第十四話 魔王のまやかし
魔王城の前まで来たが、再び、エンモーンがジュークフリードたちを待ち構えている。
「また出た!」
「ようこそ。魔王城へ。と、言っても、歓迎はしていないぞ。これ以上、先には進ませない」
「エンモーン、リンドをどこにやった?」
「もちろん、グロデヒムド様に差し出した。大層お喜びになられておった。今頃遊んでおられよう。誰も邪魔してはならぬ」
「どんだけ、リンドが好きなんだよ」
「グロデヒムド様に下賤な愛などないわ。すべては、崇高なるグロデヒムド様のご意思における運命」
「何を言っているのか、ちょっとわからないなあ」
「リンドは、グロデヒムド様に可愛がられることが一番の幸せなのだ」
「勝手なことを言うな! 可愛がられるって、拷問のことだろう!」
「グロデヒムド様のところには行かせない。お前たちは私が相手しよう!」
「望むところだ!」
今度は、心置きなく戦える。
エンモーンの他にも、カマキリモンスターやスズメバチモンスターが虎視眈々と狙っている。
一体、一体はそれほど強くないが、数が多いから、手数が必要だ。
「虫けらは私たちが引き受けよう」
ブローノ、ミドゴイル、シフォンヌ、エアリシアがそちらに向かった。
ブンブンと飛び回る虫モンスターたちを、ブローノは一体ずつ切っていく。
ミドゴイルは、体当たりの打撃中心で撃ち落とし。
シフォンヌは、風魔法でまとめて団子のように丸めて地上に落とす。
エアリシアは、透明化して接近し、背中の翅をむしって落下させていく。
エンモーンには、ジュークフリードとザイン・レイが受けて立つ。
「行くぞ!」
「おお!」
ジュークフリードが空を飛ぶと、エンモーンがついてきた。
ザイン・レイは、リントブルムの背中に飛びのった。
向かい合うジュークフリードとエンモーン。
補助に回ったザイン・レイは、少し離れて二人を見る。
ジュークフリードは、勇者の剣に刻まれている技名を叫びながらエンモーンに向けて振った。
勇者の剣には、炎、水、雷属性の技が仕込まれており、勇者の装備を身につけたジュークフリードだけに読むことができる。
「ハアア! 焦熱業火放射!」
勇者の剣から紅蓮の炎が噴き出してエンモーンを襲ったが、扇の一振りで蹴散らされる。
「じゃあ、これはどうだ! 弩流岩瀑布!」
それも一振りで無効化された。
ジュークフリードは、頭に血が上った。
「クソ! 怒破雷斬剣(サンダー剣)!」
電撃が到達する前に、翼で跳ね返された。
翼に当たっても、エンモーンまでダメージが届かない。
「アッハッハッハ! 偽勇者の攻撃はそんなものか!」
「チクショウ!」
追いついたザイン・レイが忠告した。
「ジュークフリード、落ち着け。見境なく攻撃したところで勝てないぞ。冷静になれ」
「分かっている。あいつの弱点を見抜けってことだろ」
ジュークフリードは、エンモーンの弱点を探した。
(奴の強みは風。魔力も桁違い。シフォンヌの風攻撃も効果はないだろう……)
空の門番と呼ばれているが、本来の仕事は死刑執行人で風以外の戦闘能力はそれほど高くないはずだが、隙が無い。
側近を倒さなければ、魔王までたどり着かない。
「弱点はどこだ?」
ジュークフリードは、あるものに目が留まった。
「あれは……」
エンモーンは、近距離戦を想定していないようで鎧を着ていない。
空を飛ぶスピードを考えたら、重い鎧は邪魔なのだろう。
白いドレスのみで体を覆い、金色のベルトが腰を縛っている。
そのバックルには、赤い大粒の宝石が埋め込まれている。
「なんか、戦闘に似つかわしくないというか、場違いというか」
ここでも身に着けるということは、とても大事なものかもしれない。
「ザイン・レイ、あいつの気を引いてくれ。その間に、俺は近距離戦に持ち込む」
「分かった」
リントブルムに乗ってザイン・レイが空に飛びだすと、エンモーンが追いかけた。
「お前ごときが私に歯向かうのか。タロースの鎧がなければフニャフニャの弱小ヤドカリ族のくせに!」
思いっきりバカにしているが、ザイン・レイは相手にしていない。
「ハアアアア!」
大剣を上段に構えて、ザイン・レイがエンモーンに向かった。
「この扇で吹き飛ばしてくれる!」
翼を広げ、扇を振るために胸を開けたエンモーンに、ジュークフリードは忍びの術で下から近づいた。
エンモーンは、ザイン・レイに気を取られて近づくジュークフリードに全く気づかない。
(この隙に!)
