第六話 職業訓練校④ 『魔術』
ジュークフリードは、リンドに聞いた。
「リンドに魔力はあるの?」
「いや、ない」
「良かった。仲間がいて」
ジュークフリードは、魔力がないことでいろいろ心配だったが、リンドも使えないと知って自分だけじゃないと心から安心した。
そこに亜人がやってきた。
姿形は人間に近いが、人間ではない。
鼻のない能面のような顔が、ちょっとだけ不気味でジュークフリードは敬遠していた。
緑色でゴムのようにみえる肌。 首回りには銀色の鱗が光る。
髪型はおかっぱ。
口の中に薄い舌が二枚。
瞳孔が縦に裂けている。
その亜人が気安く話しかけてきた。
「僕はカククス。よろしく」
不気味だからといって、クラスメイトに失礼な態度はとれない。
ジュークフリードは笑顔で返した。
「ジュークフリードだ。よろしく。彼は、リンド」
隣のリンドも紹介した。
「君って、人間?」
「そうだよ」
「ずっと話したかったんだ。君とは友達になれそうだ」
能面だけど、言っていることは好意的。
見た目で判断してはいけないと自省する。
カククスは、声を潜めていった。
「次は魔術だね。魔力のないものは、テストで名前さえかけば合格だよ」
「そうなの?」
勉強しないですむなんて、こんなにいい話はない。
ジュークフリードでも、さすがに自分の名前は書ける。これで、『魔術』の単位は約束されたようなものだ。
「じゃ、また」
カククスは、自分の席に戻っていった。
ブローノ教官が入ってきた。
「本日から魔術の授業が始まるが、魔力のあるものとないものでグループ分けをする。これは、自己申告で良い。申告用紙を配るから、授業開始までに書いておくこと」
全員に申告用紙を配ると出ていった。
ザワザワしながら、生徒たちは申告用紙を書いている。
魔力ありのモンスターたちは、魔力レベルの話をしている。
「俺は使える。お前は?」
「俺も少しだけ使える」
ヤタマエルとキリも魔法を使える話をしている。
「ここではリューヒアは別グループだな」
いろんなモンスターたちの話を聞いて、大体、どちらグループか分かった。
魔力なしは、ジュークフリード、リンド、カククス、リューヒア。
それ以外は、魔力ありだ。
魔術の教官が入ってきたが、ブローノ教官じゃない。いかにも魔法を使いそうなおじいさん。
「魔術担当のサリー・サドベルである」
鼻に掛かるしゃがれた声。
魔女っこじゃないんだと、少しがっかりした。
すると、サリー教官はジュークフリードに向かって言った。
「そこのもの。姿かたちになど捕らわれるものではない」
「は?」
「かわいい女の子じゃなくて、ガッカリしたろ」
心の中をまた読まれた。
(異世界、怖い……)
「いえ、そういうわけでは……」
ついさきほど、見た目で判断してはいけないと反省したばかりだというのに、同じことを繰り返したことにも凹む。
サリー教官が、プワッと姿を可憐な少女に変身した。
「わ!」
ツインテールに星形の髪飾り。
腰を絞ったひらひらしたピンクのワンピース。
ひざ下ブーツには小さな天使の翅がついている。
手には赤いスティックを握っている。
「ウフフ。これでどうじゃ?」
「その方がずっといいです」
授業も緊張しないで受けられそう。
「正直者だのう。では、これでいくか。まあ、このように外見などどうにでもできるということじゃ」
喋り方だけは直らないようだ。
「後ろのものは、前の申告用紙を集めてもってきなさい」
一番後ろの生徒が立ち上がり、前の席の用紙を集めて教官に渡した。
「えー、この授業では、魔法理論、魔法名、呪文。効果、詠唱法、魔法道具などの一般知識の講義を行う。それが終わったら、魔力ありなしグループに分かれて、あるものは実技、ないものは、見学するなり、自習に励むなり、校内にいればいい」
(うほー、遊ぼう!)
「ただし、課題を出すので、期限までに提出すること」
遊ぶ時間は削られそうだ。それでも、実技はないし、テストも名前が書ければよい。
気楽に構えられたせいもあるのか、魔術の講義が楽しい。
「魔法には、木・火・土・金・水を操る攻撃魔法と、回復を目的とした白魔法があり、いずれも、生まれながらの能力の他に魔法精霊の力を借りて使用できる場合がある」
(へえ! じゃあ、魔法精霊の力を借りられたら、俺にも使えるってこと?)
