第一話 異世界に転生する
「ウウウ……」
目覚めた晴雄は、草原に寝っ転がっていると気が付いて、飛び起きた。
「どうしてこんなところに?」
気を失う前の記憶が全くない。
記憶をたどるが、ハローワークのビルを出たところまでしか思いだせない。
「とにかく、ここにいては飢え死にしそうだ」
やみくもに歩いても、食べ物が見つかる確率は低そうだが、じっとしていても、死ぬ確率は同じくらい。
一か八か、食べ物と水と、助けてくれそうな人がいないか探して歩き出した。
「それにしても、ここって、日本?」
自分の浅い知識では知らないだけなのかもしれないが、どうみても、日本の景色に見えない。
そもそも、草木が変。緑は緑なのだが、葉脈が渦を巻いている。木の幹は魚鱗のよう。
足元を走り抜ける爬虫類らしき生物の背中には、たてがみが生えている。
足が痛くなってきた頃、遠くに立ち昇る赤い煙を発見したのでそっちの方向へ向かった。
赤い煙の元でキャンプしている、フードを被った小さい人達がいる。子どもなら、怖くない。
「こんにちは……」
不審がられないように明るい声を出して近づいたが、晴雄の挨拶に誰も反応しない。
そこに、フードを被った大人たちがやってきた。手に網のようなものを持っている。
何をするんだろうと見ていると、晴雄の頭に被せてきた。
「ウワ! なんで?」
被せた網をグルグルと体に巻き付けられて捕まった。
フードの中の顏を見ると、大人から子どもまで、どいつも黒い剛毛に覆われた醜いおじさんだった。
「やめてくれ! 助けてくれ!」
本能で命の危険を感じた晴雄が必死に騒いでいると、とんでもない美少女がやってきた。
華奢で女らしいボディライン。柔らかなウエーブが掛かるセミロングの銀髪。セクシーなレースの全身スーツに、花飾りの付いたハイヒールブーツ。
その美少女が、晴雄の顏を見て叫んだ。
「ジュークフリードじゃない!」
「え?」
(ジュークフリードって、誰? 俺の名は鈴木晴雄だけど?)
美少女は、フードの人たちに怒った。
「あなたたち、私の仲間になんてことをするの! すぐに解放して!」
フードの大人たちは何かブツブツ言っていたが、晴雄を解放してくれた。
「さあ、行くわよ」
美少女は、晴雄の手を引っ張るとそこから離れた。
「ありがとうございました。命拾いしました」
「危なかったわね。あいつらは、この辺りを縄張りにしているオーガ族。赤い狼煙におびき寄せられた人間を捕まえて食べてしまうの」
「俺、食われるところだったの?」
「ええ。オーガは人肉を好むの。さらに、それを売ってお金に換えるの。最初は子どもだけで油断させて、引っ掛かったら大人たちが捕まえに出てくるのよ」
恐ろしいところだと、ゾッとした。
美少女は、思いっきり晴雄の顔に顏を寄せてから、上から下まで全身を三度見した。
「あなた、人間よね?」
「そうだけど、君は?」
「私は、エルフ」
「エルフ?」
疲れが一気にふっとんだ。
(エルフって、妖精? それに、さっき、オーガって……)
「あ、あの……、もう一つ、聞きたいんだけど」
「なに?」
「ここ、どこですか?」
物凄く間抜けな質問を、初対面の美少女にせざるを得ない己の境遇を呪った。
「あなた、この世界のこと知らないの?」
「ああ。それで戸惑っている」
「この世界には、私たちエルフの他に、さっきのようなオーガ、神族、精霊、魔族、獣人、亜人、妖怪が住んでいるのよ」
「つまり、ここはいわゆるモンスターが住む異世界だ! やった!」
晴雄は、思わず叫んだ。
「願いが叶ったんだ! 俺は、異世界に転生したんだ!」
「嬉しそうね」
「もちろんだよ! あの、クソみたいな、汚れた世界とおさらばしたんだ! こんなに嬉しいことがあるか!」
生きることに縛られたクソみたいな人生。それらと無縁の異世界に転生したことを晴雄は喜んだ。
「俺は、生まれ変わった! バンザーイ! ここには、自由がある!」
はたと、冷静になった。
「……いや、待てよ?」
美少女エルフに確認した。
「俺って、何に見える?」
「さっきも言ったけど、人間以外には見えないわ」