剣でバックルの宝石を打ち砕いた。
「なんだと! お前、いつの間に!」
エンモーンが気づいたときには、宝石にピシピシとヒビが入り、ジュークフリードは上空へ逃げていた。
「ウワアアア!」
壊された宝石にエンモーンが絶叫する。
「グロデヒムド様!」
宝石が砕け散るとともに、エンモーンの体が結晶化して崩れた。
その砂礫が風に乗って飛ばされていく。
「うわ! 吃驚した!」
これで勝負がつくとは思っていなかったジュークフリードだったので、ものすごく驚いた。
虫モンスターを倒した皆が集まってきて、口々に褒め称えてくれた。
「やったじゃないか! ジュークフリード!」
「エンモーンの弱点に気づくとは、さすがだ!」
「凄いわ! ジュークフリード!」
「音もなく忍び寄って、全然、気づかれなかったな!」
「忍術が役立ったよ」
一番ビックリしているのは、ジュークフリード自身だ。
あまりに綺麗だったから大事なものだろうと思って狙っただけだったのに、倒せてしまったのだから。
ブローノが説明した。
「あれがエンモーンの弱点だ」
「あれが?」
「そうだ。魔王が造り出したモンスターには、個体維持のための中枢器官が必ずある」
「人間で例えるなら、呼吸を司る脳幹とか、そんな感じ?」
「そうだ。重要器官だ。自分の弱点を隠さず外に出していたなんて、よほど己に自信があったのだろうな。『奢れる者は敗れ去るのみ』 勇者ハイドサクルも、そんな言葉を残していた」
空は澄んで爽やかな風が吹いている。
「空も地上も邪魔がいなくなって、これで魔王城に入れる」
上から見ても、魔王城はとてつもなく大きい複雑と分かる。やみくもに歩いても、消耗するだけ。
ジュークフリードはシフォンヌに命じた。
「リンドの居場所を探してくれ」
「お待ちを」
シフォンヌが風に乗って姿を消した。
待ちながら、ジュークフリードはザイン・レイに聞いた。
「ザイン・レイ、君は魔王城の内部を知っているんだよね?」
「ああ! 案内は任せておけ!」
視察を終えたシフォンヌが戻ってきたが、ガタガタと震えている。
エアリシアが、その様子にとても心配した。
「大丈夫?」
「ありがとう」
「中で何かあったの?」
「順番に話しますね」
シフォンヌは、中であったことをゆっくりと話し出した。
「リンドの姿だけど、どこにも見当たりませんでした」
「拷問部屋にも?」
「はい。ただ、私では入れない場所がありました。そこかもしれません」
ザイン・レイが聞いた。
「そこの前に橋が架かっていなかった?」
「架かっていました。その先に大扉がありました」
「そこが魔王の間だ」
建物の中に橋があることが、不思議に感じる。
シフォンヌは顔面蒼白で言った。
「私、橋を渡ることができませんでした……。とても恐ろしくて……」
それで震えているのかと分かった。
「ザイン・レイ、魔王城の中に橋があるのか?」
「魔王の間の前には、奈落に通じる穴がある。そこには、一本だけ橋が架かっている。許可なく渡ると殺される。その部屋に入っただけでも、恐怖で精神がやられると言われている」
「そんな……」
その恐怖を乗り越えられるか、ジュークフリードは心配になってきた。
「その橋以外からはいけないのかな?」
「入り口は一か所だけ。空を飛んで橋以外の上を通ろうとすると、無数の触手が奈落から出てきて引きずり込まれる。それを振り払うことはとても難しい」
「触手!?」
「橋の上にいれば触手は手を出せない。向こう側に渡る唯一の方法は、橋を歩くしかない」
ブローノが思い出したように言った。