生まれながらの魔法使いしか使えないのだと思っていた。いいことを聞いた。
「魔法精霊は、生まれながらに守護霊として宿るものと、あとから契約によって宿るものがいる」
(契約ができればいいのか……。でも、どうやって精霊と知り合えば……)
とても、気になった。
授業が終わって家に帰ると、エアリシアが出迎えてくれた。
「マッサージする?」
「お願いします!」
今日はずっと座りっぱなしだった。怪我もしていないし、疲れていないけど、せっかくエアリシアが言ってくれたからお願いすることにした。
エアリシアに触れられると、ジュークフリードはそれだけで元気が出る。
ベッドで横になると、上に羽毛のように軽い体のエアリシアが乗った。
肩から腰まで、丁寧に揉みほぐしてくれる。
「ねえ、エアリシア」
「なあに?」
「エアリシアは、いつも魔法で俺の怪我や疲れを消してくれているんだよね?」
「ウフフ。そうよ。よく分かったわね」
「もしかして、料理にも?」
「ええ、回復の薬草を入れているわ」
「どうしてそのことを言わなかったの?」
「ジュークフリードから、いつ聞いてくるかと思って黙っていたんだ」
「どうして?」
「ここに来た頃は、ほとんど喋らなかったでしょ? だから、あまり話しかけない方がいいのかなって思って」
気を遣わせていたとは気づかなかった。
「俺、今まで君みたいな可愛い女の子と話すことがなかった。何を話せばいいか、分からなかったんだ」
不愛想で不機嫌な態度をとっていたかもしれないことを反省した。
「異世界に不慣れで緊張していたけど、エアリシアのお陰でだいぶ慣れたよ」
エアリシアは、とても嬉しそうだ。
「エアリシアは、生まれながらに魔法が使えるの?」
「そうよ。エルフだもの」
「そうか……。じゃあ、魔法精霊に知り合いなんていないよね。フリーで、誰かと契約できるような」
「フリーの魔法精霊か……」
人差し指をチョコンと顎に当て、「うーん」、と、エアリシアは考えている。
(かわいい……)
「今度、誰かに聞いてあげるね」
「うん……。ありがとう……」
「じゃあ。マッサージの続き!」
エアリシアが手を動かして背中をさすってくれる。
「ハァァァ……」
これだけでも、充分だ。
羽毛の布団に埋もれてマッサージを受けると、空を飛んでいるような浮揚感に包まれ、花畑にいるようなかぐわしい香りにも包まれ、まるで天国。
気持ちよくて、そのまま朝まで寝入ってしまった。
魔法知識の授業が終わると、魔力ありグループは実技となる。
魔法なしグループの課題が、『実技の感想』となっていたので、遠巻きに見学した。
ヤタマエル、キリ、ハリネズミ男が順番に攻撃魔法で的を倒すと、トカゲ男、マーマン、蛇男が回復魔法で的を修復する。
いろんな魔法をこの目で見て、ますますジュークフリードは使いたくなった。
「ねえ、リンド、やっぱり、魔法を使いたいよね」
「そうだね」
「魔法精霊と契約したいんだが、リンドもしたい?」
「ホムンクルスには難しいかな?」
「なんで?」
「彼らが契約するのは、自然生物のみ。ホムンクルスは自然生物に含まれない」
「え? 自然生物じゃないの? どういうこと?」
「元々は、魔王が奴隷とするために私を造った。勇者が魔王を倒したことで、奴隷から解放されて自由になれた」
「へ、へえー。魔王が君を造ったの」
リンド誕生に、そんな秘密があったとは驚いた。
「魔王は、どうしてリンドを勇者に似せて造ったの?」
「勇者に似た私をいたぶって、憂さ晴らしするため。それと、勇者の偽物として利用しようと考えたんだ」
「うわー」
「四肢をちぎられ、体をバラバラにされても、ホムンクルスは死なない。魔王は、毎日私を拷問した。勇者が苦しんでいるように見えるのを楽しんだんだ。偽物なのに」
「も、もういい、もういいです。思い出させて、本当に、すみませんでした!」
ヘビーな話に、ジュークフリードは降参した。
物静かで優しいリンドの衝撃の過去を知ってしまったジュークフリードは、少しだけ見る目が変わった。
「あぶない!」
突如、叫び声が聴こえた。
