第十六話 最後の側近ヤンベリー②
「ああ、焦った」
「タロースはバカだから、こういう通路を通り抜けできない。僕は、今まで何度もヤバい時にこれで切り抜けてきた」
「あいつらに知能がなくて良かったよ」
暗くて狭いダクトを這いつくばって進む。
何度か曲がって外に出た。明るい。
「ここは、どこ?」
周囲を見た。
花壇、樹木、噴水のある泉。室内庭園のようだ。
「魔王の庭園だ。入れるのは魔王のほか、許可を得たもののみ」
「全然、魔王らしさがないな」
「美意識は高いんだよね」
「綺麗な所ね」
草のエルフのエアリシアは、嬉しそうに花や噴水を眺めている。
「何か聴こえないか?」
ピアノの音に気付く。
「こんなところで、ピアノ?」
嘆きの岩のすすり泣きよりマシだが、ここでは普通じゃないだろう。
音の出所を捜すと、グランドピアノがあって女の人が演奏している。
「魔王の造り出した魔物かな?」
「あいつは魔王のお気に入りの愛人、ナン・ビーリンだ。魔王は彼女の奏でるピアノの旋律が大好きなんだ」
「へえ……」
愛らしい白い顔。
頭を黒いベルベットの頭巾で覆っていて、白いうなじがなまめかしい。
こちらに気づかぬのか無視しているのか、ピアノを引き続ける。その旋律は悲しいメロディ。
「倒しておくか」
ザイン・レイがレイピアを抜いた。
「ザイン・レイ、それはやめてくれ」
考えるより先に体が動いて、ジュークフリードがザイン・レイの手を止めた。
「どうして?」
「何の敵意も感じないじゃないか。無防備の相手に、いきなり武器を向けるのは勇者じゃない」
「そうだな」
ザイン・レイは、ジュークフリードの説得を受け入れてレイピアを鞘に戻した。
「このまま無視していこう」
一行がピアノを無視して進むと、ピタッと旋律が止まった。
「止まった……」
「何か起きるのか?」
ナン・ビーリンは、両手を静かに膝に乗せると涼やかな声で言った。
「ここから先には何人たりとも行かせません」
「なに?」
「無防備の私を殺そうとしなかったことには敬服いたします。でも、それとこれとは別」
庭園のあちこちから、巨大なムカデモンスターが何匹もゾロゾロと這い出てきて、ジュークフリードたちに向かってきた。
「クソ! 隠れていたのか!」
「恩情は必要なかったようだな!」
全員、武器を構えてムカデたちを迎え撃つ。
ザイン・レイが、皆にアドバイスした。
「あいつらが口から吐き出す紫色の液体は毒だから、浴びないように気を付けろ!」
「わかった!」
ムカデモンスターは、紫色の液体を次々と吐き出してくる。
「シャー!」
それを必死に避けた。
ナン・ビーリンは、その姿を見て笑っている。
「さあ、素敵なダンスをお見せなさい!」
ミドゴイルが皆に叫んだ。
「わしの魔法バリアで毒液を防ぐで!」
防御魔法を唱えて、全員を透明なガードで包んだ。
「これで毒液を気にしないで戦える!」
ジュークフリードは、空中高く飛び上がると、「怒破雷斬剣(サンダー剣)!」と、強雷攻撃を仕掛けた。
ブローノとザイン・レイが続いた。
「乱撃水流!」「狂嵐の炎!」
ミドゴイルは、手のひらから電撃魔法と炎魔法を交互に撃ちこむ。
ムカデモンスターは悶えながら消滅していく。
しかし、どんどん出てくる。
「これは、終わるのか? それとも、無限か?」
「皆、頑張って! いつかはムカデも尽きるはずよ!」
エアリシアの励ましが、ジュークフリードを奮い立たせる。
だが、切っても焼いても湧き出てくる。
体を切られても、しばらくはうごめくので気持ち悪い。
ブローノが叫んだ。
「ジュークフリード! こいつらは、誰かから命令を受けているはずだ!」
ジュークフリードは命令を出しているのはナン・ビーリンしかいないと考えた。
「あいつがムカデモンスターの親玉だな」
上空からナン・ビーリンに向かったが、ムカデモンスターが守るように邪魔してくる。
