88手紙が届いて、てんやわんや※
★今回は、ラムズイヤーさん視点のお話です。
我が主、クレソン様が王妃捜索隊を率いて王都を旅立ち、早くも三日が経とうとしていた。クレソン様は名実ともに全騎士団のトップの座についたわけだけれど、ベテランで王からの信も厚いマジョラム団長も同行している。主は彼と元々不仲というわけではないけれど、突然立場が逆転したことで上手くやれているかどうか、若干心配ではあった。
でも、城に残った俺がやきもきしたところで、何かが変わるわけでもない。でも他のメンバーも、あまりまともな人がいないんだよな。
まず、氷の女王という通り名があるアンゼリカ第七騎士団副団長。王都の破落戸からは悪魔だと囁かれているとか。気がつけば背後に立っていて、声を発する前に体が真っ二つになるという鋭い太刀筋も有名。貴族令嬢としては、あまり嬉しい噂ではないだろうけれど、この慈悲なき悪党への断罪劇の数々は、王子との婚約解消の醜聞を完全に打ち消していることも確かだ。
次に、同じく第七騎士団所属のステビア。彼はそこそこ腕も立つので、第七の中の若手では彼の右に出るものはいないだろう。ただ、こいつはアンゼリカに気があるようなので、妙な揉め事を起こさなければいいのだが。
後はソレル。一時は退団して死んだと噂されていたが、あの黒い魔術に侵されていたにも関わらず奇跡的な復活を遂げている。森の中での生活力が高く、クレソン様に匹敵する戦闘能力を持っているが、現在は騎士の身分にない。現在はクレソン様の子飼いというところだけど、どこまで働いてくれるのか、どこまで信用していいのか、俺は未だに見極めかねている。
最後はエース。まぁ、言わずもがなのトラブルメーカーだ。本人は気づいていないようだが、あいつが来てから城の内部も外部も随分と変わった。いくつかの村の防御力が格段に上がり、冒険者達が騎士と敵対しなくなったこと。白米と呼ばれる食料が上流階級を中心に出回り始め、何やら魔力を底上げする作用が発見されて大騒ぎになっている。姫様まで元気になられてしまったしな。
もちろん悪いことばかりではないのだが、いろんなことがあってついていくのが少し大変というのが本音。後は、次の行動が読めないというか、隠し持っている力や知恵が後どれだけあるのか底知れないところが、最近少し恐ろしくもある。
でも、あのメンバーの中では最も信頼できる人だ。何せ、クレソン様と相思相愛だからな。クレソン様のためならば、何でもやりそうなところがある。そこだけは高く評価しておこう。
こんなことを考えながら、今日も北門の内側で槍を構えて突っ立っていたら、急に魔術の手紙が目の前に飛んできた。俺の周囲でこれを使うと言えば、コリアンダー副隊長ぐらい。でも、俺宛なんかに使うような人じゃない。
「誰からだろう?」
心当たりのない手紙というのは、開封するのに緊張するものだ。なんの変哲もない白封筒の端を破ると、中からは冒険者ギルドのマークが入った紙が出てきた。ますます意味が分からない。誰か送り先を間違えたんじゃないか? そう思いながら紙を開いてみると――。
「え」
分かってる。ここは、おめでとうございますと万歳すべきところだ。何しろ、王妃様発見と、明日にも城へ帰還するとの知らせなのだから! でも、早すぎないだろうか。
手紙を読み進めると、最後にクレソン様のサインもあった。『ラムズイヤー、頼んだぞ』とだけ走り書きも添えられている。
そうだな。こんな一大ニュースを普通の早馬で王へ直接連絡するのではなく、わざわざ俺に連絡してきたという意味。俺はそれをちゃんと理解して動かねばならない。
まずは、味方となってくれる人と情報共有することにした。隊長室に急いで、すぐにオレガノ隊長とコリアンダー副隊長に報告。俺から王へ直接謁見することはできないので、コリアンダー副隊長からラベンダーさんへ、そこからマリ姫様へと伝言ゲームをする。間には、絶対に文官は挟まない。もし文官の耳に入ってしまえば、たちまち宰相の知るところとなり、どんな妨害が入るか分かったものではないからだ。
王が今のような状態になったきっかけは、王妃様の失踪である。これが解決してしまえば、王はかつての力を取り戻すかもしれない。これは宰相にとって面白くないはずだ。
となると、王妃様を護送する王妃捜索隊が城に辿り着けないよう、物理的に消そうとしてくるかもしれない。もちろん、クレソン様はお強いし、エースという切り札もいる。だけど地理感覚に優れた宰相の手先が多人数で走行中の馬車を襲ったら、考えたくもない結果になりそうだ。そこにクレソン様がいる以上、俺は最善の道を選ぶ。それが俺に託されたお役目というものだろう。
情報はすぐに姫様まで届けられた。姫様はたまたまを装って王に謁見願いを出し、さすがの王もたまには娘と対面したいらしくそれに許可を出す。手続きのため、間に文官を挟んだが、親子の時間を阻む正当な理由も見つけられなかったのか、処理は滞りなく進んだ。
そして城の上層階にある眺めの良い部屋で王と姫様がお会いになることになったんだけど。
――なぜ、俺がこの二人と同席してるわけ?
