第五話・無連絡
第五話・無連絡
葉奈子は祖父母の戸籍謄本を市役所に出向いて請求をした。事前に自身の戸籍謄本も用意をしていたので入手自体は容易であった。謄本には祖父母の生年月日、死去日などがはっきりとわかる。それでもって春子が嫁ぐ前の卦配春子とその親族関係が俯瞰してみまわせる。今まで知らなかったことも判明した。
まず故継彦の長男の太朗だが、芳夫の死去直前に養子縁組をしていた。太朗自身は知的障碍者であるので同意もなにもない。長女春子、次女美富子、三女秋子、四女冬子夭折、次いで長男の継彦。その隣に養子とある。また夕子の死去後、かつ成人後に太郎の生年後見人として芳江の名前があった。
かつ、芳江の次男の治郎は美富子と養子縁組をしている。こんなことを芳江が独断でするはずがない。すべて美富子の指示だろう。
春子にこの謄本を見せるとこの二つの縁組のことを全く知らなかった。二人で顔を見合わせてなぜこんな大事なことを知らせぬのかと思った。
その疑問を、夫の昇と義父の仁に伝えるとこう推測した。
「そりゃ相続税の節約のためじゃろう。どこでも素封家はそうしている。相続人の頭数が多いほど、相続税の節約になるけ」
「ああ、なるほど。みっちゃんは、母やあっちゃんにも遺産分割協議書を見せぬ人なので養子縁組のことも黙っておいたのやろなあ」
春子の実印を返却しないぐらいだから黙って戸籍を操作はするだろう。それにしても数十年にわたって誰も法律や金融の知識がないということで美富子がすきなようにできた。さぞや楽しい半生だっただろう。一方豆島の長男である故継彦の妻、芳江からみたら、産んだ三人の子どものうち、男児二人とも豆島家に戸籍上とはいえ捧げたことになる。美富子は独身だし、実質上は芳江の子どもたちが豆島の財産をすべて受け継ぐことになるので喜んでいるだろうか。
美富子が思春期の時はみじめなぐらいの貧乏であった。それが相続税対策で戸籍操作をするぐらいまでになった。
太朗はすでに三十才を過ぎたが障害のせいで誰ともコミュニケーションが取れず豆島の敷地の片隅で陶芸をして暮らしている。毎年冬の季節に梅田で陶芸個展を開いている。豆島美富子の甥ということで買う客はいるらしいが、陶芸家としての評価はないに等しい。次男の治郎は近大農学部の大学院を卒業し、美富子のコネで現在もJAトータル大阪にいる。
芳江の一人娘の四季子に至っては先に書いた通り、父親の葬式にすら帰国しない。現在、ヨーロッパ圏に居住し英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語の同時通訳者として活躍している。豆島家の子育てにかけたお金は巨額だ。新毛本町の人々はそれを不審に思っていない。すべて美富子の才覚で土地の転売や株で儲けて成金になったと思っている。
新毛本町の人々も農家が大半で土地買収の交渉からはじまり、税理士も司法書士も人生の節目に美富子の世話になっていて感謝している。事実、奥本支店長の態度がそうだ。美富子は良い時期に生まれ、就職し、その立場を利用して皆に喜ばれることは確かにした。
同時に隠れて勤務先で横領を続け豆島家の繁栄を援助した。当時の大林組合長もぐるだったのかどうかまではわからぬ。すでに故人であるし、追跡までする気はない。そして浴元議員たちも。彼の父や祖父もまた農協の発祥時代から議員だった。国会での発言もないし、マスコミにでることはまずないが、親子三代で合計百年近く議員をしている。葉奈子にとって政治は遠い世界だ。何もわからぬ。
しかし、美富子は長期にわたり卦配家を疎みバカにした。相続税がせいぜい七、八十万円のところ一千万円もかかったと吹聴された。そこまでして、卦配家にはお金を渡したくなかった。美富子が執着する新毛東の土地こそが豆島先祖から伝わる本当の財産なのだ。裏の豆島文化住宅と卦配の家を更地にすれば真四角の広大なマンションになる。だからこそ余計にあの家に執着があった。美富子が欲しいのに、すでに春子一家が住んでいて欠けた土地になってしまった。嘘をついたのは、その腹いせもあったのではないか。
相続の一部の現金を渡されなかったが、それが農協の横領で培えたものなら、そんな汚い金は葉奈子とて不要だ。逆に美富子に嘘をつかれてよかったとも言える。もちろん現金を請求する気持ちは全くない。