「それじゃあ、凶悪モンスターに囲まれて、どうやって生き延びていけばいいんだ?」
転生さえすれば万事解決、英雄になれると晴雄は信じていたのに、チート能力もなくレベル0。
オーガのような、人間を食うモンスターがうようよいるこの異世界では、すぐに死んでしまいそうだ。
「どうやって、生きていこう……」
元気をなくした晴雄を見て、エルフは心配した。
「そんなに物騒な世界じゃないから安心して。魔王もいないし、普通に生活していれば襲われることはないから」
「魔王がいないんだ!」
「そうよ。前はいたけど、勇者に滅ぼされたの」
「おお、勇者、凄い!」
異世界には、噂通りに勇者がおりました。
「その勇者って、どこにいるの?」
「魔王を倒した後に、亡くなったわ」
「そうなんだ」
勇者も死ぬんだと驚いた。
「とにかく、真面目に働きなさい」
「マジか! ここでも、働かなきゃ生きていけないのか!」
異世界は、元の世界と変わらなかった。
晴雄は、低姿勢でお願いした。
「お願いします! 助けてください! このままでは、生きていけません!」
「しょうがないわねえ」
優しいエルフが受け入れてくれたので、晴雄は一安心した。
「いいんですか?」
「ええ。あなた、すぐオーガに食べられちゃいそうで心配だもの」
「そうです! すぐに食われてしまいます!」
晴雄には、ここで生きていく自信が0だった。
「じゃあ、一緒に来て。こっちよ」
「はい!」
晴雄は、喜んでエルフについていった。
「私の名前を教えるわね。エアリシアよ」
「俺は……」
異世界に来てまで、鈴木晴雄を名乗りたくないと思った。
(……かといって、異世界にふさわしい名前が思い浮かばないな)
晴雄はエアリシアに聞いた。
「そういえば、さっき、俺のことをジュークフリードって呼んでいたよね? あれ、誰の事?」
「仲間の振りをするために、咄嗟に頭に浮かんだ名前を適当に呼んだだけ」
「じゃあ、俺、これからジュークフリードと名乗る。この名前、とても気に入った」
なんとなくだが、勇者っぽい名前に思える。
(転生したからには、名前を変えて新たな人生を歩むんだ。さらば、鈴木晴雄!)
晴雄改め、ジュークフリードは、張り切ってエアリシアについていった。
「エアリシア、この世界に名前はあるの?」
「あるわ。ハイドサクル王国よ」
歩いていると、テリアっぽい小型犬がやってきた。
「ワンワン!」
耳に花が咲き、尻尾に棘が生えている。
「あ!」
突然、エアリシアが叫んだのでビックリした。
「どうしたの?」
「思い出したの!」
「何を?」
そこに、全身緑色でドラム缶体形のトロールおばさんがやってきた。
「ジュークフリード!」「ワンワン!」
犬がトロールおばさんに駆け寄った。
「あら、エアリシアちゃん。こんにちは」「こんにちは、お散歩日和ですね」
トロールおばさんは、犬を抱きかかえて行ってしまった。
「エアリシア、もしかして?」
「うん。ジュークフリードは、あのおばさんのペットの名前だったわ。いつも、ジュークフリード! って、叫んでいるから、口癖が移っちゃったのね」
「ペットの名前だったかあ……」
勇者じゃなかったが、違う名前を考えるのも面倒。
こっちもエアリシアのペットに昇格することを期待して、ジュークフリードで通すことにした。
「ここが、私の家」
エアリシアの家は、キノコの形をした童話に出てくるような可愛い小屋だった。
ジュークフリードが入ると、物凄く狭くなった。
「じゃ、明日からハローワークに行って仕事を探してね」
ニコッと、妖精の笑顔で言われた。
「え? ハローワーク? 仕事?」
「そうよ。働かないと食べていけないわよ」
「こっちにも、ハローワークってあるんだ」
「そこに行けば、仕事を紹介してくれるから。早く、仕事を見つけて自立して」
母親より迫力のある笑顔で言われた。
かわいい子が怒ると、すごく怖い。
(ペットになるのは諦めました。明日から、異世界ハローワークで仕事を探します)
ジュークフリードは、嫌々ながらも、異世界ハローワークに行くことを決めたのだった。