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79再会しちゃった

 一番に立ち上がったのはステビアさんだ。ここに集まる貴族級の人の中では一番下っ端だし、ちょっとでもアンゼリカさんに良いところを見せたいのかもしれない。


「どなたですか?」


 ドアに向かって斜に構え、手は腰の剣に添えている。


「あのー、シメのおじやのために、ご飯お持ちしたんですがぁ」


 間の抜けた声が、ドアごしに少しくぐもって聞こえてくる。私は何かの夢から目覚めるかのように、ゆっくりと空気を吸い込んだ。


 まさか。


 え、まさか。


 でも。


 え。


 私が人で様々なケースを想定し、逡巡していたのは二秒間。ドアはギギッと音を立ててながら、ごく普通に外へ向かって開かれた。


「あ」


 声がハモった。


 扉の向こうにいたのは、深緑色のワンピースの上に生成り色のエプロンをつけた中年の女性。若干ふっくらしていて、いかにも人の良さそうな雰囲気の――





 我が、母であった。


「ひめちゃん?」

「お母さん?」


 お母さんは、驚愕のあまりご飯を入れている器を取り落としそうになった。それをさっと支えるために、その背後から現れた人影は――




 我が、父で。

 でも、お父さんはちょっと痩せた? 最後に見た時よりも筋肉がついて逞しく見えるのだけれど。日焼けも少しして、肌が浅黒くなっている。紺色のシャツに黄土色のベストという村人スタイルも、とてもよく似合っていた。



 え。ナニコレ。夢? 夢じゃないよね? 味噌の香りがリアルすぎるもんね。どういうこと?


 混乱しているのは私だけではない。

 まず、村長は何かを制するように手をドアの方に伸ばしたまま彫像と化していて、マジョラム団長、ステビアさん、ソレルさんは頭の上に大きなはてなマークを浮かべている。


「エース、もしや、あなたのご両親か」


 アンゼリカさんが、あくまでクールに切り出した。


「そうだと、思います。でも、なぜこんなところに……」


 私は、頭の中が真っ白になってしまって、どうしたら良いのか分からない。無意識のうちに立ち上がって、気づいたらクレソンさんに支えられながら、お母さんとお父さんの前に進み出ていた。


「本当に、お母さんと、お父さん?」

「姫乃、なのよね?」


 急に鼻の奥がつーんっと痛くなった。もうそこからは歯止めが効かない。全身がかーっと熱くなって、目から滝が流れていた。


「お母さん!」

「姫乃!」


 これまで読んだことのあるどんな物語よりも感動する瞬間だった。生きてくれていた。また会うことができた。姫乃って呼んでもらえた。こうして再会のハグをして、お母さんのふくよかな身体に抱きしめられて、じわじわと実感が広がっていく。確かに、この人は、私のお母さんだ。そして、お母さんの肩越しに見える、泣くのを我慢して微妙な表情をしているこの人こそ、私のお父さんだって。


 言葉なんて、要らないと思った。伝わってくる自分の家族の温もり。ずっと長い間、私の中で求めていたもの。どうしても、埋まり切らなくて、欠けていたもの。そして、帰る場所。


 今なら言える。これまでうっかり日本に帰れる方法が見つかっていなくて本当に良かったって。私の場所はここにある。クレソンさん、アンゼリカさん、ミントさん、第八騎士団第六部隊の皆のことはもちろん、私のルーツであるこの二人がここにいる。


 今この時から、異世界は、マイワールドになった。


 それから、どれぐらい時間が過ぎただろう。お母さんは名残惜しそうに私から体を離すと、すぐ隣にいたクレソンさんに向き直る。


「あの、娘がお世話になっているようで」


 お母さん、たぶんクレソンさんのイケメンっぷりに気おされているな。言葉がどこかたどたどしい。


「お母さん、こちらは我がハーヴィー王国の第一王子、クレソン様だよ」

「エース、様づけなんて酷いよ。もっと深い関係なんだから、いつも通りで良いのに」


 クレソンさんはクスクス笑っていたが、やがて表情を引き締めた。しっかりと私の両親と目を合わせる。


「はじめまして。私はクレソンと申します。姫乃さんの婚約者です」


 次の瞬間、クレソンさんの頭に何かが飛んできた。バシッと良い音を立てて地面に落ちたのは……サンダル? 見ると、お父さんが顔を沸騰したみたいに赤くさせて、肩で息をしていた。もちろん、片足は裸足になっている。でも、相手が王子だったことを思い出したのか、突然慌てたようにうろたえ始めた。うん、そういうところ好きだよ、お父さん。でも、ごめんね。クレソンさんには私が結界の加護をかけてあるから、こういう想定外の攻撃が来ても本人はノーダメージなんだよね。



   ◇



 こうなってしまえば、歓迎会なんて吹き飛んでしまう。完全に再開を分かち合う目出度い会に成り代わってしまった。私は両親から尋ねられるままに、この世界に来てからのことを話し、両親はそれを一言一句聞き漏らすまいと耳を傾ける。一通り話し終えたところで、お父さんはこう締めくくった。


