第八話 職業訓練校⑥ 『馬術』
とうとう、勇者コースの最終単元『馬術』となった。
(ここまで長かった……)
最終単元までこぎつけたことに感慨深いものがある。
ブローノ教官の招集の声が聞こえる。
「勇者コースは外に集合!」
外に出ると白いペガサスが並んでいた。
「おー! ペガサスだ!」
ペガサスたちの背中には、大きな天使の翼が生えていて神々しい。
「あれ? ペガサスじゃないのもいる」
居並ぶペガサスたちの最後に、巨大なドラゴンモンスターのリントブルムがいることに驚いた。
バッサバッサと背中の大きな翼を動かしている。
こちらは黒い蝙蝠の翼が背中に生えている。つまり、ペガサスとは対照的な悪魔の翼だ。
「これにも乗るの?」
「この大きさなら、人間なら二人は乗れそうだな」
「私語厳禁!」
ブローノ教官に怒られて慌てて口をつぐんだ。
ついつい、浮かれてしまった。
ここまできて、教官に逆らったと思われて落第にはなりたくない。
「馬術の授業は、ペガサスを使っての騎乗訓練と飛行訓練。リンドブルムを使ってドラゴンの飛行訓練を行う」
「両方乗れるのか」
ジュークフリードは、とても楽しみになった。
馬術の実技は、実に楽しかった。
ペガサスに乗るのも空を飛ぶのも、初めての経験で興奮する。
ペガサスは可愛いし、リントブルムは人懐こい。
「リントブルムの翼の根元を掴んで、右旋回は右を引っ張り、左旋回は、左を引っ張る」
操縦法を学んだら、専門の指導員が同乗しての飛行訓練を行う。
リントブルムは、滑空が得意。わずかな羽ばたきで、あっという間に遠くまで来てしまう。
上から見る異世界は、山と湖にレンガ造りや木造の中世の建物が調和していて美しい。
編隊飛行する鳥の群れが挨拶するように横を飛んでいく。
雨雲が集まっているのか、遠くが禍々しい黒い空になっているが心配するほどではない。
「転生して、良かったあー!」
ガッツポーズをとったら、リントブルムが急旋回。手を放していたジュークフリードは、空中に投げ出された。
「あらら?」
天地がひっくり返って、自分の体が落下していることに気づいた。
「ウワアアアアアア!」
地面と激突する直前、追いかけてきたリントブルムが下に入ったので、背中に着地して助かった。
「危なかったあああ!」
ジュークフリードは恐怖で涙目となった。
「手を放すから、コントロールを失ったんだ!」
「すみません~」
指導員の大目玉を食らった。
家に帰ると、エアリシアが帰宅を待ちかねたように嬉しそうにしていた。
「契約してくれる魔法精霊さんと会えるの!」
「やったあ!」
朗報に飛び上がり、二人で手を取り合って喜び合った。
「今から、行くから」
「分かった!」
疲れも吹っ飛び、二人で勇んで出かけた。
「ここにいるのよ」
ある屋敷の前に来た。
「呼んでくるから、待っていて」
エアリシアは、建物の屋上にひとっ飛びで上がっていった。
待っていると、エアリシアが黒い物体を連れて帰ってきた。
「げ!」
その黒い物体が地上まで下りてきたとき、ジュークフリードは驚きで全身の毛が逆立った。
頭には一本角、重たい一重瞼。鼻は鉤鼻、口は耳までさけて、牙が見える。耳は大きく尖っている。蝙蝠のような羽が背中に生えて、牛のような尻尾もある。手にも足にも猛禽類の爪が生えている。体は小さいが、まるで、悪魔。
気高い美女を想像していたが、完全に期待外れだった。
「ジュークフリード! ガーゴイルさんに挨拶!」
衝撃のあまり黙り込んでしまい、エアリシアに怒られた。
(しまった!)