顔を上げると、真っ赤な炎が自分に向っている。誰かの放った火炎弾が的を逸れたようだ。
リンドは素早く逃げた。
ジュークフリードが気付いた時には避ける時間がなく、全身に炎を浴びた。
「ウワアア! 熱い! 熱い!」
体が焼けた。
叫ぶほど、呼吸器に熱気が入り込んで息ができなくなる。
ジュークフリードは失神した。
『ジュークフリード!』
『ジュークフリード!』
誰かの呼ぶ声でジュークフリードは目が覚めた。
「う……、うう……」
目を開けると、リンドとザイン・レイが顔を覗き込んでいる。
「ジュークフリード!」
「気づいたか!」
「教官! ジュークフリードが目を覚ましました!」
魔法実技の教室から医務室に運び込まれたようだ。
サリー教官とブローノ教官がやってきた。
「おお、良かったな。助かって」
「俺、燃えたんですか?」
サリー教官が説明した。
「炎に包まれたが、すぐに私が反対魔法で消し止めた。やけども回復しているはずだ」
ジュークフリードは自分の体を見た。どこにもやけどの痕はない。
「目の前に炎が迫ってくることは分かりましたが、一体、何が起きたんでしょう?」
「エンピロビーの吐いた炎が君に向かってしまったんだ」
エンピロビーはドラゴンモンスターだ。
そこに、エンピロビーが入ってきた。ジュークフリードを見ると棘の生えた背中を丸めて恐縮している。
「すまなかった。急に、尻尾に激痛が走って狙いが狂ったんだ」
「偶然の事故なら仕方がないよ。怪我も治ったことだし」
「ありがとう」
エンピロビーは出ていった。
「元気が出たら、授業に戻りなさい」
「はい」
ジュークフリードを残して、全員退出した。
「はあ……。驚いた」
命に別条はないし、体も完治。
だけど、あの熱さと痛みは体が覚えている。
「リンドもそうだったのかな」
体を切り刻まれても死なない体。だけど、痛みは同じようにあるのだとしたら。
(授業に戻ろう……)
ジュークフリードが医務室を出て廊下を歩いていると、ヤタマエルたちがいるところに遭遇した。
「焼き肉、食い損ねたな」などと、話しているのが聴こえた。
(こいつら、俺が焼かれることを望んでいたのか? そういえば……)
エンピロビーが、尻尾に激痛が走ったと言っていた。
(もしかして、こいつらが……)
三人が重要な証言を漏らさないかと、気付かれないように聞き耳を立てた。
「惜しかったよな。キリの魔法でエンピロビーの尻尾に激痛を走らせたのに」
「火炎弾の威力も、反対魔法で弱めたようだよ」
怒りで頭に血が上る。
(相変わらず、害悪しかない奴らだ!)
「次は、ザイン・レイを狙おうぜ。不気味で気になる」
ヤタマエルのでかい鼻を見ていると、もげろと思ってしまう。
(なんで、こんなに勇者からほど遠いやつらが、勇者コースにいるんだろう)
三人は、まだザイン・レイについて話している。
「でも、あいつ、絶対に甲冑を脱がないよな。中、どうなってんだ?」
「あれ、タロースじゃないかな」
「タロースかどうか、今度、確かめてみようぜ」
三人組が話しながら向かってきたので、ジュークフリードは物陰に隠れてやり過ごした。
教室に戻ったジュークフリードは、リンドに話しかけた。
「さっきは、ありがとう」
「もう、大丈夫?」
「ああ。ところで、タロースって知っている?」
「タロースは、戦闘用の自動人形のことだよ。魔王城にもいた。全身甲冑で……」
「ザイン・レイに似ているなあって思うんだけど」
全身甲冑の中身を見ないことには、タロースかどうかはわからない。
「タロースの体って、どうなっているの?」
「一本の太い血管が通っているだけ。つまり、甲冑が体だ」
「じゃあ、兜を脱がせばタロースかどうか分かるんだね」
一度挑戦したが失敗している。今思えば、拒否の必死さが尋常じゃなかった。
「ちなみに、タロースは無敵だ。だから、敵に回したら、倒すのは難儀」
リンドの話に、再び興味が出てきた。
「倒す方法はないの?」
「唯一の弱点がある」
「教えてくれる?」
