1082 夕焼けを背に
脱字を見つけたので修正しました。内容に変更はありません。
「あれ、エルウィンじゃん、あんたまた来たの?」
リサイクルショップ・レイジェス。
メインレジに立っていたケイトは、入口から入ってきた金色の髪の少年に目を止めて、クスリと笑った。
ケイトが笑うのも無理はなかった。エルウィンが来るのはこれで三日連続である。
町の見回りのついでと言い訳をしているが、本当の理由がバレバレなだけに、ケイトはエルウィンをついイジリたくなってしまうのである。
「あはは~・・・ケイトさん、おはようございます。はい、毎日すみません」
エルウィン本人も意識しているところはあるらしく、ごまかすように愛想笑いをして、ペコリと頭を下げた。
治安部隊所属のエルウィン・レブロンは、レイジェスと治安部隊の橋渡し的な存在である。
何かあればエルウィンを通して連絡をとるのだが、ここ三日は特に用もないのに毎日店に来る。
ケイトはカウンターに肘を着くと、チロッと意味深な視線を向けた。
「エルウィンさぁ、レイチェルが帰って来てないか気になってるんでしょ?」
「あ、えっと・・・はい、もう予定日は過ぎてますよね?」
気持ちを見透かされて照れたのか、エルウィンは少し顔を赤くして、後ろ手に頭を掻いた。
「あははは、ごめんごめん、イジワル言うつもりじゃないんだって。しっかし、あんたもこんなに一途に想ってんだから、アタシはなんとか上手くいってほしいんだけどね」
自分も一途にジーンを想い続けて、やっと実らせたケイトだからこそ、エルウィンの気持ちがよく分かった。
「ありがとうございます。ケイトさんに話しを聞いてもらってから、俺前向きになれたんで。これからも頑張ります!」
まだあどけなさは残っているが、ニカっと笑うエルウィンの表情からは、少年から大人へと変わる雰囲気が漂うようになっていた。
「あはは!うん、良いね。エルウィン、なんかカッコ良くなった。アタシは応援してるからさ、悩んだらいつでも相談してよ」
ケイトがニコリと笑うと、エルウィンも、はい、と元気良く返事をした。
「お、なんか話し声するなと思ったら、エルウィンじゃん?最近毎日来るな?」
メインレジで話しているケイトとエルウィンのところへ、ボサボサ頭のミゼルが両手に工具を持って声をかけてきた。
「あ、ミゼルさん!おはようございます。へへ、また今日も来ちゃいました」
「おお、いいんだいいんだ、ここは店なんだからいつでも来いよ。あ~、でもお前の場合はレイチェルか?残念だけどまだ帰って来てねぇんだ。もう二週間過ぎてるから、予定より遅れてはいるんだよな。流石にそろそろ帰ってきてもいいとはおもうんだけどよ」
エルウィンが挨拶をすると、ミゼルはレジカウンターの上に工具を置きながら、出入口の外に目を向けた。
順調に事が運べれば、レイチェル達救出隊は今日あたり帰って来る予定だ。だが今のところ一行の姿は見えない。
「・・・まぁ、あいつらが失敗するとは思えないし、だんだん帰ってくるだろ。エルウィン、今日は非番か?時間あるなら事務所で待っててもいいぞ、今ジャレットがいるからよ」
「あ、いえ、実は外周りの途中なんです。近くを通ったから寄ってみただけで、すみません。あんまりお邪魔しても悪いので、もう行きますね」
ミゼルが事務所に親指を向けてエルウィンに促すが、エルウィンは頭をポリポリ掻きながら、一礼して店を出て行った。
「・・・エルウィンさ、昨日も一昨日も来てたよ。よっぽど気になるんだろうね」
カウンターに肘を着いたまま、ケイトはエルウィンが出て行った後の出入口を見つめて呟いた。
「ああ、まぁ心配なのは分かるけどよ。最短で昨日か一昨日帰ってこれるかもって日程だろ?そうそう予定通りには行かないと思うぜ。カっちゃんもソワソワしてるけど、こればっかりは待つしかないからな。俺らはドンと構えてようぜ。しかしエルウィンはレイチェルの事本当に好きなんだな。年上の女に憧れるってヤツなのかな?」
ミゼルはレジカウンターの中に入ると、ケイトの話しに相槌を打ちながら、工具を後ろの棚に置き並べた。
「いや、エルウィンはマジなヤツだよ。最初は憧れだったかもしれないけど、今はマジだね。アタシは応援するよ、一途なヤツは好きだからね。ミゼルはどう?」
「ん、俺は人の恋愛にはあんま口出ししたくないんだけど、レイチェルは店長が好きだろ?だから難しいよな。できればレイチェルもエルウィンも、傷付かない結果になってほしいね」
