113 同じ味
「・・・あ、美味しい」
ブルスケッタというパンを一口食べると、カチュアが顔をほころばせた。
俺も食べてみたが、カリっとしていて、塩コショウも丁度良く、トマトの酸味も実に合っていた。
「本当だ・・・初めて食べたけど、これ美味いね」
ケイトとジーンも、美味しさに驚いているようだった。
「・・・驚いた。この店、けっこうやるじゃん。でも・・・カチュア、これ食べた事あるよね?」
ケイトが食べかけのブルスケッタを皿に置くと、カチュアも同じように皿に置いてケイトを見た。
「うん・・・これ、パウロさんの味だよ。私、前にこれ食べた事ある・・・」
「でもさ、あの人、関係無いって言ってたじゃん?どういう事?」
前菜が運ばれて来た時、俺は男性店員に声をかけた。以前あった店と、メニューが同じようだが、なにか関係はあるのか?と尋ねると、男性店員は、何も関係ありません、とだけ答え、それ以上は何も口にせず、ワゴンを押して厨房に戻って行ったのだ。
その後ろ姿は、それ以上の声がかけづらく、俺達しばし黙ってその姿を見送るしかなかった。
そしてもう一つ気になる事があった。
これは、俺個人の事だが、この店に入った時、あの店員はなぜか俺を見て驚いた表情を見せたのだ。
最初、俺は最近自分が有名になり、注目を浴びている事を思い出して、そういう事かと思ったのだが、どうも違う気がする。直感だが、驚き方が違うと感じるのだ。
あの驚き方は、ミーハー的なものではなく、もっと別の、そう、例えば探し物が予想外の所で見つかった時のような驚き方に感じた。
思い違いかもしれないし、特になにかされたわけでもないので、わざわざ誰かに話す程の事でもないので、みんなには何も言わなかったが、こう色々な疑問が出てくると、やはり気になってくる。
「ケイト、これ以上考えてもしかたないよ。あの人は注文に必要な事以外は話す気が無いようだ。
いつまでも気にしてたら、せっかく美味しい料理が台無しだよ?気持ちを切り替えて楽しく食べようじゃないか」
「ジーンがそう言うならそうする。もう気にしないようにするよ」
そう言ってケイトはブルスケッタを手に取り、また一口かじる。
ジーンはそんなケイトを見て、目を細めている。
「食前酒も美味しかったね」
俺が話を振ると、カチュアが、うん!、と少しだけ大きな声で反応した。
ブルスケッタの前に、食前酒として、スパークリングワインも出されたが、炭酸が喉を潤して、食欲を引き出してくれる感じがあった。このブルスケッタにもとても合っていると感じた。
カチュアはワイン自体が気に入ったようで、1本欲しいなと呟いたくらいだ。
「あのお酒、私好きだな。アラタ君、買えたら一本買っていっていいかな?」
「本当に気に入ったんだ?もちろんいいよ。後で聞いてみよう」
カチュアは嬉しそうに、やった!、と言って両手を合わせると、残りのブルスケッタを食べた。
俺達が前菜のブルスケッタを食べ終わったタイミングで、次のスープが運ばれて来た。
「お待たせしました。スープでございます」
相変わらずの無表情で、淡々と料理の説明だけを行う。最初は少し不気味にも感じたが、お酒も入ったからか、今は少し慣れてきて、感情のこもらない説明にも、頷いて返すくらいの余裕はできた。
食前酒に出された、スパークリングワインが気に入ったから、1本売ってもらえないか尋ねると、少しの間を置いて、明日のお帰りの際にご用意します。という返事があった。
今日はここに泊まるので、会計は宿泊代も含め、明日の朝の清算になる。
男性店員がスープの提供を終え、またフロア奥の厨房に戻って行った事を見届け、俺達はそれぞれの前に出されたスープに手を付けた。
俺とカチュアが、オニオングラタンスープ。
ジーンが、ミネストローネ。
ケイトが、かぼちゃのポタージュ。
ブルスケッタが入ったところで、スープの匂いは更なる食欲を刺激した。
「どれどれ・・・あ、ヤバッ!これも美味い・・・あの店員、本当にできるヤツじゃない?」
かぼちゃのポタージュを一口飲むと、ケイトは美味しさに口を押え、驚きの声を上げた。
ケイトの中で、あの無表情な店員の株が上がっているようだ。
「・・・うん!僕のミネストローネも美味しいよ。トマトの酸味が丁度良くて、いくらでも飲めそうだ。本当に、あの店員さんの腕は確かなんじゃないかな」
ジーンも感心したように、スープを飲みながら頷いている。
「アラタ君、このオニオンも美味しいね。私も今度作ってみようかな。こんなに美味しくはできないと思うけど」
「大丈夫だよ。カチュアなら、もっと美味しいの作れると思うよ」
俺がそう返すと、カチュアは照れたように笑って、両手で頬を押さえた。
「・・・ジーン、アタシもそのミネストローネ作ってみるから、一口飲ませて」
