10 異世界での戦闘
8/27 読み返したら見づらいと思いましたので、改行だけやり直しました。
内容に変更はありません。
キッチン・モロニーで食べたミートグラタンのミートは、その名の通り肉団子だった。
一口サイズの肉団子がゴロゴロ入っており、一口噛むと溢れる肉汁に、ホワイトソースも絡まって、まろやかだけどジューシーな味わいだった。
美味かった。本当に美味かった。今回はご馳走になる立場だから自重したけど、自分のお金があったらお代わりをしていた。それくらい美味かった。
「いやー、美味かったね!ミートグラタン!あんな美味いと思わなかったよ」
「あははは、アラタ君すっごい美味しそうに食べてたもんね。あ、ハマったなって思ったよ。あのね、キッチンモロニーって、なぜか大勢でワイワイ騒いで食べる雰囲気になってるから、お酒や唐揚の注文が多いんだけど、私はあのミートグラタンが一番好きなんだ」
俺がミートグラタンにハマったのは、どうやらバレバレだったようだ。
うん、確かにガッツてしまったかもしれない。
「カチュアもミートグラタンが一番好きなんだ?俺もまた食べたいって思った。本当に美味かったから。あ、そのクッキーも人気なんだってね?」
そう言って、カチュアが持っている紙袋を指さした。
「うん。これはレイチェルにね。お昼のお礼。レイチェル、モロニーさんのクッキー好きなんだ。前に行った時は、自分用に一箱買ってたくらいだし。レイチェルってクッキーが大好きなんだよ」
「え、なんか意外だな。レイチェルってクールなイメージだから、なんとなく甘いのはそんなに食べないと思ってた」
「うん、私も最初はそう思ってた。でもね、クッキーなら何でもいいってわけじゃないの。気に入ったものだけ沢山食べる感じなの。それでモロニーさんのクッキーは大当たりだったみたい」
キッチン・モロニーを出て、店までの帰り道、カチュアはモロニーの料理がいかに美味しいか、店主は本当は落ち着いた料理屋をやりたいなど、モロニーについて色々と楽しそうに話してくれた。
カチュアは本当にあの店が好きなようだ。
大通りを並んで歩いていると、ふいに怒鳴り声が聞こえた。
前方に人だかりが出来ており、男二人が掴み合っているのが見える。どうやら喧嘩のようだ。
関わらない方が良いと思った俺は、カチュアに目配して道の端によって通り過ぎようとした。
するとその時、突然何かが爆発したような轟音が響き渡った。
「なっ!?なんだ!?」
こんな町中でなんだ!?爆発!?テロか!?
緊張感が走る。そして音のした方に顔を向けて・・・
「ッ!カチュア!」
俺は咄嗟にカチュアの腕を掴んで引き寄せた。なぜなら人が一人、俺達の方に勢いよく飛んできたからだ。そして次の瞬間、一瞬前までカチュアが立っていた場所を通過して、男が俺たちの目の前で激しく壁に叩きつけられた。
叩きつけられた男は意識を失ったのか、地面に崩れ落ちてそのまま動かなくなった。
相当な衝撃だった事は、大きくひび割れた壁と、バラバラと落ちる破片を見れば分かる。
・・・な、なんだコレは?倒れている男は、中肉中背の普通の成人男性にしか見えないが、人一人をこの勢いで吹き飛ばすなんて、一体どうすればできるんだ?
「え?・・・な、なに、これ?・・・・・」
あまりに突然の事態に、カチュアも目を開いて固まっている。
無理もない。いきなり人が飛んで来るなんて誰が想像できる?俺だって心臓がバクバクと音を立てている。何が起きたのか分からないが、とにかく危なかった。
辺りを見回すと、さっきまでの人ゴミが嘘のように無くなっていた。
いや、建物の影からこちらを見ている人もいる。みんな巻き添えを食わないように、安全と思える距離まで離れて、隠れて様子を窺っているようだ。
そしてこの騒動の原因であろう男はすぐに見つかった。
十メートル程の距離から俺とカチュアを見据えていたのだ。
興奮しているのか息遣いが荒く、確かにこっちに視線を向けてはいるが、どこか焦点が合っていないように見える。体は小刻みに震え、明らかにまともな状態ではない。
20代だろう。背格好からして、どこにでもいる平均的な成人男性にしか見えないが、この男が人一人を、この距離まで吹き飛ばしたというのか?
