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95復活※

★今回はクレソン視点のお話です。


 ようやく城へ帰ってきた。南門が開け放たれ、第九騎士団が順々に城の敷地内へ入っていく。僕は、伝令からもたらされた話を見極めるためにも、神経を尖らせていた。城という場所は、何かがあれば空気が変わる。それを見極めなければならない。


 僕は、馬を跳ね橋の上へ進めようとした。すぐに、一瞬異様な感覚に陥る。誰かが、見ている。その妙な視線の元を辿ると、いた。


 ソイツは、人当たりの良さそうな笑みの仮面を貼り付けた人形だった。留守を任せたアンゼリカ率いる第七騎士団の面々が臨時で王城にある四つの門を守る中、何食わぬ顔でそこへ混じっていた。気配を消す能力でもあるのか、周りの人間はソイツのことに気づきもしない。だが、それも時と場合に依るようだ。


 馬上でハヴィリータイムズの最新号を握りしめる。冒頭から絵のついた記事を三つぐらい読み飛ばすと、様々なゴシップが書き連ねられているページになった。


『エース、異例の昇進で性格急変?!』

『最強の門衛は最狂の詐欺師に』

『王城で謎の破壊行動。犯人はエースか』


 馬鹿らしくて反吐が出る。エースが大蜘蛛と対決するために城を離れていたたったの七日間。その間を狙いすましたかのような暴挙。何も調べなくても黒幕など分かってしまう。これ程の高等な魔術のやり口を使えるのは、()()しかいないのだから。


 僕は向けられた視線に応えるようにして、その人形に挨拶をする。金の魔術、発動。外見には、僕がただほほ笑んでいるようにしか見えないだろう。その人形だけに効くように効果を抑えておく。人形はたじろいだのか、数歩後ずさってそのまま姿を消した。できれば、このまま二度と目の前に現れないでもらいたいものだ。いや、エースの評判をここまで落としてくれたことに、ちゃんとお礼をしてやるべきか。ただ一つ、難点がある。


 その人形、エースと外見が瓜二つなのだ。


 僕自身が直々にあの人形に手を下すのは……少々躊躇われるが、何らかの形で鉄槌は下す。これは、絶対だ。


 あの人形は、ターゲットと決めた人間には気配を消さない。そして、エースとして振る舞い必ず問題を起こす。それがこの一週間繰り返されてきたパターンだ。多くの者は本物のエースだと思いこんで騒ぎ立て、その噂に有ること無いことの尾びれ背びれがつき、果てはこのような新聞沙汰になる始末。やはり、許せない。


 そもそも、いつもならば城を離れることのない第八騎士団第六部隊がエースの援護に向かったことも痛手だった。城内はエースをよく知らない者や、元々宰相派の者などの割合が増え、その噂が偽の物であると声高らかに言う者がいなかったのだ。


 できればこの事実、エース本人には知られたくないところだが、すぐに明らかになるのだろうな。これは、彼女を守るはずだった僕の落ち度。そろそろ彼らが何かしてくる頃合いだったのに、城にはラムズイヤーしか置いてこなかった僕の油断が敗因だ。ならば、エースには僕から伝えよう。そして、これ以上被害が広がらぬよう、彼女がさらに傷つかぬよう、僕は万全を期すのだ。



   ◇



 城へ到着するなり、僕はエースを総帥室へ呼び出した。エースはオレガノ隊長に伴われてやってきた。


「クレソンさん、私、何か変なことしたんでしょうか? 城に帰ってきてから周りの人の様子がおかしくって」

「おい、クレソン。お前は総帥にもなって、女一人も守れないのか?」


 オレガノ隊長の声は耳に痛い。


「そのことについて話し合いたくて、来てもらったんだ。オレガノ隊長、エースの護衛をありがとう」

「分かってりゃいいんだ。分かってりゃな」


 エースが嫌われ者になってしまった今、身に覚えのないことで言いがかりをつけられ、罵られたり、突然の攻撃を受けたりする可能性もある。エース本人はまだ薄っすらとしか分かっていないようだが、オレガノ隊長はこの事件の裏にある事をきちんと見透かしているようだった。


