第十二話 空の門番エンモーン
魔王城までまっすぐに向かうと、何かが宙に浮かんでいることに気付いた。
エキゾチックな顔立ちの、妖艶な美女が行く手をはばんでいる。
ブローノが叫んだ。
「グロデヒムドの側近Bランクのエンモーンだ!」
何重もの翼を背中に生やしたエンモーンは、まるでエンジェル。
右手には太刀、左手には派手な羽根の付いた扇子。
幾重ものドレープを作っている白いドレスに、赤い宝石の留め金を付けた金色の帯を腰に巻いている。
「これはまた、綺麗な女性だ」
綺麗ではあるが冷徹で愛のない表情。
殺すことだけを生きる目的とした死刑執行人の顔だ。
ジュークフリードに向かって叫んだ。
「よく来たな! 偽勇者よ!」
「偽勇者!?」
失礼だなと思うが、当たっているとも思う。
ジュークフリードは、ブローノに聞いた。
「フェルニナーもトーバハルも超絶美形だった。あれも、見た目は綺麗な女性だ。もしかして、最後の側近も絶世の美形とか?」
「そうだ。魔王グロデヒムドは、無類の美形好き。そのために、美形である勇者ハイドサクルに不意を突かれて敗れたとも言われている。もちろん、ハイドサクルに魔王を倒すだけの実力があってのことだ」
それゆえ、リンドを古の勇者とそっくりに造って執着しているということなのだろう。
「リンドに執着する理由がわかったよ」
エンモーンが妖しく瞳を輝かせる。
「邪魔者には消えてもらう!」
エンモーンが扇子を横に一振りすると、強風が吹いて、ブローノ、ミドゴイル、エアリシア、シフォンヌが彼方へ吹っ飛んだ。
「うわあー!」
「キャアアアアア!」
残ったのは、ジュークフリード、リンド、ザイン・レイの乗ったリントブルム。
「なんてこった!」
目にもとまらぬ速さで、いらないものだけをぶっ飛ばしたってことだ。
「風のコントロールで、飛ばすものを選択できるのか」
「またくるぞ!」
エンモーンが扇子を下から上に一振りした。
風に煽られたリントブルムがバランスを崩して、上に乗っていたリンドとザイン・レイは放り出されて落下した。
「リンド! ザイン・レイ!」
リントブルムは、いったん飛ばされたが、バランスを立て直して遠くを旋回している。
「リントブルム! 二人を助けてくれ!」
ジュークフリードがリントブルムに叫んだが、どうみても一度に二人は無理なので、ジュークフリードはザイン・レイをリントブルムに任せて、近い方のリンドに向かった。
だが、エンモーンもリンドに向かっている。
どちらが早いか競争となった。
エンモーンは、巨大な翼を畳んだ。回転しながらハヤブサ並みのスピードで一直線に進んでいく。
「リンド!」
ジュークフリードも必死に翼を動かしたが、とうてい追いつかない。
先にリンドに追いついたのはエンモーン。
扇子が膨張し、リンドの体を楽々と受け止めると包み込みこんだ。
「クソ!」
悔しいが、距離が開きすぎている。
リンドを手中に収めたエンモーンは、高らかに笑った。
「フハハハハハ! リンドを手に入れたぞ! グロデヒムド様! 今、お届け致します!」
「おい! 待て!」
エンモーンは、追うジュークフリードに太刀を向けた。
「お前のような偽物を倒すのは、片手で十分だ!」
左腕にリンドを抱え、片手持ちの太刀で倒すと宣言をするエンモーンは、自信満々だ。
「よくもバカにしたな! 俺は仮免勇者だが、偽物ではない!」
エンモーンに立ち向かおうとしたジュークフリードを、リントブルムに無事拾われたザイン・レイがやってきて止めた。
「ジュークフリード! 一人では無茶だ! 熱くなるな!」
「ザイン・レイ!」
「リンドは、死なない。飛ばされた仲間を助けてから助けにいっても遅くない」
「しかし……」
「奴とはいずれ魔王城で会うことになるよ」
ジュークフリードを倒そうと構えていたエンモーンは、全身甲冑の中がザイン・レイだと気づいた。
「ほう、なぜタロースがそいつらの仲間にいるのかと思っていたが、お前、ザイン・レイか」
ジュークフリードは、エンモーンがザイン・レイを知っていたことに驚いた。
「え? 知り合い? ということは、君って、やっぱり魔王の手下だったってこと?」
「そんな奴が魔王様の手下であるわけないだろう!」
エンモーンが激しく否定した。
「そいつらの種族は、タロースの甲冑を乗っ取るヤドカリモンスターだ。タロースだと思っていると、いつの間にか中身がすり替わって忍者のように侵入してくる厄介者だ」
「そうなんだ。つまり、それはタロースの甲冑なんだね」
「そう。これはタロースの甲冑。でも手下ではない。魔王城で生活させてもらっているだけ」
飛ばされていた仲間たちの声が聴こえた。
