112 表情の無い店員
大通りを抜けると、だんだんと人通りも少なくなってくる。
最後に通り過ぎた家から、徒歩2分程だろうか。石畳みの道も砂利に代わり、歩く度に小石同士がぶつかり擦れ合う音が耳まで届いてくる。
周囲を見るが建物も何もない。少し坂だが開けた場所なので、遠くまで目をやって距離を測れるが、寂しい場所という印象だった。
「あ、あれだよあれ。あの三角屋根の建物。予約に来た時も思ったけど、前の店から全く変わってないや」
ケイトが指した方を見ると、坂を上がったところに言葉通り、三角屋根の建物が目に入った。
建物は石造りで、屋根が赤レンガなのは街と同じだった。
二階建てで、いくつかある窓はカーテンで閉められており、外から中の様子を伺う事はできなかった。
オシャレというよりは、落ち着いた雰囲気の店という印象だ。
木製のドアの正面には、営業中、と書かれた札が下げられていて、ドアの上に【パスタ・ジェロム】
と書かれたプレートが目に入った。
「本当に、何も変わってない・・・あ、今はこういう名前なんだ・・・みんな入ろうよ!」
店名は変わっているが、久しぶりに訪れた店が以前と同じ外観で、カチュアは少し気持ちが高ぶったようだ。真っ先にドアに手をかけ、引き開けた。
「あらら、カチュアはしゃいでる。じゃ、アタシらも入ろっか」
俺とジーンも顔を見合わせ、入るか、と目で会話すると、ケイトに続いて店内に入った。
後ろ手に抑えていたドアを離すと、音も無く自然にゆっくりと閉まった。
店内を見渡すと、四角いテーブル席が四つあり、俺達以外にお客は誰もいなかった。
どの窓もカーテンが閉められていたので、外から中が見えなかったが、イスにしろ、テーブルにしろ、使われている物は全て長年使われてきたような使用感はあった。だが、清掃は行き届いているようで、清潔感は問題がないように感じた。
壁には一定の間隔で、壁掛け式のアンティーク調の篭のようなランプが取り付けられていて、魔道具の発光石を入れているのだろうか?明るい光を店全体にいきわたらせている。
「いらっしゃいませ・・・ご予約のケイト・サランディ様、四名様ですね?」
俺達が店内を見渡していると、いつの間にかフロアに現れた男が声をかけて来た。
俺よりは年上に見えるが、25~26歳位だろう。背丈は俺より少し高く、180cm程に見える。
白いコック服に、腰から下には黒いエプロンを付けていた。
パーマをかけたようにうねった明るい茶色の髪は、前髪だけやけに長く、右から左にかき分けられているが、襟足はスッキリしている。
「はい、そうです。全部で四人です」
ケイトが一歩前にでて、簡単な受け答えをしている。予約に来た時に話した店員は、きっとこの店員なのだろう。
服装から見るに、この男が調理をしていると思えるが、フロアにも出てきているという事は、もしや一人で全てこなしているのだろうか?
「他にお客様はおりませんので、お好きな席にどうぞ」
それだけ言うと、男は俺達に背を向け、フロア奥に見える厨房に引っ込んでいった。
こういう落ち着いた店だし、予約もしていれば、決められた席に案内されると思っていただけに、意外な放任ぶりだった。
最低限の言葉のやりとりだけで、あとは客の判断に任せているらしい。
「・・・あまり、人に干渉しないタイプのようだね。どこでもいいみたいだし、とりあえず座らないか?」
ジーンが声を出すと、俺達も気を取り直して、そうだね、と言って四つあるテーブル席の、一番出入口に近いテーブル席に座る事にした。
まぁ、オレが気にし過ぎなのかもしれない。他にお客はいないのだし、好きに座っていいというのも、考えようによってはサービスにも見える。
メニューを開いてみると、単品はやっておらず、スープとパスタを選んで決めるコース料理になっていた。
前菜があり、三種類のスープから一つを決め、五種類のパスタから一つを決めるようだ。
「あれ・・・ねぇ、カチュア、このコース料理、前のお店と同じじゃない?」
テーブル中央にメニュー表を広げて見ていると、ケイトが怪訝そうに口を開いた。
「あ!そう言えば・・・うん、間違いないよ!私、この海老のトマトソースパスタと、オニオングラタンスープのコース食べた事ある」
カチュアはメニューによく目を通し、確信を得たようにハッキリと答えた。
ジーンも二人の意見に同意して頷いている。
「うん、パウロさんが店をやっていた時、数回だけど、僕もケイトと来た事がある。これ、パウロさんの店の時と、同じメニューだと思う・・・なんでだろ?」
三人は首を傾げながらメニューをじっと見て、う~ん、と唸っている。
「なぁ、話聞いてると、確かに不思議だし気になるけど、とりあえず注文決めて、あの店員さんに直接聞いてみないか?」
俺がそう提案すると、三人は顔を見合わせ、納得したように軽く頷いた。
「それもそうだね。じゃあ、アラタ君、何食べる?私は、パウロさんの時に食べた、この海老のトマトソースが美味しかったから、これにするよ」
「俺は初めて来たから、カチュアのオススメにするよ。それが美味しかったんなら、カチュアと同じのにしようかな」
「うん!あ、でもメニューが同じでも、味は分からないよね・・・でも、これにしよう!私達は、海老のトマトソースと、オニオングラタンスープに決めたよ」
カチュアがジーンとケイトにそう告げると、ジーンとケイトも決まったようだ。
「僕は、ミートソースのパスタに、ミネストローネに決めたよ」
「アタシは、キノコのクリームパスタと、かぼちゃのポタージュスープかな」
注文が決まったので、フロア奥の厨房に向かって声をかけると、さっきの男性の店員がスッと出て来て、無表情にテーブルの前に立った。
「お決まりですか?」
やはり、言葉は最低限で、愛想は全く無い。接客業をやっている身としては、これで商売が成り立つのか心配になるレベルだ。
それぞれが注文を伝えると、男性店員はオーダー表にそれらを記入し、最後に一度だけ注文の確認をすると、一礼だけして奥の厨房に戻って行った。
店員の態度が悪い訳ではないが、無表情で淡々とした受け答えに、なんとなく居心地の悪さを感じていると、ケイトが軽い感じで口を開いた。
「ま、いいじゃん?アタシは美味しけりゃそれでいいよ。それに、今日はアラタとカチュアとゆっくり話したかったからね。静かでいいとこじゃん?」
ケイトは被っていた黒の鍔付きキャップを外すと、髪型を直すように、頭を触っている。
ケイトの言葉でなんとなく漂っていたぎこちなさが解け、そこからは話もはずみ、時間を忘れて楽しい会話ができた。
俺のいた日本の事も色々聞かれ、この世界との違いにケイトは色々驚いていた。
そして、カチュアとの結婚の事になると、ケイトは実にうっとりとした表情で聞き入って、隣に座るジーンに催促するように、なんども肩を指でつついていた。
ジーンもちょっと困った感じになっていたが、嫌がっている風ではない。
そんな話で盛り上がっていると、いつの間にか俺達のテーブル脇に男性店員が立っており、給仕用の金属製のワゴンには、前菜が乗った皿が四枚あった。
「お待たせしました。ブルスケッタでございます」
出された料理は、軽く焼いたパンに、赤ピーマン、トマト、豆、チーズ、ハーブなどが乗っており、微かなニンニクの香りがしたものだった。
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