「そのことを知らなかった勇者ハイドサクルが、一旦は触手に捕まってしまったが、抜け出すことに成功したと聞いている」
「抜け出す手段があるのか。それが分かれば保険になるな」
「どんな手段を使ったかまでは伝わっていない」
一番大事なところを分からないなんて、とても残念だ。
「リンドはそこにいるに違いない。フェルニナーがいなくなったから、魔王から直接拷問されているんだ」
ジュークフリードは、リンドの身を案じた。
「シフォンヌ、そこまで案内してくれ」
しかし、シフォンヌはとても怯えていて、とても先陣切って進めそうにない。
「シフォンヌ……。無理そう?」
「え、ええ……。私……、もう無理かも」
ミドゴイルがシフォンヌの様子を見て言った。
「シフォンヌの限界がきている。休ませた方がいい」
「その方がよさそうだな。シフォンヌ、今までよく頑張ってくれた。ここで、休んでいてくれ」
シフォンヌをパーティーから離脱させた。
禍々しいドアを押し開けて、魔王城に忍び込む。
今回は、最強の武器と防具があるからゼリー化しない。
ザイン・レイもゾンビアーマーにならず、そのままで侵入することにした。
「ここから先は魔物もたくさん出てくるから、はぐれないように」
「分かった」
ジュークフリードたちは、出くわす魔物と戦いながら進んだ。
タロース、ゾンビ、ネズミモンスター、スライムモンスター。
嘆きの岩に気づかれても、ミドゴイルが石化して動きを止めて、ブローノが大斧で破壊するという連携プレーで立ち向かえばやられない。
シフォンヌがいないので、魔法の回復役がエアリシア一人しかいない。
弱音を吐くことなく、エアリシアは皆のために魔法を使った。
「魔王の間に到達する前に、最後の側近ヤンベリーが出てくるはずだ」
「ヤンベリーには、聞きたいことがある」
「毒カプセルのことか?」
「そうだ」
「ヤンベリーはSランク。毒の秘密を漏らすはずがない。コツツメツマは諦めろ。それより、リンドの救出と魔王退治を優先した方がいい」
「もちろん、リンド救出が最優先だけど……」
「ジュークフリード、まだ諦めないんだな」
「ああ。そうだ」
ジュークフリードは、コツツメツマを見捨てるつもりはない。
「ブローノ。俺は職業訓練校で、『勇者は皆の幸福を守るために戦う』と学んだ。己より他者を優先するのが勇者だと。そうだよね?」
「そうだ」
ザイン・レイは反論した。
「それに敵は含まれていないだろう。コツツメツマは敵だ」
「いや、コツツメツマだって、元は我々と同じハイドサクルの住民。魔王に騙されているだけだ。何が正しいのか今はまだ分からなくても、いつか間違った道を歩いていたと気がつくはずだ」
ジュークフリードの熱意に、ザイン・レイがようやく折れた。
「分かった。コツツメツマを助ける方法も探そう。ヤンベリーが素直に教えてくれるとはとても思えないが」
ブローノは、とても感心した。
「あの、最低点を取り続けた落ちこぼれ寸前が、よくここまで立派に成長したものだ」
「うわ!」
エアリシアの前で成績をばらされた。
「そうなの? ジュークフリード。落ちこぼれって?」
エアリシアは信じられないように驚いている。
「落ちこぼれじゃなくて、落ちこぼれ寸前だから!」
エアリシアに言い訳し、ブローノに慌てて抗議した。
「そこは内緒でお願いします!」
「ああ、すまん。あまりに感心したんで、つい口に出てしまった」
(だからって、ばらすなよ)
エアリシアの前で、もう恰好付けられない。
ジュークフリードは、元気をなくして歩いた。
魔王城を歩くジュークフリードたちのうしろを、カククスが忍び足でついていく。
