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第五話 職業訓練校③ 『武術』

「全員、道着に着替えて外に集合!」

 今度の授業は『武術』。

 武術は、武器を持たずに素手で戦う戦法である。

 支給された道着に着替えて校庭に集合した。

 ザイン・レイが甲冑の上に道着を着ている。

 他の奴も疑問に感じたらしく、「教官! 甲冑は脱がなくてもいいんですか?」と、質問した。

「防具は自由だ」

 へえーと、一同から声が漏れた。中には、慌てて兜を取りにいくものまで現れた。

 戻ってきたヤタマエルを見て、(なんだ、コイツ?)と、ジュークフリードは呆れた。

 兜の頭部が長く伸びて、先端は鋭く尖っている。

 まるで、武器と一体化した防具。

 ずるいやつだが、ブローノ教官が何も言わない以上、口出しできない。

(それにしても、ザイン・レイが気になる)

 あいつは、ずっと甲冑を身に着けたままですべての授業を受けている。

 ジュークフリードは、リンドに耳打ちした。

「なあ、あの全身甲冑って、脱ぐことはないのかな?」

「そうみたいだね」

「中身、気にならないか?」

「いや、別に」

「もしかして、空っぽとか」

「それはあるかも。なにしろ、ここではなんでもアリだ」

 リンドの言う通り、ここではなんでもアリだ。

 ブローノ教官は、二人一組で戦うように言った。

「武術では、特殊能力の使用を禁止とする。これは、特殊能力を封じられた戦いを想定してのことだ」

 特殊能力使用禁止。身体能力のみで戦えるなら、多少は勝機もあるんじゃないかと、ダメクズヒキニートだったことを忘れて考えた。

「端から隣同士でペアを組め。では、取り組み開始!」

(喧嘩方式かよ。となると、やっぱり!)

 ずるい奴らは、ブローノ教官にバレないように特殊能力を使っている。

 火を噴くもの、透明になるもの、巨大化するもの。

 ジュークフリードの最初の取り組み相手はザイン・レイだった。

(この機会に、兜の中身を見てやろうかな)

 ジュークフリードは、積極的に道着を掴みに行った。

 倒す振りで兜に手を掛けるが、兜は1ミリも動かない。

 何度かトライしたが失敗した。

 イライラして、集中力が薄れた瞬間、隙を突かれて投げ飛ばされた。

「アイタタタ……。負けた……」

 余計なことは考えるもんじゃないとジュークフリードは反省した。

「やめ!」

 丁度、時間切れとなった。

「相手を替えて、始め!」

 今度は狼男のリューヒアが相手だ。

 リューヒアも特殊能力があるのだろうが、その能力をまだ見定めていない。

 何を仕掛けてくるか用心して、一定の距離を置きながら攻撃のタイミングを計った。

 ブローノ教官が遠ざかった途端、リューヒアが俊敏な動きでジャンプした。

「グワァー!」

 ジュークフリードを捕らえて地面に倒した。大きな爪で体を抑えつける。

「俺は、これからお前をいただくぜ」

 リューヒアが顔を普段の3倍に膨らませて口を大きく開けた。これが特殊能力のようだ。

 目の前に、リューヒアの口の中が広がる。

(え? 何これ? もしかして、本気で俺を食おうとしている?)

「グルルル……」

 この大きな口ならば、人の頭など丸呑みできる。

「ちょっと、待て! 頭が大きくなっている! それに、噛みつきはナシだろ!」

「ガア!」

 自分の頭を食いちぎろうとしていると思うと、ジュークフリードは身の毛がよだった。

 力で押し返すことなど元からできないが、蛇に睨まれたカエルのように恐怖で身が竦んで動けない。

 教官に止めてもらおうと、必死に目で探した。

 ブローノ教官は、遠くでドワーフのキリに足止めされている。

「痛い! 痛い! 教官、足を挫きました。救護室へ行っていいですか?」

 キリは、右膝を抱えて大げさにのたうち回り大声で騒いでいる。

「教官! 教官!」

 ブローノ教官はキリに気を取られ、ジュークフリードの声が届かない。

「ガアアア!」

 リューヒアの口が頭に食いつく!

「ワアア!」

 思わず、目を閉じて悲鳴を上げた。

 ガチっと音がして、リューヒアの動きが止まった。

(……ん? 痛くない? 俺、生きている?)

