120 濁った空と歪んだ石畳 ⑥
俺は64番目の部屋、最深部に繋がるドアノブに目を向けた。
曲がりくねった石畳から、まるで生えているかのように見えるドアノブは、これまでと何ら変わりないように見える。
『アラタ・・・キミは体力型だから、魔力感知能力は魔法使いより劣る。僕が触ってみるよ・・・』
ジェロムの様子に、只事ではないものを感じたジーンは、意を決したように固い表情でドアノブに手を出した。
『ジーン・・・』
ジェロムはまだ呼吸が荒いが、落ち着きを取り戻しつつある。ドアノブに触れるだけなら、大きなショックを受けるにしても、それ以上の害はないように思える。
心配だが、ジーンの行動を見守る事にした。
ジーンがドアノブに手をかけた。
その瞬間、ジーンは大きく目を開き、ジェロムと同じようにその場から動けなくなったかのように、体を硬直させた。
『ジーン!おい、大丈夫か!?』
俺が急いでジーンの体をドアノブから引き離すと、ジーンは石畳の上に両手と両膝を付いて、下を向いたまま浅く早い呼吸を繰り返している。
『ハァッ・・ハァッ・・・・・ア、アラタ・・・この先は、駄目だ・・・行ったら、死ぬぞ・・・』
ジーンは下を向いたまま、苦し気に息を吐き、なんとか声を絞り出しながら話す。
『二人とも・・・この先に一体なにがあるんだ?』
『・・・昔、一度だけ、これと同じ魔力・・・いや、魔力と呼んでいいのかすら分からねぇな。
これは闇だ・・・カエストゥスで感じた闇と同じだ・・・入ったら死ぬぞ・・・』
俺の疑問に答えたのはジェロムだった。
白いシャツは汗でぐっしょり濡れていて、肌に張り付いている。長い前髪も額にべったりとくっついているが、精神状態はだいぶ落ち着いたようだ。視線はしっかりと俺を捉えている。
『カエストゥスって、あの、今は滅んだ国だよな?闇って、あの戦争で亡くなった人の呪いって話か?』
『そうだ・・・俺は子供の頃、一度だけカエストゥスの国境付近まで行った事がある。
親父の祖先が、カエストゥスの黒魔法使いだったようでな。
魔法使いとしての力は、大したものではなかったそうだが、タジーム・ハメイドの仲間の三人、ブレンダン、ジャニス、ウィッカーと共に、バッタから首都バンテージを護ったらしい・・・・・・護ったと言っても、魔力のつきかけたウィッカーに、自分の魔力を渡しただけらしいが、親父は誇らしげに話していたよ。
ご先祖様の魔力は、微々たるものだったかもしれないが、それでも少しはウィッカーの力になったはずだって。ご先祖様の魔力も、この国を護る力になったはずだって・・・・・・遠くに見える首都バンテージを見つめながらな・・・』
そう語るジェロムからは、これまでの横柄な態度は見られず、父親との思い出を懐かしむような、どこか物悲し気な様子が見えた。
以前、ジャレットさんから聞いた話を思い出した。
伝説となっている三種合成魔法 灼炎竜結界陣で、カエストゥス首都バンテージを数百億のバッタから護った三人。
タジーム・ハメイドの師である青魔法使い、ブレンダン・ランデル。
そして、姓は分からないが、黒魔法使いのウィッカー。白魔法使いのジャニス。
この三人が護ったとされているが、決してこの三人だけの力ではなかった。
百人程の魔法使いが、魔力の尽きかけた三人に全魔力を渡し、結界を最後まで維持できた事に貢献している。
一人一人の名前は歴史に残らなかったが、その百人の中に、自分の祖先がいたというのであれば、ジェロムの父親が誇りに思う気持ちは理解できる。
危険なカエストゥスの国境付近まで連れて行ったのは、祖先を想う気持ちを伝えたかったからではないだろうか。
『ヨハン・ブラント・・・俺の祖先の名だ。ヨハンは平均以下の魔力だったらしいが、どういう訳か、200年後の子孫の俺は、けっこうな魔力を持って生まれた。そのせいで、軍に目を付けられこんな目に合っている・・・・・・まぁいい、言いたい事は、このドアの中の最深部は、カエストゥスの闇と同じだ。入れる人間なんていない・・・・・・ここまでだ・・・・・・』
ジェロムは諦めまじりの言葉を弱々しく口にすると、そのまま力なくうなだれた。
『・・・まてアラタ!何するつもりだ!?』
うなだれたまま口を閉ざしてしまったジェロムを見て、アラタはドアノブに右手を伸ばした。
その手は光輝いている。
それを見たジーンは、慌てたように口早く声をかけた。
ジェロムも何事かと顔を上げ、アラタの光輝く右手を見ると、目を見開いた。
『・・・なんとなくだけど・・・俺の光なら、大丈夫だと思う』
『よせ!魔力耐性の強い魔法使いの僕が、触れただけでこれほどのショックを受けてるんだ!体力型のキミはドアノブに触れただけでも危険だ!』
そこでアラタは手を止めると、ジーンに顔を向けた。
『ジーン・・・俺、日本で親父と仲直りしたかったんだ。でも、もう俺はできない。
コイツは、このジェロムには正直ムカついてるよ・・・でもよ、ジェロムはまだ父親と仲直りできるんだよ。そう考えたら・・・なんかな、やれる事はやってやりたくなったんだ』
『アラタ・・・キミは・・・』
アラタはジェロムに顔を向けた。
ジェロムもアラタを見ているが、その表情には驚きと戸惑いが混ざりあい、その心境の複雑さを映していた。
『ジェロム・・・カチュアがよ、お前のパスタ美味かったって褒めてたよ。親父さんと同じ味だって喜んでた。だからよ、無事に親父さん起こして帰ったら、今度はレイジェスのみんなにパスタをご馳走してくれよ?それでチャラだ』
『・・・サカキ・・・アラタ・・・・・・お前・・・』
ジェロムは目を伏せると、再び下を向いてしまい、それきり何も言葉を発しなくなった。
『・・・アラタ、キミの決意は固そうだね。分かった・・・ジェロムは僕が見ている。気を付けて・・・』
ジーンの言葉にうなずき、俺はドアノブに手をかけた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