「そうか。姫乃はずっと王城の騎士団で世話になっていたのだな」


 ごめん、お父さん。実は少しだけ話をしなかったことがあるんだ。一度騎士をクビになって、結局は復帰したけれど今でも宰相達から睨まれる存在だなんて、言うわけにはいかない。きっと心配して、この村から出してくれなくなるのは目に見えているもの。


 お陰で、ほら。私以外の捜索隊の方々は皆咳払いしたり、微妙な反応してるでしょ。てか、もっと皆ちゃんと演技してよ! ここで真実を話せば、うちの両親の信頼が得られなくなって商談も王妃様のお話もおジャンになってしまうかもしれないのに。


「いえ、お世話になっていたのはこちらの方です」

「そうだな。我々がこうやって遠征に出られるのも、全てエースのお陰と言える」


 クレソンさんの言葉を引き継いだのは、マジョラム団長だった。


「王城は長年魔物の大群に襲われ続け、これまで数多の騎士が生命を落としてきた。しかしエースが城に来て結界を張って以来、魔物討伐による死者はゼロ。これは驚異的な数字であり、中に住む王族の安全性は飛躍的に高まった。もちろん、城で働く我らもだ。これは歴史に名を刻む功績だろう」


 こんな手放しに褒められるなんて、予想だにしなかった私は、暫しアホ面を晒すことになった。だって、マジョラム団長だよ? 彼は、クレソンさんが言っていたように、ずっと私を見極めようとしていた。生粋の第一騎士団団長なのだ。


「団長、ありがとうございます」

「まだ、完全に認められたわけでは、ない。だが、エースの功績は明らかであるし、王を始め姫様、騎士を含む城で従事する多くの者を惹きつけてやまない魅力を持っているのは、疑いようのない事実だ。ただ」

「ただ?」


 少しムッとした顔で問い返したのはクレソンさん。


「ただ、羨ましいのと。そして、心配なだけだ。後は私の問題。それ程に、この者は、時期王の王妃として相応しいと思う」


 そう言って笑ったマジョラム団長ときたら……一瞬クレソンさんの王子オーラが霞みそうな程のイケオジオーラを爆発させて、危うくノックダウンされそうな私であった。


「それ程にエースは、この国から、そしてたくさんの人から必要とされているのね。ねぇ、あなた」


 お母さんが、未だに片意地を張っているお父さんの脇腹を肘でつつく。


「ずっと話してきたじゃない。もし、姫乃と再会することができたら、今度こそ自由にさせてやろうって。私達は長年共働きで、姫乃がずっと家族を繋ぎ、支えてくれた。いえ、そんなものじゃないわ」

「そうだな。そんな綺麗な言葉は、真実ではない。姫乃はたぶん、被害者だった」


 突然のシリアスな雰囲気に、私も王城から来た皆も飲まれてしまう。俯いていたお父さんは顔を上げた。そこから始まったのは、まるで罪の告白のようで。


「姫乃は、幼い頃から所謂いい子だった。むしろ、いい子すぎだった」

「いい子じゃないといけない、誰かに必要とされなければならないって刷り込んでしまったのは、たぶん私達なのでしょうね」

「それを分かっていながら、姫乃に子どもらしい時間や、心のゆとりを持たせてやれなかったのは……」


 それ以上は言ってほしくない。

 私はお父さんに飛びついた。


 確かに、以前の私はそうだった。異世界転移した時もそう。とりあえず、冷静でいようとした。何か後悔したり、騒いだりしてもどうしようもないことが直観的に分かったのもあるけれど、それ以上に、新しい土地で私は「いい子」でありたかったのだ。


 その後降り掛かってきた数多の災難や試練も、皆の期待に応えたくて。そうすれば、生活基盤が確保されるし、何より私が私でいられたから。そうしないと、たぶん私は私を許して生き続けることができなかったのだ。


 でもね、お父さん、お母さん。私はいつまでも子どもじゃない。お父さんとお母さんがいなくなって、とっても寂しかったけれど、私は私なりに新しい道を歩き始めている。その第一歩は、オレガノ隊長の実家での出来事。そして、ミントさんと、アンゼリカさんとのお話。さらに言えば、クレソンさんの存在。


 私はこの世界に来てたくさんの人と出会った。悪い人も良い人も、本当にいろいろいる。その中で私が前を向いて進んでいくことができたのは、いつも私を支えてくれる人達がいたから。私は皆がとても大切だし、とても大好き。


 そして、人は役に立つかどうかが、その人物の価値判断基準じゃないことを知った。掛け値無しに大切にしてくれる人がいる。信頼し、信頼したくなる。そんな人がいる。待ちの姿勢でずっといるのではなくて、自分がなりたいものを目指し、自分の覚悟と努力で挑戦し続けることができること。それが、やっと分かったのだ。


 これに気づくことができたのは、白魔術なんか比じゃないぐらいの大魔法だって、私は思うのだ。


 私が一通り力説すると、お母さんはエプロンの裾で涙を拭いていた。お父さんは、お母さんの背中に手をあてて俯いている。


「それで、お父さんとお母さんは、どうやってここへ来たの? こちらの世界に来てからは、どうしていたの?」


 さて、ここからは積もる話というヤツだ。



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