第十八話 魔王グロデヒムド②
「ふん。ガーゴイルごときが粋がりおって!」
鼻で笑ったまま、魔王は動かず何も攻撃を仕掛けてこない。
「バカにするでねえ!」
ミドゴイルは、魔王に向けて槍を構えた。
しかし、投げる前に異変が起きた。
「う……、急に体が……」
ミドゴイルが動きを止めたので声を掛けた。
「ミドゴイル!」
「どうした!」
「なんだ……これは……」
ミドゴイルはふらついたかと思ったら、槍が手から滑り落ちる。同時に、体も落下。
「ミドゴイル!」
ミドゴイルは、全身けいれんしながら失神している。
「今、何をやったんだ?」
ジュークフリードには、何が起きたのかまったくわからなかった。
「いや、魔王の攻撃が全く見えなかった」
これでは、ミドゴイルの犠牲が無駄となってしまう。
リンドが教えてくれた。
「魔王の近くにいくと、毒粉にやられるんだ……」
「余計なことを言うな!」
魔王が鞭を一振りしてリンドを打ちつけた。
「あう!」
「やめろ! リンドにそれ以上手を出すな!」
「フハハハ!」
「ウウウ……」
魔王は、リンドのうめき声を愉快そうに聞いている、
「ウググ……」
ミドゴイルがうめいた。まだ、生きている。
「ミドゴイルは、まだ生きている!」
「ふん。ガーゴイルは丈夫だな」
ガーゴイルは、魔王から館を守る精霊。
魔王の毒に対しても耐性が多少あったようだ。
ジュークフリードは、焦った。
「早く魔王を倒して、ミドゴイルも救わなければ! しかし、どうすれば……」
攻撃をためらっていると魔王が煽ってきた。
「さあ、どうした。自称勇者よ。怖いのか? ハハハ。ハイドサクルの足元にも及ばないヤツだな。さっさとかかってこい」
「なんだと?」
ハイドサクルには敵わないと分かっているが、魔王に言われると頭にくる。
ザイン・レイが心配した。
「魔王の挑発にのるんじゃない」
「分かっている」
相手の手は分かった。
「毒粉は魔王の体から出ている。近づけば吹きかけられる。接近戦は危険だ」
「それでは、どうやって倒せばいいんだ」
毒の危険性をミドゴイルが犠牲になって教えてくれたのに、手をこまねいていては犠牲者が増えるだけ。
「毒の範囲外からの遠距離攻撃しかないだろう」
「そうなると、魔法だな」
「では、あらゆる遠隔攻撃を仕掛けてみよう!」
一斉に、攻撃開始。
「怒破雷斬剣!」
「乱撃水流!」
「狂嵐の炎!」
ジュークフリードは強雷攻撃を、ブローノは水流攻撃を、ザイン・レイは火炎攻撃を魔王に向けた。
だが、魔王がマントを一振りしただけで、すべてはあえなく消えた。
「マント一枚で攻撃を無効化できてしまうのか」
「やはり、正しき勇者の剣で倒すしかないよ」
「近づけば毒にやられる。どうしたらいいんだ。毒を吸い込まないように息を止めて戦うとか?」
ジュークフリードは、手元にある勇者の剣を見ながら悩んだ。
「あの毒は皮膚に付着しただけでも危ないかもしれない。用心するにこしたことはない」
吸い込まない、触れないで攻撃する自信がない。
「ここまできたのに……」
手に力が入り、グッと剣を握りしめる。
握りしめた剣をジュークフリードは見つめた。
剣は輝き、ハイドサクルがともに戦ってくれているようだ。
「このままでは勇者ハイドサクルの名を汚してしまう。だけど、犬死はできない……」
「僕たちが援護する」
「勇者ジュークフリードよ、勇気を出すんだ」
ザイン・レイとブローノが励ました。
「私も力を貸すわ」
「その声は、シフォンヌ?」
小さな竜巻が表れて、中からシフォンヌが姿を現した。
「もう、大丈夫なの?」
「充分休ませてもらったから、もう大丈夫。あの橋もなんなく渡れたの」
「あ、それは多分、人魚のチーズで……」
まだ、効力を発していたようだ。
「さあ! 行きましょう!」
