85帰ることになった
マリ姫様の正体を知る人はまだ少ない。この王妃捜索隊の中にも、まだ知らない人がいる。中でもマジョラム団長は、豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「実は姫様には、前世の記憶があります。この世界に生まれてくる前に、別の世界で生きておいででした。そして、私とは幼馴染だったのです。にわかには信じられないお話かもしれませんが、これは紛れもない真実。どうか、最後まで私の話を聞いてください」
マリ姫様は、日本に住む男子中学生だった。名前は、衛介。一緒の高校に行こうと言って、受験勉強に勤しんでいた日々は本当に懐かしい。
衛介は、ある日突然こちらの世界へやってきた。でも私のように転移したのではなく、別の性別、別の体の赤ちゃんにその魂が宿っていたのだ。
「姫様……いえ、衛介は、未だに前世のことを引き摺っています。彼は、結果的に私とは再会することができましたが、自分を育ててくれた大切な両親と何の別れもせずに、突然こちらへやって来てしまったのです。彼は親孝行なタイプですから、とても負い目に感じているようでした」
だから、今世こそは家族を大切にし、できるだけ長く共に在りたいと願っている。そして今は、自分のことが原因でそれが叶わなくなっている現状を最も悲しんでいるのだ。
衛介は強い男の子だ。
私が王妃捜索隊として出発するにあたり、何か伝言などがないかと尋ねて、初めて漏らした弱音であり、本音であった。今の今まで誰にも言わず、一人で抱え続けてきた痛み。どれ程の忍耐が必要だったことか。
「中身は男の子ですから、人に弱いところを見せたくないというプライドがあるのです。でも、今回王妃様の捜索隊が結成された。ご存知の通り姫様の出発の時は近いので、衛介としても、ローズマリー様としても、本音を王妃様に伝えるチャンスはこれが最後だと思ったようでした」
衛介は、今の親に変な迷惑をかけたくないと、できるだけ王様や王妃様の前では女らしく過ごしてきた。そして、最後の強く願ったことは――。
『私の決断を許してください。そして、私の勇姿を見届けてください。いつまでも忘れないでほしい。例え遠くへ行ってしまっても、もう会えなくても、私はずっと母上の娘です。私は、母上のことが――』
私は、マリ姫様からの伝言を最後まで言い終えることができなかった。でも、言えなかった部分も全て、王妃様含め、この場に集う全員の心に届いたのではなかろうか。
衛介には言ったのだ。こんな大切なことは、ちゃんと自分の口で伝えるべきだと。でも、やはり中身は年頃の男の子らしく、「そんなこっ恥ずかしいこと、母親に面と向かって言えるわけねぇだろ?!」とキレられてしまった。なぜ私が怒られなきゃいけないの? だけど、それだけ本音はお母さんに甘えたい気持ちや、大切に想う気持ちが強いってことだよね。
これで、私の手札は使い切った。
正直、これだけしっかりと話し合えたのならば、王妃様がどんな答えを出そうと構わない。やはり要は、家族が物理的にも心理的にもバラバラになって、すれ違ったり思い込んだりしたまま、最後の時を迎えることだ。結局は家族の問題なので、誰かが間に入るのは通常ご法度かもしれない。でも、王家という特殊な家庭環境の場合は、こういう互いを改めて見つめ直す機会を周囲がお膳立てする必要もあると思うのだ。
王妃様は、俯いていた顔を上げた。
透き通るような美人だった。
先程までとは違う。強い決意を宿した瞳には光が差し、その視線が真っ直ぐに私の体を射抜く。
「分かりました。城へ、帰りましょう」
拍手が巻き起こった。地下の部屋に鳴り響く祝福と感謝の音。クレソンさんは労うように、そっと私の肩を抱く。
「王妃様、姫様はお強い方です。もし王妃様が姫様をどこかに閉じ込めてしまっても、今は自力で脱出する体力も知恵もおありです。それに、二人しかいないのではありません。皆がいます」
「そうね。ありがとう」
王妃様が笑った。やっと、ちゃんと笑ってくれた。そのことが、私はとっても嬉しかった。
と、その時。