「なぁ、クレソン。お前、いつまでただの総帥でいるつもりだ?」

「ただの?」


 エースが驚いた顔でオレガノ隊長を見上げる。これは当然の反応だ。普通は騎士団トップである総帥の僕に、『ただの』なんて言う失礼な人は他を探してもいないだろう。


「言いたいことは分かる。今日にでも動くつもりか」

「それはまた性急だな」

「それぐらい、僕は怒ってるんだよね」


 僕はおもむろにハヴィリータイムズのページを広げる。エースが息を飲む音がした。怒り悲しみ以前の驚愕が、彼女を支配している。


「エース、すまなかった。オレガノ隊長の言うとおり、僕は君一人さえも守りきれていない」

「いえ、あの、私……有名人になっちゃったんですね」


 エースの反応はどこかズレてるような気もするが、これも現実逃避したい事を突き付けられたから故かもしれない。


「僕の元には、既にたくさんの情報が集まってきている」


 僕は手持ちの情報を全て二人に開示することにした。まずは、『エース』がやったとされている悪事の数々。次に、それを見た者、信じた者のリスト。さらに、偽物が何か起こした際には必ずその周辺にアルカネットか魔術師団の姿があるということ。そして、最後にこの話も伝えておこう。


「厄介なことに、偽のエースも白の魔術を使える、ということになっているらしい」

「そうなんですか? やっぱり私がアルカネットさんに結界のこと教えてしまったから……」

「エース、そんなこと気に病むことはない。これはラムの証言だ。彼のところには偽物は接触してきたらしい。当然、本物をよく知るラムはすぐにその正体を見抜いた。だが、検証のために偽物の小芝居に付き合ったわけだ」

「それで、ヤツは結界は本当に作れるのか?」


 オレガノ隊長が食い気味に尋ねてくる。


「いや、白く弱い光を出せる程度。結界は作れないらしいが、白の魔術の象徴を見せられた殆どの者は、本物だと信じ込んでしまったらしい」

「私が遠征に出ているって、あまり知られていなかったからですかね?」


 そう。エースの言う通りそこが疑問なのだ。エースや僕達が蜘蛛との対決から帰還すれば、誰にでもすぐにバレる嘘をつく意味。正直言って、子どものすることかと思う。だが真実はどうあれ、確実にエースの名には傷がつくし、親王派の中にも動揺が広がる。そして、いつ自分と瓜二つの人間を作られてしまうかも分からないという不安にも駆られてしまう。そもそも、全く同じ顔した人間が存在するなんて、それだけでも気味が悪いというのに。


「おそらく、彼らも形振り構っていられなくなったのだろう。そして、彼らの宣戦布告でもあると思う」


 先日のジギタリスの凶行と言い、宰相派は次に何をしでかすか分かったものではない。これまでのようにお行儀の良い水面下での探り合いや駆け引きでは済まなくなってきているのだ。もはや、猶予は無い。しかも僕のエースをここまでコケにしてくれた落とし前はつけてもらわねば。


「エース、もう僕は我慢できない。物理的に、この国から悪党を排除しようと思う。力を貸してくれないか」

「もちろん良いですけど、私にできることなんてあるのかな」


 エースは眉を下げて俯いてしまう。彼女は帰り道、何度かこっそりと泣いていた。白魔術を使える彼女がここまで完敗したのは初めてだったし、ようやく自分がか弱い一人の女の子である自覚を持ってくれたらしい。そして、結界というものに対して自信を失っている。ここまでの落ち込み様は、見ていても痛々しい程だ。


 僕も必要に駆られていたとは言え、エースにこんな思いをさせて済まない気持ちでいっぱい。どうにか元気づけてあげたいし、もっとゆっくり彼女を愛でたいけれど、今は先にすることがある。僕はエースの手をそっと握った。本当は抱きしめてやりたいけれど、オレガノ隊長がいる手前それができない。


「エース。君は強い。弱いと知ったからこそ、強くなれる。今度こそ君を守り抜くから、ついてきてほしい」


 僕なんて頼りにならないと思われているかもしれない。だからこそ、想いが届くように彼女の目をじっと見つめて訴えかけた。


「分かりました」


 まだ少しぎこちないけれど、エースに少し笑顔が戻る。


「聞いてくれ。今や地方の政治は軍から派遣された者や、僕の部下達が取り仕切っているのが実情だ。僕自身も味方が増え、経験も浅いながらも増えてきた。第九騎士団という頼もしい仲間もいる。それに、ほら」


