121 濁った空と歪んだ石畳 ⑦
俺の予感は正しかったようだ。
ドアノブに手をかけても、ジーンやジェロムのように、禍々しい魔力、闇を感じる事は無く、これまで開けてきた普通のドアノブと同じだった。
そのまま勢いよくドアを開き上げる。
そこで俺は初めて恐怖した。
光を纏っていたため、ドアノブからは感じる事はなかった。
だが、視覚でハッキリ認識できる、この世の禍々しさを全て閉じ込めたような闇。悪意、呪いの塊。
それはドアを開けた先で、黒く渦巻き、生あるもの全てを飲み込もうとしているよう見えた。
ドアを開けた事により、俺はそれを肌で感じてしまった。
この闇に、直接触れてしまったならば、一瞬で正気を失ってしまうだろう。
俺の自分の拳を見た・・・光の拳・・・そうこの光は拳だけ・・・
ふと、マルゴンを思い出した。
レイチェルは、協会の戦いの後、俺とマルゴンの戦いを振り返りこう話した。
【キミの光の拳と、マルコスの最後の技は似ているな。どちらも生命エネルギーだ。でも、キミは拳だけだったが、マルコスは全身に漲らせていた。キミも、光を全身に纏う事ができるかもな】
『・・・レイチェル、約束やぶってごめんな。でも、今は必要な時なんだ』
封印すると話した光の拳。これは、光が拳を覆うイメージをすると発動する。
目を閉じ、光が全身を包むようにイメージしてみた。
感覚は間違っていなかった。
光は拳だけでなく、俺の全身を包み、輝きを放つ。
ドアの先の蠢く闇に正面から向き合った。
だが、先程感じた禍々しさはまるで感じる事はなく、俺は中に入れる事を確信した。
『・・・行ってくる』
ジーンに視線を送り、一言だけ口にする。
光を纏った俺を見て、少し驚いていたが、ジーンは黙って頷きだけを返した。
俺は闇の中に身を投じた。
最深部に地面は無かった。水中に浮いているような、全身をなにかが包み込んでいる感覚はあった。
足を前に出すと、泥の中に足が沈むような感触と共に、体が前に進んだ事は分かったので、俺はそのまま前に進んだ。
右も左もどこを向いても真っ暗な闇。一筋の光も差し込まない本物の闇だった。
果たして、このまま前に進んでいいのかと迷いが頭をよぎったが、不思議と道は合っているという確信も同時にあった。
俺の身体を纏う光・・・おそらくこの光が導いてくれているのだろう。
俺は全身を纏う光のおかげで闇に取り込まれなかった。
闇は俺を取り込もうと、うねりをあげて迫ってくる。体に強い風が当たる感じに似ていた。
時折よろけそうになるが、それでも足に力を入れ、一歩一歩前を向いて歩いた。
やがて俺は小さな、本当に小さな赤い炎を見つけた。
闇の中、その炎は生きようと、命の火を消さないように懸命に生きようと燃えているように見えた。
これがジェロムの父親の魂だと感じた。
ジェロムは眠っていると表現した。
ならば、起こすという事は、死の淵にある父親の魂に、もう一度生命力を注ぎ込むという事ではないだろうか・・・・・・俺は炎を両手で包んだ。
そして願った。
光よ・・・この消えかかっている命に、もう一度光を・・・・・・
一瞬、目も眩む程の大きな光が、炎を包む俺の両手から発せられ、光は闇をかき消した。
俺の意識はそこで途切れた。
何十回、同じドアを開け進んだだろう。
最初に目を覚ました時、アタシは状況が全く理解できず、しばらくうろうろと周りを歩き回った。
地面から生えるように出ているドアノブを見つけたのは、全くの偶然だった。
いつまでたっても変わらない、濁った空と、変な角度で曲がった石畳にうんざりして、
溜息交じりに地面に目を落とすと、この場に似合わないドアノブがあるのだ。
なんだこれ?
率直にそう思った。触っていいのかな?これを開ければなにがあるんだろう?疑問は尽きなかったが、いつまでもここにいても何かが変わるとは思えない。
とりあえず開けてみよう。
そう決断し、アタシはドアノブを引き開けた。
そこから先は同じ事の繰り返しだった。
進んだ先は全く同じ景色、もしやと思い地面に目を向けると、すぐ近くにドアノブがあるのだ。
進む。ドアを引き開ける。
これを何十回と繰り返した。
果たしてこれでいいのだろうか?
もしや無限ループで、永遠にこの繰り返しなのだろうか?
