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第十三話 地の門番コツツメツマ

 丘の頂に魔王城。

 その前の森を抜ける勇者一行は、時折遭遇する魔王軍のザコ魔物を倒しながら進んでいく。

 ブローノが声を掛けた。

「森を抜けると魔王の射程距離内に入る。心して行こう」

「エンモーンが出てこないな」

「あいつは空の門番で、地上は担当外なんだろう。それに森の中はあいつに不利。出てくるとしたら森を抜けてからだろう」

「じゃあ、地上担当は?」

「コツツメツマ。エンモーンと同じくAランクの側近だ」

「エンモーンと同じAランクか。厄介だな」

 上からも下からも簡単には入らせてくれない。

「どんな奴なんだ? コツメカワウソってのは?」

「コツツメツマだ。カワウソモンスター」

 あながち外れでもなかった。

「カワウソモンスター? へえ、魔王の側近って、美形の人間タイプだけじゃないんだ」

「コツツメツマは、魔王が生み出した魔物じゃない。魔王に気に入られて門番を任されている、ケモノモンスターの出世頭といってもいい。水中も自由自在に行動できる。魔王城は、川を利用した深い堀で囲まれている。魔王にとって都合がいいんだろ」

「なるほど。そういう奴もいるんだな」

 話しているうちに川があった。

 ジュークフリードは、喉の渇きを覚えた。

「喉が渇いたなあ。この川の水って飲める?」

「いや、やめた方がいい。魔王城の下水も混ざっている」

「そうか。残念」

「いいアイテムがあるわ」

 シフォンヌが、上下に穴の開いたヒョウタンを取り出した。

「これに汲んだ水は、ろ過して飲めるようになるの」

 屈んで川の水をヒョウタンの上の穴から汲んだ。

「はい。どうぞ。下の栓を抜いて飲むのよ」

「ありがとう」

 ジュークフリードは、シフォンヌからヒョウタンを受け取ると上を向き、下から出てくる水を飲んだ。

 渇いた喉が一気に潤う。

「あー、うめー!」

 干からびた体がたちまち生気を取り戻す。

「次、飲ませてくれ」「私にも」

 他の者も喉が渇いていたので、順番にヒョウタンを回して飲んだ。

 すると、逃げたはずのカククスがいつの間にか戻ってきて羨ましそうに見ている。

「お、俺にも……、飲ませてもらないだろうか……。喉が、カラカラなんだ……」

「いや、お前、何にも協力していないから疲れていないだろ。魔物が出れば真っ先に隠れて。そもそも、付いてくるなと言ったはずだ」

 突き放そうとしたが、カククスの唇は真っ白で本当に水が足りなそうに見える。

「全身、カサカサだ。干からびて死ぬかも……」

「大げさだな」

 鬱陶しいことこの上ないが、見ていると、本当に苦しそう。

 ジュークフリードは、皆に聞いた。

「なあ、飲ませてもいいだろうか?」

「隙を見せると、もっとしつこく付いてくるぞ」

「ここで、こいつが倒れても気分が悪いし……」

「まあ、気持ちは分かるが……」

 特に反対するものもいなかったので、カククスにヒョウタンを渡した。

「飲んだら、返せよ」

「助かる……」

 グビグビと水を飲み干した。

「あー、うまかった!」

「さっさと返せ」

 ジュークフリードは、カククスの手からヒョウタンを取り返すと、シフォンヌに返した。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「さ、元気も出たし、行こうか」

 カククスも付いてくるが、今度はとても近いところを歩いている。

 まるで同じパーティーのように。

(図々しい。なんで、あんな奴を助けてしまったのか)