「シフォンヌ、魔王に近づくと毒粉を掛けられる。吸い込んだり触れたりすれば、即座にやられる。迂闊に近づけない」
「私に任せて。毒粉が風に舞うのなら、コントロールは可能よ」
「あ、そうか!」
シフォンヌなら、魔王の周囲の空気を自由に操れる。
「ジュークフリード! 風に乗って! さあ!」
「よし!」
ジュークフリードは、翼を広げてシフォンヌの起こした風と共に魔王に向かった。
「魔王! 胸を開けて待っていろ!」
「フハハハハ……」
魔王は、バカにして笑っている。
両腕を大きく回し出すと竜巻が起きた。
「毒霧噴射!」
魔王は先ほどよりもはるかに大量の毒霧を噴射。
シフォンヌの起こす風との対決。
強風と強風が衝突するたびに轟音が発生する。
「負けるな! シフォンヌ!」
シフォンヌの風が魔王の風を弾き飛ばして勝った。
「攻撃術は一つじゃない! 毒針発射!」
針のような線毛を飛ばしてきたが、それも風に舞って当たらない。
魔王は不機嫌になった。
「こうなったら、覆いつくそうぞ!」
魔王のマントが巨大化して襲い掛かってきた。
まずは、シフォンヌを張り倒す。
「キャアアアア!」
「シフォンヌ!」
シフォンヌの風が止んだ。
「これで風魔法を使えないな、次はお前だ」
「くそう!」
風が無ければ毒でやられてしまう。有効な手立てがない。
「エアリシア、力を貸してくれ!」
叫んだ瞬間、手にしていたエルフの涙から七色の光が飛び出して魔王に直撃した。
「ウオオオオ! 熱い!」
魔王の体が光に包まれ、身動きが取れなくなっている。
「今だ!」
ジュークフリードは、すべての雑念を払拭し、魔王を倒すことだけに集中した。
すると、自然と口からついて出た。
「無心波動勇剣斬!!」
渾身の一撃が魔王の体を頭から下まで真っ二つにした。
そして、左わきから右わきへ水平に切り捨てる。
「ウギャアアアア!」
十字に切断された魔王グロデヒムドは絶叫した。
苦しんでいたかと思うと、あれよあれよと体が暗黒物質に変化していく。
体が黒く凝縮し、石炭のような塊となって床にドスンと落ちた。
それでもカタカタと動いている。
「やった! ……でも、この後、どうすればいいんだ? 放っといても大丈夫か?」
リンドが言った。
「そのままでは復活する……」
「この状態からも?」
魔王とは、どこまで強力な生命力の持ち主なのか。
「その形は一時的なものだ……。だが、今なら毒も出てない。やるなら今だ……」
「といっても、どうすれば……」
日本昔話だったら食べてしまうところだが、それは絶対にできない。
その時、ジュークフリードの頭の中に、『アンジェリカ・ジェリカ』という声が響いた。
「そうだ! これを使うんだった!」
女神アンジェリカ・ジェリカから、魔王が弱ったら使うように渡された宝珠。それを思い出した。
「それ!」
宝珠を魔王に向けて投げると、空中で眩しく輝き光の渦が現れた。
カタカタ動いていた魔王の塊が浮き上がり、光の渦に吸い込まれる。
塊を飲み込んだ光の渦は、クルクルと逆回転してフッと消えた。
「おお、消えた!」
ザイン・レイたちが駆け付けた。
「今、どうなったんだ?」
魔王が跡形もなく消えていて不思議がっている。
「女神アンジェリカ・ジェリカの宝珠で、魔王はどこかへ飛ばされたようだ。俺たちは魔王に勝った!」
「やった!」
「やったな! ジュークフリード!」
歓声が上がった。
「素敵でした。勇者様!」
立ち上がったシフォンヌが、憧れのまなざしでジュークフリードを称えた。
「魔王を倒せたなんて、夢を見ているみたいだ」
ジュークフリードは、自分の手にある勇者の剣を見つめた。
魔王に無心で立ち向かった時、自然と『無心波動勇剣斬』という言葉が口から出てきた。
(あれは……、勇者ハイドサクルの意識とシンクロしたのだろうか……)
不思議な気分だった。
ザイン・レイが声を掛けた。