「シャアアアアー!」
ひときわ大きなムカデモンスターが立ちはだかった。
「覚悟!」
頭部に剣を突き刺し真っ二つに切り裂くと、そのまま、ナン・ビーリンまで切りつけた。
「ギャアアア!」
「親玉にとどめをさしたぞ!」
ナン・ビーリンが倒れると、周囲のムカデモンスターたちまで動かなくなった。
それらを、ミドゴイルが炎魔法で焼き尽くした。
残ったのは、ナン・ビーリンだけとなった。
「こいつは消えないのか? てっきり、ムカデモンスターの親玉と思っていたのに」
「ナン・ビーリンは、魔王が造り出した魔物ではなく、普通の人ということだ。ムカデモンスターは、彼女の護衛として魔王が与えたのだろう。彼女が倒れたので、ムカデモンスターもコントロールを失ったんだ」
「そうか……」
ナン・ビーリンは、まだ生きている。
エアリシアに助けを求めた。
「エアリシア、彼女を助けられないかな?」
「せっかく倒したのに、助けるの?」
「だって、彼女は普通の人なんだ。魔王に騙されているだけなんだ」
「それでも、ハイドサクルに脅威をもたらす魔王の愛人だぞ」
「俺たちが倒すのは、魔王と魔王が造り出した手下だけでいい」
「ふ……。しょうもない勇者様だな」
「じゃあ、助けるわね」
エアリシアは、口の中で回復呪文を唱えた。
「レセペレイション! すべて元通りに!」
ナン・ビーリンの傷はみるみるうちに塞がり、瀕死状態から回復した。
「どうして私を助けた?」
「俺たちは魔王から人々を助けるために行動している。君は助けられるべきなんだと判断したからだ」
「私はグロデヒムド様の愛人よ。怖くないの?」
「グロデヒムドは、もうすぐ倒される。俺たちによって」
ジュークフリードの言葉を、ナン・ビーリンは荒唐無稽だと鼻で笑った。
「バカね。そんな大それたことを考えるなんて、あなた、勇者じゃなくて素人でしょ」
「いや、これでも勇者だ」
ナン・ビーリンは、フラフラとよろけながら立ち上がった。
「勇者なの? ふーん。なら、責任を取って頂戴」
「責任って?」
「グロデヒムド様が倒されたら、私と結婚して」
とんでもないことを言いだした。
「なんで?」
「ここでグロデヒムド様の愛人をしていれば、食べ物にも着るものにも困らないで、手下の魔物たちは何でも命令に従う。お姫様のような生活ができるのよ。グロデヒムド様を倒すというのなら、その後の生活を保障してくれないと私が困るでしょ。あなた、しょぼいから不満だけど、勇者ならまあいいわ。妥協してあげる」
とんでもない理屈と失礼なセリフが、ポンポンとナン・ビーリンの口から出てくる。
「いや、それは……」
「できないというの? だったら、グロデヒムド様を倒すのはやめなさい」
バチン! と大きな音がした。
エアリシアが平手でナン・ビーリンの頬を叩いた。
「いつまで甘ったれたことを言っているの! 目を覚ましなさい!」
「な………」
ナン・ビーリンは、赤くなって痺れる頬を押さえた。
「誰かに頼っていないで、自立して生きて行きなさいよ! 誰だって、自分で頑張っているのよ!」
エアリシアの説教が、ジュークフリードにまで突き刺さる。
「それと、さんざんジュークフリードを馬鹿にしてくれたけど、彼は最高の勇者様なのよ。あんたになんかに勿体ないわ」
エアリシアが言い返してくれて、ジュークフリードは気が晴れた。
ナン・ビーリンは、うなだれて完全に元気を失くしている。
「あの、大丈夫?」
「ジュークフリード、こんな女の戯言などに耳を貸す必要なし! さ、皆、行きましょ!」
エアリシアは先に進んでいった。
「待って……」
ナン・ビーリンは、ヨロヨロとピアノのところに戻ると再び旋律を奏で始めた。
「いろいろ言って悪かったわ。疲れたでしょ。私のピアノが聴こえている間、魔物は大人しくなる。ここで休んでいけばいい」
「え? どうしてそんなことを?」
