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83空白の五年間について聞いちゃった

 これ、どうしたらいいんだろう。確かにマリ姫様も私と同じ黒髪の女の子だけれど、正直言って掠りもしない程似ていない。何しろ彼女は、こちらの世界で赤ちゃんから人生をやり直しているのだ。つまり、顔つきは完全に所謂西洋系の目鼻立ちが整った美少女なのである。対する私は、自分ではあまり言いたくはないけれど、凹凸の少ない平らな顔に、不細工すぎない程度のレイアウトで目と鼻と口と耳がくっついているという状態。やれやれ。なぜ間違えられちゃったの?


 そこへ助け舟を出してくれたのは、私のお母さんだった。


「モリオン様、やめてくださいよ。こちらは、うちの娘で、姫乃と申します。ほら、姫乃。ちゃんとご挨拶なさい!」

「あ、は、はいっ! 王妃様、こんな夜更けに突然お仕掛けまして申し訳ございません。私は姫乃と言います。一年近く前にこちらの世界へやってきた異世界人で、こちらに来てからは王城で騎士として雇っていただき、エースと名乗っています。あのっ、その節はうちの両親の生命を救ってくださいまして、どうもありがとうございました! あのっ……」

「姫乃、落ち着きなさい」


 だって、王妃様と顔を合わせることは分かっていたけれど、まだ自己紹介する心構えが整っていなかったんだよ。まさか、実の息子や騎士団長を放置で注目されるとは思わなかったんだもん。


「そう……なの」


 王妃様は、力無くその場にうずくまってしまった。白いドレスの裾が花びらのようにフワリと地面に広がる。


「あなたは騎士で、息子と第一騎士団長が直々に私を迎えに来てしまったのね」


 暫時取り乱しても、さすがは王妃。すぐに事態を把握して、次なる行動を模索している。


「この部屋は、村の中でも本当に限られた人だけが辿り着ける隠された場所。この扉を突破されては、もうこれ以上の逃げ場が無いの」


 王妃様は、サフランさんに支えられながら何とか立ち上がった。


「立ち話も何ですし、皆でお茶にしましょう。この部屋は意外と広いのよ。サフラン、用意してちょうだい」


 サフランさんは、数秒唇を噛み締めたまま、王妃様をじっと見つめ返していた。


「サフラン。言いたいことは分かるわ。でもたぶん、もう潮時なの。私は、答えを出さなければならない」


 サフランさんの目は未だ反抗的なままだったけれど、すぐに小走りで部屋の奥の方へと行ってしまった。私達は、王妃様に促されるままに、中へ足を踏み入れる。


 確かに。ここは地下とは思えない程明るく、広い空間。天井もけっこう高くて、ここが村であることを忘れてしまう程、センスのある部屋だった。白で統一された上品な調度品がずらりと並び、中にはいかにも高級そうな食器や本類が納められている。足元もふかふかの立派なカーペット。薔薇のモチーフを取り入れた可愛らしい壁紙も素敵だ。


 私達は部屋の中程にあったソファに掛けることとなる。


 しばらくすると、誰も喋らなくなった静かな部屋に、カラカラと音を立ててワゴンがやってきた。サフランさんが、運んできた茶器とお菓子をローテーブルの上にセットしていく。香り高い湯気が、場の空気を少しだけ和ませた。


 そんな中、王妃様が語り始めたのは、これまでのこと。



   ◇



 王妃様が城から姿を消したのは、計画的なものだった。ちょうどクレソンさんの誕生日を記念して城では夜会が催されることになっていた日。日中は、国内外からの迎賓や、通常よりも多くの物の出入りで、城の中は蜂の巣を突いたような慌ただしさになる。もちろん下働きを始めとする人の出入りも多くなり、門衛のチェックも行き届かない程だ。王妃様は、このタイミングを選んだ。


 城からの脱出経路は、王族のみが知る隠し通路。王妃様の部屋からはその通路へと続く扉があり、王妃の証でもある白い石のペンダントのみ、テーブルの上に残して去った。


「書き置きも残さなかったわ。侍女を数人連れて行くことも考えたけれど、すぐに諦めたの。私と一緒に来れば、何かの罪を着せられて彼女達の人生が暗転してしまうかもしれない。それにね、誰からも忘れ去られるように、消えるようにしていなくなりたかったから。本当ならば、私の持ち物や残り香、全てを抹消したかったぐらい」


