第十一話 アンジェリカ・ジェリカ
ハイドサクルの記念碑に到着した。
天まで届きそうなモニュメントは、ハイドサクルの雄姿をモチーフにしているようだ。
「この中は部屋になっていて、装備品が保管されている。入ろう」
入ろうとすると、「待っていたぞ」と、赤銅色の鎧をまとった魅惑的な美女が、記念碑の後ろから出てきた。その鎧は、まるで血にまみれたような鈍い輝きを放っている。
「どなた?」
「私は、魔王グロデヒムド様の側近トーバハル」
「トーバハルだって!?」
ブローノが青ざめた。
「知っているの?」
「ああ。名前だけは。魔王グロデヒムドの側近が数名いるのだが、先ほど倒したフェルニナーがCランク。トーバハルはBランク。他に、Aランクのエンモーンとコツツメツマ、Sランクのヤンベリーがいるという」
「あれで、Cランクだったのか」
そこそこ、強かったぞ。
フェルニナーという名を聞いたトーバハルは、美しい顔をゆがませて笑った。
「ハ! あんなブサイクと比べてくれるな! 奴は拷問器具がなければ何にもできない軟弱チキン野郎! 私はBランクだが、CランクとBランクでは、天と地の差がある!」
(なんか、対抗心むき出し……)
魔王側のチームワークは悪そうだ。
「Bランクのトーバハルとやらは、ここまで、ついてきたのか?」
「Bランクと言うな! お前たちを全滅させるために、私が遣わされたのだ」
「つーと、お前を倒したら、次にAランク、その次にSランクが来るってことか」
「そうなる前に、お前らは全滅する。AにもSにも活躍の機会など与えない!」
こちらは、まだ最強装備を手に入れていない。ここで全滅の危険は大いにある。
「では、行くぞ!」
トーバハルは、ぶっとい八又の剣を振り回し、強烈な波状攻撃で向かってきた。
「エイヤアアア!」
ジュークフリードは、パーティーの仲間たちを見た。
エアリシアとシフォンヌは透明化。(あ、やっぱり) ミドゴイルは石化。(だよね) ブローノとザイン・レイは魔法バリヤ。(見るの、三度目)
ジュークフリードとリンドには防御法がない。せめて、先ほどのように攻撃を跳ね返せる体なら、なんとかなるかもしれない。
「ミドゴイル! 俺をもう一度ゼリーの体にしてくれ!」
石化中のミドゴイルに叫んだが、反応なし。
「しまった! 石化すると、耳まで聴こえなくなるのか!」
「残念だったな! お前からだ!」
トーバハルは、一番無防備なジュークフリードを狙った。
「ウワ!」
やられた! と、思ったが、リンドがジュークフリードの前に飛び出して身代わりになってくれた。刃を受けたリンドは、激しく回転するとばったりと倒れた。
「リンド! 無茶なことを!」
「これが、ホムンクルスの仕事だから……」
リンドは、気を失った。
「くそう!」
ジュークフリードは、弓矢を構えた。構えた途端、矢頭に青白い炎が宿る。
「これは?」
赤ではなく、青白い炎に戸惑った。
ブローノが説明した。
「タロースの矢は、向けた相手の弱点を自動的に突く。そのまま、射貫け!」
ジュークフリードは、思いっきり矢を放った。
「しゃらくさい!」
ビュンと飛んだ矢を、トーバハルは当たる前に剣で叩き落した。
「手を休めるな!」
ジュークフリードは、青白い炎の矢を次々と放った。
トーバハルも剣で叩き落して応戦するが、矢の一つがトーバハルの心臓を射貫いた。
「グ!」
矢は、刺さった後も止まることなく回転しながら突き進み、ついに、体を貫通した。
トーバハルの体を、青い炎が包んだ。
「なぜ消えぬ!」
炎を消そうと必死にもがくが、効果なく燃え盛る。
不思議な炎は、体内から焼き尽くそうとしている。
「今だ! 総攻撃!」
ブローノの号令で防御を解いたエアリシアとシフォンヌ、ザイン・レイが一斉に、飛び掛かった。
ジュークフリードも一瞬遅れて参加した。
ブローノ、ザイン・レイ、ジュークフリードの剣と、エアリシアとシフォンヌの魔法。石化の解けたミドゴイルも魔法攻撃で参戦したので、トーバハルに反撃の隙さえ与えない。
「アギャアアアア!」
絶叫とともに倒れたトーバハルは、結晶化し、そしてガラスの砂礫となって崩れた。
「やった! 勝った!」
歓声を上げた。
「次が来る前に、装備品を取りに行こう!」