「あなたは、最初から私を敵視しなかったわね。ムカデモンスターを差し向けた私を助けてくれた。私だって、冷血な悪魔じゃない。少しはいい恰好させて……」
ジュークフリードたちのために演奏してくれるようだ。それが、ナン・ビーリンのささやかな恩返しで罪滅ぼしなのだろう。
「それじゃあ、お言葉に甘えて少し休もうか」
魔王を倒す前に、つかの間の休息をとることにした。これで、体力を回復できる。
ピアノの音を聞きながら、ジュークフリードは庭園を眺めた。
ブローノは武器の手入れを、ミドゴイルは座って休んでいる。
「ここが魔王城の中とは、とても思えないな」
足元はるか下には、汚れて腐敗した地下があるというのに、ここは別世界。
「そういえば、魔王って、どんな姿をしているんだ? 千の顔とか聞いたけど、本当か?」
なんとなく醜悪な顔を思い浮かべていたが、美形の側近たちをみると、そうでもないのかもしれないと思うようになった。
「僕は見たことない。見たら死んでいるよ。それぐらい恐ろしい姿といわれている」
ジュークフリードがザイン・レイと話していると、エアリシアがもじもじしている。
「エアリシア? 体調でも悪い?」
「ううん……」
「は、そうか!」
ずっと緊張と戦いの連続。エルフのエアリシアにはとても負担だったはずだ。
さきほどもナン・ビーリンの回復に魔力を使ってしまった。
「ごめん、俺、全然、気が回らなくて。エアリシアにはいつもマッサージで俺の体調を気遣ってくれたのに」
「ジュークフリード……。いいのよ……」
「エアリシアはこれ以上戦わなくていい」
「でも……」
「この先、もっと厳しい戦いになる。エアリシアには、無理して戦って欲しくない」
「ジュークフリード、ありがとう。ごめんね……」
ザイン・レイは、(二人きりにしてやるか)と、さりげなく二人から遠ざかった。
ナン・ビーリンのピアノの音色が二人を優しく包む。
二人だけになると、エアリシアはますますもじもじした。
「あ、あの……」
「ん?」
「魔王を倒したら、言って欲しい言葉があるの……」
「言って欲しい言葉……。ええ?」
ちょっとだけ、驚いた。
魔王を倒して立派な勇者になったらプロポーズするつもりだったが、先に言われた気がした。
「ジュークフリード……」
「おっと、それ以上は言わないでくれ」
「……」
「女の子の口から言わせるなんて、俺にはできない。エアリシア、俺はちゃんと考えている」
一生に一度の覚悟で、精一杯気障なセリフを吐いた。
「本当に?」
「ああ。信じて待っていてくれ。俺は必ず魔王を倒して、エアリシアに……、エアリシアに……」
「嬉しい!」
エアリシアが抱き着いてきたのでドッキリした。
(こんなに求められていたことに感激だ)
恥ずかしかったが、固く抱き合った。
ザイン・レイがやってきた。
「お楽しみのところ申し訳ないが、そろそろ行ったほうがいい」
「そうだな」
名残惜しいが、エアリシアと離れた。
「エアリシアはここで隠れていてくれ。透明になればやり過ごせるよね」
「ええ」
「ザイン・レイ、行こう! 魔王を倒しに」
「待って!」
行こうとするジュークフリードを、エアリシアが引き留めた。
そして、首に飛びつくと唇にキスをした。
挨拶のキスじゃない。心のこもった愛のキスだ。
「エアリシア……」
「ジュークフリード、これを持って行って」
キラリと光る小さな宝石を渡された。
「これは?」
「不思議な力が宿るエルフの涙よ。ピンチの時にきっと守ってくれる」
「ありがとう。大事にするよ」
「それから、これ」
いくつか、薬草を渡された。
「少しだけど、これで体調を整えて」
「分かった。ありがとう」
薬草をポケットにしまった。
「頑張ってね」
「ああ。魔王と戦って、必ず勝つよ。ハイドサクルのため、エアリシアのため」
(必ず魔王を倒してリンドを救い、エアリシアにプロポーズする!)
