第十七話 魔王グロデヒムド①
「ザコ魔物と戦うのも面倒だし体力も削られる。魔王の間まで今の方法でいかない?」
「奇襲にもなるし、賛成だな」
ジュークフリードの提案で、通路をやめて天井裏の通風口を進んだ。
「ここだ」
ザイン・レイが格子蓋から外を見ると、大きな扉の前に警護の魔物が守っている。
「あいつらを倒さないと、中に入れない」
「一気に攻めよう」
蓋を外して全員が通路に飛び出ると、すかさず攻撃を仕掛ける。
不意を突かれた魔物たちは、ほとんど無抵抗のまま倒れた。
「うまくいった。次が来る前に入ろう」
「この中に魔王がいるんだな?」
いよいよご対面かとジュークフリードは緊張した。
「いや。この中は、例の穴に橋が架かる広間だ」
「シフォンヌの恐れていた部屋がここか……」
入っただけで恐怖に襲われるという謎の部屋。
恐怖の上に恐怖が重なる。
「よし、入ってみよう」
ギギギィ……。
重い扉を開けると目に飛び込んできたのは、部屋いっぱいに大きく空いた穴。
奥底は見えない。暗くて深い闇が広がるだけ。
部屋の真ん中に一本の橋が架かっている。
橋は螺鈿細工。豪華で魔王の間にふさわしいと言える。
「向こう側に渡れば、魔王はすぐそこだ」
そうは言っても、人食い触手の出る穴。
橋はあっても、やすやすと乗り越えられるとは思えない。
その時、外を見ていたブローノが、「タロースが来るぞ!」と小声で言った。
「新しい見回りか?」
「ここで戦うには足場が狭い」
すぐ後ろは人食い触手の穴。足を踏み外せば奈落に落ちる。
ジュークフリードは、作戦を考えた。
「俺がドアの影に隠れる。入って来たら、後ろから忍び寄って足の栓を抜く。皆は正面で気を引いてくれ」
「了解!」
ジュークフリードは、ドアの影に潜んだ。
ドアの前で倒れている仲間を見たタロースが異変を察知して中に入ろうとしたが、ザイン・レイ、ブローノ、ミドゴイルの存在に気付くと戦わずに逃げていった。
「タロースが逃げたぞ」
ザイン・レイが言った。
「今の中身は、ヤドカリ族だったようだな」
「助かった」
ドアを閉めると、簡単に入ってこられないよう魔法で封印した。
「さて、まずは構造を知るところからだな」
改めて、穴を観察する。
暗闇に目が慣れてくると、何百本もの触手がウネウネと穴の中でうごめいていることに気付いた。
「ウワ! 気持ち悪い!」
思わずのけぞり、後退する。
「ここで足を滑らせて落ちたら、二度と上がってこられないということか」
「でも、橋があるんだから、ここを渡ることはできるだろう」
螺鈿細工の橋を眺める。
「いかにも怪しい橋だな。罠じゃないのか。渡らないほうがいい気がする」
「ここを渡らないで、どうやって向こう側へ行く?」
意見が割れる。
「ここで足止めするわけにはいかない」
この上を渡るのは怖かったが、怖がっては魔王の思う壺。
ジュークフリードは、頑張って先陣を切ることにした。
「ここは俺が先に行く。皆は、俺が無事に向こうへついたら渡ってくれ」
「何が起きるかわからないぞ」
「いつまでもここにいては、魔王に会えないよ」
ジュークフリードは、無理やり勇者らしい笑顔を作った。
「勇者らしい顔になったな」
ブローノに褒められた。
「分かった。僕たちは後ろから援護する。慎重にな。変だと思ったらすぐに引き返せ」
ジューフリードがゆっくり歩いて真ん中まで行くと、橋が突然動き出した。
バランスを崩して転んだ。
「うわ!」
橋全体が回転し、垂直になったところで止まった。
落ちそうになったが、なんとかしがみついた。
「こんな仕掛けがあるなんて!」
ザイン・レイも知らなかったようで驚いている。
「このままでは落ちる!」
翼を広げて飛ぶ準備をすると、ブローノが叫んだ。
「飛ぶと触手に襲われるぞ!」
「そうだった!」
翼をひっこめた。
ジュークフリードの周りを触手が取り囲んでいるが、どれも触れてこない。
橋に体がついている限り、手を出せないらしい。
しかし、このままでは渡れない。
ザイン・レイに聞いた。
「触手を引っ込める方法はないか?」
「さあ……。ブローノ、何かない?」
「ハイドサクルも触手に捕まったが、何らかの方法で抜け出している。方法はあるはずなんだが……」
「この部屋に仕掛けの切り替えスイッチがないか? 隠しボタンとか、レバーとか」
ザイン・レイたちは、仕掛けがないかくまなく探した。
その間にも、垂直の橋にしがみつくジュークフリードの腕は痺れている。
「限界……」
