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96宰相は、決めた※

★今回はトリカブート視点のお話です。


 以前は賑やかだった宰相室も、最近はめっきり人が来ない。媚びへつらい胡麻摺りの挨拶の相手をするのも面倒だが、築き上げてきたものがこうも簡単に崩れていくのを見るのも虚しいものだ。


 ハヴィリータイムズの号外を手に取る。指先から小さな炎を出し、それでチリチリと少しずつ号外を燃やしていく。王子の地位に返り咲いたクレソンの姿絵は、ゆっくりと端から黒くなり、灰となってボロボロと床へ落ちた。このように、徐々にあの澄ましたいけ好かない青年の首を締め、闇に鎮めるはずだったのだ。


 手の者の知らせでは、クレソンが王に接触したのは三日前の夜遅くだったという。クレソンは地位的なことを考えても、王に謁見することを阻む術が無い。王の周囲に控える者の中にも私の息のかかった者を潜り込ませてはいたが、全く役に立たなかった。


 二人の話は夜中近くまで続き、王は何事もなかったかのように寝室へ引き上げたと聞く。だが、明朝からの動きは素早かった。私も朝は遅い方では無いが、目を冷ました時には全てが動き出した後。


 ハーヴィー国王には絶対的な権力がある。勅と呼ばれる書類一つで、大事を決めることができるのだ。


 内容はこうだった。国内に巨大な悪しき魔物が現れたため、討伐隊の長にクレソンを命ずる。討伐は遠征になるため、金や国民の協力が必要になるが、現在の総帥の立場ではそれが不足している。そのため、王子として復活させ、その名を持って魔物の殲滅を命ずると。


 大蜘蛛とも言われるその魔物の存在は、城内でもすっかり知られたもの。国王の話には嘘も矛盾も何も無い。青薔薇祭の優勝を皮切りに一気にのし上がって総帥まで上り詰めた彼は、実力と人望こそあれ、後ろ盾となるものがないのがこれまで弱いところだった。しかし、王子ともなれば、古臭い考えを持つ貴族も、新たな利権の匂いを嗅ぎつけた商人も、ローズマリー様支持により湧き上がった王家崇拝の動きも、一気に加速し、金も集まりやすくなるだろう。


 ついでに、勅には王子復帰許可の理由も示されている。まず、ローズマリー様が兄であるクレソンを庇う嘆願書が添えられていた。それ以外にも、この五年間クレソンが騎士として真面目に職務についてきたという客観的な証言の数々もある。その中には、第一騎士団長始め、全ての団長からの王子復帰推薦が含まれている。さらには、以前は私の派閥の者だと認識していた由緒ある貴族の名まで見られた。


 号外も、かつてない部数が印刷され、王都はクレソンの王子復帰で祭り騒ぎだ。あれから二晩明けたにも関わらず、窓を締め切っていても、あちらこちらで上がる歓声、祝いの音楽が聞こえてくる。


 忌々しい。

 どうして、誰も真実を見ようとしないのだ。


 この国が、まだこの形を保てているのは、誰のお陰だと思っている? 誰が腐った王家に代わって政務を行い、誰が国を回してきたのだ? そして、誰が一番ローズマリー様をお守りしてきたのだ?


 その答え。全てが、私だ。

 私がいるからこそ、ハーヴィー王国は成り立っているのだ。つまり、私は実質的に、既に王なのだ。


 王なのに。


 一つ読み違えたことと言えば、あの抜け殻になった現王に、まだ勅を出す気力が残っていたことだ。こうなると分かっていたならば、適当な法律でも作って王から勅を出す権限を予め奪っておいたものを。私が正式に王になった暁には必要な制度故、今まで手を付けていなかったこで粗が出たか。


 後悔をしても、遅い。

 知らぬ間に鍋の底には穴が空き、そこからみるみるうちに水が漏れていく。そのような感覚に囚われてしまうが、まだできることはあるはずだ。私は、決して諦めるわけにはいかない。なぜなら、ローズマリー様がいるからだ。


 彼女を世界樹の元へなど行かせてはならない。大切に、大切にする。私が死ぬまで、いや、死んでも大切にこの城の中でお守りしてさしあげるのだ。世界樹への旅には危険がつきもの。魔物になど、決して近寄らせやしない。あの清らかで、慈愛に満ちた笑顔は全て、私のものなのだから。


