宰相閣下は思い出に浸る
伯爵令嬢はお城で働きたい!のヒーロー目線です。
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ディミトリアス・ローラン・ロブウェルはかれこれ1時間ほど、公爵邸の庭の一角にある東屋に座ってぼんやりとしていた。それはこの場所で、ここ1年ほどよく見られる光景だった。
兄上がいた時はこんなに時間を持て余すことなかったのに・・・。
自分とは正反対の気質だった陽気な兄は、1年前に婚約者と共に馬車の事故によってこの世を去った。いつも明るく、陰鬱な自分をかまってくれていた。学業も優秀で、人気者で、裏表もなく自慢の兄だった。
わかってはいても、15歳の少年にとって、慕っていた兄を亡くした傷は重く、兄が亡くなってからというもの彼のお気に入りの昼寝場所だった東屋に来て、彼と同じように横になりぼんやりとしていることが多くなった。
今日もいつものように東屋にいると、生け垣の向こうから、がさがさと音がした。
-猫かなにかが迷い込んだか?それとも曲者?
父はいわゆる国の重鎮で、命を狙われることもなくはない。だが、公爵家でもそれなりの警備を敷いているしなにより今は明るい昼間で、父は家にいない。
特に屋敷内が騒がしいようでもないし、なにか動物でも入り込んだか。
そう思った瞬間、生け垣の下から、なにかが出てきた。
なにかと思ったのは一瞬で、よく見ればそれは5歳ほどのピンクのかわいらしいドレスを着た幼児だった。生け垣の中を通ってきたのか、ドレスや髪のあちこちに葉っぱや芝生が付いている。蒼い大きな目がこちらを見て更に大きく開かれた。
そう言えば、今日は母上が懇意にしている伯爵夫人がお茶会に来ると言っていた。兄の喪が明け、仲のよいご婦人方を3人ほど招いてのお茶会だと、朝母上が言っていた気がする。そのご婦人の誰かが、幼い娘を連れて来たのかもしれない。
「・・・あなたは・・・」
「・・・君は・・・」
同時に声が出た。
少女は自分の姿に気づいたようだ。立ち上がると、髪やドレスの葉っぱを大まかに払い、慣れていないであろう精一杯の淑女の礼をして名乗った。
「しつれいいたしました。わたしはアルヴィ、はくしゃくけの、ちょうじょ、アレク、サンドラ・オルガ
です。」
先ほど生け垣から出てきたことをごまかすかのように、一生懸命つっかえながらも名乗るのがかわいらしくて、つい小さく笑ってしまった。
さすがに寝転がったままはまずいので、立ち上がり、きちんとした礼で名乗り返した。
「こちらこそ。ロブウェル家次男、ディミトリアス・ローランです。お見知りおきを。」
礼を返すと、アレクサンドラは嬉しそうににこりと笑った。
「きのしたをくぐってきたら、とてもきれいなあなたがいたので、おうじさまかとおもいました。」
きらきらした目で見つめられて、なんだか恥ずかしくなった。
「王子様は、お城にいるんだよ。」
そう言って、照れ隠しにアレクサンドラの服や髪についた葉を丁寧に払ってやる。
「ディ、ディム、トル・・・」
「難しければ、ミツォでいいよ。」
幼い彼女には、名前の発音が難しかったようなので、最も簡単な愛称を教えた。
「ミツォ?すてきね!わたしのなまえもむずかしいの。おとうさまやおかあさまはサンドラ、とよんでくださるけど、おとうとにはサンドラもむずかしいみたいなの。」
「ではアリーはどう?」
「とってもすてき!かわいい!!ミツォもアリーとよんでくださる?」
あまり年下の子どもと関わることがなかったので、幼い子どもが急に懐いてくるのに面食らいながらも自然と笑顔になった自分にも驚いた。大きな目がまっすぐに見てくれるのもなんだかくすぐったい。