 仏心を出してしまう自分にも嫌気がさす。


「ジュークフリード! あそこを見ろ」

 ザイン・レイの指す方向に、カワウソモンスターがいた。

 二足歩行で鎧姿。腰には剣をぶら下げている。

「まさか、あれが?」

「魔王の側近コツツメツマだ!」

 コツツメツマは頭がカワウソだ。

 つぶらな瞳。

 小さい鼻。

 小さい耳。

 口角が上がった、笑ったような口元。

 凶暴さからはとてもかけ離れている容貌。

「なんというか、思ったより愛くるしい顔だな」

「見た目に騙されるな。あれは猛獣だ」

「そうなの?」

 魔王の側近なのだからそうかもしれないが、まだ実感できない。

 ブローノたちも集まってきた。

「もう、出たか。地上の門番」

 コツツメツマもこちらに気づいた。

「魔王グロデヒムド様の名に賭けて、ここを通すわけにはいかぬ!」

「総力戦なら倒せる!」

「いくでえ!」

 ジュークフリードは、交戦一歩手前の皆を慌てて止めた。

「待ってくれ!」

「え?」

「戦わねえのか?」

「あいつを倒さないと、リンドを救いに行けないぞ」

「その前に、確かめたいことがある」

 ジュークフリードは、コツツメツマに問いかけた。

「魔王の手下になった理由を聞かせて欲しい」

「なんだと?」

 戦わずに質問してきたことに、コツツメツマは驚いている。

「そんなことを聞いてどうする」

「単純に興味が湧いた。ほかの側近は魔王が生み出したと聞いた。君は普通に両親の元で生まれ育ったんだろ?」

「そうだ」

「それなのにハイドサクルに不幸をもたらす魔王の手下になぜなったのかなって」

「それは、魔王様がとても素晴らしい超能力をお持ちだからだ。私も魔王様のようになりたい。それに、魔王様はハイドサクルを繁栄させたいと思っている。それに協力したいんだ」

