたようだ。


「キャロル、スージーとチコリは?」


「今は隣の部屋でグッスリ寝てるから大丈夫だよ」


ここにキャロルがいるという事は、大丈夫だと思ったが、1歳の幼児、スージーとチコリは言うまでもなく自分では何もできない。

だから、常に気に留めておかなければないので、一応確認はしておく。




キャロルは黒魔法の才能があった。

黒魔法は俺の分野なので、時間が空いている時は教えるようにしている。


黒魔法はどうしても戦うための魔法というイメージがある。

争いごとが嫌いなキャロルは、最初黒魔法は覚えなくていいとまで言った。


だけど、黒魔法は戦うためだけの力ではない。


明かりが無い時には、火をおこし周りを照らす事ができる。

風魔法も落ち葉を掃除する時には役に立つ。


そう説明すると、キャロルは案外あっさりと、じゃあ覚えてみる、と言い、それからは俺の手が空いている時には積極的に習いに来るようになった。


素直な子だから、ようは使い方次第というのをすんなり受け入れたのだろう。



キャロルは、花の形をしたピンクのバレッタで、栗色の髪を一本にして後ろでまとめている。

このバレッタは、10歳の誕生日プレゼントで、孤児院のみんなからの贈り物だ。


似合うかな?と照れながら髪に付けたのが、とても可愛らしかった。

それ以来、キャロルは宝物として毎日髪に付けている。


「キャロル、今日もバレッタ似合ってるね」


そう言って褒めると、キャロルはとても嬉しそうに笑顔を見せてくれる。



「あー!ウィッカー兄ちゃんがキャロルを口説いてるー!」


俺がキャロルを褒めると、トロワが大声を出して、一本指を俺に突き立て、まるで悪党でも見つけたように睨みつけた。


「ウィッカー兄ちゃんには、メアリーちゃんがいるじゃねぇか!このナンパ野郎!いい加減にしろよ!許さねぇぞ!」


トロワが大声を出して俺を怒鳴りつけると、男の子達はがそれに続いて俺に文句を言い始める。

女の子達は騒ぎはしなかったが、俺がキャロルを狙っているとヒソヒソと言い始めるので、始末が悪い。



「違うって!ちょっとバレッタを褒めただけじゃねぇか!トロワ、お前いっつも極端なんだって!うるさいからみんな黙れって!病人が寝てんだぞ!」


俺がそう声を上げた時、背にしていたドアが勢いよく開き、俺の後頭部を遠慮なく直撃した。


「ちょっと!あんた達マジうるさいから!黙らないと夜ご飯抜き!」


目を吊り上げたジャニスが手を腰に当て、子供達を睨みつけビシッと言い放った。


夜ご飯抜きという言葉に、子供たちは一斉に口をつぐんだ。

さっきまでの騒音が嘘のように静まり返る。


ジャニスは頭を押さえている俺に目を向けると、呆れたように両手の平を上に向けて息を付いた。


「ウィッカー、あんたらうるさいから、彼女起きたよ。着替えも済んでるから中に入っていいよ」


そう言って、ジャニスは部屋の中を指差した。

騒いで病人を起こしたというのは、悪い事をしてしまった。




俺に続いて子供達も部屋に入ろうとしてくるが、起きたばかりの人の前に、あんまり大勢いたら驚かせてしまうだろうと言って、ジャニスが止めた。


トロワとキャロルに小さい子供達を任せ、俺だけ部屋の中に入り扉を閉める。



その女性はベッドから上半身だけ起こしていた。

俺が部屋の入った事に気付くと、顔を向けじっと俺を見つめて来る。


切れ長の瞳は少しキツイ印象を与えているが、どこか寂し気にも見えた。


女性が今着ている深い緑色の寝間着は、カエストゥス国の寝間着だ。

風の精霊の加護で、精神を落ち着ける効果がある。イライラしたり、不安を感じている時に着ると、リラックスして休む事ができる。




「初めまして。新庄 弥生しんじょうやよいと言います。川で倒れていたところを、助けてもらったと聞きました。ありがとうございます」


シンジョウヤヨイと名乗る女性は、起こした上半身を曲げ俺に頭を下げた。


「シンジョウヤヨイ・・・珍しい名前だね?性と名はどこで区切るのかな?」


「新庄が性で、弥生が名です。弥生と呼んでください」


静かに通る声だった。

受け答えはきちんとできているが、その様子はどこか不安気に見えた。


俺も名前を告げ、気軽にウィッカーと呼んでくれと告げると、ヤヨイさんは、分かりました、と言って頷いた。


「じゃあ、ヤヨイさん、この辺に住んでるのかな?ジャニスのヒールで体力も回復しただろうけど、俺が見つけた時は、体中冷え切ってて危ないところだったんだ。まだ本調子でないようなら、送っていくけど、家はどの辺りかな?」