「足元にコルクの栓がある、そのコルクを抜くと、体内の血が流れ出る。そうすると動かなくなる。もっとも、知っていたところで実行はとても難しい。なぜなら、近づいた時点で殺されてしまうからだ」
「ヒエ……」
ジュークフリードは、ザイン・レイを敵に回さないようにしようと思った。
魔術の授業は進み、とうとう、最終試験の前日となった。
「今回は楽勝だな」
ジュークフリードは、浮かれていた。
「どうして?」
「だって、カククスが教えてくれただろ? 魔力のないものは、名前さえ書けば合格だと」
「それ、気を付けた方がいいよ」
「どうして?」
「あいつは、ヒトモドキ族。ヒトモドキ族は滅多に本音を見せない。向こうから近づいてきた時は、何か裏がある。確証はないけど」
「でも……」
フレンドリーな物腰で、嫌な感じは一切なかった。
リンドはウソを吐かない。
これは、信じられる。
「リンドを信じるべきなんだろうな……」
勉強するに越したことはない。
いつかは魔法精霊と契約して魔法使いになれるかもしれないと思ったジュークフリードは、いつしか夜を徹して勉強していた。
最終試験が終了し、結果はすぐにサリー教官から教えられた。
「ジュークフリード、合格」
ジュークフリードの合格を知ったカククスが、「なんで?」と、驚いたのを見逃さなかった。
(やっぱり、俺をはめて落第させようとしたな!)
立ち上がると、カククスに向かった。
「カククス、今、俺の合格を知って驚いただろう」
カククスはジュークフリードの怒りを見て青ざめる。
「気のせいだ。良かったなって思っただけだ」
「いや、違う。お前、ウソを吐いたな。名前さえ書けば合格すると。俺がそれを信じて名前しか書かず、不合格になったら笑おうとしたんだろ」
「そんなことは言っていない」
「言った! リンドも聞いている!」
「俺は、魔法の名前を書けば合格するって言ったんだよ」
「はあ?」
「それを、自分の名前を書けば合格するって、ハッ! 勝手に思い込んだんだろ。ひとのせいにするなよ。お前、バカだろ」
「全部、ウソ! お前はホラ吹き野郎だ!」
ジュークフリードは、ここにきて、初めて感情を爆発させた。
「てめえ!」
カククスが拳を向けてきた。
それを避けると、ジュークフリードは反撃した。
右ストレートがヒットし、カククスの体が教室の奥まで吹っ飛んだ。
「どうだ!」
想像以上の威力……というか、カククスが自ら吹っ飛んだようにも見えた。
「教官! 人間に暴力を振るわれました! 退学にしてください!」
明らかに怯えた演技でカククスはが教官に訴えた。
「両者とも、職員室へ来なさい!」
「いや、待ってください。こいつが……」
「暴力を振るったのはこいつです!」
その通りなので反論もできない。
二人はサリー教官に連行された。
退学になるのかと多少ビビったが、厳重注意だけで解放された。
「クソ……」
廊下でリンドが待っていて、慰めてくれた。
「悔しいだろうが、証拠がない」
ジュークフリードには、リンドに言わなければならないことがある。
「リンド。君の言葉がなかったら、俺は落第していたよ。ありがとう」
「僕を信じてくれたことが嬉しいよ」
リンドは心から喜んでいる。
この時、ジュークフリードとリンドの間にゆるぎなき確かな友情が芽生えた。
ホムンクルスと友情の絆で結ばれるなど考えられなかったが、相手がモンスターだろうが、ホムンクルスだろうが関係ない。大事なことは、種族ではなく個人を見て判断すること。
エルフのエアリシアとだって、愛しあう事ができるはず。
リンドは大切なことを教えてくれた。
「なあ、握手してくれないか?」
「ホムンクルスの僕なんかといいのかい?」
「ああ。俺、サリー教官が言った、姿かたちなど関係ないという言葉の意味がよくわかった。君は親友だ」
「親友か。初めてだ」
「君と出会えてよかった」
二人は固く握手した。
このクラスは胡散臭い奴らばかりで、カククスにも決して油断してはならない。
しかし、信じられるものもいる。
信じられるものたちのために自分は立派な勇者になるんだと、ジュークフリードは心にしっかりと刻んだ。