 王妃様は、長く暗い通路を歩き続け、それはいつしか地下道が流れる場所へ突き当たる。普段は人が立ち入らない場所だ。彼女がそこへ足を踏み入れた途端、元来た道への通路は大きな石で塞がれてしまう。王妃様はもう戻れないことに、ある意味安堵し、地下道点検用の出口を探して、今度こそ外へ出た。


 そこは森の入口で、まだ歩けば街に出られるような場所。王妃様は持っている中では最も動きやすい服装をしていたが、それでも目立つ。そこで、夕方になるのを待ち、ショールで顔を隠して街のはずれの服屋へ赴いた。


「この服を売ってくださいませんこと?」


 王妃様は、娼婦のフリをして服を売り、代わりに質素な草色のドレスワンピースを購って身につけた。ここからは本格的な逃避行が始まる。


 辻馬車を乗り継いで、さらに栄えた町中に出ると、髪を染めるものを探す。安宿に泊まってさらに変装すると、今度は冒険者ギルドへ入っていった。そこで護衛を雇い、北へと向かう。三つ目の村で護衛が王妃様の素性を知りたがったので、共に行動するのはそこまでだった。王妃様は、その後も持っていたお金を少しずつ減らしながらハーヴィー王国を少しずつ北上する。


 次第に王妃らしさは失われていった。ようやく気に入った村を見つけ、そこの薬屋で店番の仕事を始める。生来の美しさと、ある種の信念だけを宿した村娘。一風変わった女は、やはりこの場所でも目立ってしまった。そしてまた、次の村を目指す。


 そうこうしている時、王妃様に二番目のピンチが訪れた。一番はもっと先だ。


 王妃様が、村の額縁屋にあった王妃の肖像画ととてもよく似ていると、噂されるようになってしまったのだ。まさか、本人だと言うわけにもいかない。王妃様は、その村から逃げ出すタイミングを伺っていた。


 そして、今夜こそと考えていたその日、王妃様は何者かに拉致されてしまう。不覚をとったことで、王妃様はさらに自己嫌悪に陥っていった。この生活のために、随分前から自分のことは自分でできるように練習し、侍女達の振る舞いを見て覚え、庶民の本を読んで国民の生活を知り、時々変装して街に降りては買い物のし方も覚え、十分に準備を整えてきたのに。そして、やっと根無し草から開放されそうな時に限って、こんなミスを犯すなんて。


 しかし、見知らぬ男達の声しか聞こえてこないズタ袋の暗闇では、どうもこうも足掻きようがない。やっとのことで外の新鮮な空気が吸えた時には、目の前に額縁屋の主人の顔がどアップで迫っていた。


「離してください! 私は王妃ではありません!」

「やだね。本物かどうかなんて、どうでもいいんだ。とりあえず、報奨金を貰えるところまで役人を誤魔化し切ることさえできれば、誰であってもいいことなのさ」

「報奨金?」

「お妃様はそんなことも知らないのか。随分前から、国中に広まっているお触れだ。疾走した王妃を見つけ出したものには、金一千万バーゲルが出るんだとよ」


 これは、庶民が十年は遊んで暮らせるぐらいの大金だ。王族としてある程度の経済的な実情を把握していた王妃様は、ハーヴィー王国にそんなゆとりが無いことを知っている。にわかに信じられないことだった。同時に、王が無理をしてでも自分を探そうとしていることを理解してしまう。


 そして、罪に苛まれる。


「夫である王とは、良き夫婦であったと思います。彼には何の非もなかった。なのに私は」


 王妃様は両手で顔を覆って俯いてしまう。私は、これ以上彼女を追い詰めてはいけないと思った。


「それで、この村に着いたのはいつのことなのですか?」


 王妃様は、サフランから渡された白いハンカチで目元を拭う。


「その、すぐ後のことでした。私は、袋に入れられたまま馬車に他の荷と一緒に詰め込まれて、森を抜ける商隊に引き渡されたんです。さすがに田舎の小さな店の店主が、他人の目を盗んで私を王都に連れて行く方法は限られていましたから」

