1142 視線を外さずに
話数を間違って記載してましたので、そこだけ訂正しました(1143→1142)
内容に変更はありません。
赤い女だった。
腰まである赤く長い髪。切れ長の瞳も血のように赤い。
装備は鉄のようだが、丸みのある肩当て、胸当て、肘から手首にかけての腕当て、膝から下の脛当て、その全てが赤かった。
そして深紅のマントを風ではためかせ、地上から10メートルはある高い樹の上から、その赤い女はリカルドとレイチェルを見つめていた。
表情は無く一切の感情は読めないが、自分とレイチェルから目を離さずに、いつまでも見つめるという行為には、ある種の執着のようなものが感じられた。
「・・・やべぇ・・・あいつ、絶対やべぇぞ・・・」
ハンターとしてのリカルドの本能が察知した。
この赤い女が何者かは分からない。だが自分達の味方ではない。そして目があっただけで、全身にかいていた汗が一気に冷える程の寒気を覚えた。
恐ろしいまでの戦闘力を秘めている事は間違いない。
だがこの赤い女は、どうやら今ここで戦う意思はないようだった。
戦うつもりであれば、すでに襲ってきているはずだからだ。しかし赤い女は一歩も動かず、同じ場所でただじっとこちらを見ているだけなのだ。
「・・・・・こねぇようだな」
目が合って数十秒は経った。だが一向に動く様子を見せない赤い女に、リカルドも少し冷静さを取り戻す事ができた。視線は切らずにゆっくりと腰を下ろし、横たわっているレイチェルの体を起こして、抱きかかえた。
その間もやはり赤い女は何も仕掛けてはこない。あくまでもこちらの動きを見ているだけである。
・・・大丈夫そうだな・・・
あの女はおそらく何もして来ない。何を考えているのか分からないが、少なくとも今、何か仕掛けてくる事はないだろう。
リカルドはレイチェルを抱きかかえながら、一歩一歩ゆっくりと後ずさった。
決して焦らず、視線も外さず、目に映る赤い女から慎重に距離を取った。
猛獣を前にしている気分だった。
今よりもずっと幼い頃、狩りに行き父とはぐれ、獰猛で巨大な熊と出くわした事がある。
一目で勝てない事は理解できた。自分の弓術なんて何の役にも立たない。戦おうなんて考えてはいけない存在だ。
どうやってここから逃げるか?生き延びる事だけを考えて、父から受けた教えの通りに行動した。
決して目を離してはいけない。
背中を向けて走り出してはいけない。
猛獣と出くわした時は刺激しないように、しかし自分を狩られるだけの弱い獲物に見せないように。
リカルドは今、子供の頃に出くわしたあの巨大熊を思い出していた。
・・・・・・レイチェルがこんな状態なのに、あんなやべぇ女を相手にできねぇ。
とにかくみんなと合流だ。幸い今ここでやろうって気はあっちもねぇようだし、このままゆっくり退けばなんとかなんだろ。
ジーン、ケイト、おめぇらさっさと探せよな?リカルドさんのピンチがさっきから続いてんだぞ?
サーチしろ!サーチ!怠けてんじゃねぇぞ!
心の中で悪態をつく。しかしごまかしきれない緊張感が、リカルドの額から冷たい汗を流させた。
100メートル以上離れているというのにリカルドは息を殺し、一歩一歩ゆっくりと足を動かし離れた。
この赤い女を、自分達と同じ人間だと思ってはいけない。
人の皮をかぶった猛獣であり、恐ろしい捕食者だ。
両者の距離は100メートル以上離れているが、赤い女がその気になれば、ほんの一瞬で詰める事ができる距離だろう。目は合ったが、興味の対象が自分達から逸れているのならば、その隙になんとか逃げればいい。
そして結論を言えば、リカルドは赤い女から逃げ切る事ができた。
だがリカルドが自分達を助けに来たカチュア達と合流した時、精神的な疲労からリカルドは崩れ落ちて、しばらく動く事ができなかった。