「しめしめ。あいつら間抜けだから、俺に気づけないでやがる」
カククスは、必死に笑いを堪える。
ジュークフリードたちが魔物を退治しながら進んでいくから、楽に歩いて行ける。
「このまま魔王様のところに連れて行ってもらおう。どうせやつらは全滅させられるだろう。そうなったら俺は魔王様の前に行き、忠誠を誓う。そして、魔王軍の幹部に取り立てられる。そうなればやりたい放題だ」
カククスは、贅沢三昧の未来を想像して涎を垂らした。
「俺様には、コツツメツマから奪った勲章がある。これさえあれば怖いものなしだ」
カククスは、胸につけた勲章を撫でて感触を確かめた。
「これさえあれば、思うがままだ」
これを付けていると、魔王軍の魔物に襲われない。
だが、正式に取り立ててもらえなければ、金も名誉も手に入らない。
「俺は、警備兵なんてまっぴらごめんだ。魔王様の財宝を管理する役目がいいな。その金をちょいと拝借して楽しむんだ」
財宝管理が一番楽でおいしい目に遭えそうな仕事だと、すでに目をつけている。
「あいつもバカだなあ」
カククスは、ジュークフリードをバカにした。
「勇者なんて、何にも楽しくない。くだらない民衆のために自分の命を賭けて、痛い思いや苦しい思いをして、王からほんのちょっと褒められるだけ。魔王様が王を殺してこの世界を隅々まで支配する日が来れば、勇者なんて何の価値もなくなるのに。あー、勇者道なんて、虫唾が走ったよ」
カククスは、「フェッフェッフェッ」と、小さく笑いながらついていく。
ジュークフリードを先頭に角を曲がると、コウモリモンスターが飛んできて、顔面にビシャッと液体を掛けられた。その臭いを思いっきり吸い込んでしまった。
「臭い!」
これはたまらないと慌てて顔を拭くが、視界が歪んで足元が揺れ、立っていられなくなった。
「ウ……、急に、なんだ?」
固く目を閉じた後、目を開けると魔王城ではなく。見覚えのある部屋にいる。
「ここは……、俺の部屋?」
転生する前の鈴木晴雄の部屋にいる。
小学校入学から使っている子ども部屋。
傷だらけの学習机。ハンガーポール。衣装ケース。本棚には漫画にDVD、フィギュア。
カバーが破れて中の綿が飛び出している、せんべい布団の万年床。
掛け布団の絵柄はプロペラ機だ。
PCやらカメラやらが机に置かれている。
一時期、ネット配信で稼いでみようと買い揃えた。
結局、数回配信しただけで面倒になってやめた。
決して、一桁の再生数に心が折れたからじゃない。
「俺、何をしていたんだっけ?」
部屋を見ているうちに、何をするところだったか忘れた。
「ああ、そうだ。ハローワークに行って帰ってきて、寝ようと思ったんだ……」
それは、いつものこと。
ハローワークに行った後は、お袋に夕飯だと起こされるまで寝る。
「そうだ……。もう、寝よう」
お袋が天日干ししてくれたのか、布団がふかふかしていて寝れば気持ちが良さそうだ。
晴雄は布団に飛び込んだ。
「ああ、気持ちいい……。俺の相棒よ……」
寝ながら考えた。
「異世界に転生したような気がしていたけど、全部、夢だったんだな。ハハハ……。俺が勇者なんかになるはずがないや」
全ては、夢。
自分が死んだことも、アンジェリカ・ジェリカも、エアリシアも、異世界ハローワークも職業訓練校の勇者コースも、魔王も、リンドも……。
「良かった。俺、死んでなかったんだ。ああ、眠い……」
安心したら眠くなった。
布団が体を包み込み、使い慣れた枕に頭を乗せれば、あっという間に寝落ちする。
『ジュークフリード……』
夢の中で誰かが呼んでいる。
(ジュークフリードって、誰のこと?)