俺とカチュアのやりとりを見ていたケイトが、ジーンのミネストローネを指した。
「ケイト、そんな対抗しなくても・・・」
「してない。アタシが作りたいだけ。ジーン、それ好きなんでしょ?」
「うん、まぁ・・・美味しいしね」
「じゃあ、飲ませて」
そこまで言われて、ジーンは黙ってミネストローネの皿をケイトに渡す。ケイトはスプーンを入れ口に含み、よく味を確認するようにゆっくりと喉を通した。
「・・・よし!ジーン、楽しみにしててね」
ケイトは皿をジーンに返すと、歯を見せて笑った。自信があるようだ。
「ケイトはすごいな・・・一口飲んで再現できるの?」
「ミネストローネ自体、そんなに難しい料理じゃないからね。元々アタシも作れるし。味付けの確認をしただけだよ。だから、特に難しくはないかな」
ケイトは得意気にジーンに料理の説明をする。
きっと、ジーンのために沢山の料理を勉強してきたのだろう。
「ケイトさんはすごいな、私、一口飲んだだけで、味付けの再現まではできないよ」
「そんな事ないよ。カチュアだって、レパートリーいっぱいあるし上手じゃん!あ、今度久しぶりに一緒になんか作らない?」
「あ、やりたい!ケイトさんと料理するの久しぶりだから楽しみ!」
「じゃあ、明日、出勤したら、またシフト見て予定決めようよ」
カチュアとケイトはそのまま、色々な料理の味付け、調理法など、話をどんどん広げ盛り上がっていった。
「ジーン、俺達には全く入り込めない世界だな」
「うん、僕も料理はあまりできないからね。ご飯炊いて、魚を焼くくらいだよ。アラタ、カチュアは良い奥さんになるから、大事にするんだよ」
ふいにジーンが俺の目を見て、そんな事を言うので、俺は言葉に詰まってしまった。
「えっと・・・うん、分かってる」
あいまいに、半端な返事をする俺を見て、ジーンはおかしそうに笑った。
「あはは、アラタは変わってるな。あんなに大勢の前でプロポーズできるんだから、このくらいの言葉は、言われてもなんでもないんじゃないの?」
「いや、だってよ、状況が全然違うって。面と向かってそんな事いわれると、なんて返していいか・・・ちょっと恥ずかしいんだよ。まぁ、言われなくても大事にするから、それでいいだろ」
つい、ジーンから目を逸らしてしまう。すると、逸らした先で、バッチリと、カチュアと目が合った。
話が全部聞こえていたらしい。カチュアは顔を赤くしている。
「・・・えっと・・・そういう事だから」
「・・・うん、ありがとう」
俺も顔が赤くなり、そのままカチュアと見つめ合っていると、ケイトが羨ましそうに声を出した。
「ジーン、アタシ達はいつ結婚すんの?アタシ、待ってるんだけど!」
「ケイト、その話はまだ待ってほしいな・・・僕も考えてない訳じゃないんだ」
「え!本当!?考えているの!?」
ジーンの返答にケイトは身を乗り出した。思わず、俺とカチュアも目の前の二人に目を向けてしまう。
「うん・・・ちゃんと考えてるから。すぐに決断できないのは悪いと思ってるけど、もう少しまってくれないかな?」
「嬉しい!ジーン初めてだよね?結婚考えてるって言ってくれたの。いっつもはぐらかしてたから、ちゃんと考えてくれてるなら、アタシ待つよ!」
本当に嬉しかったようだ。ケイトはジーンの右手を取ると、両手でしっかりと包み、自分のおでこを当てている。
「ケ、ケイト!アラタとカチュアも見てるんだから、ここでそんな事しないでよ」
ジーンが少し慌てたように、つっかえながら話す。
するとケイトは、そのままの姿勢で言葉を返した。
「じゃあ、本当にちゃんと考えてね」
「本当だよ、ちゃんと考えるから」
「考えたら、申し込んでね?」
「ちゃんと言うから」
「言うんじゃなくて、申し込んでね?」
「・・・えっと、考えたら、結婚申し込めって事?」
「うん。そう。申し込んでね?」
「・・・・・・」
「なんで止まんの?」
ケイトに睨まれ、困り顔のジーンを見て、俺はつい助け船を出した。
「まぁまぁ、ケイト、ジーンも色々考えてんだって。今日は一歩前進したんだし、それで良しとしようよ?」
俺の言葉に、ケイトは渋々だが、分かった、と言ってジーンから手を離した。
ジーンも考えているんだ。
前にジーンが話してくれた、ケイトへの気持ちを知っている俺は、できるだけジーンの気持ちが固まるまで、待って欲しいと思う。
ケイトには、悪いが、このくらいのフォローは許してほしい。
そして、全員がスープを飲み終わったタイミングで、ワゴンを押した男性店員がテーブルの横に立った。
「お待たせしました。メインのパスタです」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