 恐る恐る目を開けると、ザイン・レイが自らの体をリューヒアの口に突っ込み、牙を止めてくれていた。頑丈な甲冑で、いくら力を入れても牙は食い込まない。

「やめろ。クラスメイトを食い殺す気か?」

 冷静に、ザイン・レイが諭す。

「ウグ……」

 諦めて甲冑の腕から離れたリューヒアは、唾液を必死に吐き出している。

「ペ! ペ! ウエエエ! マジイ!」

 ザイン・レイは、ジュークフリードを心配した。

「危なかったな。大丈夫か?」

「ああ、あり、あり、ありがとう!」

 震える声で、必死にお礼を述べた。

 ブローノ教官が、ようやく異変に気付いてやってきた。

「何があったんだ?」

「取り組みに夢中になっただけです」

 リューヒアがシャアシャアと説明しているのでムカッときた。

「違うんです! こいつ、特殊能力を使って、俺を食い殺そうとしました」

「実戦ではどんな敵が向かってくるか分からない。あらゆる状況に対応しなければ、死、あるのみ!」

 ブローノ教官の言葉に愕然とした。

 リューヒアを注意してくれると思ったが、こちらの落ち度になるらしい。

 ヤタマエル、キリ、リューヒアが集まって、ケケケとジュークフリードをバカにして笑っている。

「何が特殊能力だよ」「普通に戦っただけなのに」「バカだね、あいつ」

「あれが特殊能力じゃないっていうのか? クソオ……。ん?」

 キリが左膝に包帯を巻いていることに気づいた。

(さっきは右膝を抱えていたはず……)

 そこで気が付いた。ウソの怪我でブローノ教官をおびき寄せ、こちらに来ないようにしていたんだと。

(あいつら、打ち合わせしたな!)

 三人で、ジュークフリードをはめようとした。このままでは、この職業訓練校で命を落としかねない。

(辞めようかな……)弱気でヘタレの虫が頭をもたげる。

 落ち込むジュークフリードの肩を、リンドがポンと叩いた。

「元気出せ、ジュークフリード。まだまだ、これからだ」

「リンド……。ありがとう……。顔も中身もイケメンだな……」

 リンドが絶妙なタイミングで励ましてくれたので、なんとかヘタレ虫をひっこめた。


 武術の最終試験は、全員参加の総当たり戦である。

 あらかじめ、最初に倒されたものが落第と知らされている。

 つまり、全員合格ではないということ。ここで、一人が必ず脱落する。

 末席ながら、かろうじて残ってきたジュークフリード。

 この中で脱落の危険が一番高い生徒はジュークフリードだ。

「ジュークフリード」

 リンドに声を掛けられた。

「この総当たり戦は仲間がいると断然有利。一人を集中攻撃してやっつければ、ビリにはならない」

「そうだな」

「ターゲットを誰にするか、多分、もう決まっている。気を付けろ。お前をつぶしに来るぞ」

 ジュークフリードは、三人組を見た。向こうもこちらを見ている。

「絶対に、俺を集中攻撃してくるな」

「勝算はあるか?」

 腕を組んで決め顔で断言した。

「ない!」

(だって、人間だもの。鋼の肉体も強靭な顎も持ち合わせていない、無力な人間だもの。あいつらみたいに仲間で戦う? 今のところ、味方になってくれそうなのはリンドしかいない)

 三対二の不利な戦いに、リンドを巻き込めない。

(もう、ここで落第なのだろうか……)

 ジュークフリードは、エアリシアの顔を思い浮かべた。


 ――学校が終わると、ボロクズのようになったジュークフリードを、エアリシアは可愛い笑顔で迎えてくれる。

 相手をする余裕もなく、ジュークフリードがベッドに倒れ込むと、エアリシアがやってきて、『マッサージしてあげるね』と、天使の笑顔で嬉しいことを言ってくれる。

 うつ伏せで寝ているジュークフリードにまたがるエアリシアは、その存在を疑うほど軽い。

 エアリシアの細い手で、背中の肉を揉んでもらう。

『勇者になるまで、頑張ってね』

 エアリシアのマッサージは、まるで回復魔法。その気持ちよさで、あっという間に眠りに落ちる。そして、スッキリと目が覚める。痛みも疲れも消えている。――

 毎日世話をしてくれる、エアリシアのことを思うと涙が出てくる。

(こんなところで負けていられない! エアリシアのためにも!)