欄干から、片手が離れた。
すると、触手がスルスルと伸びて、橋から離れた部分に巻き付いた。触手にはタコのような吸盤がまんべんなく生えていて、ものすごい圧力で締め付けてくる。
「助けてくれ!」
「ジュークフリード!」
ザイン・レイは、何かないかと探す。
腰にぶら下げた人魚のチーズが手に触れた。
「これで騙せないかな」
チーズを穴に放り込むと、触手が一斉にそちらに向かった。
ジュークフリードの体からも離れた。
「今だ! 飛べ!」
ジュークフリードは急いで翼を広げて空を飛び、反対側に渡った。
「やった!」
「あいつら、人魚のチーズが大好物だったようだ。持ってきて良かった」
「勇者ハイドサクルも、人魚のチーズを使って抜け出したのかもしれないな」
ジュークフリードがいなくなると、橋は元の状態に戻った。
ミドゴイルが叫んだ。
「隠しボタンを見つけたぞ!」
壁の一部を動かすと、小さなボタンが出てきた。
それを押すと、カチリと何かがはまる音がした。
「これで渡れるんじゃないか?」
三人が橋を渡ると、今度はひっくり返らない。
「最初から見つければ良かった」
「仕掛けを探す前に渡るから」
「俺が慌てて渡らなければ良かったのか?」
皆、調子がいい。
次からは慎重に進もうと思ったが、もう、魔王の間だ。
「ついに、ここまで来たか……」
たくさん戦った。
ピンチに何度も陥った。
だが、信じられる仲間たちがいてくれたお陰で乗り越えてきた。
あとは、リンドを救い、魔王を倒すのみ。
「ドアを開けるぞ」
全員が黙って力強く頷いた。
一緒に勢いよくドアを開けた。
「魔王グロデヒムド! 待たせたな!」
魔王の間では、半裸のリンドが十字架に磔にされていた。
丁度、魔王が棘の鞭で打ちつけているところだった。
「あっ……、うっ……」
ビシビシと鞭で打たれる度に、うめき声を出している。
腕と足を、鉄の楔が貫いている。それだけでも痛々しいのに、全身から血が噴き出している。
「リンド!」
「ジュークフリード……、皆……、どうして……」
リンドを助けに駆け寄りたかったが、ザイン・レイとブローノに止められた。
「迂闊に近寄ると危険だ!」
魔王がこちらを睨んだ。
恐怖に震えると言われていた魔王の顔は、影のように黒くて骸骨にように醜い。
美形が好きなくせに、魔王グロデヒムドは美しさからほど遠かった。
着ているマントは、細かい粉を吹いているようで霧に包まれている。
「誰だ? お前ら。せっかく楽しんでいたのに邪魔をするな」
「お前が魔王グロデヒムドだな。俺は勇者ジュークフリード! リンドを今すぐに解放しろ!」
威勢よく叫んだが、勇者のところだけは声が小さくなる。
「お前が勇者だと?」
魔王は、くぼんだ目でジュークフリードを見た。
まるで全身をスキャンするかのように上から下まで眺め、さらに心を読むかのように目を覗き込んだ。
ジュークフリードは、何かが体を駆け巡った気がしてゾッとした。
「これはまた小物が来たな」
「俺は勇者だ!」
ジュークフリードは、自分に言い聞かせるように叫ぶと勇者の剣を構えた。
だが、体の震えを抑えることができない。
(恐怖に打ち勝て! 今まで乗り越えてきた困難を思い出せ! リンドの痛みを感じろ!)
必死に、自己暗示をかける。
「そんなおもちゃでどうやって戦う気だ?」
魔王は笑っている。
「まあいい。さあ、逃げも隠れもしない。そのおもちゃの剣で私を切るがいい」
「なに?」
魔王が両手を横に広げて、自ら胸を開いた。
「さあ、来い! ここをザクっと切ってみよ」
ジュークフリードは、魔王の意図が読めず躊躇った。
リンドが息も絶え絶えに言った。
「それは……、魔王の手だ……。騙されるな……」
「お前は黙っていろ!」
魔王が鞭をリンドに入れた。
「うあっ……」
「お前とは後でまた遊んでやる」
ミドゴイルが前に出てきた。
「わしが先兵になるで」
「ミドゴイル!」
「今まで、おめえさんばかりを危険な目に合わせてもうたからな。ここらで、一つ、わしの力を見せてやるで」
「魔王の手が何か分からないのに、危険すぎる」
ジュークフリードは止めようとしたが、ミドゴイルは首を横に振った。
「少しは恰好を付けさせてくれて。その代わり、魔王の手をよく見ておけや。必ず勝機を掴むだよ」
「ミドゴイル……。なんて貴い自己犠牲精神だ」
勇者コースのクラスメイトらに、爪の垢を煎じて飲ませたい。
「行くでえ! 魔王グロデヒムド!」
ミドゴイルは、空を飛んで魔王に向かった。




