01 転機
2024 9/3
連載も1000話を超えて、確認のために最初の方を見直す機会もあるのですが、急いで投稿をしたために表現が分り難いところや、誤字脱字があったりと、色々と気になるところがありました。
作品の完成度を上げるため、これからは空き時間を使って一話目から少しづつ修正を行っていきます。
肉付けや内容の変更を行う事もありますので、最新話までお読みになった方も、もしご興味がありましたらたまに見直してみてください。
「コミック10冊で、200円の買い取りになります。」
「は?これ10冊で200円?安すぎない?もっと上げられないの?」
値上げ交渉はよくある事だ。相手を見て要求を呑む店員もいるが、俺はそんな事はしない。
商品の価値を見極め、適正な価格を提示する。買い取りとはそうあるべきだ。
今回持ち込まれた商品は週刊誌で連載中の少年漫画が10冊。
最新11巻は来月発売予定で、アニメ化も決定した人気作品だ。確かに10冊で200円は安過ぎるだろう。
普通の状態ならな。
「お客様、恐れ入りますが、これ全部表紙カバーがありません。ところどころ折れてるし、買い取りしない店も多いと思いますよ。うちは訳ありコーナーも作って、こういう本もセットで販売してますので、ギリギリ買い取れますが、これ以上の値段は付けられません。」
完結している作品ならば、読めればいいという事で買う人もいると思う。
だけどまだまだ連載が見込まれる作品で、表紙カバー無しを買って、そこから続きを集める人はほぼ見込めないだろう。
個人的には買い取りしたくもないけど、なんでも買い取ると看板を出している以上は、可能な限りは買い取らねばならないだろう。
俺は真面目なんだ。
「はぁ!?高価買取りってのは嘘かよ!?おかしいだろ!?」
目の前の男は30代後半・・・いや40代かもしれない。生え際がだいぶ後退している。
背は俺より10cm、いや15cmは高い、190cmはあるように見える。ラグビーやプロレスでもやっているのかと思うほどの大きな体をいからせ、カウンター越しに身を乗り出して俺に詰め寄ってきた。
身の危険を感じた場合、理不尽な要求を呑む事もあるだろう。だけど俺はそんな事はしない。
高校を出て就職するでもなくフラフラしていた俺だけど、このリサイクルショップでバイトをする事になって3年。俺は一度も理不尽な要求に屈した事は無い。
「いえ、何もおかしくありません。高価買取りも本当です。ですがこの状態では10冊で200円です。お持ち帰りになりますか?」
「・・・・・分かった。それでいい。」
目の前の男はしばらく黙って俺を睨んだあと、低い声で返事をした。
買い取りが決まった場合、名前や住所などを用紙に記入してもらうのだが、書いている間も男は俺を憎しみの籠った目で睨み続けていた。
・・・・・今日は疲れた。
深夜1時、店を閉めてレジの残高を確認した後、俺は事務所で明日の早番への引継ぎを日誌に書きながら、深い溜息をついた。
日曜は来客が平日の倍以上で、買い取りだけでなく商品整理も忙しい。
立ちっぱなしで棒になった足には堅いパイプイスであっても、一度腰を下ろすと二度と立ち上がりたくない程の、座り心地の良さを感じる。
加えて7月の暑さはこの時間でも堪える。
体を動かしていなくても、額に汗がにじんできて頬を伝い落ちる。
「髪、そろそろ切ろうかな」
二カ月近く伸ばしているため、前髪が目に入りそうになっている。
長髪にしたいわけではないけど、切りに行くのが面倒で、うっとうしくなるまでいつもほうっておいている。
ニコニコ愛想を振りまくタイプではないので、せめて髪を上げて表情くらい見えるようにしたらと店長に言われた事はあった。
「まぁ、次の休みにでも切ってくるかな・・・それにしても暑いな」
エアコンはあるが10年以上使っている古い物だ。風量を最大にしても扇風機と大して変わらなく感じる。
「・・・全然風が来ないな、フィルターでも詰まってるのか?」
重い腰を上げて、頭二つは上に取り付けられているエアコンに手をかけたところで、事務所のドアが開いた。
「新、お疲れ。駐車場の見回りは済んだぜ。問題無しだ」
店長の村戸 修一さんだ。
このリサイクルショップ ウイニングは、東日本を中心に展開しているチェーン店だ。
村戸さんは20才の時からもう10年も働いている。
毎日毎日ブラブラと立ち読みに来ていた俺に声をかけて、この店で雇ってくれた恩人でもある。
180cm以上の長身に、ボクシングジムで鍛えている筋骨隆々の体。
30才になってヒゲを伸ばし始めたため、ボウズ頭と相まってサービス業とは思えない強面だ。
話すと丁寧で紳士的なだけにギャップがすごい。
「お疲れ様です。暑いですね。エアコン効かないし嫌になりますよ」
「無いよりはマシだ。会社は完全に壊れるまで買ってくれないからな。我慢だ我慢」
フィルターを見てみたけど、しっかり掃除されていて埃は全く詰まっていない。
という事は、もうガタがきているということだろうか?
「それにしても綺麗に掃除してあるな。さすが弥生さんだ」
そう呟いてフィルターを戻すと、ふいに氷のように冷たい何かが頬に当たり、飛び跳ねそうになった。
「フィルター見ただけでアタシって分かるなんて、新はアタシが大好きなんだな?」
新庄 弥生さん。
一つ年上の23才。人をからかう癖があって口も悪い。切れ長の瞳は少しキツイ印象を与えているけど、
どこか寂し気にも見える。
黙っていれば目つきは少し悪いけど美人。そういう印象なだけに、つい口を閉じてたらどうですか?