ただ、公男が毎週末に朝から晩まで美富子の田畑を一人でしていたことを思えば、きちんと謝罪してほしい。葉奈子は公男の葬式での美富子の逆上ぶりを覚えている。お悔やみの一つも言わずに帰ったことも覚えている。
皆から尊敬を受け、政治家から頼りにされている豆島美富子は、卦配家に対しては、こき使ってバカにするだけの存在だった。住んでいる家も渡したくなかったがさすがに無理やり引っ越しをさせるわけにもいかない。しぶしぶと春子の名義にしたかわりに、相続税一千万円といううそを吹聴したのだろう。
一方で実姉の春子の実印を好きなように使った。美富子が印鑑をついた遺産分割協議書には美富子が築いた財産が全て書かれている。それを思えば実の姉妹、春子、秋子、故継彦、その妻の芳江にすら見せられないはずだ。
葉奈子は美富子の不正を告発する立場ではない。が、そのまま墓場にもっていかせる気はまったくない。
ところが、待てど新毛支店の奥本から連絡がない。年が明け二月になった。彼には葉奈子と母親の春子の通帳の入出金記録の調査の詳細と美富子の不正操作を調査してもらっているはずだ。進捗の様子を知りたいと思い電話をしてみた。奥本はすぐに電話口に出てくれた。
「白糸さん、すみません。いろいろと忙しくて」
何か狼狽しているようだ。先日は葉奈子に対して同情を感じられたのに何かおかしい。葉奈子はすぐに用件を伝える。
「どうでしたか」
「……豆島美富子さんには直接問い合わせましたが、覚えがないといっていました」
「は?」
「昔のことなのでわからないと」
「諮問の予定はどうなりましたか」
「それはしません」
「ちょっと待って。奥本くんは、諮問をするっていってたじゃない」
「ぼくはしますとは言ってない。それは白糸さんの聞き間違えです」
「嵐過さんと馬井さんだったかな、その女性の前であなたはすると言いましたよ」
「白糸さんは小学校の時から耳が悪かった。だから……その、あなたの聞き間違えです」
「お、奥本くん……」
まさかそんな答え方をされるとは思わなかった。一体何が起きたのだろう。美富子をかばう側になるとは思わなかった。
「今、仕事が忙しい……すみませんが電話を切らせてもらいます。それでは」
ガチャ……
葉奈子は呆然とした。通帳の不正操作、祖父母の登録の調査どころではない。奥本はJA側の人間だ。葉奈子の味方ではない。JA上層部や美富子の指示で今後はかかわるなと言われている可能性もある。小学校の同級生だったいじめっ子、横田の顔が急に浮かんできた。聞き違いをするたびに嘲笑したクラスメートだ。奥本はよく葉奈子をかばってくれた。でも奥本はその横田と結婚した。似たもの同志だったのだ。
子供時代、確かに葉奈子はいつでも負け犬だった。春子の言いなりになって耳が聞こえるふりをしていた。というよりも耳が悪い自覚すら持たなかった。だからいじめられたし、いじめられっぱなしだった。それは仕方がない。でも今は違う。葉奈子は昔の葉奈子ではない。今は負けない。美富子にだって、誰にだってもう負けない。
葉奈子は帰宅した。落ち着いたころに台所の隅で改めてJAのホームページ、ついでウィキペディアを閲覧する。
……JAとは、相互扶助の精神のもとに農家の営農と生活を守り高め、よりよい社会を築くことを目的に組織された協同組合です。
……JAは営農や生活の指導をするほか、生産資材・生活資材の共同購入や農畜産物の共同販売、貯金の受け入れ、農業生産資金や生活資金の貸し付け、農業生産や生活に必要な共同利用施設の設置、あるいは万一の場合に備える共済等の事業や活動を行っています。加入者の大半が米作農家で、そのためJAは米を中心に活動を行っている。
もう少し詳しく調べてみるとJAの歴史は古い。銀行とは一線を引く全く別の組織だ。管轄も銀行は金融庁だが、JAは農林水産省となっている。厳密にいえば金融の仕事もしているのに、金融庁の管理ではない。
……江戸時代の天保期、農政学者・農村指導者の大原幽学が下総国香取郡長部村(現・千葉県旭市長部)一帯で興した先祖株組合が、日本における農業協同組合の始まりとされる。一方、近代的意味における農業協同組合の前身は、明治時代に作られた産業組合や帝国農会にさかのぼる。太平洋戦争中、生産物を一元的に集約する目的で「農業会」という統制団体に改組された。