 ローズマリー様はお優しい方だ。おそらく私についての噂も多く耳に入っているだろうに、他の者と分け隔てなく接してくださる。王は自室に籠もりがちで娘とも会おうともしないからか、父親のように慕ってくださっていると感じるのは、おそらく私の思い込みではないだろう。


 そんな彼女だからこそ、兄のことを庇ったにちがいない。実際は、彼女が世界樹の元へ向かって、その命を失うことを良しとしている冷酷極まりない兄だというのに。妹を危険に晒して自分が王座に近づこうなど、血も通わぬ冷血漢だ。


 確かにローズマリー様の性格では、こういった事情を噛み砕いて自分の兄に対する態度へと昇華させることは難しいだろう。だが、私は違う。私はローズマリー様のためにも、あの生意気な青二才を二度と陽のあたる場所に戻ってこれぬよう、そろそろ動くとしよう。


 幸い、アルカネットが随分と時間をかけていた魔術の一つも完成し、ちょうど城内は不安定になっている。今ならば、何が起きてもおかしくない。アルカネットが完成させた、私の悲願でもあるアレを、王に使う前に奴で試してみるのも一興だろう。


 その時、宰相室のドアがノックされた。ノックの回数と独特の間隔。これだけで、誰がどんな用件でやってきたのかは、大凡分かるようになっている。


「入れ」


 音も立てずに中へやってきたのは、深緑の騎士服を着た男。第二騎士団団長、ニゲラだ。


「火急の知らせか」

「はい」


 ニゲラは返事はするものの、私の足元で跪いたきり、なかなか報告しようとしない。


「私は、忙しいのだ」

「ご子息様が、王都のはずれで何者かに襲われ、お亡くなりになりました」


 ニゲラの声は、あくまで無機質で機械的だった。


「犯人は分かっているのか」

「いえ、捜索中です」


 俯いている男の表情は読めるわけもないが、これだけは分かる。犯人など、どこにもいない。やったのは、おそらくこの男。以前ならば、必ず見つけ出して私の前に首を並べてみせると啖呵を切っただろうに。こいつも密かに私から寝返ったということぐらいさすがに掴んでいたが、こうも堂々とここへやってくるとは。見上げた厚顔、神経の図太さだ。


 きっと、クレソンとも密かに繋がっているのだろう。そして、裏仕事を自ら進んで引き受け、奴の信用を勝ち取ろうとしている。私の同志達も、元々仲間であったニゲラに対してはまだまだ気が緩むことも多い。最近、息子に限らず様々な病気や事故で主だった貴族が死んでいるのも、この男の手によるものかもしれない。


 となると、この男。私を脅しに来たのだろうか? もしくは殺しにきたのか。いや、違うな。私を殺すことはしないだろう。中途半端に賢しいばかりに、物事の順序というものを理解してしまっている。きっと、クレソンのためにも私に直接手をかけることはしないはずだ。


 そう考えると、少し気が楽になってきた。


 こんな男に一瞬でも怖気づいてしまった自分が恨めしい。私が王になった暁には、真っ先に始末してやろう。始末の方法は、いくつかのカードに書いて、ローズマリー様にどれにするか選んでいだこう。そうだ、そうしよう。


「まぁ、いい。以前からあいつには怪しい動きがあった。息子にまで逃げられては私の立つ瀬が無い。余計なことをしてくれるよりかは、死んでくれた方が親孝行だろう」


 息子には、いつか家督は譲るつもりでいた。しかし、親の欲目を持ってしても、宰相という器でないことは明らか。元々使い道の少ない、小心者だったのだ。私に群がる小魚や小蝿の一部を絡め取るしかできない者に、私がしようとしてる偉業を支えることは難しい。しかも最近は、親王派と会食する機会も増やしていたようだ。恥ずかしい奴め。


 私がしばらく無言でいたからか、ニゲラは少しだけ顔を上げてこちらの様子を伺ってきた。


「ご心中お察しします」


 私は笑った。

 いったい何を察したというのだ。おそらく、何一つ私の心を言い当てることはできないであろうに。


 一般的な親であれば、息子を亡くすと元気を失くすものかもしれない。しかし、私には最初から自分の子どもと言えば娘一人だった。そして、その娘が失われた。魔物の手によって。だが、この国にはローズマリー様がいらっしゃった。光の存在。彼女がいる限り、私は生きていける。彼女のために、私はこれからも国を守り続けていくのだ。