不安が胸を埋めようとするが、もう少し頑張ろう。
そう自分を励まし、何十回目かのドアを引き開ける。
その部屋だけ雰囲気が違っていた。
まるで戦闘があったように、ひび割れた石畳、飛び散り黒ずんだ血の跡もあった。
アタシは間違っていなかったようだ。おそらく、アラタ、ジーン、カチュア、三人全員かもしれないし、一人か二人かもしれない。
でも、誰かがここで戦ったんだ。そう時間も経っていないように感じる。
だったら、この先のドアの開け続けていけば、追いつけるはず。
アタシは次の部屋へつながるドアを引き上げた。
追いついたのはすぐだった。
『・・・ジーン!』
そのドアを開けると、ほんの数メートル先にアタシの大好きな青い髪が見えた。
大きな声で呼びかけると、ジーンは振り返り、髪と同じ透明感のある青い目がアタシを映す。
『ケイト!』
ジーンはアタシの姿を見ると、立ち上がり駆け寄ってきた。
『ケイトさん!無事だったんですね!』
カチュアも駆け寄ってきた。アタシを見て、ほっとしたように息を付いた。
ジーンもカチュアも、心配してくれていたんだなと感じ、嬉しくなる。
『あれ、アラタは?あと、そこの人は・・・パスタ屋の店員じゃん?なんで?』
アラタの姿が見えず、アタシが辺りを見渡しながら疑問を口にすると、ジーンが座り込んでいるパスタ屋の店員の足元に視線を移した。
『・・・ケイトさん、私も、ついさっき来たばかりなんですけど・・・アラタ君、あの中に入ったみたいなんです・・・』
カチュアは、泣きそうな声でアタシにそう話すと、ジーンと同じ場所に視線を移した。
その視線を追って、アタシは背筋が冷える思いだった。
あれはなんだ?
開き上げられているドアから覗き見えるそれは、直視する事すら躊躇われる程恐ろしい闇だった。
『な、なにアレ?あんなとこに・・・アラタが入ったっての?』
『・・・数分前だ。アラタが入ったすぐ後にカチュアが来て、状況を説明していたところだよ。
ケイトにも簡単に説明しておくよ・・・・・・』
ここがどこなのか。なぜこうなったのか。なぜアラタがあの闇に飛び込む事になったのか。
ジーンの説明が終わると、アタシは座り込んでいるジェロムという男の前に立った。
『ねぇ、あんた顔上げなさいよ』
アタシの言葉に、ジェロムはずっと地面に向けていた顔を、ゆっくりと上げた。
アタシはジェロムの顔面を思い切り殴り飛ばした。
殴られた勢いで、ジェロムは石畳の地面に体を打ちつけられる。
一切手加減せず、全力で頬骨を殴った固い感触が拳に残り、痛みで顔をしかめてしまう。
でも、許せなかった。
『・・・今のは、カチュアの分。この子優しいから、人を殴れないんだ。でもね、アタシはそんな優しさ持ち合わせてないからさ。どう?痛い?』
アタシが突然ジェロムを殴りつけた事に、カチュアは驚いて身をこわばらせた。
石畳に倒れ伏したジェロムに駆け寄ろうとするが、アタシはカチュアの前に手を出し制止させる。
『カチュア、アンタは優しい。アタシはそんなアンタが好きだよ。でも、今コイツにヒールをかけるのは駄目だ。この痛みはコイツが味わうべき痛みだ。むしろ、コイツの騙し討ちはこんなもんじゃ足りないくらいだね』
カチュアは何か言いたそうにしていたが、アタシと目が合うと、言葉を飲み込み一歩後ろに足を引いた。
カチュアは優しい。目の前に傷ついた人がいれば、敵であったとしても治療をする程優しいだろう。でも、それでは駄目だ。
必要な痛みというものはある。
ジェロムは頬を押さえ、ゆっくりと体を起こし、アタシに顔を向けた。
切れた唇からは血が滲んでいる。女のパンチでも、全力で殴り飛ばされたんだ。痛みを感じているはずだ。
でも、その目には、殴られた事に対する怒りも痛みも、そんな色は全く見えなかった。
この目は・・・後悔だ・・・
泣きそうな気持を必死で押さえ、自分の行いを後悔している。
なぜだ?なぜ、こんな目ができる男が、父親のためとはいえ、こんな騙し討ちができる?
アタシの戸惑いを察したのか、ジーンが口を開いた。
『ケイト・・・アラタはこの闇に入る前、ジェロムに自分の父親との関係を話したんだ。
それで、自分はもう駄目だけど、ジェロムは仲直りできるって、そう伝えたんだ。そしてジェロムの行いを許した・・・・・・ジェロムは今、悔いてるんだと思う。アラタの気持ちがジェロムの目を覚まさせたんだ。
カチュアも最初は怒ったんだ。でも、今のジェロムを見て、ジェロムが悔いている事に気づいたから・・・許せないにしても、今ジェロムを責める事を止めたんだ。
もうジェロムは無害だ・・・ケイト、僕も許したわけじゃない。キミをこんな目に合わせたんだ。許せるわけがない。でも・・・アラタの気持ちも汲んでやりたいと思う・・・・・・』
ケイトはジェロムに視線を戻した。
悔いている・・・そうか・・・
ジェロムの目には力が全くない。アラタの言葉がよほどジェロムの心に響いたのだろう。
そうだ、アタシ達をこんな目に合わせている男の父親を助けるために、アラタはこんな・・・こんな闇の中に飛び込んだんだ。
『ケイト・・・キミの一発で、ジェロムも少しだけ救われたと思うよ。怒られないって、結構キツイと思うんだ。反省してやり直すには、怒られる事も必要だからね』
ジーンがアタシの隣に立ち、肩に手を置いた。相変わらず、フォローが上手いと思った。
きっと、さっきのアタシとカチュアのやりとりを見て、アタシが先走ったと思ったのだろう。
アタシはジェロムの前に片膝を立てて腰を下ろした。
何か話したいわけではない。
ただ、見極めたいと思った。この男を・・・・・・
アタシはジェロムの目を真っすぐに見据える。
ジェロムは少しの間、アタシと視線を合わせていたが、やがて視線を下に移すと、力なくうな垂れてしまった。
誰もが口を閉ざし何も話さなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




