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姉弟喧嘩? 勃発?

前作『乙女ゲームは馬狂いによって成立しませんでした』の悪役令嬢の母親の公爵夫人視点です。

前作からお読みいただくことをおすすめします。

 あと数ヶ月で娘と国王である弟の息子つまり甥が結婚するという時期だった。

 我が娘ながら優秀で父と母(先王と先王妃)に託されたこの国は数十年は安泰だと安心できるはずだったのに……

 なぜあの弟にあんな馬鹿な息子ができたのだろうかと疑問に思うほどにどうしようもない甥はとうとうやらかしてくれたのだ。


 娘と甥の結婚式の相談のため朝から王宮に詰めていた日のことだった。

 どこか王宮の様子がおかしかったがはっきりと異変が起こったと認識したのは弟の一言からだ。


「余の可愛い可愛い息子のジョンがな。アイリスの馬が欲しいと言うのだよ。あの白い、ほら年末に年度代表馬として表彰されていたシトリンという馬だろう? あれを譲ってくれんか?」


 名君と世でもてはやされているはずの弟の言に耳を疑った。

 そして最悪の事態を想像して自分の顔が青ざめているのが鏡を見なくてもわかってしまった。

 戦慄く唇を開く。


「それをもしや、もしやアイリスに直接言ってはいないでしょうね?!」


 様子のおかしい私に気がつくことなく弟はのんびりと言う。


「いや、おそらくジョンがアイリスに直接言ったのではないかな。アイリスに言っても譲ってくれなかったと言っていたからな。姉上ならアイリスにあの馬を譲るよう穏便に収めてくれるだろう?」


「無理よ。アイリスがシトリンを手放すなんて天と地がひっくり返ってもあり得ない」


 自分自身が聞き取れるかどうかというほどポツリと口から漏れた。

 私の言葉は弟の耳に届いていない。


「あぁそうだ。アイリスとの婚約も破棄して欲しいと言われてなぁ。なんでも学園で出会った男爵令嬢が気に入ったらしくてな、結婚したいらしい。当面は側室とさせて姉上のところでその令嬢を養女にしてくれんか? そうすれば王妃にできるだろう? 今のままでは王妃にふさわしい身分ではないうえにこれなら姉上の公爵家の面子も持つというものだ」


「なぜ? 娘の地位を奪おうとする卑しい女を養女にしろとでも? まさか本当に王妃にするつもり?」


 先ほどよりも少しだけ大きな声が出た。

 だが私の言葉は弟の耳に入らない。


「言い忘れるところだった。その令嬢の持参金にアイリスが所有している馬全てを付けてくれ。なぁに慰謝料代わりだ。それでジョンを悲しませたアイリスの罪も帳消しにするなら安いものだろう? アイリスには国の政治を頼まねばならぬから、これくらいで許してやるさ。姉上?」


 ペラペラと自分に都合の良いことばかり。

 この……この弟は?!


「アイリスに政治を頼む? 次期王妃の座から降ろしておいて何を言っているの? ふざけないでちょうだい! 私の娘がおまえの息子を悲しませた? 逆ではなくって? 慰謝料ですって?! よくも……よくもそんなことが言えたものね?」


 弟の前で初めて怒鳴ってみせた。

 それほど許されないことを自分が口にしていると理解して欲しかった。


「姉上? 何を怒っているんだ? ジョンとアイリスの婚約を破棄してアイリスの馬を献上してくれればいいだけではないか?」


「本当に理解していないの? 愚弟めが! おまえの馬鹿息子がすることが全て正しいと? 息子の願うこと全て叶えられるとでも?」


 イライラしながら吐き捨てる。


「? 当然だろう。可愛い息子が願うのなら叶えてやらねば。姉上こそ王である余に逆らうのか?」


 何のためにあの馬鹿な甥っ子に娘を差し出したと思っているのだ。

 あの馬鹿に国をまかせれば数年ももたずに国の枠組みごと崩壊するだろうに。


「…………賢い弟だと、国をまかせるに足る弟だと思っていたの。でもそれは間違いだったのね」


 姉の言葉に弟は眉をしかめた。


「何を言っている? どういうつもりだ姉上? いつものように私の言うとおりにしてくれるんだろうな」


「いつもの……いつもの通りにねぇ。あなたの統治は素晴らしかったわ。だから何も言わずに従ってきたの。でもね、息子に関してここまで愚かだと思わなかったわ。いいえ、ジョン……あの子が生まれてから変わってしまっていたのかしら。愚かで愚鈍な暗君に。我が弟ながら情けない有様だこと。いっそあの子が生まれなければ良かったのに!」


 言うだけ言って部屋を飛び出した。


「待て! 姉上! ジョンが生まれなければ良かったとは?! 不敬罪だぞ!」


 弟の声が後ろから追いかけてくる。

 私がそれに振り返ることはなかった。



 *****



 屋敷に帰ると私が帰ってきたことにも気がつかないほどの騒ぎになっていた。


「アイリスがいないとはどういうことだ?! なに? 早馬用の馬までいないだと?! 多少脚が落ちてもかまわん! 王宮に連絡を! 今すぐにだ!」


 貴族の頂点である公爵の夫にとって感情をコントロールすることは難しいことではない。

 むしろ呼吸をするようにできて当然のことだ。

 その夫がこうまで取り乱すのは珍しい。


 夫の指示を受けた使用人が何人か走っていくのを見届けてから夫に声をかけた。


「アイリスに何か? いなくなったとはどういうこと?」


「それがな……昨晩帰っていなかったようなのだ。また牧場にでも行ったのかと思っていたのだが、使いをやればもぬけの殻でな……馬も人も誰もいなかったそうだ」


 なんとなく娘がやったことの察しがついた……ついてしまった。

 ため息を一つ吐き、気持ちを落ち着かせる。


「アイリスが何をしているかは知らない。でも……原因に心当たりがあるわ」


「何があったと言うんだ?」


「あの馬鹿王子がアイリスにシトリンが欲しいと言ったようね。陛下が婚約破棄のことも言っていたけど、どこまでアイリスに言ったのかはわからないわ。でもそれを陛下に伝えてしまった」