「私も行きます!」
「サフラン?」
サフランさんが、いつの間にか王妃様の前に跪いていた。
「どうか、私も城へ連れて行ってください。私は、王妃様がこちらへいらしてから、ずっと身の回りのお世話を務めさせていただいておりました。もう既に、私は王妃様というよりも、貴方様個人に対して忠誠を誓っております。どうか、これからもお側においてください」
「私は嬉しいけれど、村長が許してくださるかどうか」
「村長、お願い!」
ここで、存在が空気になりかけていた村長が、ソファから立ち上がる。
「王妃様。見ての通りサフランはこんな跳ねっ返り娘で、どうしようもない村人です。しかし、地位や金、名誉などといったものとは無関係に、ただただ王妃様のことを崇拝していることは確かです。ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、どうか連れて行ってやってくれませんでしょうか」
村長は深く頭を下げて、サフランの隣で跪くような姿勢になった。
「そんな……おやめください。私という不穏分子を温かく迎え入れ、長きに渡り守り抜いてくださったご恩を、私は忘れたくありません。まずは、私が城に戻ることでワラベ村に不利益が被らないよう最大限のことをいたします。そして、私としてもサフランがこれからも側にいてくれると心強いです」
「王妃様!!」
サフランさんは、喜びの涙で泣き崩れてしまった。それを見て、私は密かに決心する。サフランさんはこんな田舎の出だから、城に行けば何かと苦労するだろう。でも、私の知り合いには城に勤めるベテラン侍女さんがいるではないか! もちろん、ラベンダーさんのことである。
ラベンダーさんはなぜか私に対抗意識を燃やしている人なので、私からは直接サフランさんのことを頼みづらい。でも、マリ姫様やクレソンさん、コリアンダー副隊長辺りからお願いしてもらえば上手くいくのではないだろうか。
けれど、考えなければならないことは他にもある。
「さて」
来ました、マジョラム団長! ここからは、司会進行を彼に任せます。政治的な話が始まるのだ。
「我々は王妃様がお戻りになられることを切に願い、ようやく叶うことになったわけだが、これに伴い解決しておかねばならない問題が多々ある」
まず、城に戻ってからの王妃様の処遇のことだ。彼女は、王の妻であると同時に、王妃という役職にも就いているようなもの。それをずっと放棄していた。これは、何らかの罰が及ぶ可能性がある。
実は、王妃様が元々他国の姫ということもあり、行方不明の五年間には国内の貴族の一部は自分の娘を王の正妃としてすげ替えようとした者もいる。王にとってこれは言語道断であり、宰相も自分以外に力を持つ者が現れる兆候は潰したがっていたため、ついに実現しなかったが。しかし、王妃様がこれを期にその座を正式に追われてしまう可能性もあることは確かなのだ。
ここで、手を挙げたのはアンゼリカさんだった。
「ここは、王妃様含め関係者でひと芝居打つのはいかがでしよわうか」
アンゼリカさん案はこうだ。
城に頻繁に訪れていた魔物の大群。その中には人の精神に介入するような悪い魔物がいて、王妃様は気が触れる病にかかってしまい、自我喪失してしまう。そのまま森へ迷い込み、ワラベ村に辿り着いた。村は、まさか王妃とは知らずに、献身的に療養を手伝っていた。そこへやってきたのが王妃捜索隊。ちょうど良くなってきたタイミングだったので、帰れることになったという筋書きである。
「魔物や世界樹の影響を匂わせると、最もらしくなると思います。国母でもある王妃様が、国を代表して世界の不均衡による歪みをその身に受けたとなると、誰も責められますまい。さらに、姫様が王妃様に信頼を寄せている様子を公にすれば、少なくとも庶民は敵にはならないでしょう」
マジョラム団長は、難しい顔をしながら唸った。
「だいたい採用しよう。ただ、それだけでは貴族は納得できない。やはり、何かの利権が絡まねばならない」
「でしたら、私達の出番でしょうか」
口を挟んだのは、私のお母さん。出番って、何だろう?