美少女じゃなくたって、貴重な魔法精霊。
機嫌を損ねたら、二度とチャンスは巡ってこないだろう。
東奔西走して探してきてくれたエアリシアにも申し訳ない。
ジュークフリードは、精いっぱい笑顔を作った。
「初めまして。ジュークフリードです。よろしくお願いいたします」
カチコチで緊張しながら立っていると、ガーゴイルは鼻で笑った。
「心にねえことを」
凄く、訛っている。
「おめえか。契約したい人間というのは」
「そうです。魔法を使えるようになりたいんです」
「はーん?」
人間との契約は、不満のように思える。
品定めをするように。ジュークフリードの周りを一周した。
ガーゴイルは、首をクキっと鳴らした。
「こいつは、かなり、骨が折れそうだな」
(なんだとお?)
その、ふてぶてしさに驚かされる。
エアリシアが助け舟を出した。
「異世界ハローワークの職業訓練校に通っていて、勇者にもうすぐなれそうなの。合格は間違いないわ」
「勇者に? こいつが?」
ジュークフリードは、カチンときた。
「こんど、その訓練とやらを見せてもらう。それから決めるでよ」
「そうしてもらった方がダメでも納得できる。人間だからダメだと言われたら、絶対に許せない」
「ほほう?」
ジュークフリードの反論を、ガーゴイルは愉快そうに聞いた。
「その反骨精神は勇者として見どころがある。職業訓練校のおめえを、たっぷり見せてもらうでよ」
ガーゴイルは、物凄いスピードで上空に舞い上がっていった。
ジュークフリードは、エアリシアに謝った。
「エアリシア、ごめん。せっかく探してきてくれたのに。怒らせてしまったようだ」
「何言っているのよ。ガーゴイルは、怒ってないわ」
「そう?」
「だって、勇者として見どころがあるって言っていたでしょ。ジュークフリードの勇者振りを見て決めるつもりよ」
エアリシアはポジティブだ。
顔が醜悪だったから、怒っているようにしか見えなかった。
翌日。
ジュークフリードは、職業訓練校でガーゴイルの姿を探した。
どこから見ているのか気づかせないよう用心しているのか、その姿は見つけられない。
「さっきからキョロキョロしているけど、落とし物でもした?」
リンドが不思議そうに聞いてきたので、ジュークフリードは事情を説明した。
「契約するかどうか、学校での授業態度を見て決めるというんだ。それで、どこから見ているのか気になって」
魔法精霊なら、姿を見せないでどこからか見ているのかもしれないと思うようにした。
ブローノ教官がやってきた。
「本日は、指導員が同乗しない単独飛行の訓練となる。順番にペガサスに乗るように」
「はい」
「最初は、ザイン・レイ」
「はい」
ザイン・レイが乗った途端、ペガサスが暴れだした。
「ヒヒヒイインン!!!」
一頭が暴れだしたことで、他のペガサスに興奮が次々と伝播して騒ぎが大きくなっていった。
「ペガサスが暴れているぞ!」
「逃げろ!」
「ウワアアア!」
生徒たちから悲鳴が一斉に上がった。
ペガサスの強力な後ろ足で蹴飛ばされないよう、慌てて逃げ出す。
騒ぎに気付いたリントブルムは、いち早く羽ばたいて建物の屋根に逃げ出している。
ザイン・レイは、手綱を引こうとしたが上体を振り回されて思うようにいかない。
暴れるペガサスから振り落とされないよう、必死にしがみ付いている。
「ザイン・レイ!」
思わず、助けに入ろうとしたジュークフリードをリンドが止めた。
「近づいたら、だめだ! 蹴られたら死ぬ!」
「だけど! ザイン・レイが!」
ガーゴイルが見ているからとか、勇者道で学んだからとか、一切関係ない。
ジュークフリードは、ザイン・レイのことだけを考えて、リンドの制止を振り切り混乱の中へ飛び込んだ。
「ザイン・レイ!」
