第七話 職業訓練校⑤ 『忍術』
「忍術とは、単身敵陣地に潜り込み、敵の頭を獲る、あるいは、情報を盗む術。もっとも危険な任務を単独遂行することになる」
火の上を走り抜け、ハードルを飛び越え、崖を素手で登るハードな陸上競技をこなした。
池では、潜水術と水の上を歩く水蜘蛛の術を学んだ。
水蜘蛛は、足に小さい筏をつける。
バランスを崩すと水中に落下する、とても不安定な道具だ。
(一緒だ……)
日本から遠い世界であるハイドサクルで忍術と出会ったことが、ジュークフリードにはとても不思議だ。
「順番に進め」
波が立つと危険なため、間隔を十分にとって生徒たちが順番に行く。
ジュークフリードは、後ろの方で前の奴の動きを見ていた。
全身甲冑のザイン・レイが、へっぴり腰で水上を渡っている。筏の浮力が負けそうだ。
キリが、突如、大きな音を立てて池に落下した。大波が立ち、ザイン・レイの足元まで届いた。
ザイン・レイは、波の揺れでバランスを崩して池に落水した。
「大変だ! 落ちたぞ!」
「たたた、助けてくれー! 俺は、泳げないんだ!」
キリが大げさにおぼれている。
ザイン・レイは、浮上してこない。
ジュークフリードは、すぐ池に飛び込み、ザイン・レイが沈んだあたりで潜る。
(どこだ? クソ、まったく見えない……)
水底の泥が舞い上がり、濁りが救助を阻む。
必死に目を凝らすと。奥底に反射する光を見つけた。
(見えた! ザイン・レイの甲冑だ)
沈んでいるザイン・レイを発見。手を伸ばして腕を掴み、引っ張り上げて一緒に浮上した。
「ブハアー」
ザイン・レイはとても重かったが、皆で力を合わせて陸に持ち上げた。
キリは、とっくに助けられている。
「おい! 大丈夫か?」
ザイン・レイは気を失っていたようだが、しばらく休ませると目を覚ました。
ヤタマエルたちは、遠くでヒソヒソ話している。
「とんだ、邪魔が入ったな」
「タロースなら溺れ死ぬことはないから、確かめたかったのに」
「次は、あの人間を落としてやろうぜ」
「いや。同じ手は使えない。他のことをしてやろう」
三人が悪知恵を出していたころ、教官の回復魔法でザイン・レイの意識が戻った。
「うう……」
「ああ、良かった。気が付いたか」
「誰が助けてくれたんだ?」
「俺!」
「君が?」
「人間だって、やるときはやるよ」
ちょっとだけ、誇らしく言った。
「その甲冑だと、水に落ちたら沈むだろうなと心配で見ていたんだ。だから、落ちた時に、すぐ体が動いた」
「ありがとう。助かった」
今なら聞けるとジュークフリードは思った。
「ねえ、その兜、脱がないの?」
「脱がない」
「やっぱり」
頑なに、脱がない。
授業が終わり、帰ろうとしているとザイン・レイが声を掛けてきた。
「今日はありがとう」
「ああ、まあ、気にしないでくれ」
改めて言われて照れる。
「このあと、家に帰る?」
「帰るけど……」
当たり前のことを聞いてくる。
「僕の甲冑の中だけど、そんなに見たい?」
「見たい」
「助けてくれたお礼に、君にだけ見せてあげるよ」
「え? いいの?」
「いい」
(ついに、全身甲冑の中を拝める日が来た!)