「ああ!」
記念碑の中に入り、ハイドサクルが残してくれた最強アイテムを手に入れた。
勇者の剣。勇者の鎧。勇者の盾。一通りの装備が揃った。
「これが、勇者ハイドサクルの鎧か」
勇者の鎧は、白金と黄金で作られ、勇者に相応しい壮麗さ。
鎧を身に着けたジュークフリードは、ウキウキした。
「恰好いいなあ」
仮免勇者だろうが、ダメクズヒキニートだろうが、素晴らしい鎧を装備すれば立派な勇者に見えるものだ。
「準備も整ったことだし、魔王を倒しに行くか」
出ようとするジュークフリードの前に、高貴な輝きに包まれた美しい女性が現れた。
『待ちなさい』
「どなたですか?」
『私があなたをこの世界に召喚した『アンジェリカ・ジェリカ』です』
「アンジェリカ・ジェリカ……?」
『あなたが元の世界で死ぬときに、呼び掛けたものです』
気を失う直前、『アンジェリカ・ジェリカ』という声が聴こえたことを思い出した。
「あ、ああ! あったなあ。え? あなたが俺をこの異世界に転生させたんですか?」
『そうです』
「だったら、チート能力を欲しかったです」
さっそく、気になっていたことを言った。
『授けています。転生する際に、あなたにこの世界の言語能力を授けました』
最初から異世界の言葉がわかったから、そうじゃないかと思っていた。
「どうして、俺を転生させたんですか?」
『あなたは、魔王を倒すのに必要な人材だったからです』
ダメクズヒキニートが、異世界を救う勇者にヘッドハンティングされたってことに驚きだ。
もしかして、自分は物凄い能力の持ち主だったのかもしれないと、ちょっとだけ興奮した。
「いやあ、光栄です。でも、俺には魔王を倒す力なんてないですよ」
『私からあなたへ力を授けます。これを使うといいでしょう』
謙遜したが否定されず。
アンジェリカ・ジェリカが両手を胸の前で合わせると、指の隙間から美しい七色の輝きが漏れ出た。手を広げると、まばゆい宝珠が現れた。
『これは、魔王を倒すときに必要な宝珠です。魔王が弱まったら、これを魔王に向けて放り投げなさい』
それをアンジェリカ・ジェリカから渡された。
「わかりました! これで魔王を倒します! ……でも、どうして特別な力を備えているわけじゃない俺が選ばれたんですか?」
『山でヒメネズミを助けませんでしたか?』
「ヒメネズミ? そんなことがあったかなあ?」
ジュークフリードは、ヒメネズミなど見たことがなく助けた覚えもない。
『山で納屋の火事に出くわしたことがありましたよね』
「それは覚えがあります」
昔のことだが、田舎へ遊びに行ったとき、古い納屋から煙が出ているところに遭遇した。
ジュークフリードこと鈴木晴雄は、中に誰かいないか心配になってドアや窓を壊した。
その時、ネズミが一匹、中から飛び出してきた。
「もしかして、あのネズミがあなただったんですか?」
『違います』
「あらら?」
てっきり、あの時のネズミが私で助けてくれたお礼で転生させましたと言うのかと思った。
『私は、時々、他の世界へ遊びにいくのです。その時は天空から下界を眺めていました。あなたはヒメネズミに、無事で良かったなあと声を掛けていました。その心根の優しさに感心しました。それが理由です』
「それで俺が魔王退治に選ばれたと。なんか……、もっとこう……、格好いい理由でもあるのかなと期待していたよ……」
自分でも気づいていない秘めた力があって、覚醒すれば魔王を倒すことができるとかで選ばれたわけじゃなく、単に小動物に優しかったからという理由にジュークフリードはガッカリした。
トランス状態とか暴走状態とかに陥ったり、サイバーエネルギー放出とか充填とかで全身が金色に輝いたりして、一撃で魔王を倒すことなど起きなさそうだ。
今の話をエアリシアたちも聞いているだろうかと見回すと、皆の動きが止まっている。
「あれ? 固まっている。どうしたんだろう?」
『私とあなただけが時の間にいます。時の流れが違うのです。彼らには私たちの会話は聞こえませんし、私の存在も認識できません』
「そんなことができるんだ」
アンジェリカ・ジェリカの能力がチート過ぎて、少し分けて欲しい。