「オーイ!」「ジュークフリード!」
それを気づいたエンモーンは、撤退することにした。
「腹は立つが、リンドを手に入れた今、お前らの相手は後回しだ」
目にもとまらぬスピードで彼方に飛んでいった。
それを追いかけずに、ジュークフリードは仲間たちを待った。
リントブルムが「ピイイイイ! ピイイイイ!」と遠吠えをしている。
その声に呼び寄せられるように、散り散りに吹っ飛ばされた仲間たちが集まってきた。
「おーい! ここだよ!」
大きく手を振るジュークフリードとザイン・レイの元に集結した。
ブローノがリンドを探した。
「リンドの姿が見えないが?」
「それが……」
ジュークフリードは、エンモーンとの攻防を話した。
「リンドを連れ去られてしまった。最初から、あいつは彼が目的だったんだ」
「そうか。また、振出しに戻ってしまったな」
「ああ。でも、絶対に諦めない。必ず取り戻す」
エアリシアは、足に怪我をしていた。
「エアリシア、怪我をしたのか?」
「ええ。でも心配しないで。回復魔法ですぐに治せる。ただ、魔力が足りない。薬草があればいいんだけど、荷物をすべて吹き飛ばされてしまったわ」
ブローノもミドゴイルもどこか怪我している。
「私たちも、地面に叩きつけられて多少怪我している」
「油断した。まさか強風で来るとは思わなかった」
シフォンヌだけは無傷だ。
「私は、身を守る空気のクッションを作れるから衝撃には強いの」
「それって、自分以外にも使える?」
「近くにいればね。今回は、散り散りになってしまったから守れなかったけど」
シフォンヌは、残念そうだ。
ブローノが提案した。
「怪我したものもいることだし、一旦、地上に降りて作戦会議を開かないか?」
それに賛成し、地上に降りるとキャンプを張って話し合った。
エアリシアが薬草を探してくるというので、ジュークフリードも一緒に森へ入った。
「どんな草なの?」
「えーと……、あった! 回復草だわ!」
鈴のような白い花が咲いている草。
「こっちは、毒消し草よ。傷口の消毒に使える」
黄色に水玉模様の葉で毒々しい。
ジュークフリードも協力して探したので、短時間で必要量が集まった。
それをもってキャンプ地に戻る。
「薬草を集めてきたよ」
皆の怪我は、薬草と回復魔法で治った。
「もう、大丈夫ね」
ジュークフリードは、エンモーンから聞いたことをブローノとミドゴイルに説明した。
「ザイン・レイの甲冑は魔王城にいるタロースのもので、エンモーンに顔が知られていたよ。でも、仲間ではないと否定していた。これで、疑いが晴れた」
「もっと、詳しく説明してくれ」
ザイン・レイが事情を話した。
「僕らはヤドカリモンスター族。使われていない甲冑に宿る習性がある。僕は、たまたま、タロースの甲冑を借りていた」
「エンモーンは、君の顔を知っていたね」
「タロースの甲冑を借りて、しばらくの間、魔王城で暮らしていた。僕がタロースと違うのは、何か食べないとならないところ。それで、腹が減ると適当に見回りの振りをしては、食べ物を失敬させてもらっていた。食材の減りが早いと怪しまれて、捕まってしまった。その時の死刑執行人がエンモーンだった。そこで顔と名前を覚えられていたんだ」
「処刑から逃げ出せたのか?」
「ああ。僕たちの種族は体がゲル化できる。死刑執行前に拘束具を抜け出して、いろんな隙間をかいくぐって逃げ出した。また、タロースの甲冑を借りて、何食わぬ顔で魔王城に戻ったんだ」
また戻るところが物好き。
「へえー。体をゲル化できるんだ」
「そうやって、どんな甲冑にも体を合わせられるんだ」
「最初に俺を連れて行った屋敷だけど、あそこは魔王城だったのか?」
「あれは魔王城の別宅で研究所。タロースだと思われていた僕が警護を任されていた。そこで、使っていない部屋に案内した」
「じゃあ、じゃあ、やっぱり! あのケンタウロスのはく製は、クラスメイトだったケンタウロスだったんだな?」
「そうだ」
「やったのは、君なのか?」
「誘い出したのは僕だが、はく製にしたのは僕じゃない。魔王には、はく製をひたすら作って魔王に献上する役目の幹部がいる。そいつだ。名前は、セカハドマ。頭のいかれたマッド博士。はく製以外に興味がないため、僕のことも全く気付かず、ただのタロースだと思っているから都合が良かったんだ」
見つかったらはく製にされていたかもしれないと、ジュークフリードは改めて思った。
「なあ。ザイン・レイの仲間は、他にも魔王城のタロースとすり替わっているのか?」
「いるだろうね。魔王城は何かと都合がいいんだ。僕が戻ったのも食べ物はあるし、手下に紛れるし、なにより、一旦逃げ出したものが戻ってくるとは思わないだろ? だから安全だ」