飛びあがって喜びそうになった。
「だけど、ここでは脱げない」
「そう……」
「うちに来てくれれば見せられるけど、どうする?」
「行く」
即答。
「じゃ、来てくれ」
一瞬、リンドも誘おうかと思ったが、『君にだけ』と言っていたから一人で行くことにした。
人のいないところに来ると、「ちょっと遠いので、魔法で移動する。目を瞑ってくれ」と、ザイン・レイが言ったので、ジュークフリードは素直に目を瞑った。
「目を開けていいよ」
「もう?」
早いなあと思いながら目を開けると、漆黒の奇岩城の前にいる。
「うおー!」
豪華な造りで、全体が見えないぐらい大きい。
「お城じゃないか! へえー」
感心しながら、玄関まで来た。
ギギギ……と、きしむ音を立てて、ザイン・レイが大きな大きな扉を開ける。
「どうぞ」
「お邪魔します」
大きな玄関ホールは、少し喋っただけで声が響き渡る。
「あ! ケンタウロス!」
正面にケンタウロスがいたので、心臓が止まるかと思うほどビックリした。
しかし、動かない。
よく見たら、はく製だった。
「立派なはく製だね」
「ああ。この屋敷には、こんなはく製がゴロゴロしているよ」
モンスターをはく製にする趣味があるのかと、ちょっと引く。
(しかもケンタウロスって、クラスメイトと同じ種族じゃないか)
普通は避けるんじゃないかと思う。
「ついてきて」
言われるまま、ザイン・レイのあとに従う。
豪華な額に入る大小様々な油絵の並ぶ長い廊下を歩き、ある客室に案内された。
中は、青、紫、赤の間接照明や耽美的な装飾で妖しい雰囲気が漂っている。
まだ外は明るいのに、大きなドレープの分厚いカーテンは閉まり、陽光はほとんど入ってこない薄暗い部屋。
床にもソファにも虎柄やヒョウ柄などの猛獣の毛皮が広がっている。
(猛獣じゃなくて、モンスターかもしれない……)
ケンタウロスのはく製があるくらいだから、モンスターの毛皮があってもおかしくない。
「お好きなところにどうぞ」
「じゃ、ここで……」
モンスターの上に座るのは落ち着かないので、避けて座った。
「何か飲む?」
「いらない。それより、早く顔を見せてよ」
部屋の雰囲気がなぜか落ち着かなくて、顔を見たらさっさと帰りたくなった。
「せっかちだなあ」
ザイン・レイは、目の前に立った。
ジュークフリードは、いよいよかと緊張してきた。
「この兜の下には、どんな顔があると思う?」
「もしかして、空洞なのかなーなんて、アハハ……」
「………………」
ザイン・レイが黙ったので不安になる。
「あの……」
「アーッハッハッハ!」
ザイン・レイが大きな声で笑い出したので、ビクッとした。
「どうした?」
「いや、中が空洞って思われていたのかと思うと、おもしろいなって!」
「そう?」
笑いのツボに入ったのか、「アハハハ! 空洞!」と、しばらく腹を抱えて笑っていた。
「あの、そろそろ、見せてくれないかな?」
「ああ、そうだね。じゃあ、見せるよ」
首回りをいじると、カチャとフックの外れる音がした。少しずつ、上にずらす。
「え?」
兜の下から出てきたのは、妖艶な美女だった。今度は、違う意味でドキドキした。
「ほ、ほう……、そう来たか……」
グイっと顔を近づけるザイン・レイ。
美しい顔に目が釘付けとなる。
ザイン・レイは、楽しむように言った。
「どうだ? 中は空洞か?」
「いじわるだな。君は可愛い女の子だよ」
ザイン・レイは、薄く笑った。
それは妖艶で、この部屋の官能的な雰囲気と相まって目が離せない。
ジュークフリードの頭はクラクラした。
こんなに美しいのに、誰にも見せないでいることを不思議に思った。
「君は、なぜ、自分の顔を隠しているんだ?」
「誰にも舐められないようにさ」
実際、全身甲冑のザイン・レイに誰も関わろうとしない。いい考えだ。
「君みたいな美女が野獣どもの中にいたら、確かに大変な騒ぎになるな」
「納得した?」
「ああ」
「このことは、誰にも内緒な」
「約束する。絶対に誰にも言わない」
いい顔を見せたいジュークフリードは、力を込めて宣言した。
ザイン・レイは、ニッコリ笑って兜を被った。
「そうだ! あの事を伝えなきゃ!」
三人組のことを教えた。
「ヤタマエルたちが、君を自動人形のタロースじゃないかと疑っていた。タロースなら溺れ死なないはずだと、確認するために君を池に落としたんだ。キリが落ちたのは、わざとだ」
ザイン・レイは、「ふーん。そうだったのか」と、計画を聞いても驚かない。
「泳ぎの達者なキリが溺れるなんて、変だと思っていたよ」
「そうなんだ。知らなかった」
キリが落ちた後も、演技で大げさに溺れていたと知って許せなくなった。
あのままザイン・レイが溺れ死んでいたら、どうするんだと怒りが沸いた。