 そこへ再びドアをノックする音がする。


「入れ」


 この男女、どうにならないものか。相変わらず妙な腰使いで歩いてくる。そろそろ年と性別を自覚した方がいいものを。


「アルカネット、どうした」

「れいの物、コンパクト化に成功しまして。そろそろ被験者を選びたいので、ぜひトリカブート様にご推薦いただきたいと」


 外見は目障りではあるが、私への忠誠心と魔術たるものへの探究心や執着心だけは信頼が置ける。人を魔物に変える薬はしばらく前に完成していたが、大きな瓶一本分も飲み干さねばならないなど、実際には使い物にならない代物だった。改良を命じていたが、考えていたよりも早く成功したようだ。ほら、運は私に味方をしている。


「で、裏切り者が何でここにいるのかしら? あたくし、あなたのような人は嫌いだわ」


 アルカネットはあからさまに顔をしかめると、ニゲラをそのままヒールの高いブーツで踏み潰さんばかりの剣幕で睨みつけた。私としては、ニゲラの裏の顔を知らぬふりして泳がせ、搾り取れるところまで搾り取って始末するつもりだったが、この忠臣はそのような遊びを楽しむタイプではない。どうしても許せなかったのであろう。


「あなたこそ、エースと仲良くやってるらしいじゃないですか」


 アルカネットは虚を突かれた様子で、一瞬口ごもる。エースと心を通わせているという下の者からの報告は本物らしい。確かにあの女は料理が上手いのと、ローズマリー様を喜ばせることに関しては長けている。もう少し大人しく私に従うことができるのならば、今後も生かしておいてやらないことはない。


「そ、そうかしら? あたくしはエースの人形を作って城を荒らし回っているというのに?」

「やり方が中途半端でしたから」


 ニゲラが笑う。コイツが笑うと虫唾が走る。そういうタイプの気味の悪さがある。だが、話していることは同感だ。もし私がアルカネットならば、今のような悪戯だけで済まさない。エースの周囲の人物を片っ端から始末して回っていただろう。


「それがね、意外と彼女の周囲は防御力が高いし、勘も良いのよ」

「まさか、偽物だと見抜かれるのか」


 アルカネットは頷く。


「私の魔術は完璧よ。魔術というよりかは、あれは魔道具の一種になるのかしら。彼女の髪の毛と様々な魔術素材を絶妙な配合で合成し、白の魔術も込めてある。おそらく、ホクロの位置さえ本物と違わない精巧さなの。基本的な性格も、運動能力も」

「だが、やはり中途半端だな」


 ニゲラは勝ち誇ったかのように声を上げた。


「ならば、お前はどうなのだ」

「アルカネット様は、今れいの薬をお持ちですか? 実は私、この場にゲストを招いているのです。宰相様も、アルカネット様も、奴らには随分と長く手を焼いてこられた。そろそろここで決着をつけてはいかがか?」


 そう言うと、ニゲラは予め準備してあったらしい白い紙、おそらく手紙を魔術でどこかへ飛ばしてみせた。


「これで間もなくここへクレソンとエースが来るでしょう。これまでの鬱憤を晴らすも良し。ひと思いに斬りつけるも良し。最終的に魔物化させてしまえば、後は討伐という名目で殺るだけです」


 今、この部屋にいるのは三人。私は宰相職ではあるが、魔術の戦闘も多少はできる。アルカネットにいたっては、その道の専門家であり、この者ならば私を守るために動くはずだ。ニゲラも一応騎士故に強い。アテにはならないが、いざとなれば私のための肉壁ぐらいにはなってもらおう。


 私は部屋の扉を見据える。ノックを待つ。


 そうだ。今日こそこの国の不穏分子を殲滅する。全てを終わらせ、そして新たに始めよう。


 確かにニゲラは許しがたい裏切り者だが、当事者が一同に介して決着をつけるのは良い案かもしれない。なぜ、これまでそれができなかったのか。やはり、血がたくさん流れる事件を起こすのはローズマリー様のお心に傷をつける可能性があったのと……私には、自信がなかったからだ。


 クレソンは、正真正銘王家の男。金の魔術が使える。青薔薇祭。競技場裏にいた私が、アレに屈してしまったあの日のことは決して忘れはしない。アレは、言うに言えぬ圧倒的な威圧感だった。


 私は、アレを凌駕せねばならない。


 できるか。


 いや、できるかどうかではない。やるか、やらないかだ。


 そうと決まればを、ノック後の一手が勝負の分かれ目。私は体内の魔力の流れが興奮で強くうねっているのを感じた。



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