104 帰りの馬車で
帰りもエルウィンが馬車を出して送ってくれる事になっていた。
ヴァンは治安部隊本部は近いから、そのまま歩いて戻るというので、来た時と同じく俺とレイチェルの二人だけワゴンに入り、向かい会って座る形になった。
「アラタ、今日は大変だったね。疲れただろう?」
向かい合い座るレイチェルは、膝の上で手を組んでいる。背中をイスにもたれさせ、リラックスしているようだ。
「う~ん、正直ちょっと疲れたな。気疲れってヤツ。俺、あぁいう堅苦しいの苦手なんだよ」
指先で頬を掻きながら答えると、レイチェルは少し笑って同意した。
「私もだ。スカートも落ち着かないしな。動きやすい服装が一番だ。そうそう、一応、これで大きな用事は片付いたから、今回の祝勝会しないかい?実はキミが自宅療養している間に、ある程度話はまとめてあるんだ。場所はクリスさんの宿屋で、シルヴィアがケーキを焼いてくれるぞ」
「え、本当?いいね!俺、まだ店の皆と飲み会とかした事ないからさ、楽しみだよ。ジャレットさんとも、前に一度そういう話したんだけど、それっきりになってたしさ」
「ふふ、ジャレットとミゼルは、二人で週に三回は飲みに行ってるようだぞ。酒の席であの二人に捕まると潰されるから、気を付けるんだな」
レイチェルは一本指を立て、注意を促すように軽く振った。
眉を下げ少し困った感じに見えるのは、あの二人の酒の付き合いで苦い思い出でもあるのかもしれない。
「確かに、よく飲みに言ってるって聞いてるよ。あれ、そう言えばこの世界だと、酒の年齢制限ってないのか?日本では二十歳にならないと酒は駄目なんだ」
レイチェルは驚いたように目を丸くした。
「・・・へぇ~、驚いた。つまりニホンでは、二十歳が大人として認められる年という事だな?
ここも酒は大人になってからという認識は変わらないが、なんせ10歳から働きに出るのが普通だからな。酒は15歳からだ。ちなみに結婚も15歳からできるぞ。まぁ、さすがに15歳で結婚する人は少ないけどね。19~22歳くらいが一番多いかな」
さすがに15歳から飲酒が解禁なのは驚いた。だけど、10歳から働きに出る事が普通なのだ。
大人として認められる年齢が日本よりずっと若いのは当然かもしれない。
学生時代、歴史で習った記憶がふとよみがえる。確か奈良時代以降だったろうか、元服といって12~16歳くらいの年齢で、成人として認められていたと習った覚えがある。
二十歳で成人というのも明治時代からだったようだし、そう考えればこの世界の年齢の基準というものは、明治時代より前の日本の感覚に近いのかもしれない。
「そりゃ早いな。日本も俺が生まれるより、もっとずっと前は、そのくらいの年齢で大人扱いされてた事もあったみたいだけど、今はずいぶんゆとりがあるからね。こっちの世界の子供達を見ると、みんな年齢以上に大人だなって思うよ。エルウィンもだけど、エルちゃんなんて、七歳であんな礼儀正しくしっかりしてんだもんな。驚いたよ」
「エルか、あの子はちゃんとしてるね。人見知りもしないし、受け答えもしっかりしている。周りもよく見えている。七歳であれだけできる事は少ないよ。10歳になったら正式に雇ってもいいと思ってる。優秀な人材は逃さないように、ご両親に話して今から予約しておこうかな」
「おいおい、予約ってエルちゃん物じゃないんだから」
「あはは、分かってるよ。ちょっとした冗談だ。でも、ユーリもあの子をずいぶん気に入ってるしね。実はね、ユーリは四人兄妹なんだ。兄が三人いる。だから、女一人で結構大変だったらしい。
エルもユーリに懐いているし、妹ができたみたいで嬉しいんだろう。だから、できるだけレイジェスに来て欲しいとは思ってる。あぁ、もちろんそれだけじゃないよ。エルの能力もきちんと評価した上でだ」
「四人兄妹で兄三人か・・・そりゃ末っ子で女一人なら、なにかと大変だったろうな。
なんか、ユーリがすぐに俺の脛を蹴ったり、ミゼルさんの腹を殴るのもちょっと分かった気がする・・・」
腕を組み、背を少し反らしながら、う~ん、と唸る俺をみて、レイチェルは声を出して笑った。
「あっははは!そう言えば、アラタはよく脛を蹴られてるよね?なんかね、一言余計な兄がいて、その人の事をよくそうしてるみたいだよ。そして、ミゼルみたいなだらしない兄には、お腹を殴って反省させてんだって。アラタ、ユーリには一言多い時あるよね?蹴られるの嫌なら気を付けなよ?」
「う~ん、そうだな。何かユーリって、一言付け加えたくなるんだよな・・・話しかけてもユーリの反応が薄いからかな?まぁ、気を付けないとな。うん」
首を傾げ少し俯きながら、ユーリに対する対応策を練っている俺を見て、レイチェルはおかしそうに笑っている。
「ふふ・・・少し話がそれたが、来週あたりで時間を決めておくよ。参加者は、レイジェスのメンバーと、エルとエルのご両親だけだ。しっかりしてても七歳だからね。ご両親も一緒にどうかと誘ったら、快く了解してくれた。あと、クリスさんも、最終的には一緒のテーブルで飲むと思う。
アラタ・・・今日まで大変だったじゃないか?一度みんなで楽しく過ごそう」
レイチェルは優しく微笑んだ。
祝勝会と聞いたけど、きっと俺がこの世界に来てからの三ヶ月あまりを、労わってくれる事もあるのだと感じた。
おそらく、この世界に来て、最初に会った人がレイチェルでなければ俺はどうなっていたか分からない。
そのままトバリに食べられていたかもしれないし、賊に捕まって奴隷のような扱いをうけていたかもしれない。
いずれにしろ、レイジェスような温かい場所にはいられなかったと思う。
「・・・レイチェル・・・今日まで本当にありがとう。これからもよろしく」
「・・・キミは急に何を言うんだ?これからもよろしくってのは、私も同じだよ。当たり前じゃないか。これからも私がコキ使うから、逃げずによろしく頼むよ・・・アラタ」
一定の速度で走る馬車の車輪から伝わる振動に、体がわずかに揺れる。
レイジェスへの帰り道、気疲れもあったけど、レイチェルから最後に嬉しい話があって、楽しい気持ちになれた。
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