「ハイドサクルは、魔王がいなくても充分に繁栄しているよ」

「そんなことはない。今のハイドサクルは腐敗している。この世を正すためには、一度滅ぼす必要がある。そして、魔王様の下で新たな世界をつくるんだ」

「ははあ、なるほど……」

 それなりに考えた結果ということだ。

「お前も入るか? 魔王様の仲間に」

「いや、俺は入らないよ」

「断るのか? これから、魔王様の世の中になるんだぞ。魔王様を信じないものは苦渋に満ちた死を迎える。その時後悔しても遅いぞ」

「へえ」

 ジュークフリードは、頭をかいた。

「信じないのか」

「まあね」

「もったいない」

「じゃあ、自分のやっていることは、ハイドサクルのためだと思っているんだね?」

「思っている。もっとも、魔王様が世界を制したら、名前はハイドサクルじゃなくなるだろう。この世界は魔王様の名前になる!」

「そのためなら、死んでもいいの?」

「死ぬ気はない。死ぬのはお前らだ。お前らのようなクズを排除するのが私の使命」

「クズじゃない。皆、立派なハイドサクルの住民たちだ」

「ハイドサクルの民なぞ、くだらぬ愚か者ばかりだ」

 住民たちは、誰もが一生懸命に生きているとジュークフリードは知っている。

 自分の生活を大切にしつつ、隣近所と仲良くしている。

 魔王の恐怖が支配する世界には、永遠に繁栄など訪れない。

「魔王の支配するハイドサクルが幸せな国になるとはとても思えない。君は騙されている。なあ、コツツメツマよ。魔王を倒して、ハイドサクルに真の平和を取り戻さないか?」

「バカを言うな」

 ザイン・レイがジュークフリードの肩に手を置いた。

「ジュークフリード、もうやめろ。これ以上は時間の無駄だ」

「彼と戦いたくないんだ」

「君は、優しい。カククスに水をやったし、なんだかんだで、見捨てない。でも、あいつには非情になれ。死ぬ以外、魔王の手下を辞める方法はない。もう、手遅れなんだよ」

 コツツメツマは、勇者パーティーに囲まれても堂々としている。

「私が魔王様を裏切ることなど決してない。死ぬのはお前らだ」

「な、分かっただろ? あいつは、ガッチガチに洗脳されている。変な温情を掛けてはいけない。戦って、あいつを倒すしか前に進めないんだ」

「しかし……」

 しびれを切らしたコツツメツマは、身構えた。

「いつまでもグダグダ喋ってんじゃねえ。行くぞ!」

「分かったよ……」

 ジュークフリードは、渋々、剣を抜いた。

「では、勝負だ!」

「こい!」

「ウオオオオオ!」

 ジュークフリードは、雄叫びを上げたが、クルリと背を向けて必死に逃げだした。

 本人以外は何が起こったのか分からず固まっている。

「え? どこへ?」

「ジュークフリード? どこに向かっているんだ!」

「皆、早く! 逃げるぞ!」

「お、おい、ジュークフリード!」

「ちょ、ちょっと待って!」

 ジュークフリードのあとを、全員が追った。

「なんだ? 戦わないのか? 俺様に恐れをなしたか。無様な勇者だな」

 コツツメツマは、泰然として勇者パーティーを見送った。


 しばらく走って逃げると、ジュークフリードは止まった。

「ハアハア。もう追ってこないようだな」

 追いついた仲間たちも息が荒い。

「ハアハア……。呆れたんだろ。敵前逃亡する勇者なんて、聞いたことないから」

 ブローノに叱られた。

「なぜ戦わない! この人数なら勝てたのに!」

「あそこで無理して戦わなくてもいいかと思ってさ」

「どういうことだ?」

 ザイン・レイが不満そうなブローノのために、ジュークフリードに言った。

「戦いを回避して、助けたかったんだろ? コツツメツマを」

「見破られたか」

「分かるさ。あれだけ会話を聞かされたら」

「あいつは本当はいい奴だ。ただ、信じる相手を間違えただけなんだ。だから、目を覚まさせて仲間にできないかなって思ってさ」

「さっきも言ったけど。それは、絶対に無理だ」

「どうして?」

「彼のような普通モンスターの場合、裏切らないように体内に毒を入れられている。裏切れば、その毒が全身を回ってこの世で一番苦しい死に方で死ぬんだ。残酷な死刑ということだ」

「毒? 本当に?」

「魔王城で何度も見てきたよ。普通モンスターは、忠誠を誓っても背中に毒カプセルを埋め込まれる。城から逃亡する途中に、毒で死ぬのを見たこともある。のたうち回って目をむいて泡を吹き、全身の力が抜けて息ができなくなり、心臓が止まる。その間、他の魔物たちにいたぶられる」

「君は、それを埋め込まれていないんだね」

「僕は魔王の手下じゃないし、僕のことをタロースだと思っていたから、埋められていない。自動人形に毒は効かないのでね」

「本人は知っているのか?」

「忠誠の証として聞かされているから、喜んで入れるんだよ」

「完全に騙されているじゃないか。ますます、気の毒だ」

「毒を中和する方法はない。魔王を倒しても毒は消えない」

「毒って、誰が埋め込むの?」

「側近Sランクのヤンベリーだ」

「毒カプセルが壊れるタイミングは?」

「それもヤンベリーが操作している」

「じゃあ、ヤンベリーなら毒カプセルを取り出せるか、毒消しの方法を知っているんじゃないか?」

「そうだとしても、どうやってヤンベリーから聞き出すんだ? ヤンベリーは、魔王のそばで常に控えている。呼び出して脅すこともできないよ。それに、とても強い。倒しても、毒は消えないだろう」