 僕はハヴィリータイムズの別のページを開いてみせた。


「ここを見て」

「実権が宰相からマリ姫様に?!」

「第八騎士団第六部隊が城から離れる最終決定を出したのは彼女だ」


 元々国民からの人気が高い彼女が、国民を危険から守るために自分の騎士達を現場へ向かわせるという判断は、かなり好感を持たれているらしい。


「つまり、宰相よりも王家が大きな判断をするようになった。つまり、王家が力を取り戻しつつあるということが、この新聞で報道されたということだよ」

「良い傾向だな」


 僕はオレガノ隊長に頷き返す。


「実に、良いことだ。エース、オレガノ隊長。機は熟した。もう、この国にあの宰相は要らない」


 二人は大きく頷く。


「で、クレソン。足場固めができてきたのは分かる。それだけで、大丈夫なのか?」

「何度も聞かないでください。明日を楽しみにしててくださいよ」


 僕はこの追い風を受けて、今夜こそ念願を果たす。長年望んでいた、あるべき地位を取り戻すために。


 僕たちは今後の話を少しして解散した。


 やはり、宰相はひと思いには殺したくない。簡単に死ぬよりもずっと恐ろしい目に合わせてから葬らなければ。僕はそれだけのことをする権利があるし、恨みがある。そのためにも、まずはエースの結界で生け捕りにするのが先決だろう。最終的に首を落とすのは僕がやる。



   ◇




「二人で会うのはお久しぶりですね」


 夜、王の私室に招かれていた。親子なのである。しかも僕の身分はかなり高くなった。誰も止めることができなかったのであろう。手続きもそこそこに、すぐに会うことができた。


 すぐに本件について話をする。明々と照らされた部屋の中、父である王の表情はずっと冴えないものだった。叱られて、言い訳も思いつかずに臍を曲げる子どものように俯いて、口は閉ざしたまま。


「私には理解できません。母上は帰ってきました。夫婦仲も悪くないと聞きます。なのに、なぜ? なぜそのままなのですか?」


 さすがに、なぜ腑抜けたままなのだ?とは問えない。


「できない。怖い、と正直に言えば、お前は私を蔑むのだろうな」


 ようやく王が絞り出した言葉は、粗方予想通りだった。蔑むも何も、そういうお人なのだろう、父は。以前の僕ならば、父を情けなく思い、この場では勢いで罵倒してしまったかもしれない。だが、ここでふとエースのことを思い返す。


 エースは、僕の母上である王妃に、城へ帰るよう説得してくれた。しかし、その一方で母上を責めることはしなかった。さらに、ソレルの言葉。ヤツはエースの素晴らしさを知る故に目障りだが、良い話をしてくれた。


 駄目なところがあってもいいじゃないか。

 これは、過去の僕にも言えること。そして、エースはそんな僕を丸ごと包んで大切にしてくれる。


 誰でも駄目なところはある。弱い時はある。そんな時は一人で頑張らなくていい。すべきことが目の前にあるならば、別の誰かがすれば良い。王が王の仕事をできないならば、息子の僕がそれを素直にすればいい。やってやる、と偉そうに出るのではなく、ただ淡々とこなせばいい。そういう落ち着いた気持ちにさせてくれるのは、全てエースのお陰だ。


「しかし、彼らは手段を選ばなくなりました」

「そうだ。私も何度も命を狙われている」


 やはりそうか。当たってほしくない勘が当たってしまった。王にまで直接手を下そうとしているとなると、もう一歩とて後戻りできない。


「しかし、まだ父上にはできることが残っています」

「それは、真なのか」


 まさかそんな余地があるとは思っていない、自嘲気味の表情は、疲れて目の下にクマがある。父は、王は、疲れ切っていた。


「はい。これを最後の仕事にしていただいてもいいです」


 僕は、上着のポケットから白い石を取り出す。エースが、僕がここに来る直前に渡してくれたものだ。王も危ないかもしれないからと、彼女は予備の守りの石を託してくれた。


「これは?」

「守りの石。白の魔術の結晶です。これがあれば毒も怖くありません。物理的攻撃も数度であれば、結界が展開して身を守ってくれます」

「噂には聞いていたが」

「これがあれば、もう安心かと。ですから、決断して、命じてください」


 僕は、すっと息を吸い込んで、胸を張る。今なら、堂々と言える。エースが、皆が、これまての経験や苦労が、僕を後押ししてくれる。


「僕に、王位継承権第一位の第一王子として、その地位を復活させよ、そしてその権限を持って悪しき者共を一掃せよ、と」





 翌日には、王子復帰の報が流れた。

 ハヴィリータイムズの号外が街を舞う。





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