いろんな記憶が断片的でまとまらない。
『早く起きて……』
「もう、メシ?」
『ジュークフリード……。起きるのよ……』
お袋にしては若い声。
一生懸命に自分を起こそうとしていることはわかるが、どうしても目が明かない。
「もう少し、寝かせてくれ……」
今度は、聞き覚えのある声がした。
『晴雄、また昼間から寝ているのね。あんたは小さいころからよく寝る子だった。いいのよ。いつまでも寝ていなさい』
いつになく優しいお袋の声。
今までこんなに優しい言葉を言われたことがない。
いつだって、『早く起きなさい』、『遅刻するでしょ』、『今日は休みじゃないでしょ?』と小言ばかり。
「ずっと寝ていても叱られないなんて、幸せだ……」
また、若い声がした。
『早く起きないと、殺されるわよ』
「殺される? 誰に?」
『これは、魔王の呪術。早く起きないと、永遠に目が覚めなくなる』
「魔王? へえ。まだその設定が続いてるんだ」
異世界は空想の世界。
魔王なんて、この世にいない。
勇者もいない。
エルフも。妖精も……。
気持ちよく寝ていると、足の裏が猛烈にくすぐったくなった。
「ウヘヘヘヘ、誰だよ。やめろ」
ようやく意識がはっきりする。
「あれ? ここはどこ?」
エアリシアが心配そうにみている。
「やっと気が付いた。もう、起きないかと心配したわよ」
ジュークフリードの足裏を、ザイン・レイとミドゴイルがくすぐっている。
「うわ! 何をしてるんだ!」
「魔王の罠に掛かって催眠状態になったから、起こしたんだよ」
ジュークフリードが周囲を見渡すと、ここは魔王城の廊下だ。
足元にコウモリモンスターが落ちている。
「あ、魔王の術にやられたのか」
「幸せそうな顔で寝ていたわよ。何の夢を見ていたの?」
「ここに来る前の自分の部屋に帰っていた」
とても懐かしく、そのまま寝ていたかった。
「ジュークフリードは、そこに帰りたいの?」
エアリシアが寂しそうに聞いてくる。
「いや、もう、戻れないことはわかっている。ちょっとした郷愁ってやつさ。今、俺の居場所はハイドサクルだ」
戻ったところで、黒歴史に埋もれてニートになるだけで、異世界の方が充実している。
ブローノが説明した。
「魔王は、恐怖のほかにも、色欲、郷愁など、心の弱いところを利用して戦意を失わせる。これもその一つだ」
「いわゆる精神攻撃ってやつだな。俺の記憶を具現化するなんて、魔王は恐ろしい術をもっている……。危うく、魔王までたどり着く前に戦線離脱するところだった。魔王の呪術って強力なんだな」
お袋の声も罠。それでも、久々に聞いて懐かしかった。
ただ、本物はあんなに優しい言葉を掛けてくれない。そこで疑うべきだったのだろう。
「魔王城全体に仕掛けがあるのだろう。仲間がいなければ、今のように取り込まれて戻ってこられなくなる」
仲間たちに起こされなければ、永遠に寝ていたということだ。
「魔王に踊らされていては、勝ち目はない。皆、気をしっかり持って行こう! 誘惑があっても相手にしないように」
自分が一番あぶなっかしいけど、仲間に不安を与えないようにすることも大事。
再び、歩きだした。
ザイン・レイが分かれ道で皆を引き留めた。
「ちょっと、待って」
「どうした?」
「この先に食糧庫がある。腹も減ったんで、少し寄っていかないか」
「確かに腹は減ったが……」
緊張していて忘れているが、言われてみると腹が減って喉も渇いている。
「腹が減ると力が出なくなる。力が出ないと心が弱る。心が弱ると魔王の術にかかりやすくなる」
「なるほど。一理ある」
