宰相閣下は取り戻す
「殿下!」
さっき出たばかりの殿下の執務室にノックとともに戻ると、まだフィルがいた。
「うわっ!どうした。ロブウェルがそんなに慌てるなんて珍しい。」
殿下にフィル以外の人払いを頼むと、先ほどのドミニク侯爵令嬢との会話をかいつまんで2人に伝える。
「確かにおかしい。アルヴィ伯爵令嬢のことは厳重に伏せてあり、陛下や我々、身辺警護の騎士達と伯爵家以外には彼女に嫌疑がかかっていることは知らせていない。」
「しかし、彼女は確かにアリーがエリザベート嬢を毒殺しようとした、と言いました。たとえ彼女の父親が知っていようとも、箝口令を敷いている以上、家族にでも話さないはずです。」
「公にはお茶会で体調不良になったことはある程度広まっているはずだが、狙いや加害者については黒幕以外知るはずがないな。」
侯爵家が黒幕か。犯人が絞られた今、私は大きな怒りが体の中に渦巻くのを感じた。
私のアリーをあんな目に合わせて…どれだけ恐ろしかったか。どれだけ心細い思いをしているか…
「殿下、御前で失礼します。『影』!!」
2人は突然私が大きな声をあげたことに驚いていた。
「日暮れまでに、どんな手を使ってもドミニク侯爵家について調べて報告しろ!伯爵家に入れた者達も戻して、全員でだ!!」
「御意」
どこからか声がした。
「な、なんだ?今のは…」
殿下は室内に誰もいないのに声がしたことに驚いたようだ。
「申し訳ありません。緊急でしたので、ここで指示をさせていただきました。あれはまぁ、私直属の隠密みたいなものです。」
「ロブウェルの持つ間諜部隊はすごいんですよ。どうやって集めてるのか知りませんが、優秀な上に規模も大きいので、俺にも把握できません。」
フィルが苦笑した。
「それにしたって半日で調べられるってすごいなぁ。さすがだ。我々が調べるより彼らが調べる方が速いじゃないか。」
殿下はまだ驚いたような顔だ。まだあまりそういった裏の部分は知らないのだろう。
「そうか。それなら、こちらも侯爵家と毒のつながりを調べさせよう。」
日暮れをまたず、影から毒物を精製したと思われる裏薬師を引き渡された。
裏薬師は、一応見た目は五体満足で引き渡されたが、過酷な尋問だったようで、こちらから聞かずともペラペラとしゃべった。
そして、侯爵家や、侯爵家とつながりのある貴族、商家などについても次々に報告が上がってきた。フィルなどは半笑いになっている。
次の日までには証拠が揃い、侯爵を断罪できるだけの段取りをつけてあとは殿下に任せた。
「あとは任されるから。僕のエリザベートに手を出したこと、とても怒っているんだ。ちょうどいいから見せしめにしよう。まぁ、彼女を王子宮に迎えられたのは良かったけどね。」
と、笑顔で送り出された。
急いで馬車に乗り、アリーのいる洛陽の塔についた。
階段を駆け上がる。普段めったに使わない足の筋肉が悲鳴をあげるが、少しでも早くアリーに会いたくて必死に足を動かす。
部屋の前にいた近衛兵に声をかけて、扉を開けさせる。
驚いたように、こちらを見る青い目と私の目が合う。
「アリー…アリー…」
もともと白かった肌は青いほどになり、少し痩せたようだった。ここ数日の心労を思うと、やりきれない思いでいっぱいになった。
もっとよく見たくて、アリーに近づき抱きしめた。
見たよりももっと体が細くなっていた気がして、強く抱きしめた。
「早くに助けに来てあげられなくてすまなかった。怖かっただろう?もう大丈夫だよ。帰ろう。」
すぐにでも連れて帰りたくて、アリーを横抱きにして公爵家へと向かった。
馬車の中で、アリーは初めて自分から私の首にすがりついた。心臓が絞られたように大きく高鳴った。
「ディミトリアス様が、来てくれるって思ったから…」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の確かな信頼を感じて、思わず涙が出そうになる。アリーは安心したように、静かに涙を流していた。
「よかった…貴女に何もなくてよかった…」
赤い唇に小さくキスを落とすと、なんの抵抗もなく受け入れられた。そのまま公爵邸に着くまで、何度も何度もキスをした。初めて彼女に受け入れられた気がした。
公爵邸では、私の両親と、伯爵家の面々が待っていた。
その後応接室で一息ついた後、今回の顛末について説明した。もちろん、一般に公表されるところまでだ。
伯爵家は今日ここに留まり、アリーは念のため数日間ここで様子を見ることになった。
夜。
アリーのいる部屋にそっと入る。
「かわいいアリー。本当に良かった…。」
顔中にキスを落とす。
「愛してるよ…」
クリストファー「絆されてる…」