ジュークフリードは、エルフの涙を握りしめて誓った。
庭園を出て広間に入ると、ヤンベリーがジュークフリードたちを待っていた。
「ずいぶんとのんびりしていたな。庭園は気に入ったか?」
両手は元通りにくっついている。
手足を切り落とされたぐらいでは、痛くも痒くもない。普通のモンスターと全然作りが違う。作りが違うのなら、考え方も生き方も価値観も相いれない。
「あいつを倒さなきゃ、魔王のところにはいけそうにないな」
「ああ。解毒剤も手に入れたことだし、もう用はない。思いっきり戦える!」
「なら、総攻撃だな」
「おお!」
ジュークフリード、ザイン・レイ、ブローノ、ミドゴイルが一斉に攻撃を仕掛けた。
勇者の剣から繰り出される雷攻撃。ザイン・レイの弓矢。ブローノの炎魔法攻撃。ミドゴイルは、鋼鉄化した体を回転させてぶつける直接攻撃。
「ウグググ!」
いきなりの総攻撃で身動きのとれなくなったヤンベリーに、勇者の剣で直接攻撃を仕掛けた。
だが、間一髪、逃げられた。
「クソ!」
「お前らが何人束になって掛かってきても、私の方が強い。そして、美しい!」
「美しさ、いるか?」
何度か仕掛けたが、攻撃パターンを読まれたようでだんだんと当たらなくなった。
「私の反撃の時間だ! いでよ! 私のかわいい子よ!」
またあの巨大蜘蛛が出てきたが、糸攻撃される前にジュークフリードが剣で倒した。
「なに?」
ヤンベリーはショックを受けている。
「学習するのはお前だけじゃないってことだ」
「フン、小癪な」
リアルにそのセリフを聞いて思わず笑った。
「何がおかしい」
「いや、別に。あ、そうだ。セカハドマの爺さんが、これをお前に飲ませてやってくれってさ! 特製カクテルだ。受け取れ!」
「セカハドマの特製カクテルだって?」
ジュークフリードは、セカハドマから預かった水筒の蓋を取って投げつけた。
中身をぶちまけながら飛んでくる水筒を受け止めようとしたヤンベリーの顔へ見事に命中した。
「ブワ!」
水筒の中身を全身に浴びたヤンベリーは、苦悶の表情となって絶叫した。
「ウギャアアアアア! 痛い! 痛い! 痛い!」
「え? どうした?」
好物と聞いていたから喜ぶと思っていたのに、苦しむヤンベリーに驚いた。
液体のかかったところから、プシュウウウウと水蒸気が上がって溶けている。
「ジュークフリード! 今だ!」
ザイン・レイの声で我に返った。
「そうだ! 弱っている今がチャンス! アクセル回転!」
ジュークフリードは、ハイスピードで飛び上がると、ヤンベリーに勢いよく切り込む。
「ウオオオオ!」
勇者の剣で体を縦に切り裂いた!
「グウワアアアア!」
絶叫とともに水晶化し、跡形もなく砕け散った。
「やったな! ジュークフリード!」
「水筒の中身を浴びたら苦しみだした。何だったんだろう?」
「それは、ヤンベリーにとって毒だったからじゃ」
セカハドマの声がした。
「爺さん!」
「中身を間違えて、蜘蛛の天敵である蜂から抽出した毒カクテルを渡してしもうたな」
自分のミスでヤンベリーが死んだのに、飄々としている。魔王に怒られる心配をしないのだろうか。
「ザイン・レイ、また、はく製になるモンスターの収集を頼むよ。今度は、狼男かゴブリンかドワーフがええの」
そういうと、どこかへ行ってしまった。
「なぜ俺たちに協力してくれたんだろう?」
「変人だから」
「ヤンベリーが嫌いだとかじゃないんだ」
「好きとか嫌いとか、あの博士にはないと思う」
つかみどころのないマッド博士の最後の言葉が引っ掛かった。
「あの三人のことだよな。差し出すのか?」
「しないよ。あれは、セカハドマのジョークだ」
「こんなときに言うことか?」
常人には理解しがたいが、それも変人だからの一言で片付くのだろう。
「魔王は今頃ヤンベリーが僕たちを片付けたと考えているだろう。ヤンベリーの敗北が伝わる前に行こう」
魔王が油断しているうちに急襲することにした。