「・・・・・・分かりません」



俺の問いかけに、ヤヨイさんは目を伏せ首を横に振った。


「分からないって・・・自分の家が分からないの?」


ジャニスがヤヨイさんの隣に行き、腰を下ろした。目線を同じ高さに合わせ、優しい口調で話しかける。


ヤヨイさんはジャニスに顔を向けると、不安気に小さく頷いた。




「何も・・・分からないんです。名前だけは覚えていましたが、それ以外は何も思い出せません・・・私、どうしたら・・・・・・」


小さな声でそう話すと、ヤヨイさんは両手で顔を覆いふさぎ込んでしまった。

小刻みに肩を震わせ、嗚咽が聞こえて来る。




「ウィッカー様、ジャニス様、私は一人住まいですので、ヤヨイさんをお迎えできますが、よろしいでしょうか?」


メアリーが遠慮がちに提案してくる。

ヤヨイさんは名前以外覚えていないという。演技には見えないし、なにか悪さを企んでいるようにも見えない。



そもそも、川で死にかけていたところを、俺達が偶然見つけ介抱したのだ。

あのまま誰にも見つけられなければ、そのまま命を落としていただろう。


そう考えれば、なにも警戒する必要はないと思える。

だが、女性とはいえ、やはり素性が分からない人をメアリーと二人きりにするのは気にかかる。


「いや、メアリーの提案もいいけど、この人は孤児院で預かろうと思う。メアリーが来てくれて、とても助かっているけど、子供達は多いから、もっと人手がほしいところなんだ。

ヤヨイさん、ここは孤児院なんだ。部屋は沢山あるから、キミに衣食住は提供できる。代わりにここで働いて欲しいんだけど、どうかな?」


ここなら、なにかあっても俺とジャニスで大抵の事は対処できる。


俺がジャニスに視線を送るとジャニスも俺の意図を読んだようだ。軽く頷く事で返事を返してくる。




ヤヨイさんはしばらく泣き続けたけど、落ち着くと遠慮がちに、いいんですか?、と言葉を返してきた。


「うん。遠慮しないでいいよ。ウィッカーの言う通り、ここは子供が多いんだ。人手は沢山欲しいから、ヤヨイさんが手伝ってくれると助かるね」


ジャニスが笑顔を見せると、ヤヨイさんはやはりまだ遠慮が見えているが、両手を膝の上に重ねて、俺達に頭を下げた。


「本当に・・・ありがとうございます。私にできる事は何でもしますので、どうか、よろしくお願いします」


かなり恐縮しているようだ。

顔を上げ、俺と目が合うが、その瞳には不安の色が浮かんでいる。

本当に名前以外、何も覚えていないのだとしたら、無理も無い事だと思う。


「・・・そんなに、畏まらなくていいよ。じゃあ今日からよろしくね。子供達も呼んでこよう」


心配のし過ぎかもしれない。そう思った。

とても悪さをするような人には見えない。




扉を開けると、子供たちがなだれ込むように部屋へ入って来た。


さっきの騒ぎで、スージーとチコリが起きたようで、キャロルはいなくなっていたが、それでも12人の子供達が一度に入ると、部屋は一気に狭くなった。



子供たちは新しい孤児院の住人に、好奇心を隠さず色々と言葉を投げかける。


「お姉ちゃんも一緒に住むの!?」

「お名前はー?」

「どこから来たのー?」


次々に質問が飛び交うが、名前以外を覚えていないヤヨイさんは、返答に困り俯いてしまった。


「はいはい!みんなー、こっち向いてー!」


ジャニスが手を叩き、声を上げると、子供達は一斉にジャニスに注目する。


ジャニスは子供達の躾が上手い。

メリハリがきいているというか、締める時は締める性格なので、子供達はジャニスの言う事はきちんと聞くのだ。

どうにも甘い性格の俺とは、こういうところで大きく違う。



「みんなよく聞いてね?このお姉ちゃんは、シンジョウ・ヤヨイさん。今日からここで一緒に暮らします。

でも、このヤヨイお姉ちゃんは、川で倒れて、ちょっと具合を悪くしちゃったみたいなの。

それで、あんまり自分の事が分からなくなっちゃったみたいなんだよね。

だから、あんまり色々聞かないで優しくしてあげる事!みんな良い子だからできるよね?」


ジャニスが優しい口調で話すと、子供達は一斉に、分かったー!と声を上げて、またヤヨイさんに向き直った。



「じゃあ、お姉ちゃん遊ぼう!」

「スージーとチコリも可愛いんだよ!」

「もうすぐお昼ご飯だから、一緒に食べよう!」


子供達がヤヨイさんの手を引くと、ヤヨイさんはまだ少し戸惑っていたが、引かれるままにベッドから降りて、子供達に付いて部屋を出て行った。




行ってきます。と、扉の前で振り返って俺達に言葉をかけたその表情は


ここに来て初めて見る優しい笑顔だった






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