『あなたがあの日あの時間、飛び降り自殺に巻き込まれることは分かっていましたが、私にはあなたの死ぬ運命を変えられませんでした。でも、飛び降りた人の命はあなたの犠牲で助かりました』
「落ちてきて俺にぶつかった人は、助かったんですか」
『そうです。あなたの体がクッションになりました。あなたは、とても尊い死に方をしたということです。そこで、肉体は死にましたが、あなたの魂をハイドサクルに転生させました』
「そうだったんですか。それで……」
死ぬ運命から逃れられなかったことが、少しだけ悲しかった。
自分の犠牲によって助かった命があって、無駄死にでなかったのがせめてもの救いか。
『オーガに襲われる前に、エアリシアが現れたのも私が導きました』
「じゃあ、職業訓練校に入ったのも? 申し込みの時、1名空いていたのも?」
人気コースなのに、空いていることが不思議だった。入校直前に誰かが辞退したのだろう、自分は運がいいと考えていたが……。
『そうです。私が手配しました』
「万能なんですね。クラスメイトをもっと厳選してもらえたら嬉しかったなあ」
『試練なくして立派な勇者になれますか』
「そうですね……」
真に正論。
あいつらがいたから鍛えられたとは言える。つまり、あれはあれで必要悪ということだ。
「転生する時、あなたの名前が頭の中に聴こえてきたのは?」
『このことをいずれ伝えるための備えでした。魔王が謀ってこないとも限りません。あなたが私の言葉を信じられるように、自分の名前を伝えたのです』
あの時に『アンジェリカ・ジェリカ』と聞いていなかったら、今の話も信じられなかったかもしれない。そのための布石だったのだ。
いろいろ合点がいき、ジュークフリードはスッキリした。
「どこからどこまでも全知全能なんですね」
『では、頼みましたよ』
アンジェリカ・ジェリカは姿を消した。
それと同時に、皆が動き出した。
ジュークフリードが手にしている宝珠を見て、エアリシアとシフォンヌが、「綺麗! それ、どうしたの?」「見せて」と寄ってきた。
「これで魔王を倒せと『アンジェリカ・ジェリカ』という人に渡されたよ」
「アンジェリカ・ジェリカって?」
ブローノが女神像を指して言った。
「アンジェリカ・ジェリカは、この女神像のことだ」
奥に大きな女神像が置いてあった。アンジェリカ・ジェリカと同じ姿形をしている。
「ハイドサクルの守護女神『アンジェリカ・ジェリカ』の像だ」
「アンジェリカ・ジェリカは、ハイドサクルの守護女神だったのか……」
アンジェリカ・ジェリカにとって、ハイドサクルに脅威をもたらす魔王退治は必然なのだろう。
「アンジェリカ・ジェリカが見守ってくれるから、俺たちは絶対に勝てる!」
ジュークフリードは、大きな勇気をアンジェリカ・ジェリカからもらった。
「さあ、準備は整った! 行こう!」
「オウ!」
外に出ると、リントブルムが、「ピイイイ!」と、喜んでくれた。
ちょっと離れただけで寂しがる。
「リントブルムは三人だと辛そうだから、歩いて行くか」
ブローノが、「勇者の鎧には翼がついていて、自力飛行が可能なはずだ」と、背中を撫でた。
「へ? 空を飛べる鎧? なんか、スゲー」
さすが勇者の最高装備品だと感心する。
「どうやればいいんだ?」
「心の中で翼を広げて飛ぶイメージを作り、命令を鎧に送ればいい」
早速試してみた。
(翼よ、羽ばたけ!)
肩甲骨あたりについていた小さなふくらみから、美しい白翼が広がった。
「翼は、勇者のイメージ通りに羽ばたき空を飛ぶだろう」
(飛べ! 鎧よ!)
翼が力強く羽ばたくと、体が浮いた。
「おお! 飛べる! これで、大空は俺のものだ!」
使いこなせるまで飛行練習をした。
「さあ、皆、魔王城へ行こう!」
ジュークフリードは、パーティーを従えて先頭を飛んだ。
ふと、思った。
(転送魔法って、ないの?)
いちいち移動しないでも、一度行ったところなら、魔法で行けるんじゃないかと疑問に思った。
「ねえ、魔法で瞬間移動できないの?」
「魔王城には特殊な結界が張られていて、魔法では行けないんだ」
「でも、その前までは行けるよね?」
「瞬間移動を試みると、時空が歪んで見当違いの場所に飛ばされる」
「それは、スゲーな」
さすがは魔王というところか。
というわけで、地道に空を飛んでいくことにした。