「タロースと君みたいなヤドカリモンスターの区別ってつけられる?」
「タロースには感情がない。僕らにはある。もし、戦う場面になって及び腰な奴がいたら、それはタロースではないね。死の概念がないタロースは、どんな状況でも怯えることなく向かってくる。だから怖いんだ」
「もしかして、彼らを仲間にできないだろうか?」
「どうだろうか。小さな協力はしてもらえるだろうけど、魔王城の生活は快適でもあるから、その状況の変化を嫌うものには断られる。場合によっては、積極的に我々侵入者を排除するものもいるかもしれない。それは、個々の考え方次第だから」
「君は、勇者を目指したんだね」
「魔王城の借り暮らしもいいけど、毎日暇でね。勇者もいいと思ったんだ。それで、魔王城別宅の警護をしながら職業訓練校に通っていた」
ザイン・レイは、頑張り屋だ。
「では、再出発としよう」
「どうやって近づく?」
ミドゴイルが提案した。
「空ではエンモーンが待っているだろうから、魔王城の近くまで陸路で行くとしよう」
「そうだな。我々は、空中戦では不利だ」
歩いて向かった。
魔王城が遠くに見えるところまでくると、カククスが立っている。
ザイン・レイがジュークフリードに耳打ちで伝えた。
「あそこにカククスがいるぞ」
「本当だ。あのホラ吹き。何をしているんだろう」
カククスは、こちらを見ると満面の笑みで近づいてきたので寒気がした。
「やあ、勇者パーティー諸君。これから、どこへ行くのかね?」
魔王城へ向かっていると知っているくせに、すっとぼけた質問だ。
「お前は連れていかないって言ったのに、勝手に来たのか?」
「はあ? お前らに付いてきただって? 適当なことをぶっこいてんじゃねえよ! 俺は、たまたまここにいただけだ!」
急に、チンピラ風情になっている。それとも、虚勢か。
ブローノが注意した。
「こんなところで一人でいると、魔王軍に殺されるぞ。さっさと家に帰れ」
「は?」
嫌な目つきに歪んだ口元。
次の瞬間、カククスが二枚の舌を大きく出して笑い始めた。
「ケエーケッケッケッケ! ケエーケッケッケッケ!」
まるで、壊れた笑い袋のように笑っている。
その異常さにジュークフリードたちは肝が冷えた。
ザイン・レイが、笑いの止まらないカククスに聞いた。
「おい、カククス、いきなり、どうした? 何がおかしいんだ?」
「だって、魔王様に挑もうなんて、頭おかしいからさ。これが笑わずにいられるかってんだ!」
「魔王様? お前、仮にも勇者コースだろ。勇者を目指していたんじゃないか?」
「ああ、そうさ。そうだった。だがそれも、魔王グロデヒムド様が復活するまでのこと。俺は、魔王軍に入隊した。心から魔王様に仕えるために」
ブローノが呆れ返った。
「勇者をやめるのか?」
「ああ」
「じゃあ、退学だな」
「勇者になるんだから、もう、どうでもいいことだ」
「そうなると、教育支援金の支給は打ち切りだな。学校にすぐ連絡しよう。退学は本日付けでいいか?」
「え……」
お金の話になった途端、カククスは笑うのをやめて真剣に計算を始めた。
現金な奴。
「えっと、今まで受けた授業日数分は貰えるんだよね?」
「教育支援金は単位ごとに支払われることになっているが、退学時は今まで取得した単位があっても6割支給だ。あと少しで満了だったのにもったいないな」
「え? そうなるの?」
「入学時の説明資料をちゃんと読んでいなかったのか?」
「ああ!」
カククスは、ショックを受けている。
(多分、読んでいなかったな。俺も読んでいなかったけど。普通、面倒だから読まないよな)
こういう凡ミスをしないために、説明資料は隅々まで読んだ方がいい。
「教官! ちょっと、待ってください! 勇者コースをちゃんと卒業します!」
ブローノが一喝した。
「魔王軍に入隊しているなら、無職ではない! 不正受給は3倍返しだぞ!」
ブローノ教官の怒号が懐かしく感じる。
「ドヒャア!」
カククスは、情けない悲鳴を上げた。
「ウソです。魔王軍に入隊なんてしていません。願望を口にしただけです。無職です」
安い涙を流しながら醜態をさらす、金に屈服した男カククス。
ブローノは、憐みの顔を向けた。
「諦めろ。ウソはいけない。君は、学校でもたくさんウソを吐いていたな。全部、知っている」
「グヌヌ……」
カククスは悔しがった。
「覚えてろよ! 魔王様に頼んで、お前ら全員、ギッタギタにしてもらうからな!」
カククスは、分かりやすく逆切れして逃げていった。
「魔王があいつの頼みを聞くわけないだろうに」
あとで泣きを見るのは明らかにカククスなので、一行は憐みと同情すら感じた。