……戦後の農地改革の一環として、GHQは欧米型の農業協同組合(行政から独立しており、自主的に組織できる)を作ろうとした。だが、当時の食料行政は深刻な食糧難の中で、食料を統制・管理する必要があった。そのため、昭和二十三年に、既存の農業会を改組する形で農協が発足した。平成四年から「JA」の名称を使い始める。事業ごとに次の全国組織(農業協同組合連合会)および都道府県組織がある。
全国農業協同組合中央会(JA全中)一般社団法人 - 単位農協(JA)および連合会の指導、監査、広報活動 都道府県農業協同組合中央会 (JA中央会)- 各都道府県に一つずつ設置されている。
……事業内容は手厚い。
① 指導事業営農指導事業
② 生活指導事業
③ 経済事業組合員の生産物(農産物)の販売(販売事業) ファーマーズマーケット(農産物直売所)の運営
④ 農業の生産に必要な肥料、農薬、農業機械や生活に必要な食品などの供給(購買事業) ガソリンスタンド(JA-SS)・プロパンガス供給元の運営。スーパーマーケット(Aコープ)の運営。配置薬事業(クミアイ家庭薬)の運営
⑤ 信用事業(通称、JAバンク)貯金、貸付、為替、証券業の取り扱い(このため農協は小切手法においては銀行と同視されている)
⑥ 共済事業(通称、JA共済)生命保険と損害保険に相当。終身共済、医療共済、年金共済、建物更生共済、火災共済、自動車共済、自賠責共済などの加入とりまとめ
⑦ 厚生事業病院・診療所(厚生連病院)、保健施設等の運営
⑧ 高齢者福祉事業利用事業カントリーエレベーター、ライスセンター等の運営
⑨ そのほか、冠婚葬祭(主に葬儀(JA葬祭))事業、観光・旅行事業(農協観光)、不動産仲介事業、新聞(日本農業新聞)・出版事業、市民農園、郵便窓口業務の受託(簡易郵便局)、農機の販売・整備が主の自動車ディーラー、建築設計、自動車学校、有線放送、発電など、多岐に亘る。
……これら事業は、組合員たる農家の預貯金をほぼ一手に引き受ける豊富な資金と「農協」の信用力、組合員の互選で選ばれた組合長による文字通り「地域の発展の為」の事業展開の結果である。また、生活協同組合などと違い信用事業・金融事業を禁止されていないなどの特権を持つことも理由である。
これらの特権は族議員や農協のロビー活動などによって死守されてきた。一方で、農協婦人会や青年部等による生活改善運動は、農村の食生活や生活改善など教育の場として発展して来た……
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そうか……JAにはそういった特権があるのか……
葉奈子の脳裏に高飛車な美富子がいる。新毛本町で大きな敷地を持ち、外車三台が入る車庫があり、庭師が出入りする庭園もある。家も木造ですべて檜だ。その住民の美富子は、いつでも美しく着飾り、多くの宝石を持つ。新毛農協の敏腕職員、女傑、女王とまで言われるがいつでも愛想よく金融相談に応じることができる新毛本町になくてはならぬ人間だ。農協を退職した今でも、美富子を通して大口の預金や保険、土地の売買を依頼されているはずだ。
美富子は豆島一族の中では抜群の知名度と地位がある。葉奈子は例の地蔵盆や正月ごとに浴元議員が祖父母の芳夫、夕子よりも美富子に多く話しかけていたのも覚えている。もし美富子が当時から組合長や議員の言われるままのことをしていた見返りとして、横領を公認されていたとしたら……まさかね……。
想像にしても怖かった。葉奈子は過去一度も新聞を賑わせる立場になったことはない。でも美富子のせいでそうなるかもしれぬ。過去、JAの職員があちこちの職場で何千万、時には数億も横領してニュースになっている。しかも後をたたぬ。次から次へと横領事件が出てくる。
古いパソコンで検索すると、読み切れないぐらいの横領事件が出てくる。JAの横領に特化したまとめサイトまである。
こんなに横領が多いなんて……葉奈子は驚くしかない。銀行よりも農協、次いでJAと名称を変えても、金融組織として杜撰で、地域性も感じられる。葉奈子は次に豆島家に思いをはせる。
昔の農協は、文字通り農家の組合だったので、地元の農家の子息が入社することが多かった。その名残で美富子が貧乏な家なりとも、昔から新毛本町にいる娘として入職できたのだろう。しかし、このたび葉奈子が美富子を追い詰めることで、横領事件の首謀者として美富子が新聞に掲載されるかもしれぬ。横領を知っているのは葉奈子以外にもいるのに、沈黙している。