しばらく話したり、アリーの遊びに付き合った後、母上たちがいるテラスにアリーと手をつないで戻った。母上たちは、アリーが僕を連れてきたことに驚いていたようだったが、アリーの懐きようを見て安心したようだった。
それから、ほとんど毎月アルヴィ伯爵夫人はアリーを連れてやってきた。アリーと出会うまでは、自分が子どもの相手をするなんて思いもしなかったが、彼女はとても可愛らしく慕ってくれて悪い気はしなかった。と言うか、会えばついつい可愛がってしまった。
「ミツォ、わたしね、もっときれいになりたいの。」
「どうして?アリーは今でも十分かわいいよ。」
いつものように、東屋でアリーを膝に乗せ、髪をすいてやった。まだ子どものアリーは、だいたいいつも髪を下ろしている。飾りやリボンが付いていることもあるがたくさんついているわけではない。赤銅色の髪はふわふわとしていて、膝に乗せるとつい触ってしまう癖がついてしまった。東屋では僕の膝の上が彼女の定位置だ。他の人にもこんな風に懐くのだろうか。ちょっと嫌だなと思った。されるがままだったアリーはふくれっ面で言った。
「このまえいったおちゃかいで、いまでもいまいちだから、おおきくなってもきれいにならないだろうっていわれたの。」
「誰に?」
食い気味に聞き返した。こんなにかわいいアリーになんてことを吹き込んでるんだ。自分のことではないのにイラっとした。
「んーと、フェルナンドっていってたわ。」
膨らんだ頰を優しくつついてやると、くすぐったそうに笑った。どこの家の子どもだろうか。学園にいるなら少しばかり報復してやろうか。
「アリーはこんなに可愛らしいんだから、大人になったらもっと綺麗になるに決まってるじゃないか。こんなに印象的な綺麗な目は他にはないよ。肌も白いし、髪だってさらさらしていてとても触り心地がいいからいつまでだって触れていたいし。僕の言うことは信じられない?」
「そんなことないわ。ミツォが言うなら信じる。」
安心するように笑いかけると、どうやら機嫌が直ったらしい。
伯爵夫人が来た時には東屋にもお茶とお菓子が用意されるようになっていたので、アリーのためのクッキーを1つつまんで食べさせた。
もぐもぐしているのもとても可愛い。
アリーといる時の僕を、学園の友人が見たら驚くだろう。もともと表情豊かではないし、数少ない公爵家の嫡男になった自分には、思惑を持って近づいてくるものや、将来の公爵夫人を夢見てくる人間が多く、相手をするのも面倒なので、学園では無表情だ。自覚はないが。
アリーのそばにいると自然と笑みが出たり、柔らかい表情をしていると、母上に言われるようになった。
「あのね、せんせいがおっしゃってたんだけど、わたしははくしゃくれいじょうだから、いつかいえのためにけっこんするんだって。
でもわたし、けっこんするならミツォがいいわ。ミツォはきれいだし、とってもやさしいし、たいせつにしてくれるもの。けっこんしたら、ずっとかみをなでてくれるでしょう?」
アリーはそれまでと同じように何気なく呟いた。
「そうだね。もしもアリーと結婚できたら、ずっとずっと大事にするよ。」
アリーと違い、僕にはもう貴族の結婚の持つ意味がわかる。近いうちに、公爵家のために僕も妻を迎えなければならない。でもそれが、アリーならどんなに素敵だろう。それはとてもいい案に思えた。
ふむ。僕たちは10歳も離れていないし、実現が全く難しいわけではない。
考え込んだ僕の頰を今度はアリーがつついた。
どうやら考え事をしていてアリーの話を聞き逃したらしい。頭を撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうにしている。
そうやって、初めての出会いから2年ほど交流が続いたが、アルヴィ伯爵の事業の失敗により、アルヴィ伯爵家は社交界から遠ざかってしまった。ここから僕はアリーを娶るための様々な作戦を練ることになる。