さっき自分だけが騙されたのは、腹が減っていたせいかもしれない。
「じゃあ、寄り道して行こう。無理はよくないからな」
ザイン・レイの後ろをついていくと、ドアの前で止まった。
「この部屋だ」
安易に入ろうとするザイン・レイを慌てて止めた。
「いや、待て。中に手下がいるんじゃないか?」
「ここは大丈夫」
「どうして?」
「ここを任されている料理人は友人だ」
ドアを開けると、コック姿のナマズ男が肉切り包丁を手に立っていた。
「誰だ?」
「ナマオ。ザイン・レイだ」
ナマオと呼ばれたナマズ男の口ひげが、ピクピクと動いている。
「ザイン・レイか。お前、ここを追われたんじゃなかったのか?」
「追われたさ。それで戻ってきたんだ」
「見つかると殺されるぞ」
「ちょっとでいい。分けてくれないか」
ナマオは、勇者一行を見て、一緒にいたらまずいと思ったのか、「しまった、足りないものがあった。仕入れてこなきゃならねえな。ここはしばらく無人になるが、ちょっと行ってくるか」と、出ていった。
「気を遣わせたようだな」
「いい奴だな」
「俺のつまみ食いを、いつも見逃してくれたよ」
友人の気遣いに感謝して、食べられそうなものを物色した。
棚にたくさんの食料や樽が置かれている。
喉を潤したいジュークフリードは、樽に目を付けた。
近くのグラスを手に取り、樽のコルク栓を抜くと赤い液体が出てきた。
多分、赤ワインだろうと思った。
「景気づけとして、飲ませてもらおう」
グイっと飲むと鉄の味がした。
「それは、牛の血だよ」
「ブハッ」
口から吐き出した。
「樽に牛の絵が描かれているだろ? 吸血モンスター用だ」
ジュークフリードは、口から真っ赤な血を滴らせて叫んだ。
「な、なんてものを置いているんだ!」
ブローノが言った。
「こっちの肉の塊は人間かな」
「に、人間!?」
「人間を捕まえては、こうして保存食にしてしまうんだ」
大きな肌色の肉塊が、頭と手足のない人間の胴体に見えた。
「人間だけじゃなく、亜人やモンスターも捕食対象。こうはなりたくないよな」
「やめてくれ!」
このホラーな状況に、ジュークフリードは正気を保つのがやっとだ。
「一体どうやって手に入れるんだ」
「狩りをする種族が、どこから捕まえてくるんだ。もし山の中や草原でオーガ族がいたら気を付けたほうがいい。食肉が目当てだからな」
ジュークフリードは、初めてこの異世界に来た時のことを思い出した。
オーガ族に捕まりそうになった。
あそこでエアリシアに助けられなかったら、こうなっていたのかもしれないと思った途端、身の毛がよだち吐きそうになった。
「ウゲエエ……」
空腹がどこかにすっとんでいったジュークフリードは、口を押えて膝を床につけた。
もし餓死しそうだとしても、これは絶対に口にできない。
見かねたザイン・レイが教えてくれた。
「それは豚だ。人間じゃない」
「え?」
そういわれると、豚に見えてくる。
いや、よくみれば豚だった。
ジュークフリードは、ホッとした。
「食べられそうなものを探そうよ」
ザイン・レイは棚を見渡して、「これならすぐ食べられる」と、タイヤのような白い塊を取った。
「これは?」
「人魚のミルクからつくられたチーズ」
「人魚のミルク? つまり、人魚のおっぱい……」
若い人魚のおっぱいを搾って出たミルクで作ったチーズ。
それなら、なんとか食べられそうだ。
「しかし、大きいな。人魚ってのは、そんなにミルクを出すのか?」
「人魚の中でも、大型タイプから搾乳されている」
「大型タイプ?」
体が大型なのか? それとも、乳房が大型なのか?
