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82隠し部屋に入っちゃった

 こちらです、と言われて連れて行かれたのは、暗がりの中の菜園だった。月明かりに照らされた足元の悪い畦道を関係者達がそぞろ歩く。土にめり込むブーツの靴音が、壮麗な交響曲の第一楽章のように、来たるものを恐れておどろおどろしく響き合い、緊迫した空気をさらに掻き乱すような不協和音を奏でている。


 そこは、見るからに質素な掘っ立て小屋だった。目の前の畑で使う農機具が仕舞われているかのような様相で、とても人が住めるような場所ではない。マジョラム団長は、分かりやすく悪態をついた。ここまで来て、妙な威圧を放たないでほしいものだ。引率してくれた村長が可哀想なぐらい怯えている。


「こちらです」


 そう言って、村長が木の扉を引こうとしたその瞬間、中から何かが飛び出してきた。村長はそのまま軽く後方へ飛ばされて、尻もちをついている。着地点が畑で、地面が比較的柔らかかったのが幸いか。


 視線を扉に戻すと、驚きのあまり固まっている人物と目が合った。こちらこそ、びっくりなんだけど。なぜ、あなたがここにいるの?


「サフランさん?」

「ねぇ、これ、どういうこと?」


 彼女の声は、怒りと戸惑いに揺れている。


「そ、村長は何してるの? ここには絶対に近寄らせないって言っていたのに!」


 すると、ようやく村長が畑からその身を起こしていた。禿頭が月夜の光で艶めいている。サフランさんは、村長承認の元、私達が来たことを理解したみたいだけれど、それでも扉の前を動こうとしない。


「駄目よ。ここは通さないわ! ワラベ村のか弱き美少女門衛、サフランの名にかけて、ここは絶対に死守します!」


 そっか。門衛か。なぜか、私の中に闘志の炎が灯った。


「エース、僕達が手を出すと、彼女はいろんな意味で再起不能になってしまうかもしれない。悪いけれど、お願いできないかな?」


 クレソンさんが、眉を下げて私に話しかける。そうだよね。私以外は貴族や王族、本当の意味で名のある方々ばかり。もし何かあれば、サフランさんが優勢になったとしても咎が及んでしまうだろう。となると、平騎士の私が出るしかないよね。しかも、同じ門衛だもの。ここは正々堂々と勝負しましょ!


「はい。私が出たいです」


 クレソンさんは、私の積極的な返事に目を丸くしていたけど、そっと背中を押してくれた。その勢いで、サフランさんの前に立ちはだかる。


「たぶん、勝負は一瞬で決まると思います」

「そんなの、こっちの台詞よ! 御託はいいから、さっさとかかってらっしゃい!」


 いつの間にかサフランさんは、その右手に槍を握っているではないか。でも、その槍は彼女の身の丈に合っていない気がする。少し重いのか、持っている状態だけで体のバランスを崩しかけているもの。ある意味同胞意識を持ってしまうけれど、こんなところで同情なんてできないわ。


「分かりました。では、行きますよ?」


 私を煽ったこと、とくと後悔させてあげる。だいたい門衛の癖に態度が大きすぎるのよ。門衛てものはね、どんな人がやってきてももっと堂々として、扱いは平等でなくてはならないの。そして、日本で言うところのおもてなし精神が皆無ってどういうこと? 後で説教してやるんだから。王城の門衛、舐めないでよね!


 サフランさんは、女子特有の甲高い雄たけびにも似た声を上げ、一気に大槍を振り上げる。正直言って、隙しか無い。私はゼロコンマ数秒で白の魔術を右手の中に発動させ、さらにそのゼロコンマ数秒後には手のひらを彼女に向けていた。こちらが丸腰だったら、魔法使うのは分かりきっているはず。なのに何の対策もせずにかかってくるなんて、無計画にも程があるよ?


 私がニヤリと笑い、サフランさんがそれに気づいて口元を歪ませ、その槍の起動をブレさせてしまった瞬間。私は一気に魔術を開放した。


 辺り一面が白く光る。というのは、ちょっと驚かせたかったので、これはただの演出。本命の彼女は、いつもの小さな結界に閉じ込めてしまった。本物の悪党ではないから、ちゃんと外から酸素は出入りできてるし、中の声もこちらに聞こえる仕様にしてある。親切でしょう? やはり女の子相手なので、ちょっぴり甘くなってしまった。


「何よ、これ。出られないじゃない!」

「私の結界は、そう簡単に破れないよ」


 サフランさんは、中から結界の見えない扉を叩き割ろうと、拳骨を振りかざしている。槍は結界の外なので、それぐらいしかすることがないのだろうけれど、無駄な足掻きってこのことね。


「この国で、破れる人はいないんじゃないかな」

「もし破る方法があったとしても、中の人は無事でいられないだろうね」


 クレソンさんとソレルさんは冷静に解説している。

 私は、彼女が入った結界を空中に持ち上げてみた。私の背よりも高いところに浮かび上がる。


「やめて! 私、スカートなのよ?!」


 心配しなくても、今は夜だし逆光になってるから、スカートの中身なんて見えないし、興味ある人いないよ。と思っていたら、いたわ。ここに。


「サフラン、王妃様の選択肢を狭めてはならぬ。お主にその権利は無い」


 村長、せっかく良いこと言ってるのに、わざわざサフランさんの真下に移動して上を仰がなくてもいいんじゃないですか? いろいろ台無し。一方サフランさんは、この暗がりでも分かるぐらい恥ずかしそうに顔を赤らめたので、私は魔術を解除した。これぐらいの高さなら、落ちても死なないでしょ?