おそらく豆島一族全員で一緒に墓場に持っていくつもりだ。首謀者の美富子を追い詰めようとしているのは葉奈子だけだ。
ネットでの事件記事に「横領」 「着服」 と両方の単語が明記されている。どちらがどう違うのか。辞典を紐解けば、
① 横領=他人または公共のものを不正に奪うこと
② 着服=ごまかしてひそかに自分の物とすること
どうも同じ意味で職務としての立場や地位を利用して他人のものを奪うことをいうらしい。横領の方がよくつかわれるのは法律用語でもあるとわかった。着服という単語は使われず、警察に拘束されても「横領罪」 となる。
似たような用語に「窃盗」 があるが、確かに他人のものを盗むことだが、「他人の管理のもと」 にあるものを盗むことをいう。横領は「自分の管理のもと」 にあるものを盗むこと。背景が違うのだ。美富子がそれとすれば、農協のお金は自分の管理のもとで、知られぬように盗ったことになる。やはり立派な横領だ。しかし証拠がない。立証されなければ葉奈子が美富子に対して名誉棄損をしたということになる。葉奈子は頭を抱えた。美富子には公男の墓前で謝ってほしい。世間に公にして、身内の恥をさらしたくない。亡父への謝罪、それだけだ。
葉奈子が住む鳥取にもJAがある。JA鳥取だ。葉奈子は勤務時間の昼休みに例の入出金伝票のコピーを持って行った。積雪が多かったせいか、他に客はいなかった。窓口の人に、数字の見方を教えてほしいと頼む。しかし大阪府内のJAの記録だとわかると断られた。都道府県によって様式が微妙に違うという。結局、発行元のJAトータル大阪に聞くしかないという。組織の事を言われては完全な部外者である葉奈子にはわからぬ。
奥本支店長のあの様子では話に応じてくれないだろう。何度か電話をしたが、いつでも会議中か出張だ。美富子は退職しても尚、元部下の奥本支店長を動かせる力を持っているのか。
葉奈子はJAトータル大阪のホームページを眺める。苦情受付の項目があるのを見つける。なんだ。ちゃんとクレーム対応をしてくれるではないか。喜んでクリックする。
以下はその文面だ。
◎◎◎ JAトータル大阪の苦情処理措置および紛争解決措置について
苦情処理措置の概要
当組合では、お客様により一層ご満足いただけるサービスを提供できるよう、JAバンクに関するご相談および苦情等を受け付けておりますので、お気軽にお申し出ください。
一、相談・苦情等の申し出があった場合、これを誠実に受け付け、迅速かつ適切に対応するとともに、その対応について、必要に応じて組合内で協議し、相談・苦情等の迅速な解決に努めます。
二、相談・苦情等への対応にあたっては、お客様のお気持ちへの配慮を忘れずに、できるだけお客様にご理解・ご納得いただけるよう努めます。
三、受け付けた相談・苦情等については、定期的に当組合経営陣に報告するとともに、組合内において情報共有化を推進し、苦情処理の態勢の改善や苦情等の再発防止策・未然防止策に活用します。
まずは、当組合の窓口へお申出ください。
そのあと、電話番号が書かれてある。
しかし奥本は上記の通りのことをしてくれなかった。葉奈子は支店の電話番号が書いてある下にさらにJAトータル大阪本店金融部貯金課の電話番号が書いてあることに注目する。場所は例の専利里駅前の建物だ。受付時間は平日の午前九時から午後五時まで。
葉奈子はそうそう大阪に行けぬのでまず電話で相談した。本店にも同じく以下の二点の解明を求める。
① 卦配春子とその娘の葉奈子の通帳の入出金での不審
② 葉奈子の母方の祖父母の豆島芳夫と豆島夕子が組合員ですら登録されていないことの不審
本当は美富子とずっと同居をしていた亡くなった継彦やその妻の芳江、その三人の子どもたちの通帳なども何か細工をしているはずだ。しかしそこまでは手が広げられぬ。通話先は女性の声だった。慣れた様子で、葉奈子が持っている入出金伝票のコピーと祖父母との血縁関係が第三者に証明できる戸籍謄本などの資料を送付するように求められる。もちろん快諾してその通りにした。
するとその翌日の夜になんと豆島美富子から電話が来た。発信元は芳江の携帯からになっていた。美富子とは不仲なので、昔から連絡先の番号を交換していない。ただ芳江とは、携帯電話番号だけの登録をしていたのでそれでわかったのだろう。