「ジュークフリード!」
「ブルルルル!」
ペガサスは、落ち着く気配がない。
ジュークフリードの前で、何度も上体を持ちあげて前足で空を切る。
蹄が当たりそうになり近づけない。
「ジュークフリード! 危ないから逃げろ!」
「大丈夫だ!」
横に回り、ペガサスの手綱を掴んで動きを抑えた。長い鼻筋を撫でてやる。
「ドウドウ!」
「ブルルルル!」
荒い鼻息は治まらず、抵抗が続く。
ペガサスは、大きな翼を羽ばたかせて助走をつけると、空に舞い上がった。
「うわあ!」
引きずられたジュークフリードは、宙に浮いた。
「しまった!」
振り落とされないように、手綱にしがみ付いた。
「ジュークフリード! 掴まれ!」
ペガサスの上からザイン・レイが精いっぱい手を伸ばすが、激しく揺れて届かない。
――ズルッ。
汗で手綱を掴む手が滑る。ザイン・レイの手がさらに遠のく。
ペガサスがジュークフリードを振り落とすように、わざと体をよじった。
手綱から手が離れて落下した。
「ウワアアアアアア!」
手を伸ばすザイン・レイが遠ざかっていく。
「ジュークフリード!」
声も遠ざかる。
ジュークフリードは必死に空中でもがいた。
「ウワアアアアアア!」
その時、バッサバッサと大きな翼音が聴こえた。
リントブルムが、落ちるジュークフリードを目掛けて飛んでくる。
下に滑りこみ、見事に背中で体を受け止めてくれた。
「リントブルム! また助かった! ありがとう!」
命を救われたのはこれで二度目だ。
ザイン・レイを乗せたペガサスは、まだ上空を旋回している。
「リントブルム! 彼も助けてくれ!」
リントブルムは、ペガサス目掛けて飛んだ。
「リントブルムには二人乗れる! 飛び移れ!」
ザイン・レイは、ためらっている。
この何もない空中。移り損ねれば地面に激突。命はない。
「リントブルムを信じて!」
旋回しながら待機するリントブルム。呼吸を整え、飛ぶタイミングを合わせる。
「今だ!」
ザイン・レイがペガサスから飛び降りた。
「リントブルム! 頼んだ!」
リントブルムは、翼の動きを器用に微調整。ザイン・レイの下に滑り込んで見事に体を受け止めた。
「やった! 賢いぞ!」
二人を乗せたリントブルムが職業訓練校の校庭に戻ってくると、教官も指導員もクラスメイトたちも、歓声で二人を迎えてくれた。
リンドが駆け寄った。
「ジュークフリード! よくやった!」
「一時はどうなる事かと思ったよ。すべては、リントブルムのお陰だ」
ペガサスは、落ち着きを取り戻すと自力で戻ってきた。
「訓練は休講! 全員、教室で待て!」
教官と指導員が、引っ張って連れて行った。
ジュークフリードは、ザイン・レイに聞いた。
「なんで急に暴れたんだろうね」
「分からないけど、僕が気に入らなかったのかな」
ペガサスに嫌われたと思っているザイン・レイは気落ちしている。
ジュークフリードは、あの三人組がまた何かやったんじゃないかと疑っていたが、証拠がない。
「僕はこれでジュークフリードに二度も命を救われた。ありがとう」
「いや、ハハハ。今回は俺じゃなくて、リントブルムのお陰。リントブルムの助けがなければ無理だった」
ジュークフリードは、照れ笑いした。
ザイン・レイは、リントブルムに近づくと「ありがとう!」と、ずっと頭を撫でた。
気持ちよく家に帰ったジュークフリードに、エアリシアが飛びついてきた。
「おかえり!」
「ただいま! 今日は学校で大変だったよ」
「大活躍だったんでしょ?」
「え? なんで知っているの?」
「ガーゴイルさんが教えてくれたの。ちょうど行った時に、ジュークフリードの活躍を見たんだって」
「あ?」
今の今まで、そのことをすっかり忘れていた。
「来ていたんだ。どこで見ていたのか、全然気づかなかった」