「ジュークフリード、リンドを助けよう」
「ああ。それと、ミドゴイルも」
リンドを十字架から下ろした。
楔で空いた穴は、みるみるうちに塞がっていく。
「さすが、ホムンクルスだな」
「ありがとう。ジュークフリード、ザイン・レイ、ブローノ教官」
「もう、君は自由だ」
「嬉しいよ」
ミドゴイルには、エアリシアから渡されていた毒消草を使った。
中庭で待っているエアリシアのところに戻る。
エアリシアは、ナン・ビーリンと待っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「無事でよかった」
リンドの姿を見て安心している。
ゴゴゴ……。
魔王城が不気味な音を立てている。
「崩落しそうだな。早くここを出よう」、
途中でヤタマエル、キリ、リューヒアを拾って外に出ると、リントブルムが「ピイイイイ!」と出迎えてくれた。
「おお、よしよし。いい子にしていたか?」
「ピイイイイ!」
カククスまで立っている。
魔王が倒されたと知って、いち早く逃げ出してきたカククス。
取り立てて貰う予定が狂ってしまい機嫌が悪い。
「お前、悪さしていなかっただろうな」
「フン!」
カククスは、そっぽを向く。
コツツメツマは、木にぶら下がっている。
「元気にしていたか?」
「そんなことより、あそこの亜人が俺の勲章を盗っていったぞ」
やはり、悪さをしようとしたようだ。
「おい! カククス!」
叱ろうとしたが、すでにはるか遠くへ逃げている。
「カククス! コツツメツマの勲章を返せ!」
「やなこった!」
ベーっと舌を出したカククスに、ジュークフリードが空を飛んで追いつき、勲章を取り返した。
カククスは、悔しがりながら去っていった。
「懲りないやつだな」
コツツメツマを木から下ろして勲章を返し、解毒剤を渡した。
「これは解毒剤だ。これを飲めば、万が一、毒が回っても大丈夫だ」
「助けてくれるのか?」
「ああ。魔王グロデヒムドはいなくなった。これからは、君の力を社会に役立てて欲しい」
「社会に……。そうだな……」
コツツメツマは、悪夢から目が覚めたような顔になった。
助かった命をハイドサクルのために使いたいと町に戻っていった。
ヤタマエル、キリ、リューヒアも怪我をしていたので回復させた。
ジュークフリードは、ザイン・レイに聞いた。
「てっきり、レイピアで眼球を潰したんだと思っていた」
「あれはかすり傷だ」
「そうだったんだ」
ずいぶん冷酷だと思っていたが、後遺症もないので回復魔法の使用を見越して手加減したのだろう。
「君なら助けてやっただろうから、致命傷にはしなかったのさ」
ザイン・レイは、ジュークフリードに倣っていた。
三人は、一応ヘコヘコと頭を下げながら去っていった。
それを見送ると、ジュークフリードは、ブローノにずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「明らかに、勇者に向かないものまで勇者コースに入れるってのは、どうなんですか? 入学前に面接をするとかで、選別したほうがいいと思いますけど」
「職業訓練校は、すべてのものに門戸が開かれている。入校の条件は、『失業中であり、すぐに働ける状況にあり、積極的に就職活動を行っている』だ。この3つを満たしていればいいんだ」
『積極的に就職活動』のところが、ジュークフリードの胸に突き刺さる。
選別試験があったら、絶対に自分は不合格だったろう。
それほど、入校前の自分は甘かった。
こんな自分が学べたのだから、あいつらには勿体ないなどと考えるのは傲慢不遜だ。
(卒業したら、就職活動をしなきゃな……)
無職では、エアリシアにも堂々とプロポーズできない。
ニートだったころには考えられなかったことを、ジュークフリードは自然と考えられるようになった。