「私達はこの村に来て、様々な改革を進めました。良いことをこの村だけに留めるのは勿体ないと思われませんか? 王妃様を優遇すると、漏れなく新技術がついてくる。そこに新たな商売や利権が絡むことは、お偉い様方ならば、すぐにお気づきになるでしょう」
元々王妃に娘を据えるという野望も、その先にある権力の向上、引いては自分の領地や商売の発展を見込んでのことだ。危ない橋を渡って王妃様を扱き下ろすよりも、正攻法で新たなビジネスチャンスを掴むほうが良いかもしれない。
「姫乃は食文化のバラエティを広げようとしています。私はお役所の中のお仕事に役立つ改革ができます。夫は産業に役立つ知恵をたくさん持っています」
わー、これだけ聞くと、私の家族ってマジでチートじゃない?! よーし、いつか世界征服!なぁんて考えるわけないけれど、少しずつ皆の役に立つ存在になれば、私もお父さんもお母さんも、もっとこの世界の人間になっていけそうだね。
うんうん、なんか話が上手くまとまってきた気がする。でも王妃様は、まだ心配事があるようだ。
「皆さん、ありがとうございます。ただ、ここを私が離れてしまうと、村の様子が分からなくなってしまいます。知らぬ間にどこぞの貴族が武力侵攻していた、なんて話にならぬようにしたいのですが」
「その心配はありませんよ」
優しく声をかけてくれたのは、クレソンさん。
「ここにいるソレルという男をこの村に置いていきます。ワラベ村に駐在させ、定期的に城へ連絡させましょう」
「えー、やだよー」
ソレルさんは、まさか自分が指名されるとは思っていなかったらしく驚いているようだ。私も彼だとは思っていなかったけど、確かに消去法的にはそうなるのかなぁ。
「ソレル、なぜ僕が王妃捜索隊に入れたんだと思う?」
「青薔薇祭二位の腕前だし、なんだかんだで信頼がおけるからだろう?」
「それは違うな。お前は森で住み慣れている。ここに来る前から、母上は都会にはいない気がしていた。となると、田舎で順応できる者を通信係として一人連れて行く必要があったんだ」
「出発前からそんなこと考えてたのかよ」
ソレルさんはもはや騎士ではないので、総帥であるクレソンさん相手でもタメ口だ。この二人は個人的な主従関係、ということになるのかな。
「正直さ、みんな綺麗事ばっかいって王妃を追い詰めて、これ、無理なんじゃね? って俺は俺は思ってたわけだよ。無理強いして、後でもっと大事になったり、王妃様が傷ついたりしても知らないからな!ってな。ん? それがいけなかったわけか?!」
いや、別にクレソンさんはそういうソレルさんの内心を見通した上で、罰としてここに残すわけではないと思うのだけれど。でも、すっかり勘違いしているソレルさんの荒らげた声は止まらない。
「てか世間じゃ、こんな状況にでもなれば逃げる人なんて普通にいっぱいいるよ。別に弱いところがあってもいいじゃん。自分勝手でもいいじゃないか。ほら、人生は一度きりなんだ。好きに生きる権利は誰にでもあるはずだよ!」
ソレルさんは肩で何度か息をして、ふと我に返った。完全に「やっちまった!」って顔をしている。そだね。ここは王妃様の御前であり、相手はハーヴィー王国騎士団総帥だもの。だけど、見て? 王妃様が急にニコニコしだしたよ。
「一人でも、そう言って慰めてくださる方がいらっしゃると、私も救われる思いです」
「いや、俺はそんな大それたことをしたわけじゃ」
ソレルさんは謙遜して激しく首を横に振る。
「でも、もう決めました。ずっと悩んでいたことに答えが出せて、ある意味ほっとしているところもあるのです」
王妃様はソレルさんに近づいていって、なんとその手を取った。ソレルさんが失神しそうになっている。
「私は城に戻ります。そして、寛容的で人の痛みが分かる優しいあなたに、ここに残って通信員となる大切な役目を与えたいと思います。私、あなたならば信頼できそうですから」
「そ、そこまでおっしゃられると、断る由もございません。謹んでお受けいたします」
ソレルさんが、王妃様の騎士になった。と、私は思った。
そう言えばここまでの道中、ソレルさんはこの辺りには良い薬草が多そうだと話していたな。となると、彼の専門分野である薬学研究もワラベ村ならば捗るかもしれない。住めば都になるといいな。
そして私は、クレソンさんの黒い呟きを聞き逃すのである。
「よしっ。これで邪魔者は一人始末した」