「これから、あの三人組には気を付けるよ。教えてくれてありがとう」
ザイン・レイが気を付けると言ったので一安心。
下に目をやると、ザイン・レイの甲冑の足元にコルクの栓が刺さっていることに気づいた。
「栓……?」
「ああ、これ? 元からこの甲冑についているもので飾りだよ」
「そうなんだ」
甲冑とはそういうものかと、ジュークフリードはすぐ信じた。
「じゃ、これで帰るね」
「ああ。これからも、よきクラスメイトとして接してくれ」
「もちろんだよ!」
固く握手した。
(ザイン・レイとも親友になれそうだ)
リンドの顔がよぎる。そして、エアリシアの顔も。
(親友は、何人いてもいいよな。三人で仲良くできればいいんだし。いや、エアリシアを入れて四人だ)
帰ることにして玄関ホールに行くと、またケンタウロスが目に飛び込んできた。
やはり、クラスメイトだった奴に似ているような気がしたが、ジュークフリードは、まだモンスターを個別に見極めることができない。
「近くで見てもいい?」
「どうぞ。遠慮はいらないよ」
ジュークフリードは、近づいて眺めた。
「ケンタウロスって、改めて見ると大きいなあ」
こんな奴と戦ってよく勝てたよと、しみじみ感傷に浸っていると、前足首の傷に気づいた。
剣技の訓練中、リンドと叩いた箇所と同じ場所。
「やっぱ、ケンタウロスの弱点って足首なのかな」
他にも、たくさんの打撲痕がこのはく製にある。
はく製にするなら、体に傷つけないよう殺すのが基本だと聞いたことがあるが、これは傷だらけだ。
「魔法で家まで送るよ」
「助かる」
ここからどうやって帰るのか、ジュークフリードは知らない。
一人で帰れと放り出されても困る。
ザイン・レイは、瞬間移動で家の近くまで送ってくれた。
「ただいま!」
元気よく家に帰ると、エアリシアが笑顔で出てきた。
「おかえり。いい報告があるのよ。頼まれていた魔法精霊だけど、もしかしたら紹介できるかもしれないわ」
「え? 本当に?」
「ええ。隣のおばさんの知り合いの親戚の魔法使いが、今度、引退らしいの。そうなると、契約していた魔法精霊を解放することになるんだって。他と契約する前に話をつければ、可能性があるわ」
隣のおばさんと言えば、ジュークフリードという名前の犬を飼っている。
「凄い! すぐ、契約を頼みに行こう!」
「焦らないで。私からジュークフリードのことを話しておくから待っていて。絶対に、このチャンスを逃さないように頑張るね。エヘ」
ガンバルポーズで笑顔を作るエアリシア。
何の役にも立たない人間のために、協力を惜しまない優しいエルフ。
「エアリシア……。ありがとう……」
こんなに健気なエアリシアを、裏切るようなことをしちゃいけない。
ザイン・レイに心を動かされそうになった自分。
別に浮気したわけじゃないのに、懺悔の気持ちになる。
学校で、リンドから不穏な噂を聞いた。
「ケンタウロスが行方不明なんだって」
ジュークフリードは、ケンタウロスのはく製を思い出した。
(あの、はく製……、まさかな……)
ザイン・レイを信じたかったジュークフリードは、湧きあがる疑惑から無理やり目を背けた。
今日は忍術の最終日。試験がある。
「忍術の最終試験は、自分で選んだ術で実技試験をする」
ブローノ教官から、自分で卒業試験の内容を選択するように言われた。
「何にする?」
「俺、水遁」
「変わり身にする」
それぞれ、好きな実技を選んでいく。
火も水も超人的な技を持ち合わせていないジュークフリードだが、たった一つだけできそうな術があった。
音を立てずに砂利の上を素足で歩く忍足の術。
自慢じゃないが、ジュークフリードは足裏が滅法強い。
足ツボでも全く痛みを感じないため、他の奴らには三歩も歩けない砂利の上をいくらでも歩ける。
ジュークフリードは、これで試験に挑み、見事合格した。
リンドは、変わり身の術。
ザイン・レイは、隠れ身の術。
ヤタマエルは、火遁の術。
笑ってしまうことに、キリは水蜘蛛の術に挑戦して、滑るように水上を進んでいった。
『あの騒ぎはなんだった?』と、他の生徒たちを大いに呆れさせた。
『忍術』は、全員が合格した。
家に帰ると、エアリシアに敷き詰めた砂利の上を音を立てずに歩いて自慢した。
「これが忍足の術だよ」
「私もやってみる!」
エアリシアも挑戦。
フワーっと砂利の上を難なく進んでいく。
向こう側に到着すると、エヘンと自慢した。
「どう? 私も凄いでしょ」
「いや、それ、浮いていたでしょ」
「エヘヘ。見抜かれたか」
舌を出して可愛くおどけるエアリシア。
ささいなイタズラをするエアリシアに、ジュークフリードは萌え死にしそうになった。