「では、馬車から逃げたのですか?」

「そうです。走る馬車から身を乗り出して、転がり落ちるようにして。ズタ袋越しの脱出でしたから、手足もろくに自由がきかなくて。何もかもがズタズタになり、私は森の中の下り坂をどこまでも落ちていきました」


 そうして王妃様は、今どこにいるのかも分からない場所で、一人きりで野垂れ死にしそうになっていたというのだ。自分は何をしたかったのだろうか。ここまでしても、マリ姫様のことを忘れることもできず。かと言って死ぬ勇気も出なくて。もはや、何から逃げているのか、何をしたいのか、分からなくなってしまった。


 森の中は、余程の知識がない限り食べるものを見つけることもできない。宛もなく彷徨い続けた王妃様は、ついに意識が朦朧として倒れ込んでしまった。世界が白く染まる瞬間は、マリ姫様の笑顔を思い出したと言う。


 次に目が覚めた時は、まず驚きのあまり体が硬直してしまった。寝かされていた場所。そこは、天井は低いものの小綺麗な部屋の中。清潔なシーツ。暖かな毛布。石鹸の香りがする衣。久しく感じることができていなかった贅沢。王妃様はワラベ村の人に発見されて、介抱されていたのだった。


 この村は、これまで行ったどの村とも違った。何が違うのかは分からないが、とにかく情には厚かった。それ故、王妃様が村長に正体を明らかにするまで、長くはかからなかったと言う。


「私はワラベ村にいたい。でも私を匿えば、いずれワラベ村に災厄が降りかかるかもしれない。とても、とても迷いました」


 王妃様は、自問自答の日々を過ごし始める。この村を出ようか。それとも村民の好意に頼り切って、ここに腰を据えるか。そんなある日、未だ体調が思わしくなかった王妃様は、再び森の中で倒れてしまう。それを発見したのが私のお父さんとお母さんだった。


「あの時は本当にびっくりしたわ。この世界に来て初めて出会う人間が、天女か女神みたいだったんだもの。正に、運命の出会いだったわ」


 お母さんはうふふと声を出して笑う。


「あれは、私にとっても運命でした」


 王妃様はその日を思い返しているのか、視線を天井に上げた。


 村は、王妃様に次いで、異世界人のお父さんとお母さんのニ人を抱えることになる。これは新たな風という言葉では収まりきらない程の大きな刺激と変革をもたらした。良くも悪くもだ。

 ここで、村長や村人が考え抜いて到達した結論がある。


 王妃様と私の両親の存在は、秘匿しよう。


 元々、他の村ともほとんど交流のなかったワラベ村。この素朴で温かな毎日を守るためには、これが一番だという話になった。それでも、隠し事というのは知らぬ間にどこかへ漏れるものだ。そこで、一つ対策を練ることになる。


 表向きは、私の両親を秘匿しているだけとする。もし何か隠し事をしていることがバレたら、両親が表へ出る。そうすることで、三人の中で最も守るべき王妃様のことを隠し通すことができるのではないか。木は森の中に隠せ作戦ということかな?


 この案を出したのは、意外にも私の両親だったそうだ。


「寿子さん達は私のことを恩人だと言うのだけれど、本当の恩人は寿子さん達ご夫婦の方なのです」


 やっと、点と点が繋がって線が浮かび上がった。その線が今後どちらに向かって伸びるのかは、この時点では分からない。けれど、それも全て王妃様のお心次第だろう。彼女は今、最大のピンチを迎え、最大の試練と向き合っている。


 王妃様の話は長く深いものだった。お茶はまだ誰も口をつけていないのに、すっかり冷めている。


「そこへやってきたのが我々なのだな」


 静寂を破ったのはマジョラム団長だ。団長は王妃様の命懸けとも言える長い旅を聞いて、顔色を悪くしていた。心を痛めると同時に、この話を王様にどうやって伝えようかと思いあぐねているのかもしれない。


「王妃様。貴方様のお気持ち、覚悟の程は十分に承知いたしました。その上でお伺いします」


 マジョラム団長の声に、部屋の空気が一層張り詰める。


「貴方を待つ人がいます。我々と城へお戻りいただけませんでしょうか」



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