しばらく睨み合った後、男は足を引きずるようにしてゆっくりと、だが確実にこっちに向かって来た。
危険を感じた俺は、カチュアをそっと自分の後ろに行かせると、左手を軽く握り顔の前に出し、右手は顔のすぐ横に、右足を少し後ろに広げ半身に構えた。上下にゆっくりとリズムを刻み、目の前の脅威への迎撃態勢をとった。
ボクシング。
ウイニングで働いていた3年間、村戸さんに誘われて俺はボクシングをやっていた。
初めは乗り気ではなかったが、いつの間にか汗を流し鍛える事が楽しくなり、スパーリングも積極的にやった。アマチュアの大会に出たこともある。
戦う事は初めてではない。
「カチュア、俺は昨日来たばかりでこっちの世界は何も分からない。アレはなんだ?」
近づいてくる敵から視線を切らずに、カチュアへ尋ねた。
動きは遅い。体のバランスが上手くとれていないような、妙なぎこちなさを感じる。
だがあの爆発音と、人一人が吹き飛んだ事実を考えるとなにかある。
「・・・ごめんなさい、私も分からない・・・私もこんなの初めて見る。でも、魔力は感じるから、魔法は使えるはずだよ。爆発系の攻撃魔法だと思う。アラタ君、戦う気?武器もないのに」
「もう俺達に狙いを付けてる。それに、俺達が逃げたら、その人は殺されると思う。偽善かもしれないけど・・・それに、さっき危なかったろ?もう少しでカチュアも大怪我してたんじゃないのか?」
男は俺の目の前に立つと、大きく右手を振り上げた。
「それと武器はあるよ。俺の武器はこの拳だ!」
次の瞬間、これまでの動きの遅さが嘘のような速さで、俺の頭を目掛けて拳が振り下ろされた。
振り下ろされた右の手首を狙い、左手で外へ払うと、がら空きになった顔面に右ストレートを打ち込む。
グシャっと鼻の骨が潰れる嫌な音と、骨を砕いた感触が拳に伝わり、一瞬、男から注意が反れた。
素手だから手加減はしたが、素手で殴ると人の骨はこんなに簡単に砕けるのか?
自分の拳に視線を向けた一瞬の隙に、男の左手が俺の腹に押し当てられる。
次の瞬間、腹にもの凄い圧力を感じた。
まるで熱をもった空気のかたまりに体が押されるような、経験した事のない圧力に息が詰まる。
そのまま上に持ち上げられたかと思うと、腹の下でなにかが爆発した。
耳をつんざく爆発音と共に、俺の体は高く宙を舞った。
「アラタ君!!」
交通事故で跳ね上げられた経験はないが、こういう状態なのだろうか。
不思議な事に意識はハッキリしていて、全てがスローモーションのようにゆっくりと見える。
雲の動き、遠巻きに見ている人達、カチュア・・・なにか叫んでいるようだが、爆音にさらされた耳には、言葉は入ってこなかった。
受け身も取れず、無防備なまま地面に落下した。
石畳に打ち付けられる衝撃が体を突き抜ける。あの爆発はなんだ?あれが魔法なのか?
様々な疑問が頭を駆け巡るが、俺はふと異変に気付いた。
あの爆発で、あの高さから落ちて・・・この程度なのか?
確かに痛みはある、だが動けない程ではない。
ゆっくりと上半身を起こし自分の体の状態を確認してみた。
上着はほとんどボロ切れになって、切れ端が肩や腕に引っかかっている状態だ。
裂傷は多いが出血は少ない。肋骨や腕、どこの骨も折れていないようだ。
「アラタ君!大丈夫!?」
カチュアが息を切らせながら駆け寄ってきた。そして俺の身体に手を乗せると淡い光を放ち始め、俺の体を包み込んだ。
「待ってて、すぐに治すから・・・」
全身の裂傷が少しづつ消え始め、痛みも同時に引いていった。
これが魔法、なのか・・・
男の攻撃の爆発も魔法という事だが、この回復魔法も驚きだ。
半信半疑だったが、魔法の存在を認めないわけにはいかない。
俺が回復を受けている間にも、ゆっくりと足を引きずるようにして男が近づいてきた。
虚ろな表情、口の端からはだらしなく涎も垂れ落ちている。
まるで危ない薬の中毒者のようだ。
潰した鼻からはボタボタと血がしたたり落ち、苦痛に顔を歪めている。どうやら痛みは感じるようだ。
「・・・カチュア、ありがとう。なんとかなると思う。危ないから下がっててくれ」
回復魔法は途中だったが、男の接近に俺は立ち上がり、左手を前に半身の構えをとった。
・・・いける。理由は分からないがこの耐久力から考えて、俺の身体能力は信じられない程、大きく上がっていると感じた。
目算で2メートルの距離まで男が近づいてきた。意識を集中して男の動き一つ一つを見やる。
男は最初と同じように右腕を大きく振り上げて、俺の頭目掛けて振り下ろしてきた。
速い、のろのろと歩いて来るくせに、攻撃の瞬間だけは動きが驚くほど速くなる。
だが振り下ろすだけの直線的で読みやすい動きだ。俺はステップを踏み、左に回り込むように避けると、左ジャブを数発、男の顔面に浴びせた。
体が軽い。やはり耐久力だけでなく、スピードも上がっている。
最初に右ストレートを放った時も威力に驚いたが、パンチ力も相当上がっているのだろう。
ジャブでよろけたところを、がら空きの顔面に右のショートアッパーで打ち抜く。
全力で打つと危険だと思い手加減はしたが、それでも手ごたえは十分だった。
力なく倒れた男はピクリとも動かず、完全に気を失っていた。
「・・・ふぅ」
落ち着いて対処したつもりだったが、やはり初めて見る魔法や、異世界での初めての戦闘に、俺はかなり緊張していたようだ。倒せた事への安堵もあって、俺は額の汗を拭って大きく息を吐いた。