と言いたくなる。
俺よりは少し低いが、女性にしてはスラリと背が高く、
サラリとしたロングストレートの黒髪が良く似合っている。
「ほら、飲みな」
俺の頬に当てていた炭酸飲料の缶ジュースを手渡し、弥生さんはパイプ椅子に腰を下ろした。
「いきなり冷たいの当てないでくださいよ!びっくりしたなぁ、ジュースはどうもです。あと、弥生さんに別に恋愛感情はないです。いつも事務所掃除してるの弥生さんじゃないですか?分かりますよ」
「はいはい、わかったわかった。ムキになって新は子供だなぁ」
フッと笑うと、弥生さんはブラックコーヒーの缶に口をつけた。
弥生さんはこの店で4年働いている。スタッフの入れ替わりが激しいためすでに古株だが、雑用を後輩に押し付けず、いつも掃除を率先して行っているため意外に人望がある。
「お前らのやりとりも相変わらずだな。ところで新、昼間のゴツイ客だけど問題なかったんだよな?」
「あぁ、はい、けっこう睨まれましたけど、大人しく帰りましたよ」
昼間200円で本を買い取った客の事だ。
声も大きかったし凄まれたから、他のスタッフにも色々と聞かれた。
高圧的だったり、問題のありそうな客の事は店長の村戸さんに報告して、引継ぎもする事になっている。
「そうか。だけど気を付けろよ。ああいう感じのヤツは粘着質が多いからな。これっきり来なくなるならそれでいいんだけど、毎日のように店に来て、用も無いのに同じスタッフを指名して無言で睨み続けたり、ネチネチいつまでも文句言い続けたりと、スゲーのもいるからな。実際それで辞めたヤツもいるぞ」
「あー、そういうのアタシは無理だわ。客でもビンタするかもしんない」
「お前は本当にやりそうだよな。まぁ、新の長所は真面目なとこなんだけど、こういう客にあたるとヘタに恨み買いそうで心配でな。もう少し柔軟にやった方が楽だぞ?」
「・・・はい」
「よし、日誌おわったか?それじゃ帰ろう帰ろう」
村戸さんが手を叩いた事を合図に、俺も弥生さんも帰り支度を始めた。
坂木は頭が堅い。真面目過ぎる。子供の頃から言われていた事だ。
自分が正しいと思った事は譲らない。そうした主張のせいで離れていった友達も多い。
高校の時、ファミレスや本屋でバイトをした事があるが、この性格のせいで長くは続けられなかった。
自分は社会に出てやっていけるだろうか?そう考えると、卒業の時に就職をする気にもならなかった。
かと言って進学できる学力も無く、やりたい事もないから専門学校という選択も選べなかった。
「なにボケっとしてんの?早く出ないと、あんた残したまま鍵かけて帰るよ」
弥生さんが事務所の外から、ドアノブに手をかけ声をかけてくる。
村戸さんはすでに愛車のハイエースの前だ。
「あ、すみません。ちょっと考え事してました。すぐ出ます」
「ほらほら早く早く、本当に鍵かけて帰っちゃうよー」
郊外だからこの時間帯は車もほとんど通らず、閉店後は静かなものだ。
街灯だけを頼りに暗い駐車場を弥生さんと並んで歩く。
30台は停めれる大きな駐車場だが、スタッフの車は当然一番奥だ。
村戸さんは先に店を出ても、ハイエースの前で俺達が来るのをいつも待っていてくれる。
閉店までのシフトは、俺達3人がメインで組まれている。
週に3~4日はこのメンバーで帰っているから、見慣れたいつもの光景だ。
ここは居心地が良い。
村戸さんは兄貴みたいなものだ。いつの間にか何でも話せる存在になっていた。
弥生さんはいつも俺をからかってくるし、口も悪いけど、俺が孤立しないようにいつも皆のところに引っ張っていってくれている。俺が3年もバイトを続けてこれたのは、弥生さんがいたからだ。
毎日同じ事の繰り返しみたいなものだが、このいつもの帰り道がかけがえのないものになっている事を、俺は感じていた。
ゴンッ!
突然だった。意識が飛びそうな程の強い衝撃を頭に受けて、俺は受け身もとれずに前のめりに倒れ込んだ。全身をアスファルトに打ち付け、体中に強い痛みが走る。なんだ?なにがおきた?
起き上がろうにも体に力が入らず、手を動かす事もできない。頬を伝う熱い流動体が唇に触れた。
舌先に鉄錆の味を感じ取る。血・・・これは俺の血なのか?
「ガキがなめた態度とるからこうなんだよッ!」
苛立ちを含んだ低い怒声とともに、脇腹に鋭く重い衝撃が走る。力まかせに体を蹴り上げられ、今度は肩や背中を地面にしたたかに打ち付けた。腹部の激痛に呼吸する事すら困難になる。
「ぐ・・・はぁッ・・はぁッ・・・・・」
浅い息を吐きだしながら瞼を開け見上げると、そこには見覚えのある大柄な男が俺を睨みつけていた。
右手には鉄パイプのような物が握られている。あれで殴られたのか?
「お・・まえ・・は、朝の・・・本の・・・」
「このクソがッ!俺をなめやがって!」
「なにしてんだよ!」
男が再び足を上げた時、弥生さんが男の顔面にショルダーバックを叩きつけた!
財布やら化粧品やらが入っているだろうバックを、フルスイングで顔面に叩きつけられた男は、腰を曲げ両手で顔を覆いうめき声を上げた。
「新!大丈夫か!?」
かけつけた村戸さんが俺の顔を覗き込む。
懸命になにか叫んでいるが、なにを言われているのか頭に入ってこない。
返事をしようとするが声が出ない・・・・・
やがて目の前が真っ赤に染まり俺の意識は途切れた。