「人魚の肉は、食べれば八百年寿命が延びるといわれるぐらいの栄養がある。当然、人魚のミルクも栄養価が高い。生乳があれば水分もとれて良かったが、あいにくなさそうだ」
「な、生乳!?」
(さっきから、最強ワードが出まくっているんだけど!)
誰も特別反応しないから、一人で興奮している自分がバカみたいで恥ずかしいとジュークフリードは思った。
「これにしよう」
ナイフでチーズを切り出し、皆で食べた。
思った以上に、美味だった。
「なんか、元気が出た気がするなあ」
水分も多少は含まれていて、飲み物がなくても大丈夫だ。
「貴重な食料だ。貰っていこう」
ザイン・レイは、腰袋に人魚チーズを入れられるだけ入れた。
それからも、出くわす魔物たちを倒しながら城内を進んでいく。
「なあ、ザイン・レイ」
「なんだ?」
「魔王があそこまでリンドに執着していることは予想外だったよ。魔王というのは、そもそも、どんな奴なんだ? なぜこの世界に存在し、倒しても復活するんだ?」
「魔王は、一人一人の憎悪や嫉妬、邪念が生み出した悪意の塊だ。民衆に悪意や欲がある限り、倒しても甦る」
「そんな……。では、倒すにはどうすればいいんだ?」
「正しき剣で叩き切る。正しき剣とは、邪念なき勇者の心で操る刃のこと」
「邪念なき勇者の心……」
魔王を倒して有名になりたいとか、お金持ちになりたいとか、女の子にちやほやされたいとか。そんな邪念だらけで切りつけても、ダメージを与えられないということか。
「だから、勇者は尊敬されるんだ。なろうと思ってもなかなか難しい。ほとんどのモンスターは目指す前に諦めている」
「そうだったんだ」
クラスメイトたちがあまりに邪念だらけだったから、そんなことまで考えたことはなかった。
(それに、自分も自慢できるほど純粋ではない)
元ダメクズヒキニートだし、それなりに怠惰で、欲だってある。
楽して生きたいとばかり考えていた。
勇者を目指したのも、エアリシアに好かれたかったからで、ハイドサクルのためになろうとしたわけじゃない。
「今は、違うんだろ?」
「え?」
また心を読まれたと驚いていると、「ジュークフリードは、全部顔に出ているんだよ」と、クスクス笑われた。
顔に出てしまうのなら、ザイン・レイのように兜で顔を覆うかなと、ジュークフリードは考えた。
「自分はダメな奴だといつも考えていただろ。でも、今は違う。コツツメツマを殺そうとしなかった。勇気があるということだ」
「そんなことぐらいでいいのか?」
さっきも、人魚の生乳に興奮している。そんな奴に勇者の資格があるのだろうか。
ブローノが言った。
「研ぎ澄まされた一念をもって、刻む太刀筋が魔王を倒す。魔王と対峙したら、怯むな、たじろぐな。明鏡止水の境地に立つんだ」
ミドゴイルも言った。
「純粋に魔王を倒す心のみでいい。それをいかに魔王の前で出し切るか。そこが倒せるか倒せないかの分かれ道だ」
エアリシアも励ましてくれた。
「ジュークフリード、あなたならできる」
「エアリシア、皆……」
背中にある勇者の剣が輝いた。
キラキラと、虹色のオーラを放っている。
「勇者の剣がこんなに輝いて……」
「正当な持ち主だと認めたんだ。ほら! 鎧兜も、ダイヤをちりばめたように輝いている!」
勇者の鎧から七色の光が出ているのが、壁や通路の反射で見えた。
「綺麗……」
エアリシアがうっとりと見つめている。鎧兜と剣を。
(できれば、俺自身を見つめてもらいたいんだが……)
「今の気持ちを忘れなければ、魔王を倒せる」
「皆……。ありがとう……」
皆の期待を受けて、ジュークフリードは魔王を倒すと改めて心に誓った。