姫様は、不可思議な男装ではなく、きちんと上品なクリーム色のドレスを着て、しおらしくソファにお座りになっている。
「エースの代わりということで駄々をこねて、あんたを護衛として俺につける事に成功したから、クレソンを守りたいんだったら何も言わずについてきな」
つい先程、こんな口調でのたまった少女と同一人物にはとても見えない。やれやれ。クレソン様からは姫様の正体や本性については伺っていたけど、バレた途端これかよ。やっぱり世の中知らなくて良いことっていっぱいあるみたいだ。
「お父様、ごきげんよう。お久しゅうございます」
「あぁ」
「お父様はお体のお調子はいかがですか? 本日は急にお呼びだてして申し訳ございません」
「体調は相変わらずだ。お前と会うことに関しては、何も気遣うことはない」
「でしたら、良いのですが」
この親子、仲が悪いわけではないが、王妃失踪以降顔を合わす機会は極端に少ないようだ。なぜなら、姫様は王妃に似ているから。基本的な顔立ちもそうだけれど、何よりもこの国では珍しい黒髪というのは、かのお方を彷彿とさせるものらしい。しかも、王妃様の周りの者からの証言で、失踪の原因が姫様にあることが明らかなことから、複雑な心境にもなるのだろう。
姫様は、遠慮がちな笑顔を王に返したが、すぐに持っていたカップを机に戻し、姿勢を戻した。ここからは、俺以外の人払いをした理由が明かされる。
「さて、お父様。本日は火急の用事がありますの」
「お前にはこれまでほとんど何もしてやれなかった。何なりと申すが良い」
「それでは遠慮なく」
ここで姫様は、すっと息を吸い込む。
「明日の夕方、お母様が城にお戻りになります。お父様は、至急出迎えのお支度を」
王は微動だにしなかった。それを姫様が静かなほほ笑みで見つめ返す。次の言葉が出たのは、ゆうに一分は経った後だった。
「……それは真か」
「私の下僕である騎士のエースから文が参りました。お兄様の筆跡もありましたし、確かなことでしょう」
ここで王は何か言おうとするが、姫様はそれを許さない。すぐに次のことを切り出し始める。
「お父様は、お兄様とお母様のご無事をお守りくださいますか? また、お父様は、今後もトリカブート宰相から命を狙われたままお過ごしになるおつもりなのでしょうか?」
そこまで直接尋ねられるのは、まさしく実の娘だからこそか。それでも、このタイミングでそれはあるまい。王も喜んで良いのか、目の前の娘と自分が置かれた現状を先に認識すべきなのか、迷っているというよりも混乱しているように見える。もしかすると政務から遠く離れる時間が長くなり、さまざまな感覚が麻痺している可能性もあるだろう。頭の中にはクレソン様の姿が掠め、ついつい心の中で主に助けを求めてしまう自分がいる。
「お父様も突然のことで戸惑っておいででしょう。そこで、娘として申し上げますわ」
姫様は、この王の反応も想定済みだったらしい。毅然とした態度を貫き、そこに王家の女性らしい品格が光る。
「まず、此度のことは信頼の置ける者だけを選別してお進めくださいませ。宰相については、どうせすぐに話が通ってしまうことでしょう。ですから、早めにお父様のお側に呼び、ずっと共に行動するのです。お父さんの采配を横で見ていることだけが仕事ですわ。彼から彼の部下に指示を飛ばす余裕を与えないのです」
「あの者は、賢い。そんなことが」
「お祖母様の協力も得られますわ。権力を振りかざすのがお嫌いなお方ですが、今回ばかりは主義を曲げるとおっしゃっておいででしたから」
王は、ただ頷き返した。臣下としては、王が娘の言いなりで良いのかという気持ちもあるが、姫様の段取りの良さとその知恵には頭が下がる。この人こそ、実は賢いのではないかと、俺の中の彼女の評価は鰻登りだ。
「後はお母様がお戻りになった後のことです。宰相がどんな動きをするか分かったものではありません。私はお父様に味方を増やしとう存じます」
「味方とは」
「まずは、お母様を。お願いです。お姿を隠されたことは、絶対にお責めにならないてください」
「分かっている。元よりそのつもりはない」
「次に、お兄様との関係を強化してください。そして、お母様の捜索隊隊員として一番の働きを見せた騎士エースの昇進をお認めください」
「そこにも確たる思惑があるのだな?」
「えぇ。特に彼女は特別です。この裏付けをお話するとなると、そろそろお父様にも明かさねばなりませんね。私の正体と、世界樹のお話を」
「正体?」
「私は紛れもなくお父様とお母様の娘ですわ。そこはご安心を。ただ、前世があり、それが世界樹の意思とも繋がるところがあるのです」
王は、側近たちに最小限の指示を飛ばすために一時席を立ったが、すぐに戻ってきた。王の側近は、カモミール様に元々お仕えしていた者達で、王に幼少から仕えてきた信頼おける者ばかりで固められているらしい。その鉄壁の防御故、これまで宰相が直接的な手を出してこれなかったらしい。というのは王の離席中に、姫様が教えてくださったことだ。
もう完全に夜中に差し掛かっていた。姫様のお話が始まる。
俺も大方はクレソン様からお伺いしていたが、やはり本人から聞くと、また違う。彼女の悲しさや決意、そして愛が痛いぐらいに伝わってくるのだ。
最後に王は、こう締めくくった。
「時は来た。全てをあるべき所へ戻そう。ローズマリー、力を貸してくれるか」
「もちろんですわ、お父様。私は世界樹と一体になっても、永久にこの国を守り続けることをお約束します」