「このエロ爺!!」


 サフランさんは、上空から村長に飛びかかっていった。今や、怒りの矛先は完全に村長へ。いや、これ、私はワザとじゃなかったんだよ? ほんとだよ?



   ◇



 そして、ようやく落ち着きを取り戻したサフランさんと、暴行を受けた村長は、肩で息をしながら掘っ立て小屋の中へと案内してくれた。その直前、行動を共にしていたお母さんから、「姫乃、まるで異世界人よ?」という反応に困る言葉ももらった。


 さて! まず、入って右手にあるのは農機具。左手には木桶や壺。あれ? 王妃様は? と思っていたら、サフランさんが彼女の足元の床を、踵で五回踏み鳴らす。すると、すぐその脇の床板の一つがギリギリと音を立ててスライドし、地下へと続く穴が出現したのだ。ちょっと古代遺跡みたいな仕掛けだね。


「こちらよ。でも、王妃様が会わないとおっしゃったら、今度こそ帰ってもらいますからね!」


 サフランさんは私達に念押しすると、急にしゃなりしゃなりと猫のような腰つきで、地下へと降りていった。私達もそれに続く。


 地下一階と思しきところに出ると、そこは少し広い踊り場になっていて、さらにそこから下へ降りる階段が全部で三つあった。サフランさんは、そのうち一番左の方へ進み、突き当りにあった扉をノックした。


「サフランです。今夜は……あの……」


 どうやら、まだ王妃様には私達一行のことを話していなかったようだ。彼女はどうやって本題を切り出そうかと困っている。話の持って行き方次第では、今後のサフランさんと王妃様の信頼関係は変わってしまうだろう。それに、王妃様がどんな反応を示すのかも分からない。最悪の場合、そのままこの村を飛び出して、また行方不明になってしまう可能性もある。彼女でなくても緊張する大仕事だ。


 私は最悪の場合を想定して、人差し指を天井に向けた。指の先端から発動させた白の魔術の糸を地上伸ばす。そこから、村全体を覆うように薄く白い光の膜を広げていく。クレソンさんとマジョラム団長は、私がしようとしていたことに気づいたらしく、よくやったとばかりに頷いてくれる。


 その時、中から微かに声がした。クレソンさんの目が、すっと大きく開かれる。


「サフラン、どうしたの? 忘れ物かしら? 今開けるわね」

「いえ、まだ開けないでください! 私一人じゃないんです」


 そこへ、のんびりとした声が加わった。


「あの〜、モリオン様? 寿子です。実は私の娘が訪ねてきまして、ぜひモリオン様にお目通りしたいと申しているのですがぁ」

「娘さん?! 世界を隔てて生き別れたという方よね! すぐに開けますわ」


 直後慌ただしい音が扉に近づいてくる。お母さんがこちらを見渡してウインクしてみせた。何、この全て持っていかれた感は。お母さん、テヘペロしてる場合じゃないよ。また村長が頭を抱えているんだから。


 扉は、何重にも鍵がかかっているようで、しばらくガチャガチャという金属音が続いた。そして、何事もなかったかのように開け放たれる。


 扉の向こうにいたのは、黒よりも薄くグレーよりも濃い色の髪をした、儚げ美人。白いシンプルなドレスを纏っていて、そのスタイルの良さが服の上からも見てとれる。背は案外高くて、アンゼリカさんぐらいはありそうだ。


「あら、殿方もいらっしゃったのね。どうしましょう、私こんな格好で」


 はにかむ姿は少女のようで可憐だ。とても子ども二人産んでいるようには見えないし。


 モリオン王妃は近くにあったショールを羽織ると、扉から少し身を乗り出して、こちらを仰いだ。視線は階段の一番下にいたサフランさん、お母さん、なぜか最前列にいたソレルさんと、順番に辿っていく。そして、私とクレソンさん、さらにはマジョラム団長の顔を見た途端、その顔からは血の気が一気に引いてしまった。


「どうして、ここに……」


 蚊の鳴くような声。その視線は、旧知であるマジョラム団長でもなく、息子であるクレソンさんでもなく、私自身にしっかりと向けられている。え、なんで、私?


 王妃様の目からは、真珠のように美しい涙の粒が溢れ出して、そのツルリと光る白い頬の上を転がり落ちていった。


「どうして、あなたがここに来てしまったの?」


 王妃様が、私を見据えたまま、数歩こちらへ近寄ってくる。


「ねぇ。私の愛しい……ローズマリー」



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