第三話 職業訓練校① 『勇者道』
生徒たちが集まった職業訓練校勇者コースの教室。
ジュークフリードは、異形の同級生たちに囲まれてドキドキソワソワしていた。
ゴブリン、亜人、ケンタウロス、ミノタウロス、サイクロプス、スズメ男に、狼男。ゴリラ男もいる。
顔を見れば名前がわかる者から、はてさてどう言えば伝わるのかわからない形状のものまで。
世界に伝わるモンスター伝説は、ここ異世界を覗き見たものが、後世に伝えたと思われる。
(まるで、モンスター動物園!)
違うのは、服を着ているところ。喋るところ。
それなりの知能はありそうなところ。
(……というか、どいつも勇者のツラじゃないよな。魔王のいない異世界で、勇者になろうなんて考える奴らだ。どいつもこいつも、胡散臭い)と、ジュークフリードは自分のことを棚に上げて考えた。
一人、ちょっとだけ目立つ奴が目に留まった。
頭から体まで、銀色の西洋甲冑で包んでいる。
(もう戦闘態勢? 気が早くないか? よほど、勇者になりたいのか?)
他にも一人、人間型の凄いイケメンがいた。
服装も自分と似ていて、親近感がある。
(人間かも。あとで話しかけてみよう)
オークやってきた。
教壇に立つなり、ドンと叩いて意識を自分に向けさせた。
「貴様ら! 勇者になる気が本気であるか!」
しかも、怒鳴る。
ジュークフリードだけじゃなく、クラス全員が委縮した。
「勇者とはいざというときには我が身を捨て、最後まで逃げずに敵と戦い、民衆を守らなくてはならない! 勇気あるものだけが勇者を名乗れるのだ! この心構えができぬ者は、今すぐ出ていけ!」
教室内がザワザワしたり、唖然としたり。
ジュークフリードが様子を見ていると、数名が立ち上がって無言で出て行った。
(もう辞めるんだ!)
ダメクズヒキニートのジュークフリードでも、さすがにこの段階で辞めたりしない。
簡単に辞めるのは、簡単に入れるだけじゃなく、自腹が痛まないからだろう。
「紹介が遅れた。私は教官のブローノだ」
ボォッと他の生徒を見ていると、頭にバチンと衝撃が走った。
教官にバチで叩かれた。
「よそ見をするな! ここでは教官だけを見ろ!」
「すみません……」
叩かれたところがジンジンする。
想像以上の軍隊方式。
元の世界なら暴力教師で処分されるだろうに、ここでは問題ないようだ。
ジュークフリードは、異世界に転生したことを初めて後悔した。
(お袋……、元の世界の方が千倍マシのようです……。元の世界に帰りたい……)
お袋のどつきが懐かしい。
今更、泣き言を言っても時間は戻らない。
「6ヶ月間でお前たちを立派な勇者に育てる! 時間がないから、ビシビシしごく。覚悟しろ! 耐え抜いたものは、晴れて勇者を名乗れると思え!」
ブローノ教官の言葉に、ようやく希望の光が教室内に差し込んだ。
(本当に、たったの6ヶ月で、勇者になれるんだ!)
ちょっとだけ、感動した。
「君たちは、6ヶ月間で、『勇者道』、『剣技』、『武術』、『魔術』、『忍術』、『馬術』を習得しなければならない」
(はー、6ヶ月で、そんなに……え? 魔術? はい! 落ちこぼれ、決定! 人間に、魔術を使える訳がない。あー、落第だ。卒業、無理だ! 帰ろうかな?)
嘆いていると、ブローノ教官に睨まれた。
「貴様、今、諦めただろう!」
「わ!」
ブローノ教官に指摘されて驚いた。
(口には出していなかったのに。読心術でも出来るのか?)