「それでね、ジュークフリードは合格だって」
「ウオオオ! やったあああ!」
嬉しくて、飛び上がって叫んだ。
「じゃあ、あのガーゴイルが俺の魔法精霊になってくれるんだね」
見た目は悪魔だが、味方になれば頼もしそうだ。
「それが、違ったみたいなの」
「え? ばにが?」
動揺のあまり、『何が』と言おうとして、噛んだ。
「魔法精霊はガーゴイルさんじゃなかった。ガーゴイルさんは、他の魔法精霊のために、あなたが適任か審査しただけだって」
「じゃ、俺と契約してくれる魔法精霊というのは?」
「もうすぐ、連れてきて紹介してくれるそうよ」
二人で空を見上げていると、ガーゴイルが飛んできた。
「待たせただな」
ガーゴイルが背の高い金髪美女を連れてきた。
ジュークフリードの胸が期待で高鳴る。
「今日は、おめえの勇者としての素質をしっけりと見せてもろうた」
決して、このために無茶をしたわけじゃないが、あの命がけの活躍が無駄にならなかったことは良かったとジュークフリードは思った。
「それで、おめえに紹介するのは、こちらの風精霊シフォンヌちゃん」
「シフォンヌです」
「本当に、俺と契約してくれるんですか?」
「はい」
「ありがとうございます!」
「良かったね、ジュークフリード。風の精霊なら、とても助けになるわ」
エアリシアも喜んでくれている。
「あの、まだよく知らないことが多くて。契約すると、四六時中、そばにいてくれるんですか?」
ジュークフリードの質問にガーゴイルが答えた。
「そんなわけあるまい」
「あ、そうですか。では、どういう風に助けてくれるんですか?」
「必要な時に呼び出すんだわい。魔法陣でなあ」
「魔法陣!?」
呼び出すのに、いちいち、魔法陣を描かなきゃならないなんて!
(手間が掛かる! 面倒臭い!)
「これが、私を呼び出す魔法陣の紋章です」
シフォンヌは、頭に銀の冠を乗せている。冠の正面に、紋章が刻まれている。
魔法陣の描き方については、魔術の授業で習っていた。呼び出したい精霊や悪魔に応じて、描く紋章が変わる。
「この紋章を魔法陣の真ん中に描いて、私を呼んでください。一旦呼び出してもらえば、戻れと命じられるまでか、日没まで一緒にいます」
「日没? じゃあ、呼び出せるのって……」
嫌な予感。
「日の出から日没までの間になります」
ガーゴイルが、口を挿んだ。
「カワイ子ちゃんは、夜はしっかり寝んとならなんからなあ」
(妖精もしっかり寝るんだ)
「あ、日没です。では、また」
シフォンヌは、スッと消えた。
気が付くと、辺りは暗くなっている。
「では、頑張れや」
ガーゴイルは、蝙蝠の羽を羽ばたかせて飛んでいった。黒いから、すぐ暗闇に紛れて見えなくなった。
「良かったね。ジュークフリード」
「いろいろと奔走してくれて大変だったよね。ありがとう」
「風の精霊は、天使族でもあるの。きっと、困ったときには大きな力になってくれるわ」
「でも、あんなにか弱そうで、モンスターと戦えるのかな」
「魔法精霊は手助けするだけ。戦うのはジュークフリードよ」
「そうでした」
代わりに戦ってくれる訳じゃなかった。
時間厳守だし、いろいろと制限は多そうだが、初めて自分の契約精霊を手に入れた喜びは何物にも代えがたい。
ジーンと感動していると、エアリシアが、「あと、三体ね」と言った。
「三体?」
「ええ。彼女は風の精霊でしょ。精霊は四種いるの。火、水、土。せっかくだから、全部揃えたら?」
「どこで?」
「あとは自分で探して」
「いやいやいやいや。無理です。一人で十分です。それすらも、使いこなせるかどうか未知数です」
職業訓練校を卒業後は、仲間を見つける旅に出よと言われたのかなと、ジュークフリードはちょっとだけ哀しかった。