「なんとかできないかな……」

 ザイン・レイは、悩むジュークフリードにため息を吐くと意見を変えた。

「そこまで言うのなら、分かったよ。あいつを死なせなきゃいいんだろ?」

「ああ」

「戦っても、とどめを刺さない。それで行こう。皆もいいよね?」

「いいよ」

「そうしよう」

 ザイン・レイの提案に反対するものはいなかった。

「すまない……。俺のわがままを通してもらって」

 エアリシアが褒めた。

「それが、ジュークフリードなのよね」

「エアリシア」

「ジュークフリードは、とても優しい勇者だわ」

「いやあ……」

 エアリシアには、ジュークフリードが右も左も分からない異世界に来て、最初に助けてもらって、そのあともずっと助けてもらって。

 エアリシアのために職業訓練校に通った。

 魔王と戦うのは、リンドを助けるためだけど、ハイドサクルのためでもあって、それはエアリシアとの生活を守るためでもある。

 そのエアリシアに理解してもらえることが、何よりも嬉しく励みとなる。

「じゃあ、行こう!」

 ジュークフリードたちが再び戻ると、川の中からコツツメツマが現れた。

「敵前逃亡したくせに、正面から来るんだな」

 手下の魔物たちを自分の周囲に配備している。

 ブローノが心配した。

「時間を与えてしまったから、向こうの体制も整ってしまったようだな」

「ザコたちは皆に任せた。俺とシフォンヌでコツツメツマと戦う。シフォンヌ!」

「分かりました!」

「他は任せろ!」

 一斉に立ち向かった。

 ジュークフリードは、シフォンヌに命じた。

「コツツメツマの周囲に強力な竜巻を起こしてくれ!」

「承知しました。ダウンバーストFスリー!!」

 台風並みの強風がコツツメツマを襲った。

「ク! 動けん!」

 コツツメツマは、身動きとれない。

 飛ばされないように踏ん張るのがやっとだ。

「シフォンヌ! タイミングよく術を解くんだ!」

 ジュークフリードが切りつけるタイミングでシフォンヌは術を解いた。

「切りつけると見せかけて! 放たれろ! 怒破雷斬剣(サンダー剣)!」

 勇者の剣から放たれた電撃がコツツメツマを襲った。

 スパークする体。

「グワアア!」

 体が濡れていたために、より威力の増した電気ショックでコツツメツマは失神した。

「やったか? ジュークフリード」

 ザイン・レイが駆け寄った。

 雑魚魔物たちも、ザイン・レイたちによって倒されている。

「こいつの身体が濡れていたことで、電撃効果も大きかったようだ」

 コツツメツマが死んでいないことを確かめた。

「今のうちに、縛り上げとこう」

 エアリシアが蔦を魔法で動かすと、するするとコツツメツマの身体に巻き付き、きつく縛り上げた。

「魔王との闘いが終わるまで、こうしておこう」

 コツツメツマの身体を高い木の枝から吊るす。

「これで魔王城に入れるな」

 コツツメツマが意識を取り戻し、縛られて吊るされていることに気づいた。

「なんたる屈辱。勇者よ、私の心臓をその剣で貫き、とどめを刺すがいい!」

「そんなことはしない。殺す必要がないからな」

「なんだと? フッ、舐められたものだな」

 コツツメツマは、自分を恐れないから殺さないのだと考えた。

「違う。俺はあんたがそんなに悪い奴とは思えないからだ」

「なんだと?」

 コツツメツマは小さな瞳を見開いた。

「本当は、止むにやまれぬ理由があるんじゃないかと思ってね」

「甘いな」

「どうとでも言え。これが俺のやり方だ」

 アンジェリカ・ジェリカの求める勇者像が、きっとそういうことなんじゃないかとジュークフリードなりに考えた結果だ。

 どれだけ甘いと言われようが、何も間違っていないと信じているから平気だ。


 ジュークフリードたちがいなくなると、カククスが近づいて見上げた。

「魔王様の側近だというのに、無様だな」

「なんだ、貴様」

 カククスは木を登ると、コツツメツマの胸にぶら下がる勲章をはぎ取った。

「これをもらうよ」

「返せ! それは魔王軍幹部の勲章。お前のような下賤が持てるものではない!」

「下賤だって? ハ! あんな偽勇者にやられたくせに偉そうだな。お前は魔王様の名を汚した。二度と側近だの幹部だの名乗るんじゃねえ! これは俺にふさわしい。魔王様にこの醜態を知られたくなかったら、黙って見ていろ」

「お前も魔王軍か? 見たことない顔だが、新入りか?」

「ああ、そうだ」

 カククスは、適当に話を合わせた。

「私の勲章をお前が使ったら、法規違反で処刑されるぞ」

「縛られているのに強気だな。俺がここでとどめを刺してもいいんだぞ」

「私はお前になど殺されない」

 カククスは、剣を取りだすとコツツメツマの首にその刃を当てた。

「このまま、やるぞ」

「やれるもんなら、やってみろ」

 力を込めようと思うのだが、カククスは、コツツメツマの眼力に恐怖を感じてどうしてもできない。

(クソ! 手も足も出せないのに、なんだ、この迫力。さすが、魔王の側近というところか)

 カククスは、とどめを刺すことを諦めて勲章を盗むだけにした。

「お前の勇気に免じて。命だけは助けてやるから感謝しろ。勲章は貰っていくぞ」

 カククスは、勲章を掴んだまま木を降りるとジュークフリードたちを追った。

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