「心配しなくていい。魔術を使えないものは、知識の試験だけで単位が取得できる」
「本当ですか?」
それを聞いて安心した。
それからさっそく授業が開始された。『勇者道』は座学なので、なんとかこなせそうだ。
この授業では、『勇者極意草紙』という、昔の勇者が書き残した本を教科書として使っている。
それをブローノ教官が読み上げていく。
――『恐怖に囚われたら負け』
「魔王は敵の恐怖を操る。恐怖に囚われた時点でパニックを起こし、戦意放棄となり殺される。魔王を倒す時は、絶対に恐怖に負けないことだ」
――『勇者は仲間を見捨てない』
「これは、言わずもがな。仲間を裏切ったら勇者じゃない。自分より、仲間を優先する。これこそが、勇者の矜持」
――『希望は諦めない心に宿る』
「必ず、解決策は見つかる。絶望という言葉を捨てろ」
――『敵をイメージして怯むな。それは己の弱さが作り出した幻想である』
「自分を鍛えれば、恐怖など生じない」
――『勇者は自慢せず』
「自慢は、慢心であり、己の小ささを見せているにすぎない。勇者は、常に謙虚でなくてはならない」
――『勇者は皆の幸福を守るために戦う』
「誰かを犠牲にしての勝利はない。それが勇者とハンターの違いである」
なんだか綺麗ごとばかりだなと思いながら講義を聞く。
授業を進めていくうちに、合格するには勇者と同じ思考が必要だと分かった。
ダメクズヒキニートが勇者と同じ思考を持つのはかなりの困難で、この矯正に苦労した。
約1ヶ月に及んだ『勇者道』の最終筆記試験に、生徒たちは臨むこととなった。
「では、最終試験を行う。始め!」
ブローノ教官の合図とともに、裏返しの問題用紙をクラス中が一斉にひっくり返した。
途端に、カリカリと他人の答えを書いていく音が聴こえてくる。
ジュークフリードも必死に問題を読んだ。
『・勇者道最終テスト
問一、勇者であるあなたは、たった一人で敵に囲まれています。次の中から、最初に行う正しい行動を選択しなさい。
一、剣で戦う
二、仲間に戦わせる
三、回復魔法を使う
四、逃げる
五、敵側に回る』
こんな感じの問題が10問あった。
(なんか、心理テストみたい)
この問題は、勇者道に則って解くところが違う。
なんとか最後まで問題を解いたところでテスト終了。
ブローノ教官の採点を待って、結果を聞く。
「全員、合格!」
「やった!」
ジュークフリードは喜んだが、成績順位はクラスでビリだった。
真面目に勉強したことのないダメクズヒキニートが覚醒するなど、異世界でもないのだと思い知る。
ジュークフリードは、この時点で『落ちこぼれ』のレッテルを貼られた。
人間のジュークフリードを気に食わないクラスメイトからバカにされるようになった。
「人間、お前が勇者なんかになれるかよ。さっさと辞めろ」「臭いぞ。ああ、人間臭い。誰だよ。お前か」「人間ごときが息をするんじゃねえ」「こっちを見たらかみ殺すぞ!」
ジュークフリードを追い出すためか、いじめの標的とされた。
イケメンがいい奴で見かねて庇ってくれる。
「勇者になろうという奴がすることじゃないだろ。お前ら、やめろよ」
全くの正論なのだが、そんな程度で収まるいじめではない。
直接手は出されていないが、醜い顔をさらにゆがめて暴言を吐かれる。
最初にあいつらをモンスター動物園とか、勇者らしくないとか蔑んだのは誰でもない、ジュークフリード自身。
バカにした相手にいじめられる。それが一番心に刺さった。
ボロボロになって家に帰ると、エアリシアが笑顔で出迎えてくれる。
それだけがジュークフリードの心の支え。
エアリシアは、鉄鍋で煮込んだおじやを深皿に掬ってジュークフリードに出した。いろんな草が細かく入っている。
「今夜は七草のリゾットよ」
「いただきます!」
ありがたく頂いた。
熱々なのでフウフウと口で冷ましながら食べていく。
(フワアアア……、幸せな旨さだ!)
それは、たとえるなら雪の日に熱々の露天風呂へ入ったような幸福感と同じ。
「どう?」
「美味しいよ」
エアリシアの手料理は、荒んだ身も心も癒してくれる。
それを食べてふかふかのベッドで寝れば、翌朝にはすっかり元気になって職業訓練校へ向かえた。
エアリシアの手料理も寝具も、不思議な回復力をジュークフリードに与えてくれる。
ますます好きになった。
人間のジュークフリードは、それらが回復の薬草やエアリシアの回復魔法によるなんて思いもしなかった。




