1076 下山
「全員準備はいいか?降りる前に最後の確認をするぞ」
山を降りるための話し合いを終え、最期に全員の顔を一度見渡すと、アルベルトはアゲハに目を止めた。
「ああ、大丈夫だよ。道案内は任せな、こないだまで帝国にいたんだ、ちょっと地形が変わったくらい問題ないさ」
余裕を見せるように軽く笑って答えるが、地面に刺した薙刀に体を預けている格好を見ると、どれだけ消耗しているかが分かる。
「頼りにしてるぞ、それとエミリー・・・」
無理をしている事は一目瞭然だが、この山を一番熟知しているアゲハの案内が必須である以上、頑張ってもらうしかない。
アルベルトは次に、青魔法使いのエミリーに目を移した。
エミリーは自分に視線が集まった事を見て取ると、肩から下げているバックの中から、手の平に収まる大きさの、灰色の壺を取り出した。
「これが私の魔道具、消身の壺です。あらためて説明させていただきます。壺の蓋を開けると煙が出てきます。そしてその煙を浴びれば存在感が薄れます。どの程度の効果が見込めるかと言いますと、隣に立ったくらいでは認識されない。そのくらいの効果はあります。ですが透明になるわけではありません。歩けば音もでるし、話せば声も聞かれます。ですから音を立てないように足元に注意して、本当に慎重に進む事が重要です」
全員がエミリーの話しに耳を傾けている。エミリーはそれぞれの反応を見て、ここまでの説明を理解していると確認すると、ただ、と付け加えて話しを続けた。
「ただ・・・闇に、トバリに対して効果があるかは分かりません。危険過ぎて試した事がないので。正直、期待はしない方がいいと思います。もし効果があったなら儲けもの、くらいに考えてください」
自信が無さそうに自分の魔道具について話すと、レイマートがエミリーの肩に手を置いた。
「いいじゃねぇか・・・それで十分だと思うぜ。蛇だって全滅させたわけじゃねぇんだ。少なくとも蛇は避けれるだろ?蛇に効くならトバリもなんとかなんじゃねぇか?」
「え、でも蛇とトバリは全然・・・」
「駄目なら駄目でいいんだよ。駄目だったら俺らがフォローするからよ。でも俺はいけると思うけどな、お前の消身の壺はすげぇよ。だから自信を持って使え」
青い髪をかき上げて、ニッと笑ってもう一度肩をポンと叩くと、エミリーは驚いたような顔でレイマートを見た後、小さく、けれどハッキリと頷いた。
「・・・ありがとうございます、頑張ってみます」
その目にはこの任務を絶対にやり遂げてみせるという、強く確かな意思が見えた。
「アラタ、体調はどうだ?」
下山のために隊列を組んでいると、レイチェルがアラタの隣に立った。
「ああ、なんとか、動けるかな・・・この新緑の欠片が、力を貸してくれてるみたいなんだ。ただ、やっぱり戦闘は無理だ・・・歩くだけでやっとかな」
岩に腰を下ろし、ギリギリまで体を休めていたが、体力はあまり回復していない。
光の力をギリギリまで使った影響だ。経験上、本来なら体を起こす事もできない状態だっただろうと感じ取る。だが新緑の欠片が力を貸してくれるおかげで、歩ける程度には体が動くようだ。
「無理はするなよ、歩ければ十分だ。キミのフォローは私がする。キミになにかあれば、私の大切な友人が泣く事になる。だから絶対に生きて帰るぞ」
「レイチェル・・・うん、ごめんな、悪いけど頼むよ」
「なにを言う、お互いさまだろ?ここにいる全員が、誰かを助けて助けられているんだ。すぐに迷惑をかけたと思い込むのはキミの悪い癖だぞ?・・・さぁ行こうか、カチュアが待ってるぞ」
レイチェルが差し伸べた手を掴むと、アラタはゆっくりと立ち上がった。
「・・・うん、そうだな。ありがとう、レイチェル」
「そうだ、こういう時はありがとうでいい」
これから闇の中へ入る。無事に山を降りられるかは分からない。
だが二人の表情は、死地へ赴くとは思えないくらい、穏やかなものだった。
「全員準備ができたようだな?それじゃあ、行くか・・・」
アラタとレイチェルを隊列の最後尾に加えると、一行はアルベルトを先頭に、一歩一歩山を降り始めた。
爆発で脆くなった足場は、体重を預けると崩れそうになる場所もある。
ひび割れて欠けた石がバラバラと落ちていき、闇に呑まれるように消えていく様子は、これからの自分達の運命を表しているようで、ゾッとさせられた。
バランスを取るために木の枝を掴み、慎重にゆっくりと降りて行く。
足場を一つ下ろすごとに、闇が近づいて来る。
この闇はデューク・サリバンの黒い光が生み出した闇。そしてそれはデュークが一度意識を失った事で、空を覆っていた分は消えた。
だが全てが消えたわけではない。レイチェル達が立っている標高3000メートル地点より下は、まだ暗闇に包まれており、闇の渦が蠢いているのだ。
徐々に薄れて消えていっているようだが、それは遅々として進まず、とても日没までに全てが消えるとは思えなかった。
暗闇には平常時であれば、絶対に近づかない。
だが今は行くしかないのだ。
待っていても日が暮れれば夜の帳が降りてくる。
ならば少しでも生き延びられる道へ進むしかないのだ。
「・・・よし、入るぞ・・・ここからは会話は必要最低限だ。極力音も立てないようにしろ。いいな、入るぞ」
最後に一度だけ振り返って念を押す。
全員が黙って頷いた事を見ると、アルベルトは意を決したように息を吐いて、闇に足を踏み入れた。