ケイトに背中を向けたまま返事をして、ミゼルは工具箱の中から指先くらいの小さな黒い玉を取り出すと、そっとカウンターに置いた。
「まぁ、確かに誰も傷付かないのが一番理想だけど、それって難しいよね。て言うかミゼルさぁ、それ何?」
「ん、ああ、そろそろメインレジ交代だろ?だから俺の仕事持って来たんだよ。新作の魔道具作ってんだ」
ケイトの質問に答えながら、ミゼルはノミで玉を二つに割った。黒い玉の中は空洞になっており、ミゼルは白い粉を中に詰めると、今度は割った玉に粘着性のある液体を付けて、もう一度付け合わせた。
「ふんふん、それで次はどうすんの?」
「じっと見られてるとやりづらいんだけど・・・・・あとは接着面にこのテープを付けて、割れを見えなくする。それで完成だ」
興味深そうに後ろから覗き見てくるケイトに、ミゼルはチラリと目を向けると、器用に手を動かして完成させた。
「一回割ってからくっ付けるのは、割れやすくするためって事?」
「ああ、そのとおりだ。使う時は壁でも地面でもいいから、叩きつけて割るんだよ。そしたら粉が煙に変化して濛々と出てくるんだ。それで姿を隠して逃げる。撤退用だよ」
「・・・煙玉ってヤツだよね?新作って言ってるけど、他所でも売ってるし別に珍しくなくない?」
「かぁ~!あまいなぁケイトは、確かに煙玉だけどよ、俺の煙玉は特別なんだよ。他所のと一緒にしないでくれる?」
「え!そうなの?なになに?どんなふうに特別なのさ?」
ぐいっと距離を詰めて、期待の眼差しを向けるケイトに、ミゼルは口の端を持ち上げると、自信満々にニヤリと笑って見せた。
「聞いて驚けよ?俺の煙玉はな、目に沁みんだよ!」
「・・・・・あ、そうなんだ・・・なんか、地味だね」
効果的だとは思うが、自信満々に胸を張るミゼルに対し、ケイトは困ったように眉を寄せて半笑いするしかなかった。
8月も下旬になると、夜も早くなってくる。
少し前までは19時を過ぎても明るかったが、今では時計の針が17時を差す頃には、陽もだいぶ傾いてた。
レイジェスを赤く染める夕陽が一日の終わりを告げて、カチュアの心を寂しくさせる。
今日も帰ってこないと・・・・・
「・・・アラタ君、大丈夫かな・・・」
出入口の周りを箒で掃きながら、カチュアは溜息を一つついた。
もちろんレイチェルやリカルド、みんなの事も心配している。
だが一番最初に出てくる名前は、やはり夫となったアラタだった。
今回の救出は、順調に行けば往復で2週間、14日の日程だった。
もちろん予定はあくまで予定であり、当然遅くなる場合だってある。今日で16日目だったが、彼らの任務を考えれば、二日程度の遅れは十分ありえるだろう。
魔法使いのユーリを連れて走って行き、その上山を登って蛇と戦う事まで想定されているのだから、そもそも最短の14日で帰還というのが無理な話しなのだ。
二日どころか一週間の遅れくらいは、考えに入れておいてもよかっただろう。
だが分かっていてもカチュアは考えてしまう。
理屈ではないのだ。14日で帰って来れる可能性があるのならば、どうしても期待してしまうのだ。
ジャレットやシルヴィアに、きっと大丈夫だよ、と声をかけられているし、なるべく周りに気を使わせないようにしているつもりだが、昨日今日と、どうしてもソワソワして落ち着かない。
「・・・こんなんじゃダメだよね。しっかりしないと」
カチュアは、パチンと両手で挟むように頬を叩くと、気持ちを切り替えるように自分に言い聞かせて、止めていた手を動かし始めた。
「みんながいつ帰ってきてもいいように、ちゃんとお仕事してお店を護らないと・・・・・」
「ねぇねぇ、カチュア」
箒で落ち葉や紙くずを集めていると、シルヴィアが後ろから背中をつついてきた。
「ん、あ、シルヴィアさん?」
振り返って、何の用事かと問うように見ると、シルヴィアは店と町を繋ぐ石畳の道の先を指差した。
「あれ、なーんだ?」
「え?」
シルヴィアの細い指の先を追って、カチュアが顔を向ける。
「・・・・・あ!」
夕焼けを背にして、レイジェスに向かって歩いて来る数人の人影を見て、カチュアは声を上げた。
「アラタ君!みんな!」
箒を放り出して、カチュアは走り出した。
その背中を見送りながら、シルヴィアは優し気に微笑んだ。
「フフ、良かったわね、カチュア・・・」