 夫の目がみるみるうちに見開かれる。


「なん……だと」


「アイリスがこの国を見放したのならもうお終いね。馬鹿王子が何を言っても私たち夫婦なら陛下を止められるでしょうね。だけど私たちが死んだら? アイリスはもういない。あの馬鹿王子は国を滅ぼすわ。自分が愚かであることにも一生気がつかないでしょう。ある意味、哀れだわ」


 夫がうめいた。


「あの子がこの国の希望だったのに。もうどうしようもないところまで来てしまったのか?」


「さぁね? あの馬鹿はともかく陛下はさすがにアイリスがいなくなったらまずいと思うはずよ。だって自分の息子の代わりに政をまかせる気満々だったみたいだし、それなら簡単に婚約を破棄するなんてどうして言えたのかしら?」


 自らの弟ながら理解できない思考回路をしている。

 息子に政治をまかせず、アイリスにまかせると言っておきながら自分は息子の言うとおりに行動しようとしている。

 この矛盾には気がついていないのか?


「はぁ、陛下もなぜアイリスが貴族の女の身でありながら騎手をすることを許さざるを得なかったのかわからないのか? なぜあれだけの馬を買い与えて自由にさせていたと思っている? 馬さえ買い与えておけばあの子はこの国に縛られてくれるのに。それを馬を取り上げようとしてアイリスも馬も両方失ってしまうとは……」


 意気消沈する夫にかける言葉は見つからなかった。



 *****



 アイリスの行方不明が発覚してからも為す術がないまま時が過ぎ、王宮に使者を送って数刻が経過した頃。

 使用人が部屋に飛び込んできた。


「旦那様! 奥様! 失礼いたします! 王宮から急使が来ました! 国王陛下からのようです。取り次ぎを求めておりますがどういたしましょうか?」


「……通しなさい」


 苦虫を噛みつぶしたかのような表情をして黙り込んだ夫に代わってそう指示を出す。

 間もなく使用人に先導され慌てた様子の使者が入ってきた。

 夫がここでやっと口を開いた。


「……陛下からの使者だな? 直答を許す」


「マラカイト公爵、並びに公爵夫人に拝謁いたします。近衛騎士のエルドリック・アル・フランシスと申します。国王陛下からの情報をお伝えするよう申し使って参りました。アイリス・リオ・マラカイト嬢の足取りが僅かばかり辿れたとのことですが国を出られたようです。その際、アイリス嬢名義であった馬たち全てお連れになられたようでございます。また、幾人かの馬の世話係の足取りもわからぬままですのでアイリス嬢と共に国を出た可能性が高いとのことです」


 やはりという思いが強かった。

 娘が馬を取り上げられそうだと判断した時点でとれる手段は限られているのだ。

 あることに気がついた夫が使者に問いかけた。


「娘名義の馬だったら比較的足の速い引退馬を早馬用にと他家に貸し出しもしていたが……」


「馬の貸出先の貴族家から馬がいなくなったとの報告が上がっております」


 ……引退馬の貸し出し先はそれだけではなかったはずで。


「王宮にも近衛の精鋭部隊に配属されている馬数頭があの子の名義であったはずですが……」


「……それらも行方がわかりませんのでおそらくはそうなのでしょう」


 精鋭部隊に配属できるくらい優秀な馬たちをアイリスが手放すはずもなく、結婚時に持参金代わりに王室に名義変更することで手を打っていたはずだった。

 丸きりそれが裏目に出てしまっていた。


 ………………なんとまぁやらかしてくれたものだ。

 王宮からも取り戻してみせたとは。

 無駄なところで発揮される娘の優秀さが馬などではなく、国に発揮されていればと育て方を間違ったのかと今更な後悔が襲ってきた。


 使者が絞り出すように言う。


「……国王陛下からの伝言がございます」


「申せ」


「アイリス嬢は国になくてはならぬ人材のため追手を用意した。マラカイト公爵はこれに協力するようにと。またアイリス嬢の此度の罪は姉上に伝えた要求を全てのむことで公爵家の名誉のためにも帳消しとするとのことです」


 言い終えた使者は要求の内容を本当に知らないのか困惑しているようだった。


 それにしても要求とは朝に弟が一方的に言ってきたあれのことであろうか?

 曰く、娘と馬鹿の婚約を破棄しろ。

 曰く、馬鹿が気に入った令嬢を養女にしろ。

 曰く、馬を全て寄越せ。

 あまりにもくだらなすぎて詳しいことは覚えていないがこんなことだったように思う。


 一つ目はともかくとして他の要求を受入れることは断じて不可能である!


 この結論とともに決心がついた。


「国王陛下にこうお伝えを。名誉に関しては気にすることはありません。()()()()()()のでと! それだけをね。誰ぞ誰ぞある! お客様のお帰りよ! 見送りをなさい」


 驚愕の表情を浮かべる使者を一瞥もせずに呆然とした夫の襟首をひっつかんでズルズルと引きずりながら部屋を出た。


少し長くなったのでわけることにします。続きは明日更新予定です。

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