 ジュークフリードは叫んだ。

「あんな奴らに、ぜってー、負けない!」

「その意気だ!」

 リンドも応援してくれた。

「全員集合!」

 集まる生徒たち。

「これより武術の最終試験を開始する。これは相手を決めない乱取り戦となる。最初に負けたものを落第とする」

 三人組がジュークフリードを見てニヤニヤした。

「それ以外にも、やる気を見せなかったもの、勇者にふさわしくないふるまいのもの、特殊能力を使ったものも落第とする」

 ジュークフリードは、すかさず三人組を見てニヤニヤと笑い返してやった。

 三人組はヘンッと鼻であしらうが、明らかに動揺している。

 ジュークフリードは、戦略を立てた。

(おそらく、一斉に向かってくるはずだ)

 最初の取り組みのように、ブローノ教官の目が届かないようにしてズルい手を使うのだろう。

 だが、全身甲冑のザイン・レイから学んだことがある。

 ジュークフリードは、それを試すことにした。

「始め!」

 総当たり戦が始まった。

 ヤタマエルが前から、キリが横から、リューヒアが上から正々堂々と一斉に襲ってきた。

(教官の目を盗んでやるんじゃないのかよ!)

「教官!」

 助けを求めてブローノ教官を呼んだ。

 だが、こちらの状況に気付いているのに動きがない。

(え? 止めないの?)

 その目は、ジュークフリードの反撃を見定めているかのような厳しい目つきだ。

 その時、ジュークフリードは自分の甘さに気付いた。

(俺は……。すぐ、逃げて、誰かに頼ろうとする!)

 ついこの間まで、ダメクズヒキニートだった。

 責任を取るとか、努力するとか、精神論や根性論が大嫌いで、できれば誰かに面倒なことをなすりつけたくて、それを当然だと思っていた。

 だけど、ブローノ教官の目を見て気づいた。

 ――自分の力でやり遂げろ。甘い考えを捨てなければ、勇者になれないぞ!

 そんな、声にならない言葉が伝わってきた気がした。

「そうだ。俺はエアリシアのためにも勇者になるんだ!」

 ジュークフリードは、まず、ヤタマエルに向かった。

「ウオオオオ!!!」

 兜は相変わらず先端が尖っている。そこに気を付けながら道着を掴むと、小さな体を持ち上げて頭から後ろのキリにぶつけた。もちろん、兜の先端が刺さるように。

 先端がキリの体に突き刺さったら、すかさず引き離す。キリはその場にうずくまった。

 ヤタマエルを頭上に突き出すと、丁度、飛びかかってきたリューヒアの口が勝手に飲み込み、先端が喉を貫通した。

 兜が金属だったため、リューヒアは、「オゲエエ!」と、大量の涎を垂らしてもがき苦しんだ。

 前にザイン・レイの甲冑を噛んで苦しんでいたことから、リューヒアの弱点に気が付いた。

(あの、嘔吐(えず)き具合……。こいつは、金属アレルギーかもしれない)

 この読みが、見事に当たった。

 苦しんで見境なく暴れたその牙がヤタマエルに当たると、「グギャ」と、カエルがつぶれたような声を出して倒れた。

 ジュークフリードは、倒れた三人の落第を確信した。

(これで、お前らとはおさらばだ! ざまあみろ!)

 勝利の舞を踊りたくなるほど浮かれた。


 楽しみにしていた合否結果。

「不合格は、クーシー」

 驚いたジュークフリードは、隣のリンドに聞いた。

「あの三人じゃないの?」

「君が三人を倒すより先に、ザイン・レイが倒していたようだよ」

 ザイン・レイなら、あっさり勝ちそうだ。

(だが、希望はまだある。勇者らしくないふるまいの要件に当てはまれば、三人の落第はありうる)

「不合格は以上! 他は合格!」

(ウソ……)

 三人は、誰一人不合格にならなかった。

「三対一で向かってくるのは、勇者らしくないふるまいじゃないのか?」

「ジュークフリードが勝ったからじゃない?」

「ああ、そうか」

 納得できるようなできないような。

 複雑な思いが、ジュークフリードの胸中を通